
16人のきつね丼
震災の後、訪日客が来なくなり招聘の仕事ばかりしていたことがある。
外務省の外郭団体の招聘事業で、イラン、イラク、アフガニスタンの学校の先生を招聘して、日本の学校を視察するという内容。
イランとイラク、ペルシャとアラブ、驚くほど国民性が違う。
それでなくてもイランイラク戦争の記憶はまだ生々しい。
行程を見たときに、「この食事だと苦労しますよ。」と伝えた。
当時、ハラルレストランなどなく、魚中心の和食ばかりだったから。
担当者は「ここは日本です。用意した食事を召し上がって頂きます。」
それは正論。現場との温度差。
案の定、食事で苦労した。
京都のとある料亭できつね丼が出た。
油揚げと九条ネギを甘辛に煮たものがかかっている丼ぶり。
参加者全員、一口でギブアップ。
各国の代表者が私の前に座り、目を潤ませながらグループを代表して謝る。
「本当に食べられないんだ。すまない。残したいわけじゃないんだ。」
子供の好き嫌いとは違う。
だって、彼らは多分、油揚げも見たことなければ、
醤油の味すら知らなかったのだから。
16人のきつね丼は全部ゴミになった。
せめて、白いご飯が別盛だったら、
お米だけでも食べられたのに。
大柄の男性たちはきっととてもお腹が空いていただろう。
作った板前さん達の苦労、
それなのにゴミになる料理、
そしてお腹を空かせた客。
仲居さんは憮然として膳を下げる。
お腹を空かせたまま、気まずそうに目を伏せる16人。
食べ慣れない食事は本当につらい。
おもてなし、って一体。。。
そのツアーは2週間。
途中で、イラン人の通訳さんが大阪で焼肉屋に皆を連れ出した。
「えっ! ハラルじゃないよ」
「コーランでは騙された人に罪はない、騙した人が罰を受ける。
だから僕たちが罰を受ければいいんだよ」
と私を共犯にした。
そう、それほどまでに皆が痩せた。
一人なんて、ベルトの穴2つ分痩せたらしい。
東京に着いた日、その通訳さんが六本木のペルシャ料理に皆を連れて行った。皆大はしゃぎだった。やっとまともなご飯にありつけた!!って。
イラン人、イラク人、アフガニスタン人、皆が一斉に笑顔になったのはこの時だけだったかもしれない。
戦火のニュースを見るたび、神社で願うのはいつも世界平和。
私の出逢った人々が皆無事でいますように。
あの時、共犯にされたので、日本の神様にお願いする。
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