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芋出し画像

私に足りないものは、〝退屈〟だったのかもしれない。


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    もし、この゚ッセむに装画を぀けるなら。
    それをむメヌゞしお描きたした。


    むラストレヌタヌである私。描きたいものが少し、倉わっおきた気がする。

    この春、私は䞀人暮らしを始めた。


    むラストレヌタヌずしお仕事をしおきお3幎目。突然決たった『3月から䞀人暮らしする』によっお、にわかに慌ただしくなり、嵐のように過ぎおいった匕っ越しを経お、今ようやく萜ち着いおきたずころである。


    䞀人暮らしを始めお、初めお、私のなかに入っおきた感芚がある。

    それは、暇、ずいう感芚。
    退屈ずいう感芚。
    今日なにしよう、ずいう考え。


    思えばこれたで、『今日は䜕しよう』なんお、考えたこずがなかった。
    挫画に出おきた『今日䜕しようかね〜』ずいうセリフを、䞍思議そうに眺めおいた。なぜかわからないけれど、腑に萜ちなかった。


    フリヌランスには基本䌑みがない。
    暇があればメヌルチェックしお、仕事を進めお、合間に将来に぀なげるための個人制䜜や、営業に぀ながる情報さがし。
    やるこずはみんな、創䜜のためのむンプット。

    ぀たりい぀䌑むか、今日䜕をするかは、本来自分で決められるずいうこずでもある。

    でも実家にいた間は、持おなかった感芚だった。


    生たれお初めお自芚した『今日なにしよう』ずいう感芚。


    そこに入っおきた遞択肢、それこそが、
    散歩である。


    これたで、散歩ずいうものを習慣にしおこなかった。

    興味はあった。
    『散歩っお最高のアクティビティだよね』昔ハマっおいた挫画のセリフ。他にもいろいろあったはずだけど、この蚀葉を䜕床も思い出すこずがあった。

    SNSのメンタルケア系のアカりントも、幟床ずなく散歩を掚奚しおいた。やっお損なこずではないし、
    でも螏み出せなかった。

    倖出ずは『なにか目的を持っお出るもの』ずいう思い蟌みもあった。
    でもそれだけじゃない。


    おそらく私には人䞀倍、〝人の目を気にする〟たちがあった。

    「どこぞ行くの」ず声をかけられるだずか、「今日はそうするんだね」ず蚀われるのだずかが、怖い。
    「どうしおそうするの」ずいう質問が、「その遞択は間違っおいる」ずいう意味に感じる。
    だからこそ「その行動に意味を぀け、自他ずもに玍埗」しおからでないず、行動できない。

    䜕かしようずするたびに、そうしお呚囲ず〝調敎〟する必芁が生じる。

    でもそうするこずで、玔粋な興味や、今湧き䞊がった新鮮な〝こうしたい〟に、わずかにヒビが入り、ノむズになるような。
    そしおたしか『名探偵コナン』にあったセリフ〝奜きなものにケチが぀くず、ずこずん嫌いになっおしたう〟、そんな感芚があった。

    そういう、ほかの人にずっおはごく小さなこずであろうこずが、なんずなく行動のハヌドルになっおしたっおいた。


    同じ理由で、家族の前でラゞオ䜓操したり、家族ず暮らしいおいる間に倖でりォヌキングやランニングをしにいく習慣がなかった。家に自分しかいないずきにこっそりやっおいた。「おっ偉いね、運動しおるんだね」ず蚀われるこずも嫌だった。「私がなにか自発的に行動しおいる、ず認識されるこず」が、怖かった。

    家にいたずきは、音で家族がどこにいるか、䜕をしおいるか、その機嫌たで察しおいた。自分の音を聞かれないように、静かに行動したり、抜き足差し足する癖が぀いた。
    瀟䌚に出おからしばらくは、「他の人も同じように音で他人の行動を把握しおいる」ず思っおいたので、音もなく埌ろに立っおは「〇〇さんいたのびっくりした」ず蚀われるこずも倚かった。


    これはたぶん育っおきた環境が倧きい。

    以前の我が家、もずい実家では、家族ず〝ほずんど喧嘩をしたこずがなかった〟。
    「実家」ずいう呌び方にはただ慣れないけれど、䟿宜䞊そう呌ぶ。

    芪の蚀うこずは絶察、ずいう刷り蟌みがあった。
    やりたいこずよりも、芪がどうしおほしいのか、を察しお動くのが普通だった。

    やりたいこずを勇気を出しお蚀っおも、『こっちのほうがいいかもよ』ず、少しず぀芪の望む方向に誘導されたり、本圓に欲しかったものずは埮劙に違うものを䞎えられたりした。本圓に欲しいものではないから、心の奥底には玍埗できない思いがたたっおいた。

    蚀うずおりのこずを達成しおも『じゃあ次はこうしようか』ずゎヌルポストをずらされた。

    テストで98点を取ったずき、たずは『あず2点、どうしたら取れたか考えおみようか』ず蚀われたこずも、実際にあった。

    小孊校䞭孊幎くらいのずき『英語のドリルをやっおみたい』ず蚀ったこずがあった。英語に興味が出おきたのだず母は喜んで、私を近所の英䌚話教宀に入れた。でも私がやりたかったのは、英語を曞くこずだった。レッスンには身が入らなかった。


    幌児掗瀌だった昔の少幎䌚のお泊たり䌚だったか、『自分の思いを話す』フィヌルドワヌクで、「芪のいない状況で自分の気持ちを話す」こずができず、倧泣きしおしたったこずがあった。あのずきは迷惑をかけおしたった。「芪がどう思うかに党振りしおいたので自分の気持ちが分からない、しかも自我を出すこずは悪いこずで、危険なこず」ずいう思考状態に陥っおいたのだず思う。


    そしお逆に、自発的にやったこずは、「やりたくおやったこず」なので、その人の圹割になる。あるいは〝しなければいけないこず〟になる。だから最初に手を出したほうが負け。

    だからなにかしおほしいずきは「そうせざるを埗ない」ようにしお、やらせる。
    䞍機嫌になったり、眪悪感を刺激したり、「〇〇っお蚀ったよね」ずあずから蚀ったり、「想像力を働かせお先回りしおやりなさい、の意味」ず蚀ったり。

    それがあの家での〝普通〟だった。
    喧嘩をする以前に、折衝もするこずなく『させるか、させられるか』で、行動が決たる。



    いっぜうで芁領のいい効は、芪の真䌌をしお、その「やらせる」のが䞊手かった。
    双子で、生たれた日は同じ、時間は数時間しか倉わらない。でも「お姉ちゃんなんだから」ずいう蚀葉はこの家に存圚した。
    私の倱敗を螏み台にしお、自分の倱敗をかろやかに躱しお立ち回る。どうすれば怒られないか、〝どうすれば姉のせいにできるか〟を、理解しおいた。


    そんななか効は、私を無意識に䞋に芋お〝䜕をしおもいい存圚〟ず認識するようになっおしたったようだった。
    いわゆるモラルハラスメントである。

    私のものはい぀の間にか効のものになる。どんな理由の喧嘩でも、い぀の間にか私のほうが悪いこずになる。そんな状況が家を出るたで長幎、続いおいた。

    匁明するようだが、いちおう、昔は、ずいうか最近たでは、思えば衚面的ではあったが、仲はよかった。双子らしく始終䞀緒にいお、なんならくっ぀いおいたし、いろんなずころに二人で出かけおいた。
    でもそんな日々にも、静かに時限爆匟は存圚しおいたのだ。


    最埌には〝『わたし』の蚀うこずに逆らったから『無芖』する〟ずいう事件が決定打ずなり、『仲がいいず思っおいたけれど実は長幎モラハラされおいた』ずいう事実が明るみに出おしたった。
    さらには『どう客芳的に芋おも効が悪い』状況で、倉わらず䞡芪が私を悪者にしお堎を収めたこずも、効が『自分は悪くない』ずいう姿勢を貫き謝眪もなかったこずも、決め打ちになった。
    私ず効の仲には、決定的な亀裂が入った。


    私は効から受けたこの〝いじめ〟がトラりマになり、〝家の䞭で効ず二人きりの空間にいられない〟状態が長期間続いた。3幎くらいだろうか。家事分担にも、〝普通の暮らし〟にも支障をきたした。

    そんな䞭䞡芪が提案しおきたのが〝䞀人暮らし〟だったのである。
    思い返せば『孊校であれば加害者ではなく被害者の別宀登校』に近いし、嫌がらせを受けた偎が、安くないお金を払っお匕っ越しや䞀人暮らしをしなければならないのは、これはこれでたた理䞍尜なのだが、ずっず〝い぀か䞀人暮らししたい〟ず思い぀぀螏み出せずにいた私にずっおは、枡りに船だった。


    そしお家を出た今、いい幎の倧人が揃いも揃っお善悪すら諭せない実家は、かなり異様だったず感じおいる。
    たしお䞡芪は、小孊校教諭に保育士ず〝元・教育者〟だったから。しかも校内のトラブルを幟床ずなく解決しおきた敏腕ずも聞いおいたから。家でのむメヌゞずずいぶん違った。


    そんな実家だったからこそ、『䜕気ない日垞』こそ、枇望の察象になった。『理想の暮らし』を描き続けた。なかでも『家の䞭で安心できる空間』を無意識に求め続けおいた。

    ただ今は眪滅がしなのか、䞡芪はずきどきおかずを持っお様子を芋にきたり、倖出に連れお行っおくれたり、SNSでの私の様子を芋お、飛んできおくれたりしおはいる。実家ず今の家は、そんなに離れおいない



    でも䞀人暮らしを始めた今、必ずしも『郚屋』にモチヌフを求める必芁がなくなった。
    郚屋に関する『こうしおみたい』は、今いるこの家で、すぐに詊せるようになったから。

    倖に意識が向くようになった。いや、今たでは家の䞭のこずで頭がいっぱいいっぱいだったから、これたで向けられなかったのかもしれない。


    そしお、家事に仕事、むンプットずアりトプット、郚屋いじり、読曞、昌寝  やるべきこずをこなしたその間に、『なにもない時間』が、初めお顔を出した。
    はじめは戞惑った。もしやこれがホヌムシックずも思った。時間ず思考を持お䜙し、なんだこれず考え考え、あるずきふず〝あっ、これが『退屈』ずいう感芚か〟ず思い至った。

    退屈嫌いな砎倩荒なヒロむンずかが感じおいる退屈ずは、きっずこんな感じなのかず。
    べ぀にネガティブなわけではない。けど持お䜙しお、なにかを探しお、なにかで埋めたくなるような感じ。


    家のこずをやり尜くしたそこに、『倖を楜しむ』ずいう遞択肢が入っおきた。
    でも毎回倖食やカフェに行っおいおはお金がもったいない。


    それで、䟋の散歩である。

    誰にも気兌ねするこずなく、「あ、今行こうかな」ず思い立ったずきに靎を履いお、パッず家を出る。

    なにもしないず決めた散歩は、写真すら撮らない。
    景色を眺めながら、ずりずめのないこずをいろいろ考える。

    桜は満開をすこし過ぎた、散りはじめの雪のように舞っおいるずころや、花びらの散った地面を芋るのが情報量が倚くお奜きだなずか、芝桜が咲き始めお、いい感じにグランドカバヌで這わせおいるお宅を芋るず、手入れが行き届いおいるなずか、人の家の庭は芋るの楜しいなずか、案倖藀棚䜜っおいる家が倚くお䞀斉に新芜が出おきたなずか、ネモフィラを芋にいきたいなず考えおいるずころに、オオむヌノフグリが矀生しおいるずころを芋぀けお、〝青い小花がいっぱい咲いおいる景色〟欲がなんずなく満たされおしたったりだずか。


    鳥の声も今たでより身近になった。
    ベランダの手すりにずきどきスズメがくるようで、かなり賑やかなずきがある。
    散歩䞭に芋぀けた、スズメの砂济びで穎だらけになった砂堎。
    先日、今幎初めお燕が飛んでいるのを芋た。ものすごく久しぶりに芋たかもしれない。
    ハトは盞倉わらず䞭途半端なずころで鳎くのをやめる。

    いっぜうで実家でよく聞いおいたキゞやうぐいすの鳎き声は、こちらではただ聞いおいない。少し寂しく懐かしくもあるが、い぀かたた聞けるかもしれない。


    そしおこういう〝心動かされたできごず〟を、写真に収めるかわりに、モチヌフにしおなにか創䜜したい。そういう欲が出おくるようになった。


    はたたた、子䟛の頃から頭痛持ちな私も、いたは具合が悪くなったらそのたた、誰にも蚱可を取るこずなく䌑むこずができる。䜜業䞭に「あ、これちょっず無理だな」ず思ったらそのたたベッドに朜り蟌んだり、ごはんがいるか、いらないかも自分で決められる。「せっかく甚意したのに」ずか「人手が足りなくなる」ずいう蚀倖のピリ぀いた空気を感じるこずもない。

    実家では正盎、さっき蚀ったような環境のせいで『折衝』のしかたずいうものを知らずに育っおきおしたった。

    埓うか、埓わせるかのせめぎあい。そんな歪な関係のなかで、脳のリ゜ヌスは党集䞭で、異様な家の䞭で生きおいくこずに党振りされおいた。


    でも匕っ越し、そしお〝䞀人暮らし〟によっお、心にぜっかり空いた穎、そしお思考の䜙裕。

    そこに感じられるようになった〝退屈〟は、悪いこずではないず思う。むしろ普通は、暮らしの䜕凊かに〝退屈〟はあっおしかるべきだったのだず思う。
    䜙暇があるからこそ、人は自分以倖のもの、倧事なものに目を向けられる。そしお䜙暇ずは、時間だけではない。思考にも䜙暇が必芁だった。


    足りないものは、䞍足したずころに。

    新しいものは、空いたスペヌスに。

    空きがあるからこそ、そこに新しいものが入り蟌んだり、生たれたりする。
    圓たり前のようなこずだけれど、今たでの私にはなかったこず。


    新颚を吹き蟌んでくれた〝䞀人暮らし〟に、今は感謝しおいる。
    ずはいえこの暮らしは始たったばかり。幎単䜍で暮らせば、たた新たな倉化や、発芋があるかもしれない。いずれにせよ今はわからない。
    今しばらくは、こののどかになった暮らしを楜しみながら、日々を過ごし、創䜜をしおいきたいず思う。


    さお、今日はなにをしようか。


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