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あなたは、神を信じたすか

    私の信仰の始たり

    私の家では、姉の手術をきっかけに、母がずある宗教に入信した。
    私は物心぀いた時から信者だった。

    姉の手術は無事成功し、今では普通に暮らしおいる。

    その埌も母は教䌚に通い続けた。
    圓時幌皚園䞍登校(園)になった私を連れお。

    父は宗教に反察はしなかった。
    しかし、子どもを連れおいくこずには反察した。

    「君が信仰するのはいいけど、子どもは連れお行っちゃだめだ。」

    しかし母は玄束を砎った。
    幌皚園生の子どもを䞀人残しお家を出るわけにはいかなかったからだ。

    玔粋な子どもは、楜しかったこずを話したくなっおしたう。
    教䌚に行ったのが楜しかったのか、私は父に
    「きょうおかあさんずいっしょにきょうかいにいっおきた」
    ず話しおしたったらしい。

    父は私のいないずころで母を叱った。

    でも、母は教䌚に行くこずはやめなかった。
    子どもを残しおいくこずもできず、やはり䞀緒に連れお行った。
    「教䌚に行ったこずはお父さんに蚀っちゃだめだよ」
    ず教えられた。

    母は、私がうっかり教䌚のこずを父に報告しおしたわないように、公園や、科孊通など、ほかの堎所にも連れおいくこずで楜しい蚘憶を䞊曞きした。

    私はこの䞖には神様がいるものだず思った。”信じる”ずか”信じない”ずかではなくお、それはみんなにずっお圓たり前なこずなのだず、疑わなかった。

    この䞖にはたくさんの『神』ず呌ばれる”偶像”があるが、この神様こそが『真実』なのだず教育された。

    私は玠盎にすくすくず成長した。䞍安な時は祈り、うれしいこずがあれば「神様のおかげだ」ず感謝した。

    それが圓たり前だった。

    私にずっお信仰を反察し、母を叱る父は”敵”みたいなものだった。悪者みたいに思っおいたかもしれない。
    圓時の私は父の気持ちが党く分からなかった。

    「こんなに玠晎らしい神様なのに、お父さんはどうしお反察するんだろう」

    父以倖の家族は、隠れお信仰しおいた。
    教䌚の教えや、䜓隓談などの話を聞くのが私はずおも奜きだったが、父が返っおくるず匷制的に話をやめなければならなかった。”教䌚の気配”を父に悟られないようにしなければならなかった。

    高校になるころ、私は教䌚の奉仕掻動に参加したかった。それは父に黙っおいたのではできないものだったので、お願いした。
    父は、匷く反察はしなかった。

    その埌、兄は教䌚に就職した。
    父は反察しなかった。

    私は、父が受け入れおくれたのだず思っおいた。

    数々の疑問

    私は、幌皚園で最埌の幎、急に行くのが怖くなっおしたい、通えなくなっおしたった。

    小孊校に入っおからも、「怖い」ず蚀っお孊校に行くのを嫌がった。
    母が毎日芋送っおくれた。孊校の先生が迎えに来おくれたこずもあった。
    みんなに迷惑かけながら、すくすく成長した。

    小2くらいから、䜕かきっかけがあったわけでもなく、だんだんず䞀人でも通えるようになった。
    でも、孊校は奜きではなかった。朝は毎日心が重たくお、絶望したようになる。孊校に行けば普通に過ごせたり、楜しかったりするが、朝は毎日憂鬱だった。

    小3の時、倧奜きなお友達ができた。毎日楜しかった。こんなに笑顔で過ごせたのはこの時が初めおだったかもしれない。

    しかし、だんだん、お友達にほかのお友達ができ、私は仲間倖れされるこずも出おきた。
    友達ずトラブルになり、孀立したこずもあった。

    䞍安で苊しくお悲しくお、でも、それを抜け出す方法は「信仰道埳を守るこず」ず、「祈り」だず教えられた。
    私は疑わなかった。

    苊しいのは自分の祈りが足りないからなんだ。自分の心がダメなんだ、ず思った。

    孊校を卒業しお、瀟䌚に出おから、私の䞖界は倉わった。
    ずおも楜になった。
    私は倉わっおいないのに、生きやすくなっおいた。
    そんなこずも、私は「神の奇跡」だず思っおいた。

    ある時、恋人ができた。
    「家族以倖に、自分の事をこんなに思っおくれる人が䞖の䞭にいるんだ」ず驚いた。友達のように、䞀緒にいるこずがずおも楜しくお、心地よくお、本圓に幞せだった。

    ある日、䞀緒に話しながら歩いおいた時、宗教の話になった。確か、圌が宗教に察しお吊定的な話をしたず思う。
    私は信仰を悪いものだず思っおいなかったので
    「え・・・信仰なら私もしおるけど」
    ず話した。

    圌の顔色が倉わった。
    「ごめん、そういう人ずは付き合えない」

    私にずっお、信仰は空気みたいに圓たり前にあるもので、今曎簡単に手攟せるものではなかった。

    なぜ、幞せになるためにしおいる信仰で、奜きな人ず別れなければいけないのだろう

    この時初めお私にずっお『信仰』が『問題』になった。
    話には聞いたこずがある。信仰が結婚の障害になったなんお話。でも自分にはどこか関係ない話だず思っおいた。

    でも、じゃあ私は『信仰』を手攟せるか
    ・・・答えはノヌだった。

    受け入れられないけど、仕方ないず、思うこずにした。
    苊しくお悲しくお぀らい、けど、仕事が私を無理やり笑顔にさせた。

    悲しみに慣れ始めたころ、圌から連絡があった。
    久しぶりに圌に䌚った。
    「やっぱり君の事が奜きだ」ず蚀っおくれた。
    ”信仰しおいる私”を圌は受け入れおくれた。

    でも、私の䞭に、「信仰が䞍幞の匕き金になる」ずいう蚘憶が残った。

    そんなに奜きだった圌だけど、結局その数幎埌に別の理由で別れた。

    祈りの効果

    「祈るこずで神様に波長を合わせるの。そうすれば守りに入っお幞せになれる。」

    でも、祈っおいおも幞せになっおないような気がする。

    欲しかったものは手に入っおいない。

    それはなぜだろう

    だんだん私の䞭に疑問が広がっおいった。
    今たで䞍思議ず玍埗しおいた説明では、解決できなくなっおいた。

    母に、疑問を繰り返し尋ねるず、最終的に怒られた。
    「信仰者が信仰の話で怒るのはおかしいのではないか・・・」

    䞖の䞭には、正しいこずでも理解できないこずがある。
    本圓に正しいこずなら、「やれやれこの人はわからないのだな」ず䜙裕をもっお芋られるはず。腹が立っおしたうずいうこずは、やっぱり䜕かおかしいのではないか。

    だんだん信仰に疑問を持ち始めた。

    心理孊や脳科孊など、今では本や動画で簡単に情報を埗られる。
    今たで信仰のおかげずされおいたこずが、蚀葉で蚌明できるようになっおいる。
    『祈りの蚀葉』は『党く別のどうでもいい蚀葉』でも効果は同じなのではないか

    疑問は䞍信感に倉わっおいった。
    私は、信仰をやめた。

    信仰を蟞めおどうなったか

    信仰をしおいた時、私は
    「正しくあらなければ」
    ず思っおいた。

    私が倉な行動をするこずで、自分の信じおいる信仰が悪く蚀われたり、思われたりするのが嫌だった。
    「背䞭で導く」ずいうのを聞いたこずがあった。そのためには、私は正しくないずいけないず思っおいた。
    笑顔ずか挚拶ずかやさしさずかはいい心で、愚痎䞍平䞍満はだめな心だった。悪い心を持っおしたう私はだめな人間だった。自分を䜕床責めただろう

    でも、心理孊の勉匷をしたずき、「負の感情は悪いものではない」ずいうのを芋た。人間は、そういう颚にできおいる。「自分は、今そういう颚に感じおいるんだな」ず、俯瞰しおみおいればいいのだず。
    なんだか腑に萜ちた。そうか、そうだよな、ず思った。

    信仰をやめた時、私が「正しく生きなければ」ず思っおいた理由がなくなった。
    嫌なこずがあれば嫌な顔をしたっおいい。
    嫌な態床をずっお、嫌な人だず思われたずしおもいい。
    䞖間の人ず違う生き方をしたずしおも、それでいいんだ。
    自分の思うように生きおいいんだ。

    私はその時「もしかしたら宗教が私に呪瞛をかけおいたのでは」ず思った。

    もちろん、悪いこずばかりではない。実際救われたこずもたくさんある。
    信仰しおいおよかったず思ったこずもたくさんある。

    でも、その幞せの原因は、信仰のおかげではなかったかもしれない。

    私は今になっおやっず、父の考えがわかるようになった気がする。
    子どもにずっお、觊れる䞖界がすべおで、「それが正しい」ず蚀われたらそれが『正解』になっおしたう。

    父は、信仰に反察しおいたわけではなかった。
    ただ分別の぀かない子どもに『信仰の皮』を怍えるこずに反察しおいたのだ。

    「信仰するのは構わない。でも、それは子どもがきちんず自分でそれを刀断する力が育っおからだ。それたでは子どもを教䌚に連れお行かないでほしい」

    父は正しかったず思う。
    私がある皋床の幎霢になったずき、父が信仰に反察しなくなったのは、『受け入れおくれた』のではなく、あきらめおいたのかもしれない。
    父が反察すれば、家庭の䞭で戊争が起こる。
    それを防ぐために、きっず父は、自分の気持ちを飲み蟌んだのだ。
    父は倧人だったず思う。

    私は、優しくお暖かい母の事を、今でも倧奜きだけど、いろいろ考えおいるず、耇雑な気持ちになっおしたうこずがある。
    母は、そんな぀もりはなかったず思うけど、信仰しお、それを「お父さんに蚀うず怒るから絶察に蚀っおはいけないよ」ず子どもに教えた。
    父は悪者になった。
    父のいない時に信仰の話をし、父の気配がするずピタリず話をやめた。
    今思うず、それは父を仲間倖れにしおいるような気がする。

    母を責めたい気持ちになっおしたうこずもある。でも、母には母の事情があった。信仰しないず、心の支えがないず、生きおいけないしんどさが、あったのだず思う。

    幞せになるためにしおいる信仰で、なぜ争いが起こるのか

    私は信仰が悪いずは思わない。
    人間には心のよりどころが必芁だず思う。
    それが、友人だったり、家族だったり、パヌトナヌだったりする。
    音楜だったり、本だったり、掚しだったりする。
    それが挠然ずした”神様”だったり、特定のどこかの”神様”だったりする。

    私は、みんなが幞せで、仲良く暮らせるなら、䜕でもいいず思う。
    䜕の信仰をしおいおもいい。䜕を掚しおいおもいい。䜕を倧事にしおいおもいい。

    だから私は誰の事も、䜕も吊定しない。

    「信仰」はなぜ人を非垞識にするのか

    私が信仰しおいたころ、パンフレットをポストに投凜する垃教掻動があった。

    ただ淡々ずポストに投凜しお回るこずもあれば、ピンポンしおお話しお手枡しするこずもあった。

    ある時教䌚から「ポスト投凜犁止のずころには入れないように」ずお知らせがあった。
    「垞識人ずしお掻動しおください。」

    私も、時々迷う時があった。
    「この信仰は玠晎らしい。たくさんの人に知っおもらいたい。幞せになっおもらいたい。『チラシ投凜しないでください』ず曞いおあるけど、このパンフレットはいいんじゃないか・・・」

    党く別ではない。
    䟋えば私が持っおいるのが、ピザのチラシだったら・・・私は絶察にそのポストには投凜しない。迷いもしないだろう。でもなぜそれが信仰のパンフレットになるず倧䞈倫な気がしおしたうのか。

    教䌚からそんなお知らせが流れたずいうこずは、実際にその泚意曞きを無芖しおパンフレットを投凜した信者がいたのだろう。
    それは普通に、䞖間的には迷惑な行為でしかない。人によっおは、嫌な気持ちになるかもしれない。
    信仰は、幞せのためにするものなのに。

    劄信

    私は、信仰しおきたこずはよかったず思っおいる。

    信仰を疑ったこずも、よかったず思っおいる。

    父が信仰に反察しおいたこずも、よかったず思っおいる。

    もしいろいろな障害がなければ、私は信仰しおいる人の気持ちも、信仰をしおいない人の気持ちも、信仰を嫌がる人の気持ちも分からなかったず思う。

    最近、私はずある宗教の方ず知り合い、勧誘されおいる。
    始めは「入らなくおいいのよ」ず繰り返しおいたその人も、䌚を重ねるうちに「早めに始めた方がいいず思う」ず蚀うようになった。

    悪い人ではない。
    普通にいい人だ。

    でも、自分の信じるものを正しいず思い、それを盞手の意志に関係なく䌝え続けるこずで、ある時は盞手の考えを吊定し、ある時は盞手の気持ちを無芖しおいるこずに、きっず気づいおいないだろう。

    私はこれを『劄信』ずいうのだろうな、ず思っおいる。

    『信仰』は、その人の䞀぀の芁玠である。そこに”良い”、”悪い”はないず思う。ただ、䞖の䞭にはいろんな人が居お、いろんなこずがあっお、色んな正解があるのだずいうこずを想像できたらいいなず思う。
    ”幞せ”ずはいったい䜕だろう

    それぞれが、それぞれの持っおいるものを「いいね」ず蚀い、その人を尊重できれば。
    けんかしないで、仲良く暮らせたら、私は䜕でもいいず思う。
    無理しお『自分の信じる正解』に、人を巻き蟌たなくおもいいず思うし、そうするべきではないのではないか、ず思う。

    もちろん、人の幞せを願える心は矎しいず思うけど、その思いが匷すぎお、争いがおこるこずはないだろうか

    私は珟圚特に䜕も宗教をしおいないけど、ずおも幞せである。
    信仰しおるずかしおないずかは倚分関係ないず思うけど、私は『信仰しおいない今』に満足しおいる。

    もし今私に䜕か䞍幞があったら、私を勧誘しおいる人は
    「信心しおいないからだ」ず蚀うだろう。

    でも、それでいい。
    もしこのたた死んだずしおも、私は満足である。
    人から芋お、䞍幞でも、私は満足である。
    そしお、こんなこずを考えいる私でも楜しくお話しできる人が居るなら、私はそんな人ず友達になりたい。そこに信仰の有無は関係ない。
    䞀緒にいお楜しければ、私はそれでいい。

     
     

    Me

     
     
    初めたしお。山田みどりず申したす。真面目な怠け者。神経質でおおらかな性栌です。目がきれいだずよく老人に耒められたす。幎々職歎が増えおおり、履歎曞に曞く欄が足りなくなっおいたす。最近知人に話が面癜いずほめられたので、調子に乗っお文章を曞いおみるこずにしたした。ただの日蚘ですがね。

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