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ゴミ拾いをしていたら、自分を拾っていた

    ゴミ拾いをしている。
    見かけて声をかけてくるたいていの人は
    「偉いですね」と言う。

    でも正直なところ、
    私は街を救おうと思ってゴミを拾っているわけではない。
    いいことしたいと思って拾っているわけでもない。
    もちろん、海に流れ出る前に拾えたらいいなとは思う。
    普段使っている場所がきれいになるのも嬉しい。

    けれど、続けている理由はそれだけではない。

    ある日気づいた。
    ゴミ拾いをしていると、自分の状態がよくわかるのだ。
    機嫌がいい日は、空がよく見える。
    余裕がある日は、道端の花に気づく。
    反対に、イライラしている日は、なぜかゴミばかり目に入る。
    「なんでこんなところに捨てるんだろう」
    「またか」
    そんな想いが頭に浮かぶ。

    最初は、捨てた人に腹が立っているのだと思っていた。
    でも、しばらく続けているうちに違うことに気づいた。
    私が見ていたのは、ゴミではなかった。

    そのときの自分の心だった。

    同じ道を歩いていても、見える景色は毎日違う。
    ゴミの量が変わったわけではない。
    変わっているのは私のほうだ。
    落ち込んでいる日は、世界が少し荒れて見える。
    嬉しいことがあった日は、ゴミが落ちていてもそれほど気にならない。
    世界を見ているつもりで、自分を見ていた。
    そんな感覚だった。
    だから最近は、ゴミを見つけると少し立ち止まる。
    ゴミそのものを見るためではない。
    「私は今、どんな気分なんだろう」
    と、自分に問いかけるためだ。

    不思議なことに、拾い続けていると心も少し整う。
    道端からゴミが一つ減る。
    今日の自分にできることは「やった」のだ。
    すると、自分の中のモヤモヤも少し減る。

    もちろん気のせいかもしれない。
    でも私は、その気のせいを結構気に入っている。

    世の中には、自分探しという言葉がある。
    私は長いこと、自分はどこか遠くにいるものだと思っていた。
    山の中かもしれない。
    海外かもしれない。
    特別な体験の先かもしれない。

    けれど案外、自分は近所の歩道に落ちていた。
    空き缶の隣に。
    レシートの横に。
    私はゴミを拾っていたつもりだった。

    でも振り返ってみると、
    拾われていたのは自分のほうだったのかもしれない。

     
     
    派遣から10年かけて、年収1000万円までキャリアアップ。 でも、もっと楽しく生きたくて働き方を見直し、今は週12時間勤務。 余白の時間で自然の営みを学び、人や社会のあり方を探究しています。 読んだあとに身近な景色が少し違って見えたら嬉しいです。

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