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見しらぬ小さな教会にて

    <あらすじ>
    高校時代の同性の友人を好きになってしまったのぞみ。苦しい胸の内を誰にも告げられず、罪悪感と自分の心の迷いを感じたままの生活が続きます。そんな折、通勤途中の路地裏で古びた小さな修道院を見つけます。こんなところに修道院なんてあったかなと思いながら入ってみると、そこで優しそうな初老のシスターが出迎えてくれました。
    戸惑いながらも自分の想いをシスターに打ち明けるのぞみですが・・・。

    <本編>

    彼女の手と私の手が触れ合った瞬間、私は恋に落ちました。

    天気予報が木枯らし1号を告げた日の午後、私が高校卒業以来約7年ぶりに彼女に再会したのは、そんな日でした。

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    ふらっとショッピングに出かけたときに見つけた、大きな交差点で信号待ちをしている後ろ姿。それが彼女でした。

    当時はどちらかというと鈍臭いという言葉がピタリと当てはまるような女子高生だった彼女。いつの間にか髪を長く伸ばし、一見するとある人気女優に似た感じに。それでも後ろ姿だけで彼女だと分かったのは、以前はとても仲が良かったから。
    私が通っていた女子校にはスクールカーストのようなものはあまりなかったけど、それでも女社会、ある程度のグループはできていました。私自身は周囲からそこそこ可愛い方と思われていたようで、いわゆる1.5軍と呼ばれるような輪の中に入っていたものの、いつもひとりで本を読んでいることが多かった彼女が気になっていました。読書好きの私は自然と声をかけるように。彼女といると私が一方的に話すことが多くて逆にそれが心地良くもあったのです。
    楽しい時も落ち込んだ時も、いつもどんなことでも話を聞いてくれた、そんな彼女でした。
    なんでそのことを忘れていたんだろう。あんなに仲良かったのに、卒業後は全く連絡を取っていなかったのが不思議です。

    「ひさしぶりだね!」
    そんな会話から手近なカフェでお茶を飲みます。長い黒髪に華奢な肩。シックな黒のワンピース。通り過ぎる男性がチラ見していくのは私ではなく彼女の方です。不思議と嫉妬はしない。鈍臭かった頃の彼女を知っている私としては、むしろ誇らしく思えます。
    近況や昔話に花を咲かせ、気づいたら3時間近く経っていました。いえ、話をしていたのは相変わらず私が7割で彼女が3割。連絡先を交換し、そろそろ帰ろうと店を出て、歩き始めた時に偶然彼女の手が触れました。その瞬間、今までなかった感情があふれ出しました。彼女が愛おしい、彼女を抱きしめたい。それが恋の始まり。

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    「今日はどうしたの?いつもの溌剌さがないんじゃない?」
    職場の先輩女子社員に声をかけられます。そう、普段は元気の良さがウリの私。というよりは楽天的という方が正しいかも知れません。
    「あ、いえ、きゅっ急に始まっちゃって・・・」
    「なーんだ」
    思っていたより早く始まったのは嘘ではありません。でも本当の理由は・・・たぶん恋のせい。ずっと彼女のことが忘れられないでいます。
    私はどうしちゃったんだろう?いくら仲が良かったからといって、友だちだった彼女を急に好きになるなんて。確かにとても綺麗になったけど、いくらなんでも同性に恋する私はどうかしています。

    その週はずっと悶々としていました。生理だったから、ということではなく、ずっと彼女のことが頭から離れなかったから。彼女の笑顔が見たい、唇に触れたい、抱きしめたい・・・そんな想いがあふれているのと同時に、別の自分がそれはいけないことなんだと警告します。ふたつの感情が心の中で渦を巻いています。
    逢いたい。逢えば今の感情は抑えられるかも。連絡先は交換していたので、できる限り恋心は出ないように以前の友だち感覚でクリスマスイブに逢えないか送ってみました。
    返事は・・・
    「ごめん、その日は先約があるんだ」
    ああ、そうよね。クリスマスイブだもん。きっと彼氏とどこか行くんだろうな。予定が全くないのは私くらいで、職場の人たちも家族があれば家族と、彼女彼氏がいればカップルで予定があるような雰囲気。まして今年の12月24日は日曜日だし。
    少しだけホッとした気もするけど、ガッカリ感の方が大きいなと思っていると、
    「あ、でも翌日の夜なら空いているよ」
    という追加のメッセージ。
    わぁ!嬉しい!!
    「じゃ、待ち合わせはこの前のカフェの前で良いかな」
    かすかに震える指先でメッセージを送ります。もちろん彼女からはOKの返事。でも友だちと約束するだけでこんなに緊張するなんて・・・。

    ただ、その日から心の葛藤はより激しくなっていきました。
    私は本当に彼女に恋しているの?それはいけないことじゃないの?彼女だって迷惑なはず。でも自分の感情も抑えられません。

    日付が進めば進むほど、感情は渦巻き、迷いが強くなります。これまで自分がレズビアンだという自覚を持ったことはありません。彼女へ思いと同性愛への抵抗。どちらが大切なのか全くわからなくなり、年の瀬が迫っているにもかかわらず、仕事も思ったように捗らない状態になってしまいました。
    鬱々とした状態が続きます。

    こんなんじゃダメだ。何かを変えようといつもと違うネイルにし、ピアスも新調してみます。通勤経路も大通りを避け、1本裏道を歩きます。
    普段通る大通りは交通量も多く、そこそこ遅い時間でも開いているお店が多いので生活に便利で、夜に女性がひとりで歩いていても安心です。でも並行する裏道は一転して薄暗く静かでお店もほとんどありません。そんな通りを帰宅時に歩いていると・・・。

    あれ?こんなところに教会があったかな?
    そこは修道院のようでした。小さな教会の先に宿舎のような建物があります。私はクリスチャンではないものの、教会の建物や雰囲気が大好きで、旅行先でも教会を見つけると見学することがよくあります。
    入り口に掲示板があり、ご自由にお入りくださいという案内と同時に、1枚のチラシのようなものが貼ってありました。
    「クリスマス礼拝の主役求む
    1年間の贖罪と未来への祈りのために主と同じ受難を受ける人を募集しています
    罪や迷いを感じている方は、ぜひご参加ください」
    なんのことかしら。信者の人向けかな。教会には入って良いみたい。

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    扉を開けて中に入ると、正面には大きなステンドグラス。その前には見上げるような大きな十字架があり、さらにその左右には人の背丈ほどの小さめの十字架が立っています。ステンドグラスの先には街の光があるらしく、外は暗いのにそこだけキラキラしています。
    キレイ・・・。
    思ったより古い教会らしく、重厚な雰囲気の室内の周りには木製の長椅子が並んでいます。正面の高い十字架の前に立ち、静かに両手を組み、目を閉じます。彼女のことを思い浮かべながら・・・。ふと涙が流れます。

    「迷いがあるのですか」
    急に声をかけられて、ハッとします。振り向くと初老のシスターらしき人。
    「驚かせてごめんなさい。不安げに迷っていらっしゃるようでしたので」
    「あ、いえ、私こそ勝手に入ってきてすみません」
    「良いんですよ。ここは誰にも開かれた教会です。もっともここは女子修道院なので女性のみですが。それより、せっかくいらっしゃったのですからこちらでお茶でも召し上がってください」
    優しそうな瞳。やわからかい話し方。なんだか私が小学生のころに亡くなったおばあちゃんを思い出します。
    「お気遣いいただかなくても大丈夫です。え、そうですか。それでは少しだけ」
    教会の隅にある扉から小さな部屋に入ります。
    いただいたのは暖かいミルクティとかわいいジンジャークッキー。なんだかホッとします。
    「何を迷われているのか、良かったから話してみませんか。元々この部屋は懺悔の間。どんなことでも話されて大丈夫ですよ」
    シスターの優しい声のせいか、ミルクティで落ち着いたせいか、なんだか彼女のことを話してみたくなりました。高校時代のこと、この前久しぶりに会ったこと、彼女と話をするのがどんなに楽しいかということ、そして・・・恋に落ちたこと。

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    「そうですか。それで迷われていたのですね。聖職者の立場でお話しすると、聖パウロは、ローマ人への手紙の中で同性愛を否定していますよ」
    ああ、やっぱりそうなんだろうな。
    「でもね。私はそれは赦されるべき罪だと思います。そのための祈りは欠かせません。ですが、大切なのはあなたがその人をどれだけ愛するかということですよ。愛は性別を超えるものです」
    シスターにそう言われると、なんだか落ち着いた気分になり黙って頷きます。

    「そうそう、あれはどこへやったかしら・・・」
    シスターは立ち上がると、奥にある棚を色々みています。
    「ああ、ここにあったわ。はいこれ、良かったら参加してみてくださいね」
    シスターに渡されたのは、入り口の掲示板に貼ってあったチラシと同じものです。
    「毎年クリスマスの礼拝で、主と同じ体験をしてもらう儀式をやっているのですよ。あまり応募がないのだけど、もし良ければ・・・。心の迷いが消えると思いますよ」
    「同じ体験って?」
    「主の受難。つまり十字架への磔ですね。ひとりの女性がクリスマス前夜に礼拝堂にある十字架に磔になり、犯した罪の罰を受け、未来への祈りを捧げる儀式なの」
    それって・・・さっき見た十字架に私が磔にされるってこと?
    想像すると、どきっとします。
    「もちろん、ただの儀式ですからそんなにそんなに深刻にならなくても良いですけどね」

    その後も家族の悩み、仕事の悩み、交友関係の悩みなどシスターに聞いていただきました。気づいたらもう遅い時間。
    「また迷ったらいらっしゃい」
    帰り際にシスターに声をかけられてなんだかとても暖かい気分になり、その日は目を閉じた瞬間に眠りに落ちたのでした。

    翌朝目が覚めると昨日のことが幻のような感覚になりました。修道院でシスターに話を聞いてもらったのに、なんだかそれがすべて夢だったような・・・。そんな気分になりながら、出社する準備をします。と、カバンからひらりと1枚の紙が落ちました。拾い上げてみると昨晩シスターにいただいたクリスマス礼拝のチラシ。
    ああ、良かったほんとのことだったんだとホッとします。
    あらためてチラシを見てみます。
    ”主と同じ受難を受ける人”・・・シスターの話では、教会の十字架に磔にされる役。
    ちょっと興味あるかも。
    子供のころ、人質にされるヒロインに憧れていました。
    縛られたり磔にされたり・・・。
    そう、特に大好きだったアニメ、マジカルピピで、ピピが十字架に架けられて大ピンチになるシーン。そこで番組が終わって、ピピになりきっている私はピピがどうなるか不安で翌週が待ち遠しいと同時に怖かった。
    私ってマゾヒスト?ん〜そういうのとは少し違う。でも昨日のお礼に私が引き受けるのも良いかも。
    と考え込んでいるうちに家を出る時間に遅れそうになります。

    通勤電車はいつも通りの混みようです。普段は音楽を聴いていることが多いですが、今日はシスターのことを思い出しながらスマホであの修道院のことを調べてみます。1ページのみの簡素なホームページ。1930年創立なので約100年前。
    へぇー、思ったより古いな。でもクリスマス礼拝のことはどこにも書いていなし。これじゃ、なかなか応募者はいないかも・・・。決めた!週末にもう一度教会に行ってみて、誰も応募していなかったら私が応募してみよう。

    12月も半ば近く、だいぶ冬っぽくなってきました。休日にこの前と同じく大通りの裏道を進みます。
    すると、ありました。小さな教会。蔦の絡まる建物は、この前見た時より小さく古ぼけて見えます。入り口のドアをそっと開けて中に入ります。奥に大きなステンドグラスと高い十字架。あえて十字架は見ないようにして周囲を見渡すと、この前は気づかなかった扉があり、そこが事務室になっているようです。その扉をそっとノックすると、
    「はい」
    という声がして、内側からドアが開きました。この前とは違う、少し若いシスターが立っています。
    「あ、あの、私・・・」
    と言いかけると、
    「まあ、この前の方ね。来てくださったのね」
    と奥の方でこの前の初老のシスターがこちらを向いてニコニコしています。
    「はい、先日はいろいろありがとうございました。お茶、とても美味しかったです。それで、この前いただいたこのチラシなんですけど、他にやる方がいらっしゃらないなら、私、やってみようかなって」
    シスターはちょっと驚いた様子。でも思い直したように、
    「まあ、そのためにわざわざ?とても嬉しいわ。さ、こちらにお座りになって。シスター長沼、あなたもこちらにいらしゃって。申し遅れましたけど、私がシスター丸山、こちらがシスター長沼です」
    「あ、私、田中のぞみです。」
    そういえばこの前はお互いに名乗らずに話をしていました。
    木製の趣のある机を前に座ります。
    「それで、クリスマスの礼拝にご参加いただけるのね」
    「はい、やってみようかと」
    「シスター丸山、礼拝というのは、もしかして・・・」
    「そうよ。主の代わりに受難を受けていただくのよ」
    「まあ、それは素晴らしいですわ。でも・・・」
    と少し表情を曇らせて、
    「それなりに過酷な儀式ですよ。大丈夫かしら」
    少し目をそらしながら心配そうです。
    「はい、体力にはそれなりに自信あります」
    と答えました。
    クリスマスの礼拝は17時から19時の2時間というということ。まさか釘で打ち付けられるということでもないでしょう。それくらいなら耐えられる自信があります。
    シスター丸山も少し心配気な様子でしたが、
    「そうね。お若いし、受け入れる気持ちがあるなら大丈夫でしょう」
    とニッコリします。
    「でも嬉しいわ。ここ数年はどなたも応募されなかったのですよ」
    やはり宣伝不足な気がします。といって、教会が派手な広告をやるわけにもいかないのでしょう。
    「そうそう、この前のお話の彼女とはどうなりましたか」
    「はい、あれから少し連絡を取っただけですけど、礼拝の翌日に逢う約束をしているので」
    「そうですか。それでは礼拝ではあなたの罪の赦しを祈るとともに、恋が成就するようにも祈りましょう」
    「ありがとうございます!」
    なんとなく・・・全てが上手くいくような予感がしてきます。

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    12月24日。いよいよその日が来ました。昨日は彼女へのクリスマスプレゼントとそれに添えるカードを買いに行ってきました。カードに何を書こう?1日中悩んでいましたが、結局何も書けず、まだ真っ白なままです。
    今日はお昼過ぎに教会に来て欲しいと言われています。
    買って間もない白のニットにチャコールグレーのミニスカート、黒のタイツとパンプス。お気に入りのキャメルのコートを着て出かけます。
    朝から曇っているなと思っていたら、雪がちらついてきています。この辺りでは滅多にないホワイトクリスマスになるかもしれません。

    教会はクリスマスの飾り付けがしてありました。楽し気な雰囲気。中に入ると椅子が壁際に並べられていて、真ん中が空いています。空いたスペースの奥に三つの十字架。真ん中の大きな十字架は倒して床に置かれており、磔にされる人を待っているようです。つまり・・・私を・・・。

    事務所に顔を出すと、
    「いらしゃってくれてありがとう。今年は久しぶりにちゃんとしたミサができるわ」
    とシスター丸山が嬉しそうに話します。
    「コートはこちらに掛けて。カバンもお預かりしますね。それと裸足になって。じゃ、シスター、お願いね」
    裸足と言われてちょっと驚きましたけど、言われた通りにパンプスを脱ぎ、タイツも脱ぎました。
    「さあ、こちらへ」
    シスター長沼ともうひとりのシスターに誘われていきます。
    裸足の足に床が冷たく、凍えそうな気がします。さらに暖かな礼拝堂を出て、脇の階段から地下に降りると寒さがいっそう厳しくなります。
    薄暗い地下の廊下を歩き、奥の方へ。もう足の裏が冷え切っています。一番奥には何やら鉄格子がはめられた小部屋がありました。地下牢のような雰囲気です。横の小さなテーブルに鈍い色の金属製の何かが置いてありました。なに?鎖?
    「では両手を出して」
    言われるまま両手を出すと、ガチャリ、と手枷をはめられました。
    重たく、鈍く光る、鉄の枷です。
    えっ?えっ?どういうこと??
    訳のわからないまま、戸惑っていると、両足首に足枷がはめられ、さらに首枷も。
    えっ?なんで??
    「入って」
    命令口調で言われ、押し込まれるように鉄格子の中へ。そして首枷の鎖を壁にある錆びた鉄輪に錠で固定されます。
    私が困惑している間に鉄格子が閉められ、鍵がかけられました。
    「礼拝の時間になったらまたきます」
    そう言い残して二人のシスターは遠ざかっていきました。

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    何が起こったか考えるまでかなりの間があったと思います。それほど混乱していました。地下牢のような小部屋。はめられた重たい枷と鎖。自由を奪われひとりきりです。鉄格子をゆすってみますが、びくともしません。仮に開いたとしても、首枷が鎖で壁に繋がれているため逃げることはできません。
    私、ハメられた?あんなに優しくて人の良さそうなシスターだったのに。でもなんのため?私を監禁してもなんのメリットもないはず。ひょっとして・・・黒ミサの生贄にされる?いや、それは非現実的すぎる。といって、今の状況も現実的ではない・・・。
    混乱が深まるばかり。
    手枷を外そうとしてみますが、もちろんびくともしません。
    どうしよう・・・。警察に電話する?でもスマホはカバンの中で、さっき預けてしまいました。

    少し冷静になると、今度は急に寒くなってきました。その地下牢のような部屋は完全に地下というわけではなく、地面スレスレの部分の石壁が明かり取りのように空いています。が、ガラスは入っておらず、外の空気がそのまま流れ込みます。来るときにチラついていた雪はあがったようですが、空気は冷え切っています。
    寒い・・・。
    ミニスカートの上に裸足でタイツも脱いでいます。もちろんコートもありません。
    逃げることもできず、牢の隅で鎖に繋がれた手で膝を抱えます。
    どうしてこんなことになっちゃんだろう・・・。
    礼拝の時間になったら来ると言われたということは、ずっとこのままではないはず。
    確か教会に来たのが1時ごろでした。礼拝は5時からの予定です。
    この寒さに4時間近く耐えなければなりません。
    ふと見ると、床にはあの時のチラシ。
    ”贖罪と未来への祈りのために主と同じ受難を受ける”・・・まさかこれが受難?
    そういえば、この前シスターは二人とも少し心配そうな顔をしていました。過酷な儀式だって。私はそれが十字架磔刑のことだと思っていましたが・・・。

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    寒い・・・。さっきよりさらに寒くなり、うずくまっていても身体中が凍えています。だんだん時間の感覚がなくなってきました。もしかして本当に生贄にされるのかもしれない。このまま死んじゃうのかもしれない。どこまでが現実でどこまでが想像なのか。彼女の顔が浮かびます。そう、彼女のために罰を受け、祈りを捧げたかった。それなのに、私はもうダメかも。

    それからさらに時間たち、牢屋の中はすっかり暗くなりって意識が朦朧としている中で、どこかで物音がしました。幻聴?と思っていると、確かに誰かが歩いてくる音です。と思うと、先ほどの二人のシスターが手に蝋燭を持って立っていました。鉄格子の錠を外し中に入ってきます。
    まるで奴隷に命令するように
    「立ちなさい」
    と一言。すでに考える力もなく、黙って従います。首枷の鎖が壁から外され、それをシスター長沼が引くようにして歩かされます。来た時より冷たいはずの廊下ですが、ほとんど感覚がありません。重い足枷の鎖がジャラジャラ音を立てます。まともに歩くこともはできずに時折ふらつきますが、その度に首枷の鎖を引かれます。とても長い廊下の気がします。
    が、上に登る階段に近づくにつれてざわめきが聞こえてきました。ふらつきながらも階段を一段上がるごとにざわめきは大きくなります。そして、階段を登り切ると、そこには礼拝堂の扉が。
    扉が大きく開かれると、中の暖かな空気がわっと流れ出します。冷え切った身体に心地よい。
    オルガンの音色が聞こえてきます。新世界より第二楽章。地下牢とは打って変わって礼拝堂の中は明るく、暖かく、楽しげです。
    鎖を引かれた私が足を踏み入れると、女性ばかりの信者とシスターたちは静まり返りました。
    正面のステンドグラスの左右には十字架に磔にされた高校生くらいの二人の女の子。白いローブ姿で縛りつけられています。そして真ん中には大きな十字架が倒して置いてあります。
    その十字架の前で止められ、枷を外されました。床の十字架に横になるように命令され、柱に横になると、両手を取られ、左右の横木に固定されます。さらに両足も柱に縛り付けられました。
    はあはあ、と息が荒くなり、心臓の鼓動も早くなります。そばで聞いていたら鼓動の音がわかるくらい。
    それまで冷え切っていた身体に、一気に血液が循環してきています。
    そして、ぐらりと傾くと、数人のシスターたちによって十字架が立てられていきます。
    ああ・・・両手首に痛みが走り、周囲からの大きな拍手と共に、私は完全に十字架磔にされました。
    思ったよりも高く、怖く、恥ずかしく、それ以上に屈辱を感じます。
    一瞬、ピピの姿が頭に浮かびました。
    大勢の人の前で磔にされ、晒されている・・・でもどこか安心感もあるような。

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    オルガンの曲が変わりました。みんなが一斉に歌い出します。

    諸人こぞりて むかえまつれ
    久しく待ちにし 主は来ませり
    主は来ませり 主は 主は 来ませり

    悪魔の牢獄(ひとや)を うちくだきて
    捕虜を放つと 主はきませり
    主は来ませリ 主は 主は 来ませリ

    わぁー!と拍手が起こります。
    私の目の前にシスター丸山が立ちます。
    「メリー・クリスマス。みなさん、今年もこの日がやってきました。クリスマスイブの礼拝に参加いただいてありがとうございます。ご存知の通り、クリスマスは主イエス生誕の日です。その一方で、日本では多くの人の楽しみの日にもなりました。本日は主の救いと慈悲、喜びについてお話ししたいと思います」
    私は十字架の上でぼーっとしながらシスターのお話を聞いていました。
    極寒の場所から急に暖かい部屋にきて、まだ完璧には血が巡っていないようです。それに磔にされていることで、さっきよりさらに自由が効きません。

    彼女のことを思い浮かべます。
    同性を好きになるなんていけないことのように思っていました。そのために罰を受け、祈りを捧げる。さっきはもうダメかと思いました。でも今は、現実的に罰を受けています。そしてクリスマスは慈愛の日。今こそ祈りを捧げる時です。
    私の恋が罪なら赦されるまで罰を受けます。どうか、彼女との思いを遂げさせてください。
    「・・・のぞみさん」
    急に名前を呼ばれてハッとします。
    「今日はこちらののぞみさんが礼拝のために自ら磔になってくださいました。そしてこちらの真由美さんと愛子さんのお二人も。三人のために祈りを捧げましょう。これまでの罪が赦されますように、願いが叶いますように」
    参列者が一斉に声を上げます。
    「のぞみ、真由美、愛子の罪が赦されるように!願いが叶うように!!アーメン!ハレルヤ、ハレルヤ!!」
    ひとりの若い女性が前に出てアカペラで歌い出します。

    Amazing grace! How sweet the sound!
    That saved a wretch like me!
    I once was lost, but now I am found;
    Was blind, but now I see.

    'Twas grace that taught my heart to fear,
    And grace my fears relieved;
    How precious did that grace appear!
    The hour I first believed.

    アメイジング・グレイスです。オルガンの伴奏が始まり、全員が歌い出します。

    やさしい愛の てのひらで 今日もわたしは うたおう
    何も知らずに 生きてきた わたしは もう迷わない
    ひかり輝く 幸せを 与えたもうた あなた
    おおきな みむねに ゆだねましょう 続く世界の平和を

    十字架の上で、涙が止まらなくなります。
    ここが私の居場所なんだ。私は磔にされるためにここにいるんだ。そんな気さえしてきます。
    私は彼女を愛している。私はもう迷わない。

    Joyful, Joyful
    Lord, we adore Thee
    God of glory Lord of love
    Hearts unfold like flowers before Thee
    Hail Thee as the sun above
    Melt the clouds of sin, sin and sadness
    Drive the dark of doubt away
    Drive it away
    Giver of immortal gladness
    Fill us
    Fill us with the light of day
    Light of day!

    心が洗われ、全てが溶けて、無になっていくような・・・。

    礼拝が終わり、十字架から下されました。
    ずっと拘束されていた両手首には戒めの痕がくっきり残っています。足がふらつき、まともに立つことができません。
    涙でぐちゃぐちゃ。それは私だけはなく、周りの人たちも涙に濡れています。
    特に・・・
    「わぁ、のぞみさぁん!」
    と抱きついてきたのは真由美ちゃんと愛子ちゃん。私の両横で磔にされたいた女の子たち(大学1年生と高校2年生とのこと)。薄いローブに裸足で、やはり両手首と両足首に縄の痕がしっかり残っています。
    三人で泣いて抱き合い、抱き合っては泣き合います。
    他の方々からも祝福を受け、シスター丸山もにっこり微笑んでいます。
    その瞬間が永遠のような気もしてきます・・・。


    その夜、ひとり暮らしのマンションで静かに机に向き合います。教会でもらってきた蝋燭に火を灯し、その灯りのもとでクリスマスに渡す彼女へのメッセージカードを書き始めます。
    なんとなく夢でもみていた感じ。でも目を落とすと両手首には磔にされていた痕が現実のものとして残っています。
    私は彼女のことが好きです。もう迷いません。もしかすると拒否されるかもしれなけど、それでも私の思いをカードに込めて伝えます。
    ”あなたが好きです。ずっと。”

    あ、どこかで誰かがアメイジング・グレイスを歌っている?
    こんな夜中に気のせいかな・・・。
    止んでいた雪がまた降り始めたみたい。
    そしてすっかり Silent Night。

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    #創作大賞2026 #オールカテゴリ部門

     
     

    麝彊

     
     
    普通に会社員やっています。 性自認は女性だけど、恋愛対象も女性です。 普通に女性として生きていきたい。 出身は神奈川県。法政大学文学部卒です。 ドライブとギター、読書、演劇(ミュージカル)が趣味。

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