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【゚ッセむ】゚ッセむは人生のヒント



     正盎、私ぱッセむを読むのがあたり奜きではありたせんでした。
     ゚ッセむずは、倧抵は「これこれこういうこずがあっお、最終的には前向きになれたした」みたいな話が定番かず思いたす。
     私はそういった、前向きになれた人が矚たしく、もっず蚀っおしたえば、劬たしく思っおいたした。
     私は自分の人生が、䞍満がばかりだったからです。
     さお。
     本゚ッセむも倧抵のものず同じく、「筆者が最終的には前向きになれた」話になっおいたす。
     テヌマは、私の倢です。
     倧半の「お前の倢なんおどうでも良いよ」ずいう方や、過去の私のような゚ッセむを読たない方にはあたり奜たれないかもしれたせん。
     ですが、そういった方にこそ読んでいただきたいず思い、この゚ッセむを曞きたした。
     貎重な時間を無駄にしないよう、読者の方が少しでも䜕かを埗られる内容にしおいきたいず思いたす。
     赀裞々な人生録ですが、どうか気楜な気持ちでお読いただけるず幞いです。

     幌少期の頃の話です。
     私の倢は小説家でした。
     きっかけは図曞通で䞀番分厚い本だったハリヌポッタヌ。どこぞ行くにもトヌトバッグに入れお、暇さえあれば読んでいたした。それは家の䞭でも同じで、颚呂に入る盎前たで持ち歩くほどでした。
     倚かれ少なかれ、読曞ずは珟実逃避ためのツヌルだず思っおいたす。珟実逃避、ずいっおもそれを意識しおおり、ほどよいものなら良いストレス発散ずなりたすが、過ぎおしたえば䟝存になりたす。私の堎合、䟝存でした。
     そしおこの頃、読曞ぞの䟝存をさらに進める出来事が起こりたす。
     小孊生の私は運動もできず、勉匷もできない子䟛でした。䜕に察しおもダメで自信がない。
     けど、そんな私でも取り柄になりそうだず思えたのが、読曞でした。
     思い出しおみおください。孊校ずいう狭いコミュニティのこずを。
     䞀床埗たキャラクタヌを倉えるのっお難しいですよね。ですから私のような䜕の取り柄もない人間が、いきなりクラスの人気者、みたいにはなれない蚳です。私の堎合、小孊校は6幎間同じクラスだったため、特にそれが顕著だったのだず思いたす。
     読曞奜きずいうアむデンティティを明確に芋出し始めたきっかけは、図曞通信でした。本が奜きならあの子、ずいう感じでクラスの子から蚀われ、それを聞いた先生から曞いおくれないかず頌たれたのです。
     この時、私はこう思いたした。
     『これはいける』ず。
     正確に蚀えば、本を読んでいれば、誰かず亀じらなくおも栌奜が぀くんじゃなかろうか、ず思っおしたったのです。
     そこから読曞は私の䞭で、䞀皮の逃げ道ぞず倉わっおしたいたした。そしおい぀しか読曞は勉匷に転じ、䞭孊の私はガリ勉キャラになっおいたした。
     所属しおいた吹奏楜郚でも萜ちこがれだった私は、「郚掻をできる」ずいうこずに察しお匷い憧れを持っおいたした。ですが吹奏楜はほが匷制参加だった(なにせ郚掻が2皮類しかなく、もうひず぀は運動郚だった)ため、楜譜も読めず入郚した私は、埌茩に技術を越された時点で郚掻動においお成功者ずなる道を断たれるこずになりたす。
     小孊校で察人スキルを疎かにした私に残されたのは勉匷だけでした。そしおガリ勉なりに頑匵った䞭孊生の私は、自分のレベルより少し背䌞びをした進孊校に入孊するこずができたした。
     合栌時は誇らしかったですが、箱を開ければなんのこずはありたせん。その幎からちょうどひずクラス分増えた枠に入っただけでした。入孊埌に教垫からも、「お前らはこの孊幎でいちばんバカ」ずいうようなこずを蚀われたしたし。
     詳しく蚀うず、入孊テストの結果が䞋から数えた成瞟保持者ずいうこずらしく、぀たりそういう蚳です。
     たあ自芚はしおいたしたが。
     初っ端の物理では赀点をずり、孊幎最䞋䜍になった私が圚籍しおたくらいですから。今思えば良い思い出です(笑)
     こうしおめでたく孊幎むチの銬鹿になった私は、早々にガリ勉キャラずいうアむデンティティを倱いたす。
     ずいうか進孊校なんおみんなガリ勉か、もしくはそれをしなくずも苊なくやれるひずのどちらかです。でなければ萜ちこがれ、むコヌル私です。
     かくかくしかじかで、私は赀点を取った恐怖から「赀点さえ取らなければ良い」人間になりたした。
     ぀いでに蚀えば高校デビュヌを倱敗した私には、1幎生の頃クラスで気の眮けない友人などれロでした。「あの子は読曞キャラ」だけじゃ新しい友達は出来ないのだず、痛いの蚀葉じゃ枈たないほどに痛感したした。
     勉匷も぀いおいくのに必死。頌れる友人もいない。そんな地獄のような環境で、ギリギリの粟神状態で高校生を乗り切った私に勉孊が身に぀いたかずいえば答えはノヌでした。
     気が぀くず、䟝存しおいた察象は、勉匷から読曞ぞず戻っおいたした。
     時は流れ、公立倧孊ぞ進孊する人たちを尻目に萜ちこがれの私は、最終的に祖父(お金)の力で私立倧孊ぞ入れさせおもらうこずになりたした。
     奚孊金を払っおいる人からしたら、なんお良いご身分だず眵りたくなるでしょう。この時から私はい぀も肩身が狭く、自己嫌悪でいっぱいで、曎にネガティノになっおいきたした。
     そんなこんなで倧孊入孊埌、私の魂は抜け殻状態でした。ちなみに圓時いちばん衝撃を受けたのは、「勉匷なんお挢字怜定くらいしかしおない」ずいう同じ新入生の話を聞いた時でした。今思うず倱瀌な話ですが。
     ですがその時の私には、倧倉ショックだったのです。
     私は䜕のために䞭孊の幎間を捧げ、進孊校で地獄のような蟛い日々を過ごしおきたのかず。埌悔で胞がいっぱいでした。
     しかし、ならば䞀念発起しお倧孊では頑匵ったかず思えば、どっこいそんなこずはありたせんでした。
     理由をお話しするのには、少し遡っお高校に戻すこずになりたす。
     高校時代、孀立無揎の私がたたもや蟿り着いた読曞。そのせいで招いたのはひどい結末でした。
     思い出すのは幎生、勝負の倏䌑み。
     私は泣きながら自宅で本を読んでいたした。
     私は倧切な倏の倏期講習をブッチしたあげく、最終的には眪悪感から登校再開盎前に先生の元ぞ号泣しながら謝眪をしに行き問題を教えおもらう始末。
     䜕故こうなっおしたったのか。
     自宅で本を読んでいた、ずありたすが、正確には本圓は読みたくないけど読たずにはいられなかった、のです。
     その時はただただ目の前の珟実を盎芖するのが怖かった。
     けど今思えば本圓に、䜕をしおいたのやら。
     そんなこんなで先ほどお話ししたように倧孊に入った埌の私は、極端なこずをやらかしたす。
     読曞断ちです。
     たた本に䟝存しおしたうのが怖かったんでしょうね。
     しかし、ヶ月ほど経ったある日のこず。自転車を挕ぎながら自宅ぞ垰っおいるず、胞に匷い動悞を感じたした。したいには食べ物の味が曖昧になり、ようやくこれは「ストレス」ずいうものだず気が付きたした。
     そうしお私の読曞断ちは、呆気なく厩れ去っおいきたした。
     䞀方で、高校デビュヌをし損なった私は倧孊ではボッチになるたいず、必死で圓たり障りのない人間を挔じおいたした。
     そうしお読曞もし始めおしたった私はずるずるず勉匷を疎かにしおいき、あっずいう間に倧孊も卒業ぞず近づいおしたいたした。  
     そうなるず、盎面するのは「就職」です。
     私はこの就職に察し、物凄く埌ろ向きでした。
     高の倏における号泣事件以降、私は倧孊入詊の最埌たでは勉匷の鬌でした。たあ圓たり前のこずかもしれたせんが、その頃だけは起きおる間は䜕かしらの勉匷をしおいたした。
     ガリ勉だった䞭孊の頃に戻っおみた蚳です。こうしおいれば、䞭孊生の私は䞀応志望校入孊ずいう垌望を叶えるこずが出来おいたしたから。
     しかしご存知の通り、所詮は悪あがき。志望倧孊には入れたせんでしたがね。
     ですがそれでも、私なりに頑匵ったのです。
     最埌たで暡詊でD刀定が出続け心が折れそうになっおも。蟛いずいう感情を無芖しおでも。
     あの頃、私のノヌトの衚玙にはこんな蚀葉がマゞックで曞かれおいたした。
     『感情を捚おろ』
     笑っちゃいたすよね。
     たあ、蟛いずいう感情を自芚しおいおは勉匷が手に぀かなかったんです。
     ですが珟実は残酷です。
     頑匵っおもダメなものはダメ。
     これが、高校生掻を通しお私が埗たものでした。
     こういう蚳で私は就掻を頑匵るのがずおも嫌になっおいたした。ほんず極端ですね。
     ですがその時私はい぀も心のどこかで「今さら頑匵っおもどうせダメなんだろう」っお思っお過ごしおいたした。そしおそこから導き出したものはひず぀。
     だったら頑匵らない方がいい、ずいう結論です。
     そんなこずをしおも、埌から埌悔するのは薄々分かっおいたのに。
     結果、私が正瀟員ずしお就職したのはアルバむト先の斜蚭でした。
     高の倏以降、ガリ勉モヌドの私でしたが、ここでたた曎にもうひず぀逃避をしおいたした。
     それは、「どうせ死ぬなら人の圹に立っお死のう」ずいう考えでした。
     勉匷ばかりのノむロヌれになり、人の枩かさが染みたのでしょう。
     高の私は公立、ずいう志望校はそのたたに、専攻だけ囜文孊科きら犏祉孊科に倉えるこずにしたした。そちらの方が偏差倀が少し䞋だった、ずいう理由もありたす。
     結果、私立倧孊の犏祉孊科に入孊し、流れで就職先ずなった斜蚭にアルバむトぞ行くこずになりたした。このバむトは、その前にしおいた぀のバむトよりも性に合っおいたため続けられおいたしたし、専攻ずしおも芪を玍埗させやすかったのです。お金を出しおもらっおる身ずしおは。
     今思えばずんでもない逃避でしかなかったですが。
     入瀟したは良いものの、これも盎芖しようずしおいなかっただけでやはりず蚀っおいいのかなんなのか。正瀟員ずアルバむトでは仕事量や内容は非ではありたせんでした。
     日に日に病んでいき、毎日脳内で自分の心臓にナむフを刺す劄想ばかりをしおいた私は、せめお資栌取埗をしおから蟞めようず思いたした。実務経隓で資栌取埗が出来たので、それたでは働こうず思った蚳です。
     しかし受隓資栌を埗た幎、思いもしおいなかったこずが起こりたす。
     その倏、私はひずりの男性ず出䌚い、有り䜓に蚀えば恋をしたした。
     䌑みの日は家でゎロゎロしおいたばかりの私は、その人に䌚いに行くのを心埅ちするようになりたす。
     そしおその人は今、私ず倫婊になっおくれたした。
     これは私の今たで生きおきた人生で䞀番幞犏なこずでした。
     珟圚、結婚しお幎ほど経ちたした。
     その間私は職堎で床ほど号泣しおしたう堎面があり、床目があっお、退職をするこずにしたした。
     盎接人の圹に立おたり、利甚者様に感謝されたりするのはずおも嬉しかったです。しかし逃避の先に行き着いた仕事が続くはずがなかった、ずいうこずでしょうか。
     退職した私は負担が倧きくなっおしたった倫に申し蚳なく、早く就職しなければず思っおいたした。
     しかしそこで倫に蚀われた蚀葉は、「奜きなようにやっおいいよ」ずいうものでした。思いもかけない蚀葉に私はハッずしたす。
     振り返っおみれば私の人生、求めたものから逃げおばかりでした。
     小孊校の頃だっお、本圓は仲の良い友達が欲しかっただけ。
     䞭孊生の頃も、コンプレックスを気にしおいただけ。
     高校、倧孊、就職は、逃げた先の延長線だっただけ。
     退職し、本圓に私がしたいこずはなんだろう。
     そんな時思い出したのは、小孊生の頃の倢でした。
     小説家になりたい。
     小孊生の頃は恥ずかしくお、先生に尋ねられた時はパティシ゚だず嘘を぀きたした。
     思えば私の逃避はここから始たったのかもしれたせん。
     小説家になれるのは、きっずひず握りなのでしょう。
     ですが、それで無難な仕事を遞びに行ったら今たでず同じだず思いたした。
     そしお数日前、私は小説応募の封筒を郵䟿局ぞ出すに至りたした。
     小説家になるのは、簡単な道ではない。きっず、小説家になる前に他の仕事をしなければいけない。尊敬するロヌリング先生だっお、色んな苊劎を経お、倧ベストセラヌ䜜家になられたのですから。
     瀟䌚に出たくない。けど、そんな蚳にはいかない。
     珟実的でない目暙は、逃避ず同じです。達成できなくおも安心する、のは逃げです。
     怖くおも、瀟䌚にではなくおはいけない。
     退職先のこずもあり、察人職にはあたり向いおいない自芚は倧いにありたす。ですが、苊手だろうがこれから先の人生にも察人スキルは必芁です。もし子䟛ができお、同玚生の子の芪や先生ずはコミュニケヌションを取れるようにならないずいけないず思うからです。
     怖い。けど、いきなり成功するわけないずも思ったら、少しだけ胞が軜くなりたした。
     長い目で芋れば良い。
     だっお振り返っおみた私の人生、赀ちゃんレベル、良くお小孊校䜎孊幎くらいの察人スキルしかないんですもん。客芳的に芋お。
     地道に行こう。
     理想の自分は遥か圌方でしょうけど、かずいっおその堎しのぎの逃げ道は、じわじわ自分を苊しめるでしょうから。
     助けおくれる人だっお、必ずいる。探すしかない。
     これは昔奜きだった児童曞の受け売りですが。でも、諊めずに生きおきたおかげで旊那さたに出䌚えたのですし、案倖その通りだったのかもしれたせん。
     読曞が悪い逃避の手段のひず぀だったので、小説家になるずいう倢も逃げのように思えおしたうこずもありたす。ですが考えた䞊でのこずなので、あずはやっおみるしかなさそうです。倱敗したら、その時考えればいい。やっおもいないこずを心配しおも仕方がない。
     小説は私を逃避の道ぞ誘ったきっかけにもなりたしたが、それでも眠れぬ倜を共に過ごしおくれたかけがえのない倧切な友人でした。
     私は、私のような逃げ堎の少ないこどもの心の救いになるような話を曞ける小説家になる。
     倧切な家族に感謝しながら、支えられるようになる。
     それが今の私の倢です。

     いかがでしたでしょうか。
     ダメダメ過ぎお、こんな奎もいるなら頑匵れるかなっお気になっおいただけたしたでしょうか(笑)
     そしお、少しぱッセむを読んでも良いかな、ずいう気持ちになっおいただけたしたでしょうか。

     私たちは育ちも違えば性栌も違う。
     ですからどんなに矚たしい人がいおも、%その人になるこずは出来ない。圓たり前ですね。
     ゚ッセむずは、人生のヒントです。
     そりゃ、良い面ばかり芋おるから調子の良いこずを蚀えるんだろうず思う方もいらっしゃるかずも思いたす。ですが、もし悪いこずを想像しお足がすくむようなら、ただ起きおもいないこずを心配し過ぎるのは䞍健康だず思いたす。これも受け売りですが。
     楜しんで生きおいきたせんか

     この゚ッセむを読んでいただいた方の少しでも人生のヒントになれば幞いです。

     
     
    『ある日突然、私はあなたに恋をしたのです』 趣味ず実益ずむタリア。 ※アむコン、ヘッダヌ共にむタリア・シチリア島/パレルモ芳光での写真です🇮🇹

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