
誰にも言えないことは、検索する。
私は、「人間」という生き物を深く観察したくなる習性がある。
たった一つの仕草や口癖、検索ワードから、
その人の人生を勝手に想像してしまう。
その想像は大抵当たっていないだろう。
でも、その勝手な想像のおかげで、人間は少しだけ愛おしく見える。
街に出ると、時折、自分の人生には到底登場しないような、
とびきりの「ユーモア」に出くわすことができ、
世界には愛らしい人間が案外いるんだと気付く。
今日もどこかの誰かが、
意図せずして誰かを笑わせ、救っている。
これは、私が集めてきた、愛すべき人たちの記録。
今回紹介するのは、電車の中で出会った人たちの話だ。
電車に乗ると、つい、スマホに夢中になっている人の画面が気になってしまう。
見てはいけない。
そう自分に言い聞かせても、視線は吸い寄せられる。
車内を見渡せば、9割近くの人が画面に釘付けだ。
誰かと連絡を取っているのか、推しの情報収集か、
格安通販サイトを眺めているのか、はたまたドラマを観ているのか。
みんなが手元の世界に没入している時こそ、
私はふと顔をあげ、自分が乗っている車両の中を見渡したくなる。
そこには、剥き出しの「誰かの日常」が転がっているからだ。
2、3分おきに開閉される扉のすぐ横、
手すりに寄りかからず窓の方を向いている、
推定30代の女性もスマホに夢中だ。
綺麗めなシャツにスラックスを履いて、髪の毛は先ほどまで結んでいたんだろうなという跡を残して、後ろに下ろされていた。
見てはいけない、と思いつつも、
いい角度で画面が見えてしまった。
「人生の目標一覧」で検索。
その文字を見た瞬間、胸のあたりが熱くなり、唾を飲み込んだ。
わかる。思わず心の中でそう呟いた。
彼女と話したことはない。それでも、勝手に同志のような気持ちになった。
「クォーターライフクライシス」というものだろうか。
仕事や恋愛、家族や友人。
漠然とした不安が押し寄せる時期は私も同じだ。
30年も生きてくると、子供の頃に描いた「将来の夢」がそう簡単には叶わないことを知ってしまう。
就活の自己分析で死にそうになった記憶がある私は、
30年をどうやって積み重ねてきたんだっけと、
振り返って不安に押しつぶされそうになる気持ちがよくわかる。
毎年誕生日に「今年の目標」を聞いてくる友人がいるが、
ここ数年は「健康第一かな」なんて、
捻くれた予防線を張って逃げてばかりだ。
叶わないことが怖くて、目標を口にすることさえ億劫になっていた私にとって、画面の中のその言葉は、あがきながらも前を向こうとする彼女の切実な祈りに見えた。
「私も頑張るから、あなたも頑張ろう」
私も人生の目標を再設定してもいいのかなと思ったりした。
そんな小さな連帯感を抱いた日から数日後。
19時過ぎ、会社帰りの電車の中、
大抵の場合は座ることができるし、その日もそれができたのだが、
仕事の疲れもあまりなかったので、 扉に背中を向けて、
寄りかかるようにして立って電車に揺られた。
向かい側の席に、鏡付きのパウダーを顔の前にすっと出して化粧直ししている女性が一人座っていた。
朝の時間帯で電車に乗る10分前に家を出ました!
電車で化粧させていただきますから!みたいな人とは違って、
すでに出来上がっているであろうメイクの上から、
パフを丁寧に丁寧に何度も肌にのせ、顔の角度を左右に傾けて、
どの角度から見ても綺麗な顔を作り上げていた。
パウダーをポーチにしまうと、今度は小さめのハンドクリームを手に取り、
これもまた丁寧に丁寧に、手の甲、指の一本一本まで塗り込んでいた。
その所作は華麗で、視線を逸らすことができなかった。
これから好きな人に会うのかな。などと勝手にこちらがいい気分になっていた時、ふと扉横すぐのところに座っている、自分の母親と同世代と思しきおばさんのスマホの画面が目に入った。
ちょうど立っている位置から見えたんだ。
「意地悪な人 顔」で検索。
検索窓に残されたその言葉に、きゅっと胸が締め付けられた。
今日は誰かに傷つけられたのだろうか。
それとも、自分を攻撃した相手の正体を「意地悪な人」という型に当てはめて、安心したかったのだろうか。
向かい側では、一分の隙もない美しさを作り上げる女性。
その前で、誰かに削られた心のささくれを癒そうと検索する女性。
「外見は内面の一番外側」なんて言うけれど、美しく装うことで自分を守る人もいれば、言葉の定義で自分を守ろうとする人もいる。
電車の中は、それぞれの人生が入り混じって揺られている。
覗き見たいわけではない。けれど、ふいに視界に飛び込んでくる検索ワードは、検索履歴という名の、剥き出しの心であり、究極の独り言のように感じる。
今日も電車にゆらゆらと揺られながら、
誰かの人生をほんの一瞬だけ想像する。
どうか、その検索の先に、彼女たちが救われる答えがありますように。
そんな勝手な願いを込めて、私は自分のスマホをポケットにしまった。