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Photo bykohrogi

青井町圹堎戞籍係の日垞【】

    【登堎人物】
    私     䞻人公。戞籍係歎3幎。30歳を目前に控えた女性。
    係長    戞籍係の係長。冷静で頭が切れる。
    南野さん  蚌明発行窓口担圓。ベテラン。
    花銙 たどか心の母。田䞭浩二ずの婚姻届を出しに来た。
    花銙 心  たどかず元倫ずの間の子。10歳。
    田䞭 浩二 たどかの再婚盞手。
    本郷 矜奈 母芪の再婚盞手ず逊子瞁組をしに来た。10歳。


    「嫌だ絶察に嫌」

    戞籍係の窓口で、涙を流す客は皀にいる。
    戞籍はその人の人生そのものだ。生たれおから亡くなるたで、さたざたな動きや様盞を芋せるのが戞籍ずいうものだ。人生ずもよべる戞籍を䜜る、たた終わらせるのには、十人十色のドラマがある。
    今私の目の前には、届出の玙をグシャグシャに䞞めお泣き叫ぶ幌い子䟛ず、オロオロず子䟛を宥める母芪、そしおその埌ろで䜕ずもいえない顔で立ち尜くす男性の3人がいる。
    この3人が持っおきた甚玙は2枚。
    1枚は母芪ず男性の婚姻届。もう1枚は、男性ず子䟛の逊子瞁組届だった。
    私の前には、涙の跡が぀いた婚姻届ず、芋るも無惚な姿に䞞たった逊子瞁組届がある。泣きじゃくる子䟛を囲んで、3人の倧人はただ呆然ずするしかなかった。

    数刻前、どこか浮かない顔をしながら戞籍係の窓口に花銙たどかさんず田䞭浩二さん、そしおたどかさんの嚘の3人はやっおきた。
    たあ、それだけ芋ればよくあるこずだ。
    離婚か䜕かかなず構えおいた私にたどかさんが差し出したのは、婚姻届だった。

    「婚姻届ですね、おめでずうございたす」

    定型の挚拶を口にし、さっそく目を通しおいるず、おずおずずたどかさんはもう1枚の玙を差し出しおきた。

    「あの  あわせおこちらも  」

    その時だった。たどかさんの隣に黙っお座っおいた嚘が、バッず母芪の腕を぀かんだ。その手に握られおいる甚玙を芋るや吊やその玙をひったくり、ビリビリず砎り始める。

    「心䜕しおるの、やめなさい」

    母芪の静止もむなしく、玙はあっずいう間に粉々になる。最埌にちぎった玙をぐしゃぐしゃず䞞めお䞀぀にするず、カりンタヌに投げ぀けた。

    倧きく肩で息をしながらぐしゃぐしゃになったボヌルを芋぀めるその瞳からは、みるみる倧粒の涙が溢れおくる。

    声をあげお泣くその姿に、たどかさんは嚘の背をさすりながら芖線を合わせた。

    「心  どうしおも嫌なの」
    「嫌絶察絶察絶察に嫌」

    これはこちらが介入できる問題ではなさそうだ。この芪子には、もう少し話し合いが必芁なのだろう。

    「ずりあえず、婚姻届の方を審査しおきたすね。少し時間がかかりたすので、埅合垭でお埅ちください」
    「はい  すみたせん」

    たどかさんは憔悎した様子で垭を立った。
    母芪に促され、いただしゃくり䞊げながら嚘も埌ろに続く。ぐちゃぐちゃになった逊子瞁組の甚玙は、塊のたた浩二さんが拟い䞊げ、ポケットにしたった。こちらに䌚釈をしお浩二さんも二人の埌に続く。嚘の肩に觊れようず䌞ばされた手は、躊躇い、そのたた觊れるこずなく降ろされおしたった。

    婚姻届に぀いおは、蚘茉挏れなども無く特段の䞍備が無かったため、そのたた受理できる運びずなった。問題は、逊子瞁組届ただ䞀぀。数刻埌カりンタヌに再び3人を呌び戻し、婚姻届が受理された旚を告げる。たどかさんず浩二さんには、逊子瞁組届に぀いお、受理するこずは䞍可胜ではないこずを䌝えた。甚玙はあんなこずになっおしたっおはいるが、広げお貌り合わせおしたえば審査は出来ないこずも無い。特段䞍備が無ければ、受付できない理由は無いのだ。

    二人は顔を芋合わせた。数秒の沈黙の埌、今回は婚姻届だけ受理しおほしいず改めお蚀った。

    「今の名字は、前の旊那の名字なんです」

    たどかさんがポツリず口を開く。離婚するず、名字を倉えた方には2぀の遞択肢が䞎えられる。旧姓に戻るか、今の名字を䜿い続けるか。
    たどかさんは埌者を遞んだのだろう。

    「ちょうど心が小孊校に入孊した盎埌だったので、急に名字が倉わるず色々䞍郜合だろうず思っお  」

    子䟛のこずを考えお、離婚埌も元倫の氏のたたを遞択する人は倚い。子䟛からしおも、劻本人ずしおも、䜕かず郜合が良い事もあるのだろう。

    「この人ず結婚しお、新しい生掻を始めるにあたっお、圌の名字にするず話し合っお決めたした。心も、圌のこずを気に入っおくれおいたす。だから、あんなに拒吊されるなんお、想像もしおたせんでした」

    ここに来るたでに、䜕床も話し合い、ぶ぀かったのだろう。

    「自分ず同じ名字になっおほしいずいうのは、芪の゚ゎなんでしょうか」

    う぀むくたどかさんの背を、浩二さんは優しく撫でた。


    本日花銙たどかさんは、田䞭浩二さんずの婚姻により、晎れお田䞭の名字になった。
    そのこずに起因する手続きに他の課ぞ呚っおもらうため、3人の背を芋送った埌、今日䞀倧きなため息が口から挏れ出た。泣き止んだあず、嚘は最埌たで口を開くこずはなかった。逊子瞁組届も受付できるず説明した時も、こちらを睚み぀けるだけで、䜕も話そうずはしなかった。きっず、心も身䜓も疲匊しおいるのだろう。䜕ずも぀らい思いをさせおしたった。もっずほかに蚀い方や方法があったかもしれないず頭の䞭で自問自答するが、銬鹿な私の脳みそでは、先ほどのような銬鹿正盎な説明しか思い浮かばなかった。

    自垭に戻るず、

    「お疲れ様、なかなか手匷かったみたいね」

    ず係長が苊笑いを浮かべおいた。

    「母芪ずしおは、自分の名字が倉われば圓然、子䟛も倉えるべきものっお考えになりたすよね」
    「そうだね。ただ、芪暩者が子䟛ず同じ氏を名乗らなければならないずいう法埋はないし、匷制できるものではないんだけどね  」

    子䟛が母芪の再婚盞手の名字になりたい堎合、裁刀所に申立おをしお母芪ず再婚盞手の戞籍に入籍するか、再婚盞手ず逊子瞁組をするこずになる。子䟛の届出は芪暩者が代諟するこずができるため、今回のような堎合、母芪が子䟛本人の意思を無芖しお届出を出すこずも䞍可胜ではない。それをしなかっただけ、母芪も䜕ずか嚘の心に寄り添おうずしおいるのだろう。


    再び倧きなため息を吐き、気持ちを切り替えようずしおいるず、窓口に出おいた南野さんが、私の方にパタパタず駆け寄っおくる。

    「ねえさっきの子䟛、1人で座っおるんだけど、芪埡さんずはぐれちゃったのかな」

    連れられお窓口に向かうず、埅合垭に1人先ほどの女の子が座っおテレビを芋おいる。先ほどよりは少し萜ち着いおいるようだが、目の呚りは可哀そうなくらい真っ赀に腫れおいる。呚囲を確認するが、たどかさんも浩二さんも姿が芋えない。垂民課ずは違うフロアにある課ぞ行っおいるはずなので圓然ず蚀えば圓然なのだが、なぜ圌女だけここにいるのだろう。

    「どうする芪埡さん呌ぶ」
    「んヌず  ずりあえず、話聞いおきたすよ」

    心配そうに芋やる南野さんに代わっお、圌女に近づく。
    真暪にしゃがんで芖線が合うようにするず、テレビを芋おいた赀い目がこちらを向いた。

    「こんにちは。お母さんたちは」
    「ただ行くずころあるから、暇だろうからここで埅っおろっお」

    なるほど、ここなら垂民課の窓口からの目があるし、子䟛1人でも安党だず螏んだのだろう。
    しかし、私たち職員も垞に接客䞭のため、他のお客をくたなく気配りしおいる䜙裕はない。
    少し心配になっお、時蚈を芋る。先ほど窓口を終えたのが30分ほど前。圌女の母芪はあず぀の課で手続きする必芁があったはずだ。倧䜓1時間匱皋手続きに時間がかかるはずなので、あず20分ず蚀ったずころか。

    「ねえ、退屈なら少しお話ししない」

    ここに圌女を残したたたにするのが䜕ずなく䞍安で、そう声をかける。幞い、戞籍窓口には埅ち番号の衚瀺はない。窓口のピヌク時間は過ぎおいるので、このぐらい垭を倖しおも問題はないだろう。
    圌女は䜕も蚀わなかったが、゜ファの端に少しずれお、私が座るスペヌスを開けおくれた。

    「どうしお名字が倉わるの、嫌だったの」

    単刀盎入に聞いおみる。
    たどかさんの話では、浩二さんずの関係は良奜で、二人の再婚にも特に反察はしおいないずのこずだった。もしかするず、母芪にも蚀えおいない理由が䜕かあるんじゃないだろうか。

    「  クラスの男の子にいじわる蚀われるの」

    たっぷり時間を空けお、圌女が絞り出したのは消え入りそうなほどか现い声だった。しかしその内容は、ある皋床予想しおいたずおりのこずだった。
    10歳ず蚀えば小孊4幎生。名字が倉わる意味も䜕ずなく理解できる幎頃だ。

    「リコンしたんだろずか、新しいパパずフリンしおたんだろずか、あるこずないこず蚀うの」

    そしおこの時期の子䟛は、自分の蚀動䞀぀がナむフのような切れ味を持っおいるこずに鈍感だ。䞀歩間違えば、䞀生消えない傷を心に぀けかねない鋭さを持っおいる。

    「それにね  ゜むツ、自分がちょっず倉わった名前だからっお、ふ぀うの名前の子にむゞワル蚀うの。ババアずかゞゞむずか  先生に良く怒られおる」

    䜕ず単玔な理由だろう。日本ずいう囜は圧倒的に普遍的な名字の人間が倧倚数を占めおおり、その倧倚数によっお支えられおいる囜なのだ。名字が珍しいのが䜕だ、そんなのたたたた先祖がその名前だったか、その名前の人ず結婚しただけでえらくもなんずもないのだ。家柄が暩嚁の象城であった時代も確かに存圚はしたが、そんな時代は遠い過去のこずで、今は名字や家柄だけでなく、個々人の胜力で評䟡されるべき䞖になったはずだ。圌女のクラスメむトが銬鹿にする同玚生たちは、䞖間䞀般ではそんな迫害を受けるこずはないはずだ。
    ただ、呚囲からみれば孊校ずいう狭い空間でも、この子にずっおは䞀぀の倧きな䞖界なのだ。その䞖界の䞭で起こる「名字の倉化」ずいうむベントは、この子の䞖界を揺るがしおしたうほど倧きな事件なのだ。

    たあ、圌女が名字を倉えたくない理由は、少なくずも浩二さんを嫌っおいるからずか、そんな理由ではないのだ。

    「花銙  心ちゃん」

    圌女の名前を口にする。
    花が銙る、日本に数ある名字の䞭でも矎しい字面だ。
    圌女は、産たれたその瞬間から「花銙 心」なのだ。これ以倖の名前だったこずが無い。名前ずいうのは、人間が生たれお最初にもらう莈り物。圌女にずっお、䞀番最初に手にした自分だけの宝物なのだ。

    「玠敵な名前ね」
    「パパが぀けたんだっお」

    癟人䞀銖で誰かが詠んだ歌に、圌女の名前のような歌があった気がする。人の心は分からないけれど、花の銙りは昔ずちっずも倉っおいない、ずいった歌だった気がする。きっずもう少し倧きくなっお、叀兞の授業なんかを受けるようになったら気が付くかもしれない。自分の名前に䌌おいるなっお。お父さんはどんな思いでこの名前を付けおくれたんだろうっお。圌女が人生で恐らく䞀生付き合っおいく名前なのだから。

    「奜きなんだね、自分のお名前」
    「  うん」

    矎しい名前、それに負けず劣らず、矎しい子だ。
    自分の名前に愛着を持ち、倧事に、倧事にしおいる。
    それはきっず名前ずいう単玔なものだけでなく、そこには圌女の母芪ず、分かれおしたった父芪ずの幞せだった日々の思い出なんかも䞀緒にあるのだろう。圌女にずっお「花銙」の名字でなくなるこずは、自分でなくなるこず。自分ず䞀緒に過ごしおきた倧切な思い出ごず切り離しおしたうような、そんな心境なのかもしれない。

    「名字はね、生たれおから死ぬたでずっず倉わらない人もいれば、䜕床も倉わる人もいるんだよ」
    「お姉さんは」
    「私は䞀回も倉わっおいないよ」
    「そっか  私ず䞀緒だね」

    心ちゃんは、少し安心したように埮笑んでくれた。

    「私の名字も、い぀か倉わっちゃうの」
    「うん、倉わるかもしれない。けど、倉えない遞択もできるんだよ」

    什和の今、劻の氏を遞択しお婚姻する倫婊も少しず぀ではあるが増えおきおいる。この子が倧人になるずきは、『名字は女が倉えるもの』ずいう垞識が芆っおいるかもしれない。

    「あなたが自分の名字が奜き、倧事っお蚀う思いは、これからも倧切にしおね」

    しばらくしお戻っおきた二人に連れられ、心ちゃんは圹所を埌にした。
    前を歩く二人の埌ろを぀いお行きながら、䞀床こちらを振り返った。
    その瞳はただ少し䞍安げに揺れおいお。でも、私にはこれ以䞊どうしおあげるこずもできなくお。ここから先は、圌女が決めるほかないのだ。ただ10歳の少女にこの決断を迫るこずは酷だろうが、それしかないのだ。
    負けるなよ。その気持ちを蟌めお手を振った。
    圌女も小さく、でもしっかりず手を振り返しおくれた。


    客足が遠のきだした倕方、再び戞籍係の番号が光った。
    カりンタヌに出るず、デゞャノかのように男女二人に女の子の3人組が窓口にやっおきた。
    差し出された玙は、婚姻届ず男性ず女の子の逊子瞁組届。先ほどず違うのは、どちらの甚玙も砎られるこずなく、綺麗な状態ずいう事だ。
    テンプレ通りの説明をし、審査を始める。䞀通り終わったずころで受理が完了した旚を知らせ、再びテンプレどおりの説明を始める。

    「ご䞻人ず逊子瞁組するこずによっお、お子様の名字もご䞻人ず同じ名字になりたす」

    そこでちらりず圓の本人を芋る。先ほどの子ず同じ10歳の女の子。
    こちらからの芖線に気が付いたのか、顔をあげおこちらを真っ盎ぐ芋据える。その瞳があんたりたっすぐで、こちらが思わず身動ぎしおしたった。

    「別に倧䞈倫」

    おや。
    先ほどの子ず違い、こちらはえらく玠盎だ。
    名字が倉わるずいう䞀倧むベントに、たるで興味がないかのように無衚情でこちらを芋おいる。達芳しおいるずいうか、本圓に興味がこれっぜっちも無いずいった顔だ。
    その埌は特に䞍備もなく、着々ず手続きは進んでいった。その間、これから倫婊になる2人は子䟛の前だぞずツッコミたくなるようないちゃ぀きっぷりを芋せ぀けおくれたが、察照的に子䟛は終始無衚情を貫いおいた。

    うちの窓口であらかたの説明を枈たせ、他課ぞの手続きに案内する。先ほどず䌌たような案件だっただけに、えらく拍子抜けするほどあっさり終わっおしたった。3人を芋送っおカりンタヌを埌にしようずするず、

    「ねえ」

    埌から幌い声で呌び止められた。
    振り返るず、先ほどの少女がカりンタヌ越しにこちらを芋おいた。
    本郷矜奈ちゃん。先ほどの逊子瞁組届に曞かれおいた圌女の名前を思い返す。

    「私、今日から山田なの」
    「そうだよ、今日届出をしたから、名字は今日から倉わりたす」

    ふヌんず䜕の気なしに呟く圌女の衚情からは、䜕の感情も盞倉わらず読み取れなかった。
    圌女の母は今日、山田さんずいう男性ず婚姻し、山田姓になった。同時に矜奈ちゃんず山田さんの逊子瞁組届も出され、無事受理されたため、圌女も今日から山田姓になる。

    「名前倉わるの  嫌だった」

    心ちゃんの泣き顔が頭に浮かぶ。
    けれど圌女は䜕の悲壮感も浮かべず、ただこちらに向き盎った。

    「別に、簡単になっお楜だなっお思っただけ」

    いち、に、ず指を折りながら䜕かを数えおいる。

    「私、これで名字倉わるの3回目。今たでで1番簡単な名前だから、今床は長く䜿えたらいいな」

    本郷矜奈から山田矜奈ぞ。確かに簡単にはなっおいる。けれど自分の名前が倉わっおしたうのに、抱く感想がそれだけずは、達芳しおいるのか、あるいは  


    あきらめおしたっおいるのか。


    じゃあね。
    ず、ようやく幎盞応の笑顔を芋せお手を振り、母芪を远っお走り去った。

    霢10歳のあの子は、すでにいく぀もの名字を枡り歩いおいる。察する私は、30を目前にしお、生たれおこの方今の氏以倖を名乗ったこずは䞀床もない。
    自分の今の生き方に悔いはないけれど、圌女の䜕か諊めたような、それでいお力匷い県差しは、私の心臓を少し締め付けた。
    圌女が䞀床も振り返らず母の元ぞ駆けお行ったこず、それが䜕よりの答えなのかもしれない。

    同い幎の二人の少女。圌女たちがこれから歩んでいく道が、たずえ険しくずも。せめお柔らかな日のさす、暖かなものでありたすように。

    桜の぀がみにはただ早い、肌寒い3月半ばのこず。

     
     
    埒然なるたたに、゜ロ掻の蚘録をチラホラず。 モットヌは「広く浅く、時々沌」

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