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線路の向こう偎䞀床だけ愛を囁いお(箄23000字)

【抂芁】

党文玄23000字/ゞャンル恋愛/党幎霢察象


【あらすじ】

その感情は眪深く䞖間からは蚱されない。浮気や䞍倫、略奪愛。それらは自分にずっお無関係の人生だった。日垞を隒がせおいるゎシップの文字をなぞり共感するこずのない蚘事を読む。䞖間から激しくバッシングされるくらいなら近づかない方がいい。倧手食品䌚瀟の䌁画郚で働く枅野矎月(セむノ ミツキ)もそう考える䞀人だった。䞉十代になり呚りが結婚を決めおいく䞭で恋愛に積極的になれず過ごしおいた。抌し付けられる䟡倀芳に窮屈感を抱きながらも仕事に打ち蟌む日々を過ごしおいた。ある日隣の郚眲に秋吉慶䞀(アキペシ ケむむチ)が異動しおきたこずにより矎月の心が揺れ動かされおいく。既婚者ず知りながら惹かれおいく思いは向かう宛もなく進み始めた。



【プロロヌグ】

 䞉十代を過ぎた頃から人生のルヌティヌンに倉化がなくなった。食事も服も䌑日の過ごし方も平均的なものを遞ぶようになった。その無難さが私に底知れぬ安心感を抱かせた。
 だから―――たさか自分が既婚者を奜きになるなんお。想像すらしおいなかった。


 オフィスを出お芋慣れた道を真盎ぐ歩いおいた。数分前の同僚の䌚話がずおも遠い出来事の様に感じる。建ち䞊ぶお排萜な居酒屋の明かりが灯り始めた。呌び蟌みの声が巊右から聞こえおは耳から耳ぞ抜けおいく。䞭ぞ入っおいく客は、䞀日の疲れを肎にお酒を口にするのだろうか。そしお䞊叞や郚䞋の悪口を零すのだろうか。それずも最近倪り始めた劻に察する愚痎だろうか。隣の垭では男女のカップルが仲良く料理を取り分けながら将来の話に花を咲かせおいるのだろうか。食事が終わればホテル盎行か。
 気が付けば『あの店』の暪を通りかかっおいた。胞が痛くなる。錻の奥がツンず刺す。咜に぀たる熱さが蟌み䞊げそうになり倖の冷たい空気を䜕床か呑み蟌んだ。昚日のように鮮明に思い出せる。あの日からもう䞀幎が経ずうずしおいる。
 い぀しか駅も通り越し蟺りは静寂に包たれおいた。街のチカチカした眩しい光は届かず、がんやりずした歩道灯が倜道を照らしおいる。線路沿いを歩いおいるず、カンカンカンず静寂を切り裂くような激しい音が、霧がかかった私の頭にも勢いよく聞こえおきた。
 突然、線路ず歩道の間にある金網がギシギシず音を立おおしなり始めた。前方から来る匷い明かりに目を现めるず、匷颚を起こしながらあっずいう間に電車が通り過ぎた。冷たい北颚が䜓を叩き付けおいく。
 たた静寂が蚪れるずダりンコヌトのポケットに䞡手を぀っこんだ。右ポケットにカサカサず玙のような質感がかじかんだ指先に觊れた。 今倜は今幎䞀番の冷え蟌みだず朝のニュヌスで流れおいた。今朝、慌おお匕っ匵り出しおきたダりンコヌト。なにかが入っおいるのか党く芚えがない。折れ曲がった玙をポケットから出すず足が止たった。出おきたは折れ曲がった『退職届』。私が曞いたものだ。そうだ・・・䞀幎前のあの日、私はこれを提出するはずだった。もしこれを提出できおいたら、今私はここにいなかった。埌悔はしおいない。そう蚀い聞かせた途端、胞から蟌みあがった感情を必死で抌さえ぀けた。唇を噛み締めおいるず、しわくちゃになった退職届にポタリず涙が零れた。止たれ、止たれ涙を拭いながら䜕床も䜕床も蚀い聞かせた。埌悔はしおいない。本圓に。自分が遞んだこずだから。だけど・・・叶うのならもう䞀床だけ、もう䞀床だけ最埌にあの人に䌚いたい。

【第䞀話】過ちのきっかけ

―――䞀幎前

「うん。本圓に今日はゎメン。せっかくおススメのお店を咲子しょうこが予玄しおくれたのに。もし行けそうだったら顔出すね」
『仕事ならしょうがないっお、クリスマス䌚っお蚀っおもい぀もの飲み䌚ず倉わりないし。たた時間ある時に䌚えばいいよ』
「かすみにもよろしく蚀っずいお」
『はいはい仕事頑匵っおねぇ』

 オフィスの䌑憩スペヌスで電話を切るずため息が出た。二幎前からクリスマスは高校の友人、咲子ずかすみで集たるのが恒䟋になっおいた。きっかけは確か奈矎ちゃんの結婚匏で数幎ぶりに再䌚したからだ。
 私は倧孊を卒業しお、倧手の食品䌚瀟に就職した。『未来に぀ながる日本の食卓』がキャッチコピヌの鍵塚食品グルヌプはスヌパヌや飲食店ず倧型取匕から個人店たで幅広く取り扱っおいる。事務課だった私がマヌケティング課に配属されたのは、昚今の『女性の瀟䌚進出』の煜りずここ数幎の退職者が激増したからだ。長く勀めおいる私が、たたたた空垭になったマヌケティング課のおこがれ垭に座れただけ。最初はもちろん嬉しかった。やりがいや楜しみもそれなりにあった。同僚が、結婚やおめでたで退職しおいくずき『矎月は昇進したし仕事䞀筋だよねかっこいい』ず蚀われた。別に仕事䞀筋でやっおいこうずも、結婚をしないず決めおいたわけでもないのに。他人にはそう芋えるのだず、今たでは気にしおこなかったけれど、女の付き合い方の耇雑さを䜓感した気がした。

「枅野さん。取匕先からお電話が入っおいたす」
「はい。今行きたす」

 空になった猶コヌヒヌをゎミ箱に捚おデスクに戻った。電話口の向こうには先日面䌚した、出汁補造䌚瀟の広報の人だった。保留された案件だったが、どうやら瀟内䌚議でうちずの契玄を前向きに考えたいずいう返事だった。電話を切るず隣の広報課の人が入っお来た。このビルは党お鍵塚食品のもので、人数の少ないマヌケティング課は広報課や教育課などず同じフロアにたずめられおいる。広報課ずは色々話し合いもあるから、同じフロアにあるのは䟿利だった。

「枅野さん、さっきの人芋た」

 垰り支床をした田䞭さんに声をかけられた。朜たせた声の䞭に含みのある物蚀いは噂話が倧奜きな田䞭さん特融だ。さっきの人ずは広報課の人のこずだろうかマスク越しでもわかるくらい、田䞭さんの顔をにや぀かせおいた。

「秋吉さんでしたっけ先月本瀟から異動された方ですよね䞀床挚拶に」
「異動じゃないわよ。査定よ、査定次の垞務取締圹になるらしいのよ。それで各゚リア郚眲回っおるらしいわ。気を぀けないずねぇ倉なこず蚀ったら巊遷よ私たち」
「はぁ、そうですか」

 気の抜けた声が出るず、田䞭さんは盛り䞊がらない私ずの䌚話に口をぞの字にした。ようだった。マスクしおいるからわからないけど。適圓に盞槌を打っおいるず秋吉さんがマヌケ課の瀟員ず話をしおいた。次期垞務取締か出䞖街道たっしぐらっお感じ。

「じゃ私先に垰るわねお疲れ様」
「お疲れ様です」

 毛皮のマフラヌを銖に巻きながら田䞭さんはオフィスを埌にした。瀟員がたばらに垰宅を始める䞭、私は溜たったデスクワヌクを片付けおいた。急ぎではない。それなのに予定を断っおたで残業をするのは昌頃に営業に出お行ったきり戻らない䞊叞、河蟺の垰りを埅っおいるから。倖にはい぀の間にか雪が降り出しおいた。離れたデスクで仕事をしおいた岡西さんが慌おお垰宅の甚意をし始めた。ずうずう私䞀人か・・・。

「あの岡西さん、河蟺郚長っお今日䜕時に戻るか聞いおいたすか」
「郚長なら雪降っおくるから盎垰するっお少し前に連絡ありたしたよ」
「えっ盎垰」
「あの人そういうずころありたすよね。雪なんお今降っおきたのにさぁ。俺も垰りたすけど、斜錠お願いしおいいですか」
「はい。わかりたした」

 入り口にカヌドキヌず金庫の鍵を眮くず、岡西さんは雪を気にしながら足早に垰っお行った。オフィスの窓から倖を芋るず、確かに雪が積もりかけおいる。
そうだ、さっき入った出汁コラボの話も共有しないず。カチカチず叩くキヌボヌドの音が虚しく響いお行く。垰ろうか・・・。今ならただ咲子たちずの玄束にも途䞭にはなるけど参加できる。この憂さを晎らせる。

「はぁ」

 コヌヒヌが飲みたくなり䌑憩宀でさっきず同じ猶コヌヒヌを買うず、広報課の明かりもただ぀いおいた。私以倖に残っおる人いるんだ。
デスクに戻りコヌヒヌを口に含むず、ゆっくりず匕き出しを開けた。初めお曞いた『退職届』の䞉文字が芋える。十幎近く勀めたこの䌚瀟を蟞めようず思ったのは昚日今日の話じゃない。二幎前から考えおいおようやく決心が぀いた。䌚瀟が嫌なわけでも、他になにかしたいわけでもない。ただ、もうこの仕事をしたくない。取匕先ず䌚瀟ずの板挟みのような仕事に正盎疲れた。倧した理由でないず蚀われればそれたで。だけど、やりがいのない仕事をひたすら続けおいく苊痛は数幎の間に積み重なり苊しくなる䞀方だった。

「はぁヌ・・・」

 ビビむィィずスマホの譊告アラヌム音が響いた。スマホの画面には『雪のため路線凍結により運転芋合わせ』最悪の知らせだった。

「嘘・・・最䜎だ。早く垰ればよかった」

 デスクの䞊で力尜きた。仕事をやる気力はもう残っおいない。タクシヌで垰るか、いやでも電車が止たるずすぐに激混みになるんだよな。それにお金が・・・。ホテルで泊たろうかな。あヌ・・・どうしよう。スマホで近蟺のホテルの空き状況を確認するず既に満宀の所が倚い。グゥず静かなオフィスに自分の腹の音が響いた。

「ずりあえずなんか食べに行くか」

 幞いオフィスの近くは飲食店が倚い。腹の虫を抑えるためダりンコヌトを矜織り、出ようずするず河蟺の垭が芖界に入った。そうだ、せっかく誰もいないオフィスだ。河蟺の垭に近づき、枡せなかった『退職届』をデスクに眮いおみる。今日瀟員が垰ったあず枡そうず思っおいた。きっず退職理由ずか色々聞かれお時間がかかるだろうず思っお、咲子達ずの食事䌚を断ったず蚀うのに。

「あの、すみたせん」

 人の声に咄嗟に『退職届』をポケットにねじ蟌んだ。誰もいないず油断しおいたせいで、ドア付近に立っおいる人物の名前がすぐ出おこなかった。倕方に来た人だ。田䞭さんが次期垞務取締圹になるず蚀っおいた人。確か、秋吉さんだっけ。

「すみたせん急に。僕は広報課の秋吉です。カヌドキヌのやり方わからなくお聞いおもいいですか」
「はっはいもちろんです」

 物腰の柔らかい口調で正盎驚いた。圹職が぀いおいる人は倧抵普段の口調も厳しくなる人が倚かったから。
「ここにルヌム番号入れお、瀟員蚌かざせば斜錠できたす」
「ルヌム番号」
「はい。ここはマヌケ課なので広報課ずは違うんですが、ご存じですか」
「そういえば、垰る時に蚀っおたな。ちょっず埅っお」

 秋吉さんが河蟺に挚拶しに来たのは先月だった。「こちらでしばらくお䞖話になりたす」ず秋吉さんが軜く頭を䞋げるず、河蟺が珍しくおどおどしおいたのが印象的だった。

「おっできた助かりたしたヌ。ありがずう」
「いえ、これくらい・・・」
「今から垰るずころえっず」
「ご挚拶が遅れお申し蚳ありたせん。マヌケティング課の枅野です」
「枅野さんねじゃ駅たで垰ろう」
「あの・・・それが私、䞭倮線なんですけど今雪で運転芋合わせしおいるみたいで」
「えっそうなの僕も䞭倮線だ。参ったな」

 ゚レベヌタヌに乗り蟌むず、ガラス匵りの窓から倖が芋える。思っおいた以䞊に雪が降っおいお、地䞊が癜くなっおいた。隣で秋吉さんがスマホで電車の状況を確認しおいるず数秒埌「あちゃ」ずため息亀じりの声が聞こえた。

「本圓にすごい雪だな。枅野さんはどうするの垰れる」
「もう少し運転再開埅぀か、ホテルに泊たろうかず思っおたす」
「そうか、雪はあたり降らないず思っおいたのに油断したな。僕もどこか泊たるか」

 䞀階に着いたずころで゚レベヌタヌのドアが開いた。冷気が玠早く入り蟌んでくる。䜓に力が入り、これから曎にくる寒さに備えた。案の定、雪が降る倖はかなり冷え蟌んでいる。

「うぅわっ寒っこっちの冬はこんなに冷えるんだね」
「寒いです。寒いですがここたでの寒さは滅倚にないです」
「ねぇ枅野さん。電車止たっおるし、せっかくだからご飯食べに行かない僕単身赎任で、最近来たばかりなんだけこないだ矎味しいお店教えおもらったんだ」

 正盎、䌚瀟の人ずご飯を食べに行くのは苊手だった。気を遣うのももちろんある。だけど、結局は仕事の話しかしないから。ただ、今日はこの寒さず空腹の方が勝っおいた。倚分そう思えたのは、先月䌚った時も今も私は秋吉さんに悪い印象を持たなかったからだ。
 次第に積もっおいく雪の䞭、飲食店をいく぀か通り越した。おっきり居酒屋に行くのかず思っおいたが、やっおきたのは萜ち着いた雰囲気の掋食屋さんだった。こんなお店が䌚瀟の近くにあったんだ。秋吉さんが店内のドアを抌すずカランカランず鈎が鳎った。店内に入るず、冷えた䜓がゆっくりず枩たっおいく。コヌトに぀いおいた雪もすぐに解けおいった。雪のせいで足止めを喰らっおいた人は倚いらしく、テヌブル垭が埋たっおおり私たちはカりンタヌ垭に案内された。

「ここのナポリタンがすごく矎味しかったんだ。たた食べたいず思っおいたから来れお良かった。枅野さんはナポリタン奜き」
「あたり食べたこずないです。すみたせん」
「どうしお謝るの僕もナポリタンあたり食べたこずなかったんだよね。嫌いじゃないけどメニュヌにあっおも䞭々泚文しないずいうか、そういうのない」
「あっ私もそんな感じです」
「だよねでもこの間来たずきに隣の人が食べおたんだよ。それが矎味しそうで僕も食べおみたら、矎味しかったんだよ」

 メニュヌを芋るず、秋吉さんがオススメしたナポリタンが䞀番䞊に茉っおいた。昔ながらのナポリタンの䞊にお店の特性チヌズをトッピングしたナポリタンだ。

「お先にお飲み物をお持ち臎したすが」
「枅野さんはお酒、飲む人」
「え、ずりヌロン茶でもいいですか」
「もちろん。じゃ、りヌロン茶二぀䞋さい」
「かしこたりたした。メニュヌもお決たりでしたらお䌺いしたすが」

 秋吉さんがこちらを芋たので私は盎ぐにオススメされたナポリタンを泚文した。カりンタヌで泚文を受け取るず、店員はドリンクサヌバヌがある厚房ぞ入っお行った。

「もしかしお僕が匷制しちゃったかな」

 目を现めお笑う秋吉さんず目が合った。あたり気を䜿わせおしたわないように私も埮笑み返した。
店内にかかるゞャズミュヌゞックがレトロな感じを挂わせ店内の装食に銎染んでいた。壁に掛かる柱時蚈もノスタルゞックな挔出を手䌝っおいる。

「それにしおも雪で電車が止たるなんお思っおなかったな」
「東京だず電車たくさんありたすもんね」
「そうなんだよね。䞀本止たったずしおも次、次、次最悪タクシヌっおなるけど・・・ここだずタクシヌで垰るず䞇越えするから経理に煙たがられるんだよな」
「秋吉さんでもそうなんですか」
「そうだよ。こっちは仕事しおいるのにね」

 するず「お埅たせしたした」ず隣の垭の人にナポリタンが出された。ほかほかの湯気が立ち昇るのず䞀緒に甘いトマトケチャップ゜ヌスの甘酞っぱい銙りに錻腔をくすぐられた。確かに矎味しそうだ。りィンナヌには銙ばしく焊げ目が぀いおいお野菜もたくさん入っおいる。その䞊にたん䞞のチヌズが乗っおいる。぀い泚文しおしたった秋吉さんの気持ちもわかる。

「矎味しそうですね」
「だろ」

 隣に聞こえないように秋吉さんに耳打ちをするず、今床はちゃんず笑っおくれおほっずした。郚眲違いずは蚀え䞊叞には倉わりない。先ほどポケットにしたった『退職届』が頭の䞭の蚘憶をかすめた。芋られおはいないはず。

「はい。お埅たせしたした」
「おっきた」

 私たちの前にナポリタンが眮かれた。秋吉さんはゞャケットを脱ぐず腕たくりをし、再床おしがりで手を拭いおいた。そういえば男の人ず二人で食事をするのは久しぶりだな。しかもカりンタヌ垭で食事なんお。あれ、もしかしたら初めおかもしれない。隣にいる秋吉さんずの距離は近いはずなのに嚁圧感がない。フォヌクにくるくるずパスタを巻き付けお口に含む䞀連の動䜜に無駄がなかった。私もフォヌクを手に取り、おすすめのナポリタンを食べた。

「矎味しい」
「だろよかったヌ正盎あれだけオススメしたから奜みじゃなかったらどうしようっお思ったよ」
「矎味しいです本圓に。ナポリタンっおこんなに矎味しかったんだ」

 お腹が空いおいたせいもあるかもしれない。でもお䞖蟞抜きでここのナポリタンは絶品だった。フォヌクにパスタを巻き付け口に運ぶ秋吉さんも矎味しそうに食べおいる。秋吉さんが顔を䞊げた拍子に目が合った。
思っおいた以䞊に至近距離だったこずに驚いた。

「どうかした」
「あっいえ、ここのお店のこず党然知らなかったので教えお貰えおよかったなっお。ありがずうございたす」
「そんなたいしたこずないよ。枅野さんは入瀟しおどれくらい経぀の」
「十幎目です」
「長いね。もうベテランだ」
「そんなこずないです。最初の四幎間は事務課で、そこからマヌケ課になったので、ただただ分からないこずもたくさんありあたす」
「真面目だね、僕もわからないこずだらけだよ」

 次期垞務取締圹候補がわからないこずだらけなわけないだろう、ず突っ蟌みを入れたい。けれど秋吉さんの顔を芋るず冗談でもなさそうな顔をしおいお、私はたたナポリタンを口に含んだ。今たで䞀緒に仕事をしおきた異性は『自分はできる』ずいう自信が滲み出おいる人がほずんどだったから、なんず蚀っおいいかわからなかった。

「仕事は楜しい」

 秋吉さんは既に完食しおいた。やっぱり男の人は食べるのが早いな。たたメニュヌを芋ながら私に質問した。入瀟しお䞉カ月埌、この䌚瀟では新入瀟員面談ずいうものがある。勀務内容や察人関係、今床どういうビゞョンを持っお仕事に打ち蟌んでいきたいか、など採甚面接で聞かれたこずを入瀟しおからもう䞀床聞かれるのだ。そのずきに党員聞かれるのがこの質問だった。むしろ面接以倖で聞かれたこずはない。あの頃は即『楜しい』ず答えなければ䞍合栌通知、又はやる気がない絊料が䞊がらない。そういう傟向にあった。だから即座に『楜しいです』ず答えおいた。だけど、今聞かれおいる『楜しい』はなんだろうか、むしろ『楜しい』だけでやっおいける仕事なんおあるんだろうか・・・

「マスタヌ、プリン二぀お願いしたす」
「かしこたりたした」

 薄いメニュヌをパタンずしたうず、たた秋吉さんず目が合った。䞞い二重の奥にある黒い瞳に、間の抜けた自分の顔が写っおいそうだ。簡単な質問になにをためらっおいるのか。深い意味はないのだから、楜しいですず適圓に蚀っおしたえば良かったのに。

「あっゎメン、仕事の話ばかりダダよね」
「いえ、そう蚀う蚳じゃ」
「雪ただ降っおるよね。電車の状況芋おおかないず」

 ポケットからスマホを取り出すず、玠早く電車の運䌑状況をチェックし始めた。䞊叞に気を䜿わせおしたった。煜おるのは埗意ではないけど、気を䜿わせないようにずは思っおいたのに。秋吉さんがスマホをタップするず画面のラむトが倉わっおいく。気遣いが早い。こういうずころからも仕事ができる感じが䌝わっおくる。

「ずかはやっおる」
「やっおないです。あたり埗意ではなくお」
「そうなんだ。若い子はみんなやっおるむメヌゞだったけど」
「私は若くないので」
「えヌそんなこずないでしょ、だっお・・・あ、ゎメン」
「・・・」
「䞊叞が幎霢聞くのずかっお今セクハラになるんだよね。ゎメンゎメン今のなし」

 顔の前で手を巊右に振るず、秋吉さんがスマホをテヌブルに眮いた。そしお背を䌞ばしながら、私の埌ろにある窓を芋た。私も振り返り、倖を芋おみるが曇るガラス窓からは雪がどれほど降っおいるのかわからなかった。同じものを食べお同じものを芋おいる時間に満たされおいく気がした。

「電車動きたすかね・・・」
「ただ電車止たっおるみたいだけど、さっきよりは雪匱たっおいるっぜいんだよな」

 ハンカチで口元を拭いおいるず、マスタヌがプリンを二個持っおきた。そういえば秋吉さんさっきなにか頌んでいた。

「秋吉さん、来たしたよ」
「あっうん。ありがずう。枅野さんも食べおみお。ここプリン絶品だから」
「いいんですか」
「そのために二぀頌んだんだよ。僕が二぀ずも食べるず思ったの」

 秋吉さんの蚀葉に思わず笑っおしたった。気が付けば自分の肩の力が抜けおいた。いや違う。

「ありがずうございたす。いただきたす」
「うん」
「おっ電車埐行運転で動き出すっおよ」
「マゞか早く行こうお䌚蚈お願いしたす」

 店内が急に慌ただしくなった。ガタガタず怅子を匕く音があちこちでしおいた。店内の壁にかかる時蚈を芋るず時刻は時を回ろうずしおいる。私のお皿にはただプリンが残っおいお、秋吉さんは既に食べ終えおいた。

「秋吉さん、電車動いたみたいです。よかったら先に」
「急がなくおも倧䞈倫だよ。今動いたっおこずはここから先動く芋蟌みがあるからだず思うから」

 この人ずもう少しだけ話しおみたい。なぜだかそう思った。そう思える異性に出䌚えたのは䜕幎振りだろう。呚りが結婚しおいく䞭、䞀人で生きおいくず決めたわけでもないけど、このたた䞀人で生きおいく道もあるのだず遞択肢に加わった。それは、仕事を䞀生続けおいくむメヌゞはできおも、誰かず䞀緒に䞀生を添い遂げるむメヌゞが私には䞊手くできなかったからだ。他人から心から愛されるような存圚でもない。

「もしたた運䌑しそうになったら盎ぐ蚀うよ」
「ありがずうございたす」

 私は再びプリンをスプヌンに少しだけのせ口ぞず運んだ。マスタヌず秋吉さんが話しおる暪顔を蚘憶に刻むように芋぀めた。最埌にコヌヒヌを飲んで私たちは店を出た。

 倖に出るず颚は治たり雪はただ降っおいた。足元に気を぀けながら駅ぞ向かうず電車が発車する音が聞こえおきお安心した。二人で䞊んで駅たで向かった。他愛もない話は尜きるこずがなかった。急に錻の頭が赀くなっおるこずに恥ずかしくなった。
ホヌムに列車が入っおくる。埐行運転だけど動いおいる。

「電車来たしたよ」
「良かった。僕反察方向だから、枅野さん先に乗っおね」

 秋吉さんの錻の頭も赀くなっおいた。肩をすがめながらわざわざポケットから手を出しお小さく降っおくれた。きっずこんなにお近づきになれるのは今日で最埌だろうず思った。私はマヌケ課で秋吉さんは広報課。しかも秋吉さんは垞務候補。それに・・・。

「今日はありがずうございたした。こんな日で最悪っお思ったけど、秋吉さんのおかげでずっおも楜しかったです」

 䞀瀌しお電車に乗った。私の蚀葉に少しだけ目を䞞くしおすぐに口角を䞊げた。寒さが続く䞭、電車のドアがしたった。窓越しに手を振る秋吉さんに、私もそっず手を振っおみようかず迷ったけど、さすがに䞊叞にそれはず思いもう䞀床軜く頭を䞋げた。駅の街灯がパチパチず点滅するず、秋吉さんの巊手薬指の指茪もそれに䌎い反射した。

 遠ざかっおいく人圱が秋吉さんだずわからなくなるたで芋おいた。
 この日から、私の平均的な感芚に亀裂ができた。人が人を奜きになる瞬間はあっけない。けれど、䞀床進みだした気持ちは簡単には止らない。

【第二話】最䜎な女

「枅野くん。少しいいかね」

 怅子に緩く腰掛けおいた河蟺が私を呌び぀けた。ワむシャツが巊右に匕っ匵られ、かろうじおずめられおいるボタン。異動しおきおからどんどん締たりのない䜓型になっお良いるこずをこの人はどう思っおいるんだろう。癜髪混じりの髪はセットされるこはなくなった。それでも家に垰れば劻子がいる。私にずっおは嫌味な䞊叞でもこうしお働いおいるのだからわずかながらに敬意を持おる。さお今日はどんな嫌味を蚀われるのだろうか、そう構えおいた。

「なんでしょうか」
「実は次の朝光商業の䌁画案件なんだが、君に任せたいず思っおね」
「えっ・・・もしかしお朝光商業ですかかなり倧手ですよね。私で良いですか」
「先方から今回の䌁画は女性が良いず蚀われおね。頌めるかね」
「はいぜひやらせおください」

 思わず声が倧きくなっおしたった。朝光商業ずは、私たちの業界で知らない人はいないほどの倧䌁業だった。私は河蟺から䌁画資料を受け取った。

「よし。決たりだな。連絡入れずくからあずは任せたよ。今、受け持っおいる仕事が忙しければ他の人にたわしおもらっおもいい。朝光商業を優先しおくれ」
「はい」

 昌䌑み、コンビニに行こうず廊䞋に出るず隣のオフィスにいる秋吉さんの姿を芋぀けた。パ゜コンに向かい仕事䞭のようだった。巊右に分けた前髪を指先で盎しおいた。気づいお欲しいような欲しくないような。心臓の奥がくすぐられる。食事をした日から、秋吉さんを芋぀けるず目で远っおいる。
 
「枅野くん、先ほどの件だが先方ずのスケゞュヌル芋ずいお」
「あっはい。今行きたす」

 最埌に恋をしたのはい぀だっただろうか。意識をしお思い出さなければいけないほど前だ。街䞭に溢れる色恋の音楜も、むベントも次第に遠のいおいった。遠のいおいたはずなのに近頃の、倚皮倚様を利甚しおみんなで盛り䞊がろうずいうコンセプトが気持ち悪いほどの勢いで広たっおいた。理解し合える䞖の䞭、認め合う䞖の䞭、でも心の内で、いや遺䌝子レベルで根付いおいる思考はそう簡単に取っ払えるものじゃない。実際、私を芋る䞖間の芖線はなにも倉わっおいないように思える。
 確認を終え䌑憩に出る頃には昌ず呌べる時間垯を越えおいた。゚レベヌタヌが来るのを埅っおいるず窓の倖に飛行機が芋えた。

「お疲れ様。今から䌑憩」
「あっ秋吉さんお疲れ様です。はい。もう少し早く出る予定だったんですが、先方から電話が入っお、今から䌑憩です」
「そうなんだ。頑匵っおるね」

 恐いくらい緊匵しお話すのが早くなっおしたった。秋吉さんは仕事柄か、元からなのかわからないけど穏やか優しい耳障りの良いトヌンで話しおくれおいる。頑匵っおるね、なんお蚀われたのい぀ぶりだろう。

「河蟺さんっお癖匷いっお聞いおたけど枅野さんはわりず平気」
「えっ・・・。そうですね。職堎では色々な方がいたすから」
「あっごめん。これ調査ずかじゃないから気にしないで。ただ、枅野さんは呚りずのやりずりが芋おいお䞊手だから。逆に疲れすぎないか心配かな」

 ゚レベヌタヌがゆっくりず䞊がっおくる。緊匵が増しお行くなかで早く来お欲しいず思う䞀方で、ただ止たらないで欲しいず願っおいた。

「私は、意倖ずそういうの慣れおたすから。秋吉さんこそ䞊局郚ずのやりずり倧倉ですよね。垞に緊匵感のいる圹職ですから」

 秋吉さんを芋䞊げるず、䞞くしおいた目を现めた。息を぀いた衚情が今たでの秋吉さんず違っおいお胞が締め付けられる。この人が奜きだず激しく自芚する。頭ず胞が察極の反応を繰り返す。自分の顔が緩んでいないか唇を軜く噛んだ。

「おっ゚レベヌタヌ来た䌑憩行っおらっしゃい」
「はっい。ありがずうございたす」

 ありがずうございたすずはなぜだろう。䌚話が成り立っおない。慌おお゚レベヌタヌに乗り蟌み䞀階のボタンを抌した。秋吉さんは扉が閉たるたでそこに居おくれお、あの日ず同じように手を振っおくれおいる。

「はぁぁ・・・」

 倧きく息を吞い蟌んでゆっくりず吐き出した。䜓が熱い。胞っお本圓に痛くなるんだ。誰もいない゚レベヌタヌで脱力した。こんなにも、話せなくなるものだっただろうか・・・奜意を抱いた異性ず。
 奜きになるだけなら眪にはならない。誰にも蚀わなければ誰も知らないし傷぀けたりしない。

□□□

「ハむボヌルず生で、あっあずポテサラも」

 メニュヌを埩唱するず店員は嚁勢の良い声を出しながら厚房ぞ戻っお行った。金曜日の倕方を向かえた飲食店は慌ただしい。この時期は新幎䌚あるから通垞より忙しそうだ。珟に店内はほが満垭で、あちらこちらから人の話し声やどっず笑い声が沞き起こった。

「あっそういえば咲子、クリスマスパヌティヌ行けなくおごめんね」
「良いよ、別に気にしなくお。幎末幎始っお仕事忙しいよね。あれ仕事ただ続けおる」
「あヌうん。䞀応今のずころは」
「そうなんだ。続けられそうならそれもありだっお」
「今床面癜そうな仕事の案件任されおさ、それが終わったらたた考えようかなっお」
「うんうん。ありだよ。あっやばこれめっちゃ矎味しそうこれ食べようあっあずこっちの味噌バタヌも矎味しそうだな」

 咲子がニッず笑うず八重歯が出るのは䞭孊の時から倉わらない。車で遠くたで遊びに行ったり、こうやっおお酒を飲んだり結婚しお倧人になる咲子を隣で芋おいおも根本の物はあたり倉わっおいないような気がした。

「私も最近バタバタしおおさ」
「離婚の話は順調に進んでる」
「そうっその話聞いおよもう手続き色々面倒でさヌ盞手の芪も玍埗しおないみたいだし」
「玍埗もなにもそもそも向こうの責任でしょ」
「そうなのよっ芪バカなんだっお本圓腹立぀のっおたけに矩姉さんたで出お来おさ」

 話しおいる䞭、泚文したメニュヌがテヌブルに運ばれおきた。フラむドポテトの味噌バタヌ味ず明倪豆腐ステヌキに若鳥の柚子胡怒のせ、シヌザヌサラダどれも鉄板メニュヌだ。付き合いが長いからこそお互いの嗜奜を把握しおいるからメニュヌの決め方が楜で良い。

「うわっなにそれ、匟の離婚の話に出おきお恥ずかしくないのかな」
「今思えば結婚匏の時から色々䞖話焌いおたよ。䞡芪が共働きで小さいずきは私が良く面倒みおたしたっおいう兞型的なタむプ」
「そういえば蚀っおたね」

 䞉幎前に咲子が結婚した。正盎、寂しかったけど亀友関係の広い咲子にしおは思っおいたよりも遅めの結婚だなず感じお誰よりも祝犏した。だから䞀幎前離婚するかも、ず話をされたずきは少し驚いた。驚いたけど、倫婊の関係に私が口を出すこずなんおなにもない。仮にそこにどんな理由があったずしおも、私が咲子の味方でいるこずに倉わりはない。

「ぞいお埅たせしたした」
「私スパヌクリング远加で」
「はい」

 テヌブルの隅にあった灰皿を咲子が自分の方ぞ寄せた。黒の゚ナメルの化粧ポヌチから煙草ずラむタヌを取り出すず、慣れた手぀きで煙草に火を付けた。結婚しお以来、子䟛が欲しいからずやめたず聞いおいたけど。やっぱりこっちの方がらしいな。

「はぁヌ やっぱさ慣れないこずはしないもんだよ。我慢は長く続かない」
「そういえば、かすみは今日来なかったんだ」

 私の問いかけに、咲子が思い出したかのように『あぁ』ず䜎い声を出した。灰皿に灰を萜すず、萜ちた灰を芋぀めながらため息も萜ずした。

「どうしたの」
「かすみは誘わなかった」
「そうだなんだ。たぁ䞉人予定合わすのも倧倉だもんね」
「・・・」
「なんかあった」

 咲子は眉間にシワを寄せるずもう䞀床煙草を口に咥えた。蚀いづらい内容なのか、もしかしたらかすみに口止めされおいるのかもしれない。若鳥のからあげに柚子胡怒をのせ口に運ぶず、ぎりっずした刺激ず柚子胡怒の銙りが錻に抜けた。

「もうあの子ずは二床ず䌚わない」

 喧嘩でもしたのか、私は口の䞭にある鶏肉を咀嚌しながら続く咲子の話を埅った。咀嚌するたびに肉汁が染み出おくる。うん。これも矎味しい。

「かすみ䞍倫しお慰謝料請求されおるらしいよ」
「なぅ」

 い぀誰かすみずは、あのかすみで合っおいるだろうかなにから聞けばいいかわからず、口を開いたが口の䞭に肉が入っおいるこずを忘れ、飛び出そうになった。ゎメンず頭を䞋げ顔の前で手を挙げた。私が口の䞭を空にする間に咲子はもう䞀本煙草に火を付けた。私の聞きたいこずを察した咲子が昇っおいく玫煙を芋぀めながら再び口を開いた。

「倧孊の同じサヌクルだった人みたいだよ。盞手はもう結婚しおお、奥さん劊嚠しおるっお。倧きいお腹抱えお䞀人でマンションの前にいたらしい。『孊校には蚀わないから金茪際、倫には䌚わないでくれ」っお。探偵雇っお撮らせた写真枡されたっおさ」

 咀嚌しおも噛みきれない塊をそれでも口の䞭で咀嚌しようずした。い぀しか味がなくなっおいる。塊を無理矢理のみ蟌むず、䞊がっおきそうなのでハむボヌルで奥ぞ沈めた。異物が食道をぬるりず通っお行く。

「かすみ、その人のこず奜きだったの」
「別に、特に奜きでもなかったみたいだよ」
「えっどういうこず」
「さぁただダりたかっただけなのか、寂しかったのか正盎わかんない。ほら、あの子昔からプラむド高かったし。私もさ、かすみが倧孊の頃から奜きだった盞手ずか䞍倫しお萜ち蟌んでたらただ・・・ただ庇いたい気持ちも沞いたかもしれないけど。久しぶりに䌚っおすぐ『慰謝料どれくらい請求しおる癟二十䞇っお倚い』っお聞かれたらそんな気もわかなくなるよ。そんな人が今も教垫やっおるっお気持ち悪いし䞖も末だわ」

 かすみの䞡芪は教員でかすみも教垫になるっお必死に勉匷しおた。高校二幎のずき、かすみが隣のクラスに奜きな人がいるず恥ずかしそうに打ち明けおくれた。サッカヌ郚のわりに倧人しそうな人だった。顔は党く芚えおないけど、どうしたら連絡先を聞けるかみんなで䜜戊を立おたっけ・・・あの頃の思い出が急に突き攟されたように遠ざかった。

「私が最埌に䌚ったのは去幎だったかな、そのずきは良い感じの人がいるっお蚀っおたけど」
「その圌氏ずは別れたらしいよ䞍倫盞手ずは倧孊からずっずそういう関係だったっお」
「・・・はぁヌ䞖も末だね」

 残りのハむボヌルを䞀気に飲みほした。そういうこずをしながら、私たちず䌚っお普通の恋愛話をしお、かすみはなにを思っおいたんだろう。実際、高校時代の友達ず蚀っおも倧孊に行っお瀟䌚に出おたら倉わっおいくこずの方が倚いのかも。むしろたった䞉幎間の孊生生掻で知った気になっおいる方が間違いなのかもしれない。

「なんか空気悪くなっちゃったねゎメン切り替えよう。矎月は最近良い人いた」

 頭の䞭に浮かんだ人を盎ぐにかき消した。私はなにもやたしい事なんおないのに。

「いないよ、そんな人。盞倉わらず仕事だけの生掻」
「だよねヌ。䞭々いい人いないよ」

 今たで誰かの物を奪いたいず蚀う願望は䞀床もなかった。だから、あの人が結婚しおいるならそれを壊しおたで自分の幞せを掎み取りたいずは思わない。かすみは䞀䜓どんな気持ちだったのだろう。考えおもそれはかすみず、盞手にしかわからない。ただ、止めなきゃいけない思いが止たらないっおいうずころはほんの少しだけわかるような気がした。もし、出䌚うのが少し遅れただけで盞手を本気で奜きになったら人は止められるんだろうか。
その日以来、かすみから私に連絡が来るこずはなかった。

【第䞉話】最䜎な男

「枅野先茩のネむルかわいいですね。新しくしたしたよね」

 私のデスクを芗き蟌んできたのは、䞀カ月前マヌケ課に配属された花厎さんだった。愛らしい仕草で䞀躍マヌケ課のアむドル的存圚ずなった。若いのに仕事も早いし、みんなからの評䟡も高いけど・・・。

「いいな私もそういう色が良いです。パヌプルピンク系ですか」
「うん、どっちだろう。家の近くに新しくネむルサロンが出来お広告が入っおたから行っおみたんだけど。向こうの人に党郚任せたから」
「えっ先茩広告芋お行ったんですか今時そんな人いるんですね」
「たぁ近くだったから」
「普通ずかで調べおから行きたせん口コミ芋お。倱敗したくないし」
「ぞぇそうなんだ。次からはそうしようかな」

 正盎蚀うず私は苊手だ・・・。仕事面では差し障りないにしろ、幎䞊をちょいちょいバカにする物蚀いず雑務はほが他人任せ。なにより私が苊手なのが返事や挚拶をしない。田䞭さんに聞いたら、今の若者はあたり挚拶や返事に慣れおないずか蚀っおたけど。

「これ頌たれおいた曞類たずめお眮きたした。埌でメヌルで送りたすね」
「さ、さすが早いね」
「これくらい簡単ですよ」

 埗意げに蚀うず、圌女は自分のデスクに戻っお行った。そりゃ簡単だよ。できる範囲で頌んでるんだから。最近の瀟䌚は若者に甘すぎないか私が入瀟したころは・・・っおこういう蚀い方、本圓に幎取ったよなぁヌ。

「おっ枅野くん䞁床いいずころにいた」
「河蟺郚長。なにかご甚でしょうか」
「次回の研修報告䌚だけど、君に行っおもらっおいいかな」
「本瀟のですか」
「そうそう。あ、あず花厎くん二人で行っお欲しいんだ」
「二人ですか花厎さんにはただ報告䌚は早くないでしょうか」
「花厎くんは報告䌚に参加ず蚀うより、顔合わせだよ。圌女マヌケ課になっおから本瀟に挚拶行けおないから」
「わかりたした」

 そう蚀うず河蟺は奥にある接埅宀に入っお行った。
 最悪だ・・・よりにもよっお花厎さんず䞀緒に行くなんお、絶察に疲れる。それに本瀟の人に倱瀌がないか心配。河蟺の奎たた私に厄介ごず抌し付けたな。
 広報課を芋るず秋吉さんの姿はなかった。今日は倖回りなのかな・・・。誰かにこんなに䌚いたいっお思えるなんお䞍思議だな。

□□□

「我瀟は、今埌もっず䞊を目指すべく今なにを成すべきか考える垰路に立たされおいる」

 郜内の䞀等地にあるホテル。そのホヌルを貞し切り研修報告䌚は幎に二回行われる。この話は入瀟以来なにも倉わっおない。幎に二回も開く必芁あるのだろうか。その床こんな倧きなホヌルを貞し切り、瀟員や取匕先の人を招いお自己満足な䌚議をするのが勿䜓ないず思うけど。立食䌚の料理も倧したこずないし。たぁ瀟員の方向性を明確にしたいのはわかるけど・・・。
 円卓テヌブルの向かい偎に座る花厎さんを芋るず半分寝かかっおいる。その姿にため息が零れそうになるのを堪え気づかないフリをした。壇䞊に芖線を移すず本瀟のお偉い様の芋慣れない顔が䞊んでいる。その䞭に秋吉さんに䌌た人を芋かけた。背䞈が䌌おいる。たさか研修報告䌚に来おるのかな。

「うぅやっず終わりたしたね。私めっちゃダルむです」
「埌は䞋のフロアで䌚食だから行こう」
「えヌそれっお絶察出なきゃダメですか」
「顔だけでも出さないず。䞀応仕事だから」
「面倒くさいですね。あっ私今日近くにホテル取っおあるんで先茩は先垰っおいいですよ」
「えっでも河蟺さんには日垰りっお蚀っおあるけど」
「宿泊がいいですっお蚀ったらすんなりしおくれたんで私は泊っおきたヌす」

 泊たっおくなら尚曎顔出さなきゃダメでしょ。ずいうか泊たるならたず同䌎する私に蚀うはずでしょ。沞いおくる苛立ちをぷ぀ぷ぀ず朰しながら平垞心を保った。今日は二人だけだし顔に出おないか心配。

「あっ枅野さん」

 無蚀のたた二人で立食䌚堎ぞず向かおうするず、背埌から名前を呌ばれた。

「やっぱり枅野さん参加しおたんだ」
「秋吉さんお疲れ様です」
「参加者名簿芋たら、枅野さんの名前があったからもしかしおず思っお」
「はい。私もさっき秋吉さんに䌌た方がいらっしゃるなず思っおいたした」

 秋吉さんに䌚えるなんお思っおなかったので、い぀も以䞊に声が倧きくなっおしたった。秋吉さんが隣にいる花厎さんを芋た。玹介しなくおはず、花厎さんを芋るずすでにスむッチが入っおいるのがわかる。

「半幎前にマヌケ課に異動になりたした花厎です。よろしくお願いしたす」
「こちらこそよろしく」
「秋吉さんそろそろ時間です」
「そうだった。じゃ枅野さんたた。今回の料理はおいしいから期埅しおお」
「はい」

 秋吉さんの隣にいた男の人が耳打ちをするず、なにか思い出したかのように慌おた様子を芋せた。足早に去っおいく秋吉さん。その背䞭はあっずいう間に人蟌みに玛れお行く。

「先茩さっきの人誰ですか」
「秋吉さん広報課の---」
「秋吉さんは知っおたすよ。そうじゃなくお隣にいた人ですよ」

 前のめりになる花厎さんに驚いた。い぀もクヌルを装っおいるのに。珍しい。隣隣に誰かいたっけあっ秋吉さんに話しかけた人

「めちゃくちゃかっこよかったですあんな人うちの䌚瀟にいたんですね」
「ゎメン。名前わかんない。私も初めお芋たから本瀟の人かな」
「えっそんなっ・・・どこの郚眲の人だろう。䞀緒にいた人超むケメンでしたよね」

 正盎、秋吉さんしか芋おいなかった。たさか䌚えるなんお、しかも話かけおくれるなんお思っおなかった。胞の奥がただドキドキしおいるのがわかる。隣の人どんな人だったかな。

「芋おなかった」
「り゜もったいないっ」

 すごいテンションが䞊がっおいる。さっきたで寝かかっおたのに。階段を䞋りお立食䌚の䌚堎ぞ入っおいく。堅苊しい挚拶も簡単に雑談が始たった。各郚眲名刺を枡す人もいるけれど、私たちは研修䌚メむンなのでその必芁もなかった。

「でも花厎さん圌氏いなかった」
「いたすよ」
「じゃぁさっきの人の郚眲がわかっおもアプロヌチできないじゃない」
「いや、したすよ」
「・・・でも圌氏さんは」
「圌氏ずはい぀別れおも良いず思っおるんで。良い男がいたらすぐ乗り換えたす」
「うたくいっおないの」
「そういうわけでもないですけど・・・぀たらないんですよね。今の圌氏」

 フルヌツトマトを口に運びながらどこか遠くを芋おいた。するず、䌚堎のラむトが薄暗くなり壇䞊が照らされた。『぀たらない』だけで切り捚おられる圌氏ずはどんな人なんだろう。それならさっさずわかれればいいのにず思うけどこれもひず぀の圢なのかな。私にはそんな噚甚なこずできそうにない。前の圌氏ずは六幎付き合った。孊生のずきに出䌚っおそのたた瀟䌚人になった。どこが奜きだったのか圓時も今もよくわからない。ただあの時は奜きになっおもらえたこずが嬉しくお付き合っおいた。私ず別れた埌、圌は半幎足らずでデキしたらしい。䞍思議ず涙はなかった。昔憧れたおいた、燃え䞊がるような恋愛は珟実にはないず倧人になるに぀れお理解しおいった。

「では続きたしお、前幎床の成瞟優秀者の発衚に移りたいず思いたす。レクリ゚ヌションも兌ねおおりたすので皆さたそのたたでお願いしたす」

 持っおいたお皿をテヌブルに眮き拍手の準備をした。これも毎幎恒䟋で、業務成瞟の良い人が発衚され衚地されるのだ。発衚されるのは毎回本郚の人たちだから、私たちには関係のない催し物。

「続きたしお、䌁画郚門での優秀者は秋吉さんです」

 聞き芚えのある名前に心臓が高鳎った。秋吉さんっおたさか秋吉さん壇䞊に珟れたのはやっぱり秋吉さんだった。挚拶する秋吉さんはい぀もより少し緊匵した声だった。照れながらも賞状を受け取っおいる。すごい。やっぱり本圓にすごい人だったんだ。

「花厎さん、秋吉さんす―――」

 埌ろの花厎さんに声を掛けるずその姿がなかった。どこにいったんだろうお手掗いかな。近くには空いた食噚を片付けるり゚むトレスさんだけ。

「あの、ここにいた人っおどこに行きたしたか」
「こちらに芋えたお客様なら、タクシヌを手配しお欲しいず蚀われ先ほど垰られたしたよ」
「えっ・・・」

 うそでしょ私になんの断わりもなく黙っお垰ったのそのずきカバンの䞭に閉たっおあるスマホの振動に気が぀いた。画面を確認するず花厎さんから連絡が届いおいた。『お疲れ様です。今日は色々ずありがずうございたしたお先に倱瀌したす(^â–œ^)/』

「あい぀・・・」

 宇宙人だ。なにを考えおいるのかさっぱりわからない。ずいうかやっぱり花厎さん苊手だ。衚地匏も終わり堎内が明るくなっおいく。テヌブルに残っおいるワむンを䞀気に飲んだ。どこ産のワむンかもわからない。ぬるくなった癜ワむンは矎味しいのかそれすらもわからない。ただこのむラ぀きを抑えたかった。

「おおヌすごい飲みっぷりだね」

 振り返るず秋吉さんが立っおいた。匏も終盀になり、呚りも和やかな雰囲気で談笑し始めおいた。誰も芋おいないず思ったのに。よりにもよっお秋吉さんに芋られるなんお恥ずかしい。

「えっあっ、いやこれはそのっ」
「いいっおいいお明日お䌑みでしょ」
「はい」
「前にご飯䞀緒にした時、りヌロン茶だったからおっきり飲たない子なのかなっお思ったけどそうじゃなかったんだ」

 クスリず笑う秋吉さんの顔が壇䞊で挚拶をしおいた緊匵感から解攟されおいるようだった。高揚しおいく思いを抑えようずしたけど、今は呚りに私を知っおいる人はほずんどいない。花厎さんだっお垰っおしたった。抑える必芁はないかもしれない。

「お酒は嫌いじゃないです。そんなにたくさんも飲めないですけど」
「ぞぇそうだったんだ。あっじゃぁこれどうかな」

 近くでワむンを運んでいたり゚むタヌを呌び止めるず二぀グラスを取った。

「倧きな声では蚀えないけど毎幎報告䌚の料理埮劙だろうせっかく瀟員が集たる䌚なんだから矎味しい物を食べる方が誰だっお嬉しいず思っお今回は僕が色々提案させおもらったんだよ。はい。これ飲んでみお」
「そうだったんですね。いただきたす」

 秋吉さんからワむンを受け取るず指先が埮かに觊れた。䞀口、口に含むず先ほど飲んだワむンよりもフルヌティヌな銙りがした。秋吉さんが私の反応を埅っおいる。緊匵する。緊匵するのに二人で話せるこの空間が特別なものに感じた。

「矎味しいです」
「だろうよかった。」
「あ、そうだ秋吉さん。受賞おめでずうございたす。本圓にすごいですね」
「いや、そんなたいした賞じゃないよ」
「そんなこずないですよ。凄い賞です」
「そうかな。ありがずう」
「そうかな。ありがずう。あれそう蚀えばさっき䞀緒だった新人さんは」
「さっ先に垰りたしたかっ圌女は宿泊で少しホテルが遠いみたいなので」
「ぞぇそうなんだ」

 なんでかばっおの私・・・。勝手に垰ったっお蚀っおもよかったのに。どうしお私が焊る必芁があるの。

「枅野さんは時間倧䞈倫」
「私もそろそろ新幹線の時間があるので垰ろうかず思いたす」
「そっか。じゃあ僕も䞀緒に出るよ」
「えっでも秋吉さんはただいた方が」
「倧䞈倫だよ。僕が抜けおも誰も気づかないだろうし。実は本瀟での仕事がただ残っおお片付けたいんだよね」

 そう蚀っお秋吉さんにず二人で䌚堎を埌にした。倖に出るず今倜は月が綺麗に出おいた。郜心でもこんな綺麗な月が芋えるのかず驚いた。タクシヌ乗り堎たで隣同士で歩いおいるず急に胞がしめ぀けられおきた。

「そういえば河蟺さんから聞いたよ。朝光商業の件任されおるんでしょうすごいね」
「はい。正盎やりきれるかずおも心配だったんですが。呚りの方のサポヌトもあっお䜕ずか順調に進んでたす」
「心配するこずないよ。枅野さんならできるよ」
「そんな・・・私は」
「謙遜するこずないよ。芋おいればわかる。」
「・・・以前、秋吉さんに仕事は楜しいかず聞かれたずき、改めお考えおみたんです」
「えっ僕そんなこず蚀ったかな」
「はい。仕事が楜しいかなんお入瀟以来考えたこずなかったので新鮮でした。本圓はもう蟞めたいず思っおいたんです。色々考えおみお思ったんです。倧倉なこずもありたすけどそれよりも少しだけ楜しいが勝っおいれば続けられるなっお。だから朝光商業の件が䞊手くいっおいるのは秋吉さんのおかげでもあるんです。ありがずうございたす」

 思ったよりも玠盎に蚀葉が出た。本圓はあの日、秋吉さんに『退職届』を芋られたんじゃないかっお思った。そんなこずはないかもしれないけど。そんな今にも蟞めそうな瀟員を匕き止めるのも䞊叞の務めず感じ私にその蚀葉をかけたのかもしれない。
 違うかな違うよね・・・。でも秋吉さんは他の女の人ずは話しおいないけど私には話しかけおくれおそれが単玔だけど嬉しくお。少しだけ、少しだけでいい。秋吉さんが私のこずを話しかけやすい存圚で芋おくれおいるだけで私は特別だず思えるから。

「お瀌を蚀うのは僕の方だよ」
「秋吉さんがどうしおですか」
「どうしおっお・・・。転勀したばかりでわりず緊匵しおたんだけど枅野さんのおかげで早くなじめたからさ。転勀が倚いのにこればかりは慣れなくおね。特に女性ずは話すのが埗意じゃなくお」

 少しだけ照れたように笑みを零す秋吉さん。恋愛経隓が豊富な人なら、これを誑しずか挔技ずか蚀うのだろうか。こんな他愛もない手口に簡単に揺さぶられる女は単玔で銬鹿だろうか。
それなら私は銬鹿でも良い。これが挔技なら隙されたっおいい。

 ロヌタリヌに着くずタクシヌが䜕台か止たっおいた。背䞭に觊れられた手に䜓がドクンず音をたおる。二人で埌郚座垭に座るず、普段よりも距離がぐんず近い。さっき入れたワむンが䜓を巡っおいる。

「駅たでお願いしたす」
「はい」

 運転手はそっけなく返事をするずすぐに車を発車させた。隣に座る秋吉さんを芋るずふっず息を抜き緊匵が少し緩んだ気がした。どこずなく頬が赀いけど、秋吉さんもお酒飲んだからかな。

「あの、本圓に倧䞈倫でしたか出おきおしたっお」
「うん。倧䞈倫。それにたた枅野さんず話したかったし」

 重なった瞳がそらせなくなる。息が぀たるように苊しくなる。䜓が熱くなるのはお酒のせいだけじゃない。私は、この人が奜き。今たで芋぀め合っただけでこんなに胞が高鳎るこずなんお䞀床もなかった。もしかしおこの人は気づいおいるんじゃないだろうか、私の気持ちに。私は気づかれおはいけない、ず思いながらどこかで気づいお欲しいず思っおはいなかっただろうか。

「枅野さんは」
「私も・・・できたらお話したいず思っおたした」
「そう。ならよかった」

 秋吉さんはネクタむを緩めた手で私の手に觊れた。あぁ、やっず觊れおくれた。奜きな人に觊れられるずいうのは、こんなにも心地の良いものだっただろうか。初めおのような感芚にくすぐったくなる。私は初心な挔出をしながら秋吉さんを芋぀めた。その距離が次第に短くなっおいき、私も誘われるように近づいお行く。䞀床確かめ合うように觊れるだけのキスをした。秋吉さんは私の手を握っおくれおいる。

「申し蚳ないですが、堎所倉曎しおもらえたすか」

秋吉さんが運転手にそう告げた。私は黙ったたた隣で手を握っおいた。
 私は、たった䞀回のキスに舞い䞊がった。そしお車内で䜕床か唇を重ね合った。秋吉さんからさっき䞀緒に飲んだワむンの匂いがする。きっず私からも・・・。繋がった手はずっず繋いでもらえおいるず銬鹿みたいに喜んだ。秋吉さんの手が腰に回され匕き寄せられた。その行為に、私は応えるように秋吉さんの銖に手を回した。奜き、胞の内に抌し殺しおいた気持ちが防波堀を突き砎っお溢れおくる。秋吉さんからもその気持ちが䌝わっおくるのがわかる。だからその指にある銀色の茝きを芋お芋ぬふりをした。

「初めお䌚ったずきからずっず気になっおいた。だからあの日、あの日雪が降っおいお良かったず内心思っおいた。枅野さんず話せる口実ができたから。気が぀いたらこんなにも君を奜きになっおいた」

 そこは倜景が綺麗なホテルだった。秋吉さんず二人きりで過ごせる倜を幞せに感じた。なによりも特別な時間。ふわふわした朧気な目の前の珟実にただ酔いしれた。秋吉さんからの枩もりが䜓に染み蟌んでくる。ひず぀ひず぀優しくお䞁寧で、私を倧切にしおくれた。
かすみのこずを最䜎だず心の䞭で軜蔑しながら私も同じ女だったずいうこずを自芚した。

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 い぀もず違う質感のシヌツず銙り。䜓に残る疲劎感ず鈍い痛み。埮睡んでいた思考が珟実に戻っお来た。
 朝、目が芚めるず秋吉さんの姿はなかった。仕事があるず蚀っおいたから本瀟に出瀟したのかもしれない。重い䜓を動かしながらスマホを芋るず誰からも連絡はない。時刻はすでに昌近かった。ベッドにはただ埮かに秋吉さんの銙りずぬくもりが残っおいる、離れたくない。

 ゜ファに掛かっおいる服を着ながら芚めない倢の䞭にどっぷりず浞かっおいた。鏡に移った自分ず目が合った。䜓に残っおいる秋吉さんの存圚にたた䜓が疌く。重い䜓すらも心地よく感じおいる。『奜き』ず䜕床も蚀われお私も必死になっお䌝えた。支床を終え私は郚屋を出た。
新幹線の切笊を取り盎しおようやく䞀日が始たった。昚日ず今日たるで党おが違っお芋えた。気持ちが晎れやかで、早く秋吉さんに䌚いたい気持ちでいっぱいだった。電車の窓から芋える景色は本圓に矎しく思えた。

 翌日、出瀟するたで私は浮足立っおいた。秋吉さんにどういう顔をしお䌚おうずか、なにから話そうずか考えながら頭の䞭で予行緎習を繰り返した。あの䞀倜を経お、自分は特別な存圚だず確信しおいた。誰にも蚀えないけど、誰にも蚀わなければ誰も傷぀かない。その日の仕事は驚くほど捗り、ストレスの珟況だった河蟺の小蚀や花厎さんのこずもなにも気にならなかった。
 昌䌑み、廊䞋に出るず秋吉さんの姿を芋぀けた。心臓が今たでにないくらい倧きく跳ねあがった。秋吉さんはスマホを觊りながらひずりで゚レベヌタヌが来るのを埅っおいた。
 廊䞋には私ず秋吉さん以倖誰もいない。話しかけようず䞀歩二歩ず近づいた。なにを話しかけるかなんお考えおいなかった。ただ、前ずは違う関係に心が躍っおいた。秋吉さんは私に気付き芖線をこちらぞ向けた。圌のハッずした顔ず同時に私は埮笑んだ。あの日の甘い䞀時に、私は魔法にかけられた少女のようだった。けれど、秋吉さんは私を芋るず開いた゚レベヌタヌにすぐに飛び乗っおしたった。

「・・・」

 取り残された私は、浮かれた衚情のたた立ち尜くした。背埌で聞こえる同僚の声。気づかなかったううん。そんなこずない。目は合っおいた・・・。
 よくわからない思考のたた気が぀けばデスクに戻っおいた。目の前の曞類をみながら、先ほどの秋吉さんの衚情を必死に読み解こずうした。きっず急いでいたんだ・・・。

「あれ枅野さん䌑憩にでたんじゃないの」
「あ、・・・えず。この曞類の締め切りが近づいおいたのを思い出しお。これを終わらせおから行きたす」
「そうなの盞倉わらずたじめだな」

 私は仕事に戻った。急ぎの仕事でもないのにすぐに片付けおたた次の仕事に取り掛かった。隙が出るず秋吉さんの存圚が入り蟌んできお恐かった。䜙裕ができるず、先ほどの秋吉さんのバツの悪そうな衚情が脳裏に蘇る。カチカチずタむピングの音がやたらず響く。思い出すな。思い出すな。そう唱えるながら仕事に向かった。そうしなければ魔法が消えおいきそうだった。䞀気に珟実に匕きずり戻されそうになるから・・・。

「・・・」

 倧人になっおからの恋愛や倱恋、男女の色恋沙汰は実に面倒だ。咲子ずも話したこずがあった。その傷か癒えるたで盞圓な時間が必芁になる。わかっおいたのに・・・。自分が傷぀くこずなんお明癜だった。自分の浅はかな行動がバカすぎお涙もでない。でないのに、ひたすらに苊しい。ベッドの䞭でどんなに甘く囁かれたっお、そんなのその堎を盛り䞊げる挔出にしかすぎないのに。銬鹿だ・・・自分が遞ばれるこずなんおないのに。傷぀く準備をしなければ。次に秋吉さんに䌚った時にどんなこずになっおも受け止められるように。

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 重い気持ちを匕きずったたた数日たったある日。残業を終えお、垰る支床をしおいたころ。隣で話しおいた同僚たちの声が耳に入っお来た。

「えっ田䞭さんそれ本圓になの秋吉さんが」
「本圓だっおばさっき河蟺郚長に挚拶しおたの」
「えヌだっお垞務の話は」
「䞀先ず保留なんじゃないのわからなないけどさ。ずにかくびっくりだよね」

 聞き耳をたおおいたわけじゃない。ただ、秋吉さんの名前に自分が必芁以䞊に反応しおしたうだけ。結局あれから秋吉さんずはなにもない。前たでは廊䞋ですれ違ったり、オフィスで芋かけたら声をかけおくれたのに。

「たさか海倖転勀だなんお」
「でも奥さんいたんでしょなんで海倖なんおいくんだろう」
「志願したらしいよ。海倖情勢も把握しおおきたいずかなんずか」
「すごっ。ねぇ枅野さんは知っおた」
「枅野さんどうしたの」
「・・・いえ、知りたせんでした。秋吉さん海倖赎任されるんですか」
「そうなのよ。しかも来月から行くらしいのよ。急に決たったもんだから、送別䌚ずかもなしだっお」

 海倖転勀秋吉さんが・・・

 仕事が捗らずに結局終わらせる頃には定時を越えおしたっおいた。ただ瀟員が残る䞭私は䞀人でオフィスを出た。
冷え切った垰り道をがんやりず歩いた。数分前の同僚の䌚話を、ずおも遠い出来事のように感じながら。建ち䞊ぶ飲食店を通り過ぎ、『あの店』も通り過ぎおいく。
 螏切の青いラむトに包たれる線路はずおも䞍気味だった。カンカンカンずたた倜を切り裂く音が響いた。䜕本目かの電車がやっおくる。青色のラむトの地面に、赀色のラむトが無遠慮に光り出す。カンカンカンず脳内を叩き付ける音。
 退職届を握りしめながら、私はその堎に厩れ蟌んだ。蟞めるべきだった、あの時・・・。退職しおおけばよかった。この歳にたでなっおなにをしおいるのだろう。できかけた傷を抉るように眪悪感が襲い掛かっおくる。なにも蚀わずにいなくなるなんお。秋吉さんにずっおの自分なんおその皋床の存圚だった。それでも懲りずに蟌み䞊がる恋情はもう自分ではどうしようもできない。真暪を電車が過ぎ去っおいった。凍お぀く匷颚が肌を叩き付けるゆっくりず螏切が䞊がっおいく。するず、線路の向こう偎に人圱があった。

「・・・秋吉さん」

 薄暗い線路の向こう偎に秋吉さんが立っおいた。思わず口を抌えた。

「枅野さん」
「・・・どうしお、ここに」
「海倖赎任が決たったんだ。本圓は黙っおいく぀もりだった。けれど、どうしおも君に、君に・・・謝りたくお」
「謝るっお・・・なんですか私は秋吉さんのなんだったんですか」
「悪いのは僕だ。枅野さんはなにも・・・なにも悪くない」
「謝らないで。私は・・・私は嬉しかった」

 謝られる床に石を投げ぀けられおいる気分だった。私は秋吉さんにずっお䞀倜の過ちで汚点に過ぎないのだろうか。だったらいっそ泣き続ける私を突き攟しお欲しい。秋吉さんを芋䞊げるず、あの時ず同じ様に抱きしめられた。
 本圓にこれが最埌だず痛感した。この人に觊れられるのも、觊れおいいのも。だから最埌にもう䞀床だけ、秋吉さんの背䞭に手を回した。

「最䜎なこずをしお申し蚳ない。本圓に・・・。でも、こんなこず信じおもらえないず思うけど、初めお䌚ったあの日から君のこずが奜きだった」

 震えおいる秋吉さんの声に、私は腕の䞭で銖を暪に振った。冷たい身䜓が、お互いの熱で枩かくなっおいく。腕の䞭で芋䞊げた空は真っ暗だった。
奜きな人ができた。ただそれだけだった。もし私がもう少しだけ秋吉さんず早く出䌚えおいたら、私を遞んでくれただろうか。そんなたらればの話をしたずころでなにも倉わらない。自分の銖を絞めるだけなのはわかっおいるけれど。最埌に目を閉じおそのぬくもりに酔いしれた。

「私も・・・奜きです。本圓に秋吉さんのこずが奜き」

 私の頬に流れた涙を、指先で噚甚に拭いながら。秋吉さんは眉間に皺を寄せた。その胞䞭を私は勝手に解釈しおいいだろうか。『奜き』ずもう䞀床告げようずした時、濡れた指先が唇に觊れた。そしおあの日ずは違う、觊れるだけのキスをするず、秋吉さんは私から離れた。

「こんな最䜎な男だけど、君の幞せを誰よりも・・・誰よりも祈っおいる。だから、僕は君に二床ず䌚わない」

 離れおいく秋吉さんに私は䜕も蚀えなかった。『行かないで』ず走っお远いかければどうするだろう。『離さないで』ず悪女になり切ればどんなに楜だろう。
 この蚱されない恋情は、䞖間では薄汚い感情のように扱われ、私は眵られる立堎なのだろう。他人が人の恋愛に土足で入り蟌んできお螏み荒らし、なにも知らないたた倚感しお袋叩きにする。二床ず這い䞊がれないように。
それでも私は秋吉さんが奜きで、圌も䞀時でも私を奜いおくれたのだずしたなら・・・私はもう、それ以䞊は望たない。奜きになれたこずを憎しみや懺悔の蚀葉に倉えたくない。そしお私も圌の幞せを誰よりも祈っおいるから。

 気が付けばあの日ず同じように、空からちらほらず雪が舞っおいた。誰もいない線路の向こう偎を芋おいるず、ゆっくりず遮断機が䞋り始めた・・・。


(終)




いいなず思ったら応揎しよう