
チロル会音楽部~ロック青春記 第17話*キース・エマーソン&ザ・ナイス
そして、僕は目覚めた。
突然のようにやる気が湧き出した。
自分に何が起こっているのか、
よくわからなかった。
― 上手くなりたい ―
鍵盤の上で、華麗に指を躍らせ、スポットライトを浴びるのだ。
オーディエンスの視線をくぎ付けにし、
どよめきと拍手の嵐で、ホールを埋め尽くすのだ!
キーボード・プレイヤーが、ギターの引き立て役でいなきゃならない理由なんてない。
まだロック界のことをよく知らなかった僕は、音楽雑誌のページをめくり、キーボーディストを探し始めた。
『ミュージックライフ』のリーダーズ・ポールを見ると、「ピアニスト&オルガニスト部門」の1位にアル・クーパーの名前があった。
『クーパー・セッション』というアルバムを買ってきて、さっそく針を落とすと、アップテンポで勢いのある曲が飛び出して来た。アルのソウルフルなピアノとオルガンが小気味よい。
気に入って、繰り返し聞くようになった。
でも、キーボード・プレイとして、僕が求めているのは、これじゃない。
ジェフ・ベック・グループのシングル・レコード『監獄ロック』の中でベックのソロのあとで聞こえてくるピアノの和音連打フレーズが凄まじかった。
ピアニストの名は、ニッキー・ホプキンス。
アル・クーパーより勢いがあり、剥き出しの「ロック」を感じた。
彼が参加しているアルバム『トゥルース』と『ベック・オラ』を買って、何度も聞いた。
でも、バンドの中心は、あくまでもギタリストのジェフ・ベックで、ピアノはそのわき役に過ぎない。
もっとほかに、まだまだ、スターダムに乗らない、隠れた天才がどこかにいるはずだ。
そう思っている時に、末原君が、ミュージックライフのバック・ナンバーから、ある一人のキーボーディストを見つけ出して、教えてくれた。
― キース・エマーソン ―
ザ・ナイスというキーボード・トリオのリーダーだ。
たった三人でやっているのだからよほどスゴイはずだ、と末原君は考えた。彼の心酔するクリームが最高のギター・トリオだとすれば、そのキーボード・バージョンがザ・ナイスだという捉え方だ。
― 他のキーボーディストとは一線を画する別格的な存在 ―
記事の中では、そんなふうに紹介されていた。
怒涛のようなオルガン・プレイ。
異例な才能の持ち主。
クラシックにもジャズにも精通し、普段は物静かな紳士だが、一旦ステージに上がると、狂気に取り付かれたかのように豹変する…。
鮫島君から、オルガンにナイフを突き刺すという話を聞いたときは、本当に驚いた。そう聞いても、実際の様子が思い浮かばない。
どこをどう突き刺すのだ?
その他にも、鞭を振るったり、オルガンを持ち上げてフィードバックさせたり飛び乗ったり、挙句の果てにはアメリカ国歌を燃やしたりという、超過激なパフォーマンスが売りで、本国イギリスでは大きな話題になっていたようだが、遠く離れた日本にまでは、その熱気は伝わっていなかった。
初めてその音を聴く機会を得たのは、当時、天文館アーケードの一角にあった十字屋という楽器屋だった。
鮫島君がシングル盤『夢を追って』を見つけ出し、目の前に差し出したときは驚いた。
「よく鹿児島にあったなあ!」
それが真っ先の感想だった。
簡単に見つかるはずがなかった。そのシングル、間違って日本の歌謡曲のコーナーに混ざっていたのだ。
さすがサメ! よくもまあ、そんなところから探し出したものだ!
レジカウンター横に試聴用のターンテーブルが設置されていたので、さっそく持って行き、順番を待った。レコードに針がおろされると、クラシック風の華麗なピアノ・プレイが聞こえてきた。
すぐさま末原君が口を開いた。
「なんだクラシックみたいだがね」
鹿児島弁独特の言い回しで、ロックらしくないと不満もあらわにし、店員さんに早々と試聴中止を申し出た。
― あ、もうちょっと聴きたい! ―
言葉を発する間もなかった。
待っているお客さんもいる。一旦中断したものを、連続でかけてもらうわけにもいかない。
というわけで、最初のチャンスは、ほぼ瞬間で終了。お預け状態となった僕は、フラストレーションの固まりとなってしまった。
どうやら、その先を聴きたいのは、仲間内では自分だけだったのようだ。またの機会に、こんどは1人で聴こうと心に誓った。
この十字屋の他に、2軒、よく行くレコードショップがあった。天文館の南側にあった古川楽器店、そして高見橋そばにあった学習館。
新譜の発売日などには、自転車を飛ばして、真冬でも汗をかきながら店頭に駆けつけたものだ。その店になければ別の店へとすっ飛び、ほとんど運動会の借り物競争のような状態だった。
当時、鹿児島のレコード屋に並んでいるロックのレコードはわずかなものだった。ビートルズ、サイモン&ガーファンクルなど、片手で数えられるほどのアーティストが単独で区分けされ、あとはまとめて「ロック」で括られていた。その「ロック」の総数が、50枚を余裕で切っていたと思う。
そんな状況だったので、学習館でナイスのLPを見つけたときは、一瞬我が目を疑った。