うまくいった日を、すぐ疑わないで見てみる
仕事で、いつもより大きめの案件をお願いされた日があった。
ちゃんとやりたい。
でも、100%までの道のりがあまりにも遠く感じた。
しかも、どこまで整えたら100%なのかも、少し見えにくかった。
そうなると、動く前から気持ちが重くなる。
どこから手をつけても足りない気がして、
ちゃんと整うまで出せない気がしてしまう。
でも今回は、
完璧にしてから出すのではなく、
やりながら進む方を選んでみた。
それは妥協というより、
今の自分が止まらずに進むための選び方だった気がする。
その日、少しだけ
うまくいったことを疑わずに見てみようと思えた。
100%までの道のりが、遠く感じるとき
ちゃんとやりたい気持ちはある。
中途半端にしたいわけじゃない。
できるなら、納得できる形にして出したい。
でも、そう思うほど
100%までの道のりが遠く見えることがある。
まだ足りない気がする。
ここも甘いかもしれない。
もっと整えてからの方がいいかもしれない。
そうやって見ているうちに、
進むための力まで少しずつ重くなる。
完璧を目指す気持ちがあるほど
最初の一歩が遠くなる日がある。
見えていない完成形を追うと、止まりやすい
今回しんどかったのは、
100%まで遠いことだけじゃなかった。
何をどこまで整えたら100%なのか、
その形自体も少しぼやけていた。
完成形が見えているなら、
そこへ向かって詰めていける。
でも、形がまだはっきりしないまま完璧を目指そうとすると、
どこから手をつけても足りない感じがする。
ちゃんとしたい。
でも、何をもって「ちゃんと」なのかが見えにくい。
そういう日は、
整える前から少し止まりやすい。
「まあ、いっか」は、雑にすることではなかった
今回は途中で、
「まあ、いっか」
と思った瞬間があった。
でもそれは、
どうでもよくなったわけじゃない。
雑にしたかったわけでもない。
止まらずに進むために、
順番を変えたかった。
完璧にしてから出すのではなく、
まず進めるところまで進めて、
そのあとで整える。
妥協というより、
今の自分が動ける形に変えた、
に近かった。
「まあ、いっか」は、
諦めた言葉というより、
進むための言葉として出てきた感じがした。
止まるより、進みながら整える方を選べた日
前の私なら、
もう少し整えないと出せない、で止まっていたと思う。
でも今回は、
全部が見えてから動くより、
見えないままでも進める方を選んだ。
少し進める。
そこから見えるものをまた整える。
そして、また少し進める。
その繰り返しの方が、
今の自分には合っていた。
完璧じゃない。
まだ荒いところもある。
もっとできたかもしれない気もする。
それでも、止まっているより進めた。
その日、それはあった。
うまくいったことを、すぐ疑わないで見てみる
うまくいった日でも、
私はつい
「でも、もっとできたかも」
「たまたまかも」
「まだ全然だな」
の方を先に見やすい。
今回も、そういう気持ちは少しあった。
でも同時に、
今日はちゃんと進めた。
止まる方ではなく、進む方を選べた。
そう見てもいい気がした。
完璧じゃなくても、
前に進めた日だったのかもしれない。
うまくいったことを、
すぐに疑わないで見てみる。
今日は、それができた気がする。
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👇🏻その場では平気でも、あとから気持ちが追いつくときに
👇🏻はじめて読んでくださった方へ
本音が分からないとき。
後から消耗するとき。
人との距離感に迷うとき。
そんな感覚を、少しずつ言葉にしているnoteです。
