
私のジョブズ食事法 vs できる若手の納豆春巻き
自分が食べるものの問題を
自分が食べるものの問題を解決すると、人生のほぼすべての問題は解決する。
誰かの名言。いやセリフ。いや自分で考えたのでしょうか。
「主任、納豆春巻きって知ってます?」
座右の銘というほどのことでもないですが、この詠み人しらずの名言を知るより早く、私は自分の食べるものについての問題を解決していました。
「簡単なんです。すぐにできるのがいいとこなんで。春巻きの皮に、納豆入れて揚げるだけです」
私の食べるものとは。
大きめのどんぶりに豆腐、キムチ、納豆を入れてごちゃまぜにする。
冷蔵庫に昆布などが入っていればキムチの代わりにしてもいいです。
「あとネギ入れます。ネギあるかないかで別物なんです」
さらにオートミールを追加すれば「かさ増し」になります。
その場合、味が薄まるので納豆をもうひとパック追加。しかしこれで一日を過ごすには少し心もとないです。
「揚げ具合が問題で、いや難しくないんです。ただ揚げれば揚げるほどカリッとしておいしくなるんで、カロリー的にはどうかなと」
さらに乾麺を茹でるか、食パンを数枚。だいたいこんなもんでその日の食事は終了、つまり一日一食。
仕上げは夜、空きっ腹が一番おいしいビールを飲んでまた明日、となります。つまみはいりません。
「主任は料理とか、しないんですか」
これが私の開発したスティーブ・ジョブズ食事法です。
あの、着る服を選ぶ時間が無駄だというので毎日同じものを着ていたジョブズ氏にならい、毎日ほぼ同じものを食べるます。
「え、あーその件ならだいたい終わってます。じゃさきにやっちゃいますね。
作ってみてくださいよ納豆春巻き。ほんとすぐできますから」
このジョブズ食事法に従えば、まさに毎日何食べようかなどとと考えずに済みます。
脂質だってないし、火も油も使わないので準備、片付けが楽。
私の人生のほぼすべての問題は解決です。
「はい、できたんで今資料送っときました」
私はスーパーで、ようやく見つけた
私はスーパーで、ようやく見つけた春巻きの皮を手に立っていました。
「納豆春巻き」なる安易な、誰でも思いつきそうな料理を私に教えた若手社員は、仕事ができます。
新人の頃から勘がよく、すぐに戦力となり、今やベテラン顔負けのパフォーマンスを発揮しているのです。
たまにそういう、私とは違う若者がやってきます。特に出来の悪かった自分の新人時代を思い返すと、非情ですが事実です。
そしてだいたいちょうどいい程度に生意気で、微笑ましい。しかしその「納豆春巻きの若手」は人間的にも非常にできた人物です。
調子に乗るということを知りません。理解しがたい存在です。
とりあえず勝手知ったる納豆を準備します。2パックぐらいでいいでしょう。長ネギを切り、混ぜ合わせて「あん」を作ります。
生まれて初めて手にする春巻きの皮。真空パックのようにぴったりした袋をどうにか開けて、「あん」を包む…いや包めない。
いや皮がギシギシに固く重ねられているので、一枚一枚に分離できません。
なんだこれは。
無理やりはがそうとして結局ぼろぼろになってしまいました。
私の前には、ちぎった粘土のようなものが散らばっています。パッケージに書いてありました。「はがし方のコツ。15~20分かけて常温にもどし、3~4枚にはがし、そのご順に1枚1枚にしていく」
納豆春巻き、果たして簡単にできる範疇か。仕事ができる若手の常識に惑わされず、ちゃんと読んでから作ればよかったのです。
いや、作ろうとしなければよかったのでしょうか。
私はキッチンで立ったまま、ジョブズ食事法よろしく、長ネギ入り納豆2パックをかき込みました。
この前言い忘れてたんですけど
「この前言い忘れたんですけど、ハムとチーズです。これ入れるだけで納豆春巻きが別物になります。
いろいろ入れてみたんですけどね、ハムとチーズ、ネギ、納豆。これですよ」
私はあるときから肉を(日常的に)食べるのをやめました。
たまに焼肉に行こうと言えば行って肉を食べるし、一緒に酒を飲んでいる友人が唐揚げを注文すればおいしくいただきます。
しかし家での普段の食事では食べません。
年を重ねて若い頃と同じように脂質が多い食事では、なんらかの支障をきたすはずです。
「納豆春巻きはつまみじゃないですね。確かにビールに合いそうですけど、私ビールというかお酒飲まないんで。
つまみというよりおやつ。ぱくぱく無限にいけちゃいますから」
私はあるときから米を(日常的に)食べるのをやめました。
たまに焼肉に行こうと言えば行ってビビンパを食べるし、一緒に酒を飲んでいる友人がチャーハンを注文すればおいしくいただきます。
しかし家での普段の食事では食べません。白米というのは恐ろしく、ぱくぱく無限にいけちゃいます。年を重ねた体に支障をきたすはずです。
「まあ包む作業は慣れないと時間かかるかもですね。でもYoutubeみながら包んでます。
春巻きの皮って保存しにくいし、一回にたくさん作ったほうが効率いいですからまとめて作ります」
誰に選べと言われたわけではないですが、ドラマや映画を見ながら飲むビール。それだけは許されるでしょう。
「あ、主任のエクセルのこれ、違くないですか。ていうか、元の資料が分かりにくくないですか。
これじゃあ間違えてもしょうがないですよね」
私はスーパーで、すぐに見つけた
私はスーパーで、すぐに見つけた春巻きの皮を手に立っていました。
カゴにはハムとチーズをすでに入れてあります。
先輩であり主任である私のミスをきちんと指摘でき、かつ私に全面的な非があるとはしない。その気の遣いよう。
教えられなくてもできるのです。そんな自分のことをあの若手社員はどう思っているのでしょうか。なんとも思ってなさそうです。
今度は春巻きの皮を常温に戻し、きちんと一枚一枚にはがすところから。
「あん」を作ります。細かく切ったはずのチーズどうしがくっついて、大きな塊になっています。
包みます。適量が分かりません。指の動かし方も分かりません。時間がかかります。
中身が飛び出てるものもあるし、大きさもバラバラ。これでは揚げたときに火の通りが変わってくるのではないでしょうか。
油の温度もどのくらいにしたらいいのか分からず。
試しに少量の油を適当に熱し、小さく包んだものから投入していって様子を見ます。
色がついてくる。ほう。
油を足し、大きいものまで順に入れていく。なんとなくそれっぽい色になったものから取り出します。
すべてを皿に並べ終わって、腰を伸ばしました。
息を一つつきます。見ればキッチンはひどい散らかりようです。
台に片腕を立て、納豆春巻きの一つを菜箸で取り上げて眺めてみました。
それを置いて別のものを取り上げて眺めます。
数回繰り返したのち、私はひとつを口の中に放り込みました。
あっつ!熱い!あつー、あ…そう。
揚げたて。そうか。
もうひとつ。うん。
もうひとつ。これは。
もうひとつ。やはり。
私は、スティーブ・ジョブズではありませんでした(なぜ気づかなかった)。
毎日同じものを食べて時間と認知を節約したところで、納豆春巻きは幸せな味がして、またいつか作って食べたいと思ってしまうのでした。
私は冷蔵庫からビールを取り出しました。白い缶には、いつものLEDではなく休日の西日が当たっています。
え、ほんとに作ったんですか?
「え、ほんとに作ったんですか?おいしかったですか?簡単にすぐできましたよね」
私は今でも自身のジョブズ食事法を実践しています。それで困ることはありません。
ビールもつまみなし。
人生のほぼすべての問題は解決されています。
「え長ネギ切ったんですか。めんどくさくないですか。なんか細かい緑の、わっかのネギ売ってませんでした?」
できる若手の生態は理解できないままでも、どうにか一緒に仕事しています。
私は私で職場から相応に認められているとも感じますが、これ以上のパフォーマンスが出せないであろうことは分かるようになりました。
「チーズもパラパラの冷凍のやつ、あるんですよ」
それでも、ビール片手に不格好な納豆春巻きを食べながら、散らかったキッチンを片付けてて思いました。
人は人生の問題を解決するために食べるのではない。他の人生と向き合うために食べるのではないか。
そしてそれは作るところから始まっていそうです。
納豆春巻きを作って食べたところで、この「しごでき」な若手のことは理解できないし、能力面で追い越される日もそう遠くないでしょう。
でも、納豆春巻きの話をしながら、今日も仕事は進みます。
おいしくて、(まあまあ)簡単に作れて、また作ろうと思えるものを教えてくれれました。
どうもありがとう。
「私も久しぶりに食べたくなってきたなー。今日帰って作ろうかな。
そういえば、友だちは春巻きにバナナ入れたらしいんですよ。いやさすがに納豆なしですよ。
おいしいと思います?」
バ、バナナだと!?