
時間が無い人の為に、生きる言い訳を考えておきました。
というタイトルの本があったら読んでみたいなぁ。
という私の本心は置いておいて、地道に生きる言い訳を考えてみることにする。
1. AIに負けない人間の能力
まずは、言い訳なのだから、自分が生きていると何かしら役に立っていることがあるのだと思わせてしまえば良いわけだ。
人間が優れている能力か…「勘違い」する能力かな。
人間は瞬時に勘違いすることができる。この能力は今のところAIには到底真似できない。人の言葉を聞き間違えられるし、早とちりできるし、意味の取り違いもできるし、自分のフィルターを通すことで曲解したり逆の意味に取ってみたり、そこをくっつけちゃ駄目だろってところを関連付けたりもできる。しかも一瞬で。
他の動物でも訓練すればパブロフの犬のようなことはできるだろうけど、こんなにも素早く予測して思い込んで行動できるのは人間の得意技といって問題ないだろう。
勘違いというと一見ネガティブそうだが、言い換えれば全て「突然変異」だ。一瞬で思考の突然変異を起こせる。突飛なアイデアの種なわけだ。AIも聞き間違いやエラーは起こるが、思考の飛躍はなかなか難しいだろう。そもそも人間がAIに求めているものは今のところ正確性や確実性なのだろうし。
人間が求められるのはこの「勘違い」を使いこなすスキルなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
人間のスペシャルな能力「勘違い」は自分自身にも発揮されている。それが顕著なのは手段の目的化だ。言い方が硬くてピンと来ないので実例を挙げてみる。
例えば、
【目的】生きたい
【手段】生きやすくなる物(生活必需品)を手に入れる
→ 買うにはお金が必要
【すり替わった目的】お金が欲しい
→ お金を手に入れる為に労働する
→ 労働による疲労で生きにくくなる
え?
【目的】生きたい
【手段】効率良く栄養補給をする
→効率良く栄養を蓄えられる脂質、糖質、タンパク質が美味しいと感じる人体構造になる(生物的進化、完了)
【すり替わった目的】美味しいものが食べたい
→効率良く太る
→もっと食べたいので運動をする
え⁇
客観的に見ると、まるでコントだ。
しかし、人間の「勘違いする能力」は優秀過ぎて、本人も気付けないほどスル〜っと手段と目的がすり替わり、的外れな目的を果たすべく明後日の方向へ行動が飛躍していく。
そして同じ結論に辿り着く。
人間が求められるのは「勘違い」を使いこなすスキルなのかもしれない。
2. 自分を客観視する装置
自分自身をも難なく騙せる巧妙な「勘違い」スキルを使いこなすためにはどうしたらいいだろうと考えてみる。
自分が自分に騙されているのだから、自分から離れてしまえば良いんじゃないか?ということで、自分を客観視することが大切そうだ。しかし、大切だとわかってはいても難しい。何故なら自分だから。どう頑張っても自分贔屓になってしまう。それならば、騙されている自分と騙している自分を機械的に分離する仕組みを作ってしまえばいいのではないかと考えてみた。
一つは自分の内側に小さな自分がいると仮定してみる。つまり大腸菌になってみる。
もう一つは自分の外側に大きな存在がいると仮定してみる。つまりゲームの主人公になってみる。
文字にしてみると大分ふざけているように見えるが、割と的を射ていそうなので続けて考えてみる。
◇ ◇ ◇
まず一つ目の大腸菌になる方法。(ツッコミどころが多いなコレ)
人間以外のものに例えて、それに乗り移ってみれば自ずと視点が自分から離れていくという手法。
例えば、宇宙から見たら自分なんて海岸の砂粒だとかいう例えをよく聞く。よく聞き過ぎて「ふーん」と流してしまうので、もう少し頭に残る感じにしたい。という事で思いついたのが「大腸菌」。更に絞って「日和見菌」。自分からしたら体内の大腸菌の一個なんて気にも留めない。それが日和見菌だったら尚更どうだっていい。菌に思いを馳せてみれば、体の中の大腸という狭い空間に生まれ出で、外など知らず、そこしか知らずに、人間からするととても短い生涯を遂げる。
一個体が一生懸命生きようとも、どんな失敗をしようとも宿主に影響などほぼない。かと言って全く無いかと言われれば無くはないという可能性を残している。菌の置かれた環境で悪影響をもたらしたり、有益に働いたりする日和見菌ならではの性質を引き起こすトリガーになることができるかもしれない。直接的でもバタフライエフェクト的にでも。
宿主的には腸内環境を良くしたいな〜とは思っているだろうし自分の体な訳だから、痛めつけては来ないだろう。ただし、あまり腸内環境を乱すと抗生物質で一旦リセットされるかもしれない。
…おぉ。なんかピッタリじゃない?
しかし、ちょっと、大腸菌てさ…
もうちょっと寄り添ってよ。と感じたら、「はたらく細胞」という作品を観てみると癒されるかもしれない。
◇ ◇ ◇
次に、ゲームの主人公になる方法。
プレイヤーキャラクターとプレイヤーがタッグを組んでシナリオクリアを目指すゲームなのだと考えてみる。TRPGとかMMORPGとか、もしくは、ストーリーのあるマインクラフトみたいなイメージ。そして、自分はそのプレイヤーキャラクターであると仮定してみる。
◇プレイヤーキャラクター(顕在意識)

【目的】
生きること
【願望】
出来る限りハッピーに生きたい
【基本性能】
⚫︎ 野生生物の部分
⚫︎ 生きるための行動をする
⚫︎ エネルギー量の少ない(安定した)方へ向かう
⚫︎ 現状維持バイアスがはたらいて元に戻る方へ向かう
⚫︎「生きたい」という願望と
「死にたくない」という怯えを元に、
色々な感情を生成できる
⚫︎ 行動の決断を下せる
◇プレイヤー(潜在意識)

【目的】
人生ドラマを楽しむこと
(プレイしたいシナリオはざっくり決めてある)
【願望】
⚫︎ 幸福感ポイントを貯めたい
↪︎ ポイントは次のゲームを始める時に追加コンテンツに換えられるから
⚫︎ 出来る限りプレイヤーキャラクターのポテンシャルを発揮したい
↪︎ 得られるポイントが多くなるから
【基本性能】
⚫︎ キャラクターをシナリオに合わせて導く部分
⚫︎ キャラクターのポテンシャルを発揮できるように促す
⚫︎ 幸福感ポイントを得られるようにお膳立てする
⚫︎ 初期シナリオを決められる
⚫︎ キャラクターの感情を理解できているわけではない
⚫︎ 決定権はない
◇ゲームマスター(シナリオを遂行するプログラム)

【目的】
個々のシナリオを崩さず、全てのシナリオが滞りなく進むように配置する
【基本性能】
あるシナリオの主人公は他のシナリオのNPCとなっているので、全てのシナリオが成立するように組み合わせて噛み合わせて、世界の辻褄を合わせている。
◇ワールド(ゲームのサーバー)

【目的】
⚫︎ 世界の全ての事物がどのように反応するのかデータ収集する
⚫︎ 収集したデータをもとにアップデートをする
【基本性能】
収集したデータを元に常にマイナーチェンジをしていて、1年毎にアップグレード。200年位毎にシステムチェンジをしている。
◇ ◇ ◇
人間が生きている意味は、
大枠で「①ワールドのデータ収集」のため。
その下のサブミッションで「②世界のシナリオを成立させる歯車になる」ため。
その下のミニゲームで「③プレイヤーが幸福感ポイントを獲得する」ため。
その下にベースで「④生きる」がある。
だから取り敢えず「生きた」という事実だけでミッションクリア。
こうすると、生きることはとてもシンプルに感じる。でも、どうしても「生きる意味とはもっと崇高なものだ」「自分はもっと求められていれるのに出来ていないんだ」という固定観念があって受け入れ難い。
なんなんだろな。
しかし、異世界転生チート系の物語が流行ったところをみれば、割とみんな持っている感覚なのかもしれない。産まれながらにして「今は目覚めてないけど実は特別な存在」と密かに思っている感覚。
「自分て何故かこうなっちゃう(恵まれる、食べても太らない、いつも雨が降る、苦手な人に囲まれる etc…)」良い方にも嫌な方にも特別な存在アピールしたくなる感覚。
不思議。面白い。人間ってかわいい。ってことにする。
3. じゃぁ、自分のしていることって一体…
生きている意味のメインどころである「①データ収集」と、サブミッションの「②世界の歯車になる」は、こちらがどうこうできるものでもなく自動的に行われて、常に達成されている。ベースにある「④生きる」も本能的な行動なのでほぼ無意識で達成している。ということは、能動的にどうこうできる部分はミニゲーム「③幸福感ポイントを獲得する」になる。プレイヤーが次のシナリオの為に集めているものだが、幸福感な訳だからキャラクター的にも悪い話しじゃない。キャラクターも幸福感を得られて、尚且つプレイヤーも求めているのならウィンウィンかもしれない。
ということで、幸福感ポイントの得方を考えてみる。
◇ ◇ ◇
まずは前提から。
宇宙は膨張するか収縮するかしかないという話を聞いたことがある。
人間も分割して分割して分割していくと素粒子の寄せ集め。星の残骸からできている。実感は湧かないけど。
ということは、人間も膨張するか収縮するかしかないのかもしれない。
人間が膨張っていうのはいまいちピンとこないので他の表現はないものか。拡張か?あるいは弛緩。もっと簡単に「緩み」はどうだろう。そうなると収縮は「縮み」だろうか。
人間の活動を分解して分解して分解していくと、筋肉の緩みと縮みに辿り着く。
生体の維持も分解して分解して分解していくと、血管やら内臓やらの緩みと縮みに辿り着く。(人体の内外に共生している菌やらなんやらの外的要因は置いておいて。)
とても乱暴だが「緩みと縮みで出来ている」と考えてしまうと、なんとなく気が楽だ。
今、自分は緩んでるのだろうか縮んでるのだろうかと、頭の先から爪先までスキャンしてみるとサッと客観的になれる。
ここで前提終了。
話を戻して「幸福感ポイント」とは何かというと、この緩む方向に動いた量が単純に加算される。縮む方向に動いた量は関係ない。
例えば、コーヒー好きの人が幸福感ポイントを得る仕組みを考えてみる。
まず、コーヒーの香りはリラックス効果があるので緩む【ポイントゲット】。
更に、苦味やカフェインの刺激で身体や血管が縮む。その後、エネルギー量の少ない(安定した)方へ向かうという法則によって自動的に0地点へ向けて戻ろうとするので緩む【ポイントゲット】。結果、リラックスしたように感じる。
リラックスするために人体に刺激があるはずのコーヒーを飲むとか、
ストレス解消のために刺激の強いゲームをしたり、タバコやアルコールのような人体に有害なものを摂取したりするとか、一見疑問を感じる行動も、幸福感ポイントを得ようと工夫を凝らした行為なのだろうと思うと納得感がある。
4. “ホッとする” と “時間に追われる” は同じ
“ホッとする” と “時間に追われる” は、得られる感情が同じなのだという話を聞いた。
…は? なんでよ? 真逆でしょ。
となる。
理屈を聞いてみても、
あぁ…そうなの…(不服)
という気持ちが拭えない。
感情は「生きたい」という願望や「死にたくない」という怯えによる心の縮みと、緩みとの落差で感じる。
どうも「変化量」でしか感じ取れないらしい。
どうしても感情のことを考えると感情的になって理解し難くなるので、機械的に数字で表してみる事にする。
現状を0、数字が上がるにつれ「安心感」が増す(緩む)とする。

まず『安心感が欲しい』と願ってみる。
① 明日はゆっくり寝ていて良い日のベッドの中
安心感 0 → 5
5ポイント上昇

これが一般的に願いが叶った気がするパターン。
そして、次が「なんでよ?」と思うパターン
② 急なメールで仕事が追加され時間一杯いっぱい。
安心感 0 → -5

しかし、どうにかして間に合わせる。
安心感 -5 → 0
5ポイント上昇

同じ量の安心感をゲット! という換算らしい。
理屈は分かるが…
そうじゃないじゃん! 一旦マイナスにするのやめてよ!
と、文句を言いたくなる。
まぁ、よく考えると①もその事柄の前に “ゆっくり寝られない現状” がある。エネルギー量の少ない(安定した)方へ向かうという法則や現状維持バイアスによって時間経過で自動的に0地点に戻っているので忘れがちだが、切り取り方次第なのかもしれない。
幸せは失ってから気付くとよく聞くけど、変化量でしか感じ取れないのだったら致し方ないかと諦めがつく。気持ち的にはずっと右肩上がりが続いて欲しいけれど、株価のように上がって下がってを繰り返しながら、それでも徐々に上がっていくことを期待して生きていくしかないのだろう。
5. 成功者の没落を見て得る喜びと、大谷選手が活動して得る喜びは別ものな気がする
数ヶ月前、名越康文さんとディズムさんの対談のライブを見に行った。その中で「喜びには二種類あるんじゃないか?自分達が成功者の没落を見て得る喜びと、大谷翔平選手が活動して得る喜びは別ものな気がする。」という話しを聞いた時になんとなく思い至ったことがある。多分、2種類ではなく3種類なのではないだろうか。
試しに3種類に分類してみる。
⑴ まずはオーソドックスに緩むポイントゲット方式
例えば、大谷選手の喜び(あくまで憶測ですが)
0地点から緩んだ分の幸福感ポイントゲット

⑵ 一度縮ませて、その後、エネルギー量の少ない(安定した)方へ向かうという法則や現状維持バイアスによって自動的に0地点へ向けて戻ろうと緩むことで幸福感ポイントゲットする方式
例えば、ミスをして痛手を負った【縮む】後になんとか対処して事なきを得る【緩む】ことによって幸福感ポイントゲット

⑶ 自分と他者を比較して感じた差から、緩んだように錯覚する擬似幸福感
例えば、人の不幸から得る喜び
他人が0地点から縮んだだろう分を予想して、0地点にいる自分が緩んだように錯覚する。

イメージ的には、自分の乗っている電車は止まっているのに隣の電車が動くと、自分の電車が反対側に動いて感じる、あの錯覚。
錯覚なのでポイントは得ていない。
⑴は喜びを感じるポイントゲット方法
⑵は喜びを感じにくいポイントゲット方法
⑶は喜びを感じる気がするがポイントは得られない、生存本能に近い行動。
実際は色んな要因が絡まりに絡まって一概には言えないだろうけれど。乱暴に単純化するとこんな感じ。
◇ ◇ ◇
そして、3章でウィンウィンかと思われた「③幸福感ポイントを獲得する」というミニゲームも、一つ問題点がある。
「プレイヤーはキャラクターの感情を理解しているわけではない」
これが結構厄介の種。
喜怒哀楽
キャラクターには全て違う感情なのだが、プレイヤーにはさして変わらない。何故なら、幸福感ポイントが一緒だから。
喜と楽が同じと言うならわかるけれど、怒と哀も同じなはずないじゃないかと感じる。しかし、機械的に分解するとポイント数が同じになる。
⚫︎楽は心と身体の両方が緩んでいる状態
(心:1pt・身体:1pt )= 2pt
⚫︎喜は心が緩んで、身体にはウキウキワクワクと力が入っている状態
(心:1pt・身体:-1)
→ -1は0地点へ向けて戻ろうと緩む(身体:1pt )= 2pt
⚫︎哀は心が縮こまって、身体はガックリ項垂れている緩んだ状態
(心:1pt・身体:-1)
→ -1は0地点へ向けて戻ろうと緩む(心:1pt )= 2pt
⚫︎怒は心はカチンときて身体はグッと握り拳を作っている両方が力んだ状態
(心:-1・身体:-1 )
→ -1は0地点へ向けて戻ろうと緩む(心:1pt・身体:1pt )= 2pt
ポイントだけで見ると同じなのだ。
キャラクターとしては苦しまずハッピーに生きていたいので常に ⑴ を望んでいるけれど、プレイヤーはそんなことは意に介さず ⑵ をやらせがち。
何故なら、手っ取り早いから。
⑴ だと、喜びそうな出来事を起こすのにお膳立てが必要だが、⑵ ならキャラクターをちょっと寝坊させる程度でできてしまう。
そして、「人生ドラマ」だから。
プレイヤーはキャラクターが作り出す色々な感情を引き出して、人生ドラマを楽しむことが目的。感情は「生きたいという願望」と「死にたくないという怯え」から生成されるので、生きるのに邪魔な障害を与えた方が生成されやすくなる。
ただ、⑵ を多用してしまうとキャラクターの肉体的にも精神的にも負担がかかり寿命を縮めることになる。寿命もシナリオで大体決まっているので、ある程度計画的に使っているのだろう。
◇ ◇ ◇
「プレイヤーめ、このヤロウ⑵ばっかり起こしやがって」と思いながら甘んじて受け入れるしかないという訳でもないらしい。この ⑵ を起こされた時の対処が上手な人を数人知っている(一方的に)。
縮ませる現象が起きた時、一旦「嫌だ〜!やりたくない〜!」と感情を発散してさっさと0地点に戻してしまってから、「よし、やるか。」と自分の意思で取り掛かる。YouTubeで目の当たりにした時は衝撃的だった。
これをすると、課題をあきらめの気持ちで嫌々こなす場合に比べて2倍の幸福感ポイントをゲットできる。
課題を渡された時にまず縮み《「死にたくない」という怯えによるもの》一度発散して戻して(緩んで)から、今度は自分の意思で課題に取り掛かるために縮ませ《「生きたい」という願望によるもの》、完了して緩む。
テスト勉強をしなければならない時に、一先ず部屋の掃除をしたくなるのは理にかなっているのかも知れない。
プレイヤー的には感情も見られてポイントも2倍で「コレは良い」となるのだろう。味を占めて大きな仕事を用意することが増えていく。
…良さげな技術なので試してみようと実践してしてみたら効果を感じた(多分)と、こっそり覚書をしておく。
6. 主人公が大変な目に遭わないわけがない
ゲームをスタートする時の自分の気持ちを思い返してみる。何がしたくてゲームを始めるのだろう。多分、思い通りにいかないドキドキワクワクを楽しみたくて始める。生い立ちがアレで、紆余曲折あって、降りかかる困難を乗り越えて、ちょこちょこ達成感を感じられて、出会う人達とアレやこれやあって、いい感じの景色が見られて、エンディングを迎える。そのゲームの主人公なのだから、まぁ、自分の思い通りには行かないんだろうと諦めてしまう方が気が楽だ。
生きる言い訳。
プレイヤーに作り出されてしまったから主人公やってやってるんだよ。
世界の歯車になりながら、データ収集に協力してあげてるんだから感謝してよね。
で良いのかもしれない。