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【エッセイ】何もかも嫌になった日から、人生は少しずつ動かせる

    これは、キラキラした人の話ではない。

    昔から努力できた人の話でもない。
    計画通りに人生を進めてきた人の話でもない。

    何もかも嫌になって、
    誰とも連絡を取りたくなくなって、
    LINEまで消したことがある私が、
    それでも少しずつここまで来た話。

    止まっていた時間も、
    遠回りした時間も、
    今の私につながっていた。

    そう思えるようになるまでの話。

    私は1999年生まれで、
    今年の8月に27歳になる。

    今は26歳。
    京都で働きながら、
    2027年12月の台湾ワーホリに向けて
    語学を勉強し、noteを書き、
    ライター活動もしている。

    そんな今の私を見て、最近よく言われる。

    「ストイックだね。」

    勉強に終わりがなくて不安だと話したとき。
    朝5時に起きて勉強していると言ったとき。

    TOEIC815点。
    中国語学習。
    note200記事以上。
    ライター活動。
    台湾ワーホリ準備。

    確かに、並べるとそう見えるのかもしれない。

    でも私は、
    自分のことをストイックだと思ったことがない。

    私の中でストイックな人は、
    もっと昔からちゃんと勉強習慣があって、
    英語もすでに話せていて、
    時間を無駄にせず積み重ねてきた人だった。

    私は、全然そうじゃなかった。

    むしろ昔の私は、
    時間があったのに動けなかった。

    何もかも嫌になって、
    全部のつながりを切りたくなった時期もあった。

    だからこれは、努力できる人の成功談ではない。

    何もかも嫌になった日があっても、
    人生は少しずつ動き出す。

    そういう話として書いてみたい。

    2018年春 18歳|淡路島を出て 京都へ来た

    私は18歳まで淡路島で育った。
    大学進学を機に、京都で一人暮らしを始めた。

    あのときは、ただただうれしかった。

    やった。
    夢の大学生だ。
    一人暮らしだ。
    何でもできる気がする。

    初めて淡路島を出て、
    知らない街で暮らすことになった。

    京都は、私にとって最初に
    「自分で選んで来た場所」だった。

    新しい街。
    新しい生活。
    新しい人間関係。

    不安もあったけど、それ以上に、
    これから「自分の人生が始まる」
    そんな気がしていた。

    2020年春 20歳|コロナで淡路島へ戻った

    でも大学3回生の頃、
    コロナ禍でオンライン授業になり、
    私は淡路島へ戻った。

    奨学金を借りながら一人暮らしを続けるより、実家でオンライン授業を受けた方が現実的だった。

    その判断は、間違っていなかったと思う。

    でも同時に、自分が今どこで何をしているのか、
    よく分からなくなった。

    京都にいる必要も。
    大学生でいる実感も。
    自分の未来も。

    少しずつぼやけていった。

    一度動き出したはずの生活が、
    また止まったような感覚があった。

    2021年冬 22歳|就活で何もかも嫌になった

    就活がうまくいかなかった。

    第一志望に入れなかった。
    周りのように、
    納得して内定先を選んだわけでもなかった。

    就活に落ちた直後から、
    5月に働き始めるまでの数ヶ月、
    私はほとんど引きこもっていた。

    もうやりたいことなんてないと思っていた。

    入りたい会社もない。
    何もできない。
    自分には何もない。

    自己否定と自己嫌悪で、
    何も見えなくなっていた。

    第一志望に入れなかっただけで、もう自分はこの世に必要ないような気がしていた。

    今なら、そんなことないと分かる。

    でも当時は、本気でそう思っていた。

    誰にも連絡してほしくなかった。
    誰とも話したくなかった。
    何も見たくなかった。

    LINEも消した。
    電話番号も変えた。

    インスタだけは残していたけれど、
    ログアウトした。

    本当に連絡を取りたい人がいるなら、
    またDMすればいい。
    そのくらい、もう全部どうでもよくなっていた。

    励まされたかったわけじゃない。
    心配してほしかったわけでもない。

    ただ、誰にも触れられたくなかった。

    その頃は、
    サイコホラーやパニック映画ばかり見ていた。

    もっとどん底の物語を見て、
    「この主人公よりは、まだ私は大丈夫かもしれない」と思いたかった。

    今思うと、かなり不器用な自分の守り方だった。

    2022年春 22歳|現実に押されてカフェで働き始めた

    そこから動き出した理由も、
    かっこいいものではなかった。
    夢を見つけたからでも、
    前向きになれたからでもない。

    学生が終わると、
    年金も保険も自分で考えないといけない。

    国保って高い。
    無職のままではいられない。

    だから、とりあえず働こうと思った。
    5月から、カフェで働き始めた。

    納得して選んだ道というより、
    まずは現実的に働かなきゃいけなかった。

    それでも、新しい環境は楽しかった。

    接客、レジ、フードドリンク提供。
    覚えることは多かったけれど、
    何もかも嫌だった時期から
    少し外に出られたような感覚もあった。

    本当に、
    かなり現実的な理由で始まった仕事だった。

    でも今思うと、
    そういう現実に押されながらでも、
    私はちゃんと生きる方を選んでいたんだと思う。

    現実的な理由でも、動き出せたらそれでいい。

    今なら、そう思える。

    2022年夏 23歳|時間があったのに動けなかった

    その頃の私は、今より自由だった。

    朝はギリギリまで寝ていた。
    8時頃に起きて、さっと準備して、
    45分頃に車で出発する。

    18時まで働いて、18時半には家で晩ごはん。

    家族とたくさんおしゃべりして、
    お風呂に入って、携帯を触って寝る。

    決して悪い毎日ではなかった。

    でも、どこかでずっと焦っていた。

    このままでいいのかな。
    何かしなきゃいけない気がする。
    でも、何をしたらいいのかわからない。

    時間はあった。
    今より自由もあった。

    でも、
    自分の人生をどう動かせばいいのか
    分からなかった。

    SNSもあまり見たくなかった。

    誰かの充実した日々を見ると、
    自分だけが止まっているような気がしたから。

    それなのに、
    外に出て遊んだ日だけはたくさん投稿した。

    私もちゃんと充実している。
    私も楽しく生きている。

    そう見せたかったんだと思う。

    2023年 23歳|欲しかったのは資格じゃなかった

    その頃、色彩検定2級を取った。

    きっかけは、悔しさだった。

    カフェで働いていた頃、
    自分が作ったPOPを上司に
    「見にくい」と一蹴されたことがあった。

    すごく悔しかった。
    反骨精神だったと思う。
    勉強すれば文句言わないだろうって。

    認められたかった。
    ちゃんとできると思われたかった。
    今いる場所で、
    少しでも自分の価値を証明したかった。

    だから勉強した。

    カフェで働くこと自体は、
    納得して選んだ道ではなかった。

    でも、そこで研修してくれた人から学んだことは本当に多かった。

    業務をどう仕組み化するか。
    どうすれば新人でも分かりやすく動けるか。
    どうすればお店全体が回りやすくなるか。

    その人の教え方には、ちゃんと優しさがあった。

    効率的なのに、機械的ではなかった。

    今思うと、私はそこで
    「仕事は感情だけでも、仕組みだけでも回らない」
    と学んだのかもしれない。

    接客、レジ、フードドリンク提供、シフト作成、
    スタッフ教育、Instagram運用、POPづくり。

    やっていたことは、
    思っていた以上に幅広かった。

    働いていた時間が全部嫌だったわけじゃない。
    ちゃんと学んだこともあった。

    それでも当時の私は、
    自分に何もないと思っていた。

    だから色彩検定に受かったときは、
    少し救われた。

    合格を知った日は、
    ちょうど友だちと遊んでいた。
    スマホで結果を見て、
    そのまま友だちに報告した。

    何もないと思っていた自分にも、
    ひとつ「やった」と言えるものができた気がした。

    少し救われた。

    でも今なら分かる。

    本当に欲しかったのは、
    資格そのものじゃなかった。

    私は、「自分にも価値がある」と思いたかった。
    何か頑張った証拠が欲しかった。
    「私はこれをやった」と言えるものが欲しかった。

    資格を取れば、
    少しは自分を信じられる気がしていた。

    2024年1月 24歳|神戸で新しい生活が始まった

    2024年1月、結婚のため仕事を辞めて
    神戸へ引っ越した。
    新しい生活にわくわくもあった。

    でも、初めての同棲でぶつかることも多かった。

    誰かと一緒に暮らすことは、
    幸せなだけじゃない。
    生活のリズムも、価値観も、当たり前も違う。

    それを日々、実感していた。

    2024年3月 24歳|結婚して これからの生き方を考え始めた

    2024年3月に結婚した。

    数年前の私なら、
    結婚したら落ち着くと思っていたかもしれない。

    でも実際は、逆だった。

    結婚したからこそ、
    「私はこれからどう生きたいんだろう」
    と考えるようになった。

    その頃はパートで働いていた。
    空いている時間はあった。

    友だちと遊ぶ日もあった。
    でも、100%楽しいとは思えなかった。

    自分のお金を使って遊んでいても、
    どこかに罪悪感があった。

    今の私は、何をしているんだろう。
    この時間を楽しんでいいのかな。

    そんな気持ちが、ずっと残っていた。

    時間はあるのに、自由に動けない。
    生活はしているのに、どこか満たされない。

    誰からも必要とされていない
    ような感覚もあった。

    毎日ちゃんと生活しているのに、
    自分の輪郭だけが少しずつ
    ぼやけていくような感じ。

    私は何をしているんだろう。
    私は何ができるんだろう。
    このままでいいのかな。

    そんなことを、よく考えていた。

    2024年7月 24歳|noteに出会って 言葉の力を知った

    その頃に始めたのがnoteだった。
    きっかけは、夫の取材記事だった。

    読んだときに、少し驚いた。

    こんな一面があったんだ。
    こんなことを考えていたんだ。

    近くにいる人のことでも、
    言葉にされて初めて知れることがある。

    文章って、こんなふうに人を近づけるんだ。
    言葉って、こんなに伝える力があるんだ。

    そう思った。

    私も書いてみたいと思った。

    最初に書いたのは、自己紹介の記事だった。

    タイトルは、
    「【自己紹介】『器用貧乏』だった私が書く理由」

    初めてnoteを書いたときは、ドキドキした。
    でも書いてみたら、少し意外だった。

    案外、自分はいろんなことをしてきたじゃん。

    小学生の頃に夢中になったこと。
    中高生の頃に頑張っていた英語やスピーチ。
    大学時代に海外へ行ったこと。
    社会人になってから学んだこと。

    自分では忘れていた経験も、
    文字にするとちゃんと残っていた。

    ずっと何もしていないと思っていた。
    でも、書いてみると、
    ちゃんと経験してきたことがあった。

    悩んだことも、
    選んだことも、
    遠回りしたこともあった。

    書くことで、
    自分の人生を少しずつ拾い直している
    ような感覚があった。

    そしてそれは、
    少しずつ自信につながっていった。

    2024年7月から今|書くことで 頭がクリアになっていった

    最初は趣味だった。
    でも気づけば、noteは200記事以上になった。

    旅のこと。
    暮らしのこと。
    自分のこと。
    語学のこと。
    うまくいかなかったこと。
    まだ途中のこと。

    全部、自分の宝物だと思っている。

    書き続けて一番変わったのは、
    ポジティブになったことだと思う。

    ただ明るくなった、というより、
    嫌なことがあっても
    「なぜ?」「どうして?」
    と言葉にできるようになった。

    モヤモヤしたまま飲み込むのではなく、
    一回ちゃんと頭の外に出して、
    眺められるようになった。

    だから、前より頭がクリアになった。

    嫌なことがなくなったわけじゃない。
    不安が消えたわけでもない。

    でも、言葉にできると、少し進める。

    noteは、私にとって発信であり、
    自分を整理する場所でもある。

    2025年 25歳|もう一度 京都が日常になった

    そして今、私はまた京都で働いている。
    18歳の頃に初めて来た京都。

    あの頃は、夢の大学生として来た場所だった。

    今は、働く場所として、
    暮らしに近い場所として、
    もう一度京都にいる。

    戻ってきた感覚がある。

    でも、前と同じではない。

    前より視野も広がっている。
    見えるものすべてが新鮮で、楽しめている。

    同じ京都なのに、今は見え方が違う。

    18歳の私は、
    京都に来たら何でもできる気がしていた。

    今の私は、何でもできるとは思っていない。でも、自分の足で少しずつ動けることは知っている。

    京都は、私にとって
    何度も人生が動き直す場所なのかもしれない。

    2026年3月 26歳|TOEIC815点を取っても 終わりじゃなかった

    2026年3月、TOEIC815点を取った。

    結果を見たとき、最初に思ったのは、

    「おお、思ったよりできた」

    だった。

    素直にうれしかった。
    でもその後、すぐに思った。
    次は900点だ。

    昔の私なら、資格や点数を取った時点で
    満足していたかもしれない。

    でも今は違う。

    点数が欲しいだけじゃない。

    英語を話したい。
    中国語も話せるようになりたい。

    台湾で暮らしてみたい。

    台湾ワーホリに行きたいと思ってから、
    気づけば何年も経っていた。

    でも2026年、少し変わった。

    一人旅のための航空券を取った。
    HSK4級を受験して合格した。
    台湾の本を読むようになった。
    ワーホリまでのロードマップも作った。

    「いつか行きたい」ではなく、
    「2027年12月に行く」になった。

    それだけで、台湾が少し現実になった。

    現地で友達を作りたい。
    カフェ巡りをしながら、
    自分の言葉で注文したい。
    暮らしの中で、中国語を使ってみたい。

    行けたらいいな、ではなく、
    行くために何をするかを考えるようになった。

    だから勉強している。

    ストイックだからじゃない。

    行きたい場所に、ちゃんと向かいたいから。

    2026年現在 26歳|私は ここまで来た

    私はストイックになったわけじゃない。

    昔は、「何者かになりたい」と思っていた。

    すごい人になりたかった。
    認められたかった。
    自分にも価値があると証明したかった。

    でも今は、少し違う。

    台湾に行きたい。
    もっと世界を見たい。
    文章を書き続けたい。
    自分の言葉で人と関わりたい。

    だから勉強する。
    だから書く。
    だから朝起きる。

    努力しているというより、
    やっと自分の人生を自分で動かし始めた
    だけなのかもしれない。

    もちろん、今もしんどいことはある。

    一番しんどいのは、
    失敗できないと思ってしまうこと。

    ここまで来たからこそ、
    ちゃんとしなきゃと思う。
    積み重ねてきたからこそ、崩したくないと思う。

    でも、それでも続けているのは、
    やっぱり自分のためだ。

    誰かにすごいと思われたいからじゃない。
    何かを証明したいからでもない。

    自分の人生を、自分で選びたいから。

    23歳の私が今の私を見たら、きっと笑うと思う。

    「心配しなくても、大丈夫だったじゃん。」
    そう言ってくれる気がする。

    23歳ぎ私へ

    もし今、23歳の自分に会えたら。

    「もっと頑張れ」とは言わない。

    あの頃の私は、十分苦しかった。
    十分悩んでいた。
    何もしていないように見えて、
    本当はずっと考えていた。

    だから、こう言いたい。

    大丈夫。
    その時間も必要だったよ。

    焦っていた時間も。
    何もできないと思っていた時間も。
    SNSを見たくなかった時間も。
    充実しているように見せたかった時間も。
    全部のつながりを切りたくなった時間も。

    全部、今の私につながっている。

    止まっている時間も、無駄じゃなかった。

    おわりに

    周りからは、
    ストイックに見えるのかもしれない。

    でも、私の感覚は少し違う。

    私は今でも不安だし、自信があるわけでもない。
    もっと時間をうまく使えたらいいのに、
    と思う日もある。
    勉強に終わりがなくて、焦る日もある。

    それでも、昔より一つだけ変わったことがある。

    自分の人生を、自分で選びたい
    と思うようになった。

    動き出す理由は、キラキラしていなくてもいい。

    夢を見つけたからじゃなくてもいい。
    前向きになれたからじゃなくてもいい。

    年金や保険を払わなきゃいけないから、
    とりあえず働く。
    そんな現実的な理由でもいい。

    それでも、動き出せたなら、それでいい。

    何もかも嫌になった日があっても、
    人生は少しずつ動かせる。

    だから今日も勉強する。
    だから今日も書く。

    何かを証明するためではなく、
    行きたい場所へ向かうために。


     
     
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