
感謝は気づいたことの証
一息つくために淹れたコーヒーの香りで今でもふと思い出す。
ワーキングホリデー滞在半年が過ぎた頃、やっと採用された念願のローカルカフェ。キッチンの仕込み担当だった私には、快活にお客さんと話すバリスタのMalcolm(マルコム)が輝いて見えた。
30代前半のように見えるルックスで、背が高く、チャーミングな笑顔が印象的だった。ピークの昼間になると殺伐とするキッチンのみんなにとって、オーダーを告げにやってくる彼だけが唯一の救いだった。
朝一で一人で行う仕込みを始めるようになり、私の次に出勤するMalcolmと挨拶に加えて少しだけ話をするようになった。
私が仕込んだペイストリーの焼ける香りに、Malcolmの淹れるコーヒーの良い香りが混ざり合うあの時間が好きだった。
「これ、君がやったんでしょ?」
彼の指さす方を見ると、調理器具が一列にずらっと並べられた棚があった。
黙ってうなずく。
「細かいところに気づける君は本当に素晴らしいよ。ありがとう。」
日本で働いてきた私にとって、丁寧にきちんと仕事をすることは「当たり前」だった。そして、特段感謝をされることがなくても、やってしまう性分だった。まして、いちアルバイトの私が、面と向かって感謝をされるのは初めてだった。
目の前に湯気が立ち上るコーヒーカップが一つ置かれた。
「がんばってるから、一息ついてね。」
”Thank you”とカップを取ると、コーヒーの香りが湯気に乗ってふわっと顔を包みこんだ。
目を上げるとMalcolmがウインクをして、カウンターの方へ姿を消した。
人と向き合うよりも、画面と向き合う時間が長くなった今、思い出す。
日常にある些細な特別さを「感謝」という形で送ってくれた彼のように、
言葉にして伝えていきたい。