
2時間待っても誰も怒らない蕎麦屋で、私だけがイライラしていた
心が落ち着く場所を
見つけるのが得意な私たち。
今日も陶器市の帰りに、伊賀で“美味しいもの探し”。
「何が食べたい?」そう聞いても返ってくるのは、いつも同じ。
「なんでもいいよ」
昔はその言葉にイラッとしていた。「自分の意見はないの?」って。
でも今は違う。自分の“食べたい”をそのまま選べるって、なんてラクで幸せなんだろうって思えるようになった。
そんなやり取りも、もう儀式みたいなもの。
Googleマップを開いて、お蕎麦屋さんを探す。口コミも見るけど、私が一番見るのは“写真”。
そこに、その人のこだわりや空気感が写っているから。
伊賀焼の器に、手打ちのお蕎麦。古民家の窓から見える、手入れされた庭。
「ここ、いいね」
そう思って決めたお店は、山奥の集落の中にあった。
本当にこんな場所にあるの?と不安になるくらいの住宅地。
たどり着いたお店は、民家を改装したような佇まいで、好きな感じの庭と縁側があった。

席に案内されるまで
縁側で待つ。
縁側好きとしては
心地よい時間
待ち時間は30分ほど。席に案内されると、中庭が見える窓際。
ほうじ茶を飲みながら、ぼーっと庭を眺める。昔ながらの建具や、木の細工に目を向けながら、ぽつぽつ会話をする。
静かな空間。
他のお客さんもいるのに、驚くほど静かで、小さな声が少し聞こえるくらい。
なんとなくみんな、空気を壊さないようにしている感じ。
私たちも同じように、当たり障りのない会話を少しだけ。
——でも。
料理が、なかなか来ない。
30分、1時間。お腹はすでに鳴っている。
「粉から打ってるんじゃない?」なんて冗談を言いながらも、ちょっと現実味がある。
お手洗いに行ったり、外に出たり、また戻ったり。
他のお客さんも同じように待っているけど、誰一人、店員さんに聞こうとしない。
ここは、そういう場所なのか?
時間がかかることを含めて、この空間を味わいに来ているのかもしれない。
けど・・・
(不安しかない)
そう思い始めた頃。
「お待たせしました〜」
席についてから、2時間。
ようやく運ばれてきたお蕎麦。
誰も文句を言わず、静かに、同じタイミングで食べ始める。
私たちも無言で食べて、無言で食べ終えた。

鴨おかずセット
帰り際、レジで見えたのは、おそらく家族で営んでいる4人。
奥さんらしき人が、にこやかに聞いてきた。
「今日はどちらから来られたんですか?」
2時間待ったことなんて、まるで何もなかったかのような自然さで。
きっとここでは、それが“当たり前”。なのかもしれない。
効率でも、スピードでもなくて、そのままの時間が流れている場所だった。
しかし
私の心は複雑だった
お蕎麦も雰囲気も満足してる
が、ありのままの時間だけが受け入れられない

待合所
昔の農機具も味がある
あなたは2時間待てますか??
正直に言うと、私はイライラしていた。
2時間。何の説明もなく、料理は来ない。
お腹は空いているし、「まだかな?」という気持ちはどんどん強くなる。
でも不思議だったのは、
周りの人たちが、まるで何も感じていないかのように静かだったこと。
誰も店員さんを呼ばない。誰も不満を口にしない。ただ、そこにいる。
あの空間で、いったい何が起きていたんだろう。
まず、あそこはきっと「時間がかかることを知って来ている人たち」の場所だったのかもしれない。
提供が遅いことも含めて、そのお店の“体験”。だから「まだかな?」ではなく、「今日はゆっくりだな」と受け取っている。
そしてもうひとつは、目的の違い。
私は「お腹が空いたから食べたい」と思っていたけれど、
他の人たちは「この空間や時間を味わいに来ていた」のかもしれない。
同じ2時間でも、苦痛になる人と、心地よく過ごせる人がいる。
それだけで、こんなにも感じ方は変わる。
それに加えて、日本人特有の“言わない文化”もあると思う。
本当は「遅いな」と感じていても、空気を壊さないように、あえて何も言わない。
誰かが言い出せば変わるかもしれないけど、誰も言わないから、そのまま静けさが続いていく。
あの場には、「待つことに価値を感じている人」と、「我慢しているけど表に出さない人」が、混ざっていたのかもしれない。
そんな中で、私はちゃんとイライラしていた
そして、
周りに流されてその時間を過ごしていた
あの静かな空間で、
一番ざわついていたのは、
もしかしたら私の心だったのかもしれない。

のどかな場所
鳥たちの歌声に
うちらの田舎暮らしにかける
思いを加速させる
(おまけ)
山を抜ける途中、
見落としてしまいそうなほど小さな看板があった。
秘境や山の中を進むのが好きな私たちは、
「行ってみる?」と軽いノリで進路を変える。
2kmほど進んだ先に広がっていたのは、
5月の新緑と、青々とした山もみじ。
その中を流れる、ひっそりとした滝。

誰もいない
この場所は
秘境する

青々として
5月の新緑を盛り上げる
人の気配はなく、
聞こえるのは水の音と、鳥の鳴き声だけ。
さっきまでいた場所とは、
まるで違う空気が流れていた。
すーっと、何かが抜けていくような感覚。
ああ、こういう瞬間に、
日本人に生まれてよかったなと思う。


新緑の5月がすき
さっきまでのざわつきも、
ここではもう、どうでもよくなっていた。