下手の長談義vol.2 ~PENTAXと、あの頃の僕~
サンドベージュカラーの一眼レフを手にしたのは、もう10年以上前のこと。他のメーカーには無い珍しい色味と、PENTAXの角ばった重厚感あるロゴがお気に入りだった。
あの頃、僕はまだ20代前半。好奇心のままに撮る姿を、一番近くで見ていた人の言葉で購入に踏み切った。正直に言えば、少し躊躇する買い物だった。けれど間違いなく、あれは最高の決断だったと言える。
今になって思い返せば。その言葉を受けるよりずっと前から、僕は撮ることにのめり込んでいた。高校生だった頃、初めて携帯を手にするまでは、使い捨てカメラで写真を撮っていたのがずいぶん懐かしい。
僕はそのカメラを校内にまで持ち込み、同級生たちの姿をカメラ越しに見ることも多かった。それは休日でも変わらない。たとえば夏なんかは、川にまで連れ添いシャッターを切った。無邪気なあの頃の僕は、思い出を形として残すことを楽しんでいたように思う。
35歳になった今。自分の好きという感覚を、写真を通して表現するようになった。僕がシャッターを切る意味は、10代の頃から歳を重ねていた。
ただ、当時から変わらない部分も残っている。綺麗で色鮮やかなものより、面白い景色や瞬間に惹かれるところだ。レンズを向ける対象は、いつだって僕の中にある好奇心に触れるものばかり。
今日、職場の人との何気ない会話のなかで、出会った人から言われた言葉の話になった。
それを魂というべきか、人の核と表現すべきかは分からないけれど。外から入る言葉の多くは、人を変えることはない。ただごく稀に、ずっとずっと奥深くにある所まで、他人の言葉が到達することがある。そのとき初めて、人は変わるのだと思う。
僕は、今でもカメラで写真を撮り続けている。それは当時付き合っていた彼女にとって、ほんの些細な言葉だったかもしれない。けれどあの瞬間、その些細な言葉は、その後の僕を大きく変えたのだ。
