
待ち合わせ
取材前、無性にスパゲッティが食べたくなって、現場からほど近いレトロな喫茶店に入った。
席についてランチセットのスパゲッティを頼み、先に届いたサラダを食べはじめたころ、斜め後ろの席に初老の女性が腰を下ろした。
でも、注文する様子がない。
わたしがランチセットのサラダを平らげたころ、もう一人の女性が入ってきた。
「ずっと駅前で待ってたのよ。暑い中、ベンチに座ってさ」
先に店にいた女性は、
「わたしはここにいたのよ」
と一言。謝罪はない。
わたしはスパゲッティをクルクルと巻きつけながら、耳を澄ませた。
「15分くらい外で待ってたわよ」
「わたしもここで15分くらい待ってたわよ」
会話は平行線のまま、しばし沈黙が流れた。
え、これはどうなる?
外で待っていた女性がぶつぶつと続けたが、先に店内に入った女性は答えない。
しばらくしたら、
「なんだか悪かったわね」
と外で待っていた女性は不服そうだが少し折れた。
それでも店で待っていた女性は愛想の良い返事はしなかった。
この空気の中で、二人はどんな顔をしているんだろう。
気を取り直したのか、後から来た女性が
「コーヒー頼むでしょ?」
店で待っていた女性は
「お腹パンパンだから飲めるかしら」
「あら、飲まなきゃだめよ、コーヒーは」
「もう家で5杯飲んでるのよ」
…え!まだ12時ですよ。
「すみませーん、ナスのミートスパ2つとコーヒーと紅茶を」
と店員さんに伝える。
お腹パンパンでも、昼食はちゃんと食べるらしい。コーヒーは紅茶に変えた。
注文が済むと、二人はお金のやりとりをはじめた。
町内の集金か何かだろうかと思って、しばらく聞き耳を立てていた。
「お友達と変なことになるのは嫌だから。長い付き合いだからね」
と外で待っていた女性。
どうやらお金を借りていらしい。
だから、中で待っていた女性は謝らなかったのか。
貸した側には貸した側のプライドがあるってことか。
そのころわたしのスパゲッティも半分ほどになっていた。
会話に集中しすぎて気づくのに時間がかかったけども、このスパゲッティは塩気が強くて全部食べきれそうにない。
店内を見渡すと、お客のほとんどが常連さんぽいシニアだ。みなさん、血圧は大丈夫だろうか。
それから真後ろの席に、今度は別の高齢マダムが二人やってきた。腰を落ち着けるなり、一人がこう切り出した。
「さて、あなたのロマンスを聞かなくちゃ」
思わず手が止まった。
シニア恋愛の話でもはじまるのかと思って期待したが、まずはじまったのは孫自慢だった。
バイト先でナンパされたとか、留学しているとか、数人の孫たちの近況がとめどなく続く。
そのうち、じわじわと雲行きが怪しくなってきた。
優秀な孫の自慢から、手のかかる孫の愚痴へ。ある孫はピアノに挫折したとか、挨拶もしないとか、親のすねをかじっているとか…
こんなふうに話されているとは、その孫たちは知る由もない。
だんだんと聞くに堪えない話になってきた。
早く、ロマンスの話を!プリーズ!!
実は、ざわざわする中で人の会話を聞くのは得意じゃない。
でもこの日は、店の空気とあいまって、なんだかドラマチックだった。
その後も孫の話題が続き、わたしの時間が足りず、ロマンスの話は聞けなかった。
会計をしに立ち上がりかけたとき、斜め後ろの外で待っていたお金を借りていたらしき女性が言った。
「良かれと思って中で待っててくれたのよね、ごめんなさい。ありがとうね」
それでも店で待っていた女性は、特に何も答えなかった。
人は事実とは別に、自分なりの解釈をする。
同じ出来事を経験しても、受け取り方は人それぞれで、同じ人でさえ、心の中は時間が経てば変わっていく。
外で待っていた女性も、この30分ほどの間に解釈を塗り替えたのかもしれない。
それにしても、店で待っていた女性の沈黙を貫くハートは強すぎる。
学びの多いランチタイムだった。