夏というひと

夏 というひと
私たちは夏というひとを亡くしました
気づいた時にはもう亡くなっていました
噂では、蝦夷の地では
まだ かれ はかろうじて生きている とか
かれ の愛弟子に出逢える とか
いろいろ聴きましたが
どうやら 夏というひとはやはり 亡くなってしまったようです
わたしは 日本の 夏 というひとが大好きでした
青く晴れた空に、白く大きな入道雲
からっと輝く太陽の陽射しの中
鳴き響く蝉たちの声
青く白く輝く水面と 潮風の香り
あおく力強く漂う草や樹々の匂い
黄色く、燦々と輝く向日葵に
優しく、美しくあたたかい夕暮れの空
時を忘れて、夏の夕空に焦がれ
そして満点の星空、天の川
祭囃子や花火の音に、心躍る、浴衣姿
かき氷を頬張り、ラムネを飲み干す
葦簀の隙間から流れる風と、扇風機の音
風鈴が涼やかな音を奏でる
色とりどりの旬の野菜たちを食し
虫網を持って、トンボとともだちになる
麦わら帽子をかぶり、
ワンピースを身につけ、サンダルを履く
陽射しが照り返る道を歩き
真っ黒になって笑う
そして夏の終わりには、哀愁漂う ヒグラシの声
楽しく、色褪せない、季節の想い出を記憶たちを
いつも残してくれる
そんな 夏というひと が私は大好きで
いつもいつも逢えることを楽しみにしていました
何度も何度も逢えることを夢みました
でも かれ は亡くなってしまった
大好きだった かれはもう戻ってこない
そう想い泣きました
何度も何度も、涙を流し泣きました
空を仰ぎ、樹々を眺め、風を感じ、生き物たちを慈しみながら
かれ はもういないのだと
生きている間に もう逢えることはできないのだと
受け入れる覚悟を決めたころ
風が吹きました
今年、優しい風が吹いた
皐月の風が吹き
水無月の雲が流れました
夏というひとが 私たちの前にあらわれる前の
暦が巡りました
このひとは 亡くなっていたわけではないかもしれません
今年は、昔のような変わらない笑顔で
愛くるしく優しい、温かい笑顔で
待たせてごめんね と
必ず逢いに来てくれる
そう想いなりません
愛しい 夏に 早く
逢いたい



#夏
#summer
#夏至
#summersolstice
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2022年5月 陽射しが真夏の陽射しなのに
何かが変だ。
この照りつける陽射しも、空の色も、真夏の色なのに
蝉が鳴いていない。
普段なら、この気候には必ず蝉のBGMがあるはずなのに
真夏の天候の中、静まり返った、異様でじりじりと暑い日に
この世の終わりのような気持ちになりました。
今年の夏、地中の蝉が暑さで羽化できなかったらどうしよう。
本当に、蝉の鳴かない7月、8月が訪れたらどうしよう。
幸い、なんとかその年は夏、蝉の声が聴けほっとしました。
でも、5月の異様な日、私は涙を流しました。
2023年8月
ソメイヨシノが秋を待たず、黄色く紅葉しました。
黄色く紅葉して枯れた という表現が適切かもしれません。
暑さに耐えられなかったんだろうか。
来春、この子は花を咲かせてくれるだろうか。
心を痛め、涙が流れそうになりました。
それから、2024年、2025年
年々と暑くなる夏の時期。
春が短く殆どなく、5月の連休には猛暑日。
夏の時期には警戒アラートが発令。
2025年も、春は一瞬で終わり、じっとりと暑い夏のような
熱帯のような気候が長く続き
四季ではなく、二季だとさえ言われ始めた。
2025年7月 夏を偲び詩を詠む
夏亡くす 季節の名前は何と言う
それでも春には、ソメイヨシノは開花し
地球の底力を感じずにはいられない日々でもあった。
夏枯れのような紅葉が酷かった株の子も
今年も少し皆(他の株)より遅れたが見事に咲いてくれた。
でもやはり、進む気候変動、温暖化。
昔感じたような美しい日本の四季は
美しく趣深い日本の夏はもう、戻ってこないのだと
今年の春、涙が溢れとまらず、止まらず
夏というひと を綴り始めた。
でも最後まで書ききれずにいた5月
優しい風が吹いた
陽射しは、着々と夏に向かっている
強く、輝き出したけれど、風が熱風ではない
強くなりつつある陽射しの中に吹く、
涼しく心地よい風を感じた時
暦が戻ったかもしれないと感じた。
爽やかな風の中で、
今年は昔のような
懐かしい夏に逢えるかもしれない
そんな想いは、日に日に現実味を帯び
きっと、焦がれる夏はやって来てくれると感じている
「夏というひと」 は
日本の夏を、偲ぶ言葉になるはずでしたが
日本の夏を待ち侘びる、希望の詩に変わってくれました。
愛してやまない
美しい日本の四季が、これからも
健やかであるように
祈りを込めて
夏至を控えて sincerely written on June 18, 2026