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賞味期限、358日。┊︎ 創作大賞と、そのあと

昨年9月17日、一通のメールが届いた。

「創作大賞2025 中間選考通過のお知らせ」

noteを始めたばかりで、
中間選考があることすら知らなかった。

だから、待っていなかった。

サイトを見ると、
たくさんの名前の中に自分の名前があった。

へえ。

こういうことって、あるんだ。


▲ 海を見ると、まだ決まっていないことが増える。
──杉本博司「絶滅写真」展
東京国立近代美術館──



応募したのは、
「干すというささやかな革命」というエッセイだった。

洗濯物を干す話。

最近、“Tシャツが乾くまで” を見ながら、
ひそかに思っている。

洗濯物に目をつけるとは、
なかなか先見の明があったのではないか。


▲ 海も洗濯物も、
私よりずっと先にいたけど。



知らない誰かが読んで、
選んでくれた。

嬉しかった。

それからほんの少し、
自分が特別な人になったような気がした。

「もしかしたら」という言葉が、
急に自分の側にやってきた。


▲ 「もしや」は、意外と長居する。


結局、賞はもらえなかった。
でも、
次はもう少し先へ行けるかもしれない。

私はそもそも、
こういう博打みたいなものが好きではない。

ただ、勝負になったら勝ちたい。
我ながら、面倒くさい。


▲ 見つめても、目が合うことはない。


そして今年も、その季節がやってきた。

どうしてよりによって、
これが選ばれたんだろう。
もっとちゃんとしておけばよかった。

去年はそんなことを思った。
選ばれてから欲が出る。

だから今年は、
あとでそう思わないくらいにはやってみた。

「モザイクを避けたら、あっち向いた鬼」を書いた。


▲ 気づけば、物語の中にいる。



一か月くらい、
ずいぶん夢中だった。

もともと普段のnoteにも
わりとしつこく時間をかける。

書いて、消して、
写真を並べて、また書き直す。

誰に頼まれたわけでもないのに、
毎回それなりに面倒くさいことをしている。

今回は、さらにこねくり回した。
締切の前日まで。

出来上がったものはけっこう長かった。
それでも読んでくださった方がいた。
本当にありがたかった。

長かったでしょう。
私も長いと思います。


▲ 夢中なあいだに、季節が進む。


途中から、
結果とは別のところで楽しくなった。

朝起きても、寝る前にも触っていた。

“これだけやったんだから、
あとはそちらで決めてください”

──選ぶのは最初からそちらなのだけど。


▲ 勝たなくても、
戦利品くらいは持ち帰る。


そして先日。
2026年9月10日。

中間選考が発表された。
残ればメールが来ることを知っていた。

これは、知らないほうがよかった。
去年は待っていなかったものを、
今年は少しだけ待った。

そして、
メールは来なかった。


▲ 醒めては果てん、夢のまた夢。


残念だった。

でも、
「もしかしたら」がなくなっても、
思っていたほど何も壊れなかった。

去年のメールの日付を見る。

2025年9月17日。
今年は、2026年9月10日。

──358日。

そのあいだ、
ちょっとだけ夢見心地だったらしい。

“プチ夢”に賞味期限があるなら、
私のは358日。

なかなか楽しかった。


▲ 遊んでいるのか、必死なのか。
本人にもよくわからない。


落選から三日後、
私は東京にいた。

杉本博司さんの写真展がその日で終わると知り、
滑り込んだ。

最後に見たのは、
たしか2005年の森美術館。


▲ 昔の「好き」をなぞるように。


あのころの私は、
人の気配のないモノクロ写真が好きだった。

色がなくなると、
ここではないどこかの気配がする。
そういうところも好きだった。

それから長い時間がたって、
目が向くものが変わった。

色のあるもの。
人が何かしているところ。
生活の湯気が立っているもの。

「どこか遠くの極彩色」
なんて名前でnoteまで始めた。
ずいぶん色が増えた。


▲ 「色」と書いてあるのに、だいたい黒い。



展示室を歩く。

白。
黒。
また白。
また黒。


▲ 色をなくすと、世界は黙る。



きれいだった。
でも、昔ほど心は動かなかった。

このまま白と黒で
終わるのだと思っていた。

最後の部屋に入った。


▲ 青、黄、赤──



わあ、と思った。

ずっと白黒だったから、
目がびっくりしたのかもしれない。

──358日。

楽しい夢だった。

夢から覚めたら、
色があった。



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