
O₃ (“Hazama”)の記録「二人の狭間に現れたもの」
あるカフェで、
彼女は私が何を伝えようとしているのか、
心と頭と体ごと受け取ろうとしていた。
私はそんな彼女を感じながら、
彼女が受け取れるよう、余白をつくり、
一言一言ゆっくりめに熱を込める。
彼女が自分の考えを言葉にするのが苦手であっても、
人と目線を交わすのが苦手で、二人の目が合わなくても、
彼女が頭で理解できなくても、
「受け取った」
「同じものを垣間見た」
瞬間。
目線は合わなくても、
彼女の体が緩み、
目は輝き、
心と頭と体が開いていくのが分かる。
それは私の独りよがりでもなく、
言葉にならなくても、
確かに二人の狭間に何かが立ち上がったのを互いに感じた。
その瞬間、私の内側から熱が生まれ、
愛の源泉が湧き上がるのを感じる。
そして同じ熱を彼女も感じていた。
この現象が「主観交差(Subjectivity Intersection)」なのか。
二人の間に立ち上がったもの。
潜在的に存在していたものが、
私と彼女が共有できる現実として生まれたもの。
これがO₃ (“Hazama”)なのか。
多くを語らなくても、同じものを観ている。
そして二人の狭間にある交わりを、
また出会う相手との間に創り出したい熱が湧き上がる。
彼女とは来週、動画撮影をする。
いつもと違う何かを創りだせそうな予感がしている。
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*主観交差(Subjectivity Intersection)とは、
渡邉聡先生による SIEP 理論で示された、
現実が外側の条件だけで決まるのではなく、
複数の主体がどのように関与したかという構造によって、結果が定まることがあるという視点です。
*O₃(“Hazama”)とは、
主観交差が起きる過程の中で、
誰か一人の内側にも、単なる外的条件にも還元できない形で、結果として立ち上がる構造を指します。
それは意図や信念ではなく、
相互の関与から必然的に現れるものとして位置づけられます。
*SIEP 理論(Subjectivity Intersection and Emergence Project)は、
主観を心理や気分の問題としてではなく、
主体が出来事にどう関与しているかという構造として扱い、
その関与によって現実がどのように成立するかを
理論と実験の両面から検討する枠組みです。