メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo by4hintaro

風変わりな弟が「作家」になる日

    「弟が、独立して作家になるらしい」

    母からの電話でその知らせを聞いたとき、驚きよりも先に、どこか腑に落ちるような感覚があった。

    作家といっても、ペンを執る文筆家ではない。彼は、金属を型に流し込み、命を吹き込む「蝋型(ろうがた)鋳造」の原型作家だ。数年前から、金属の表面を加工する「彫金師」の修行も始めたらしく、技の幅も年々広げている。

    職人として一筋に歩み続けて二十年。三歳年下でありながら、彼は私よりも長い「社会人」としてのキャリアを持っている。

    しかも、「職人」である。
    今や職人は、AI時代に生き残れる職業ランキング殿堂入りの注目職種だ。さらに、「作家」になるとは。

    正直ちょっと、いやかなり、羨ましい。


    ◇◇◇

    振り返れば、子供の頃の弟は、控えめに言っても「風変わりな子」だった。

    親戚の集まりがあっても一人だけ自分の世界に没頭して、従兄弟たちとの遊びに加わらない。みんながカードゲームをしている時には、なぜか部屋の隅で一人で人生ゲームをしている。みんなで旅行に行く日にも、なぜか一人だけ「俺は行かない」といい出し、説得に1時間かかる。

    学校では、団体行動のたびに「さわくんがいません!」と先生に探されるのが常だった。隙あらば道端の茂みに潜り込み、昆虫や爬虫類を探しては、時には石ころや、周囲を驚かせるような生き物まで集めていた。

    中学生の頃には、ひどいアトピーに悩まされ、それが原因でいじめに遭ったこともあった。高校では不登校になり、結果、中退。父親の紹介で、悩める子供をボランティアで受け入れているご家庭にお世話になり、西表島の原生林の中で過ごした数ヶ月。世間一般の「普通」というレールからは、とうに外れていた。

    幼い頃、日本人に多い「周りと一緒が一番」という価値観にどっぷり浸かっていた私は、そんな弟を「なんでこんな事すら普通にできないのか」と疎ましく思っていた。喧嘩もたくさんした。けれど、大人になるにつれて、私の心境は「羨望」へと変わっていった。

    「普通」であることよりも、譲れない独自の価値観を持っていること。それは何物にも代えがたい強みだ。

    心配性の私は、より安全に、着実にお金を稼げる道を選んで生きてきた。対して弟は、不器用で、できることは少なかったかもしれない。けれど、彼はその限られた選択肢の中で、ただひたすらに技を磨き続けた。まるで何かの呪縛から解き放たれる瞬間を待つかのように、コツコツと、静かに。

    そうして生まれる作品の数々は、これでもか、というくらいマニアックな世界観を醸し出している。

    画像
    コノハムシをあしらった花瓶
    画像



    「無いものねだり」だとはわかっている。でも、このオンリーワンの生き方が、長年会社員として、代替が大勢いる世界で仕事をしてきた私には、とても魅力的にうつる。


    ◇◇◇

    弟の交流範囲は極めて狭い。職場と、家族と、ごく数人の友人たち。

    伝統工芸職人の青年会なるものに入って活動していた時期もあったが、すぐ辞めた。

    とてつもなく狭い範囲に生きる弟だが、そんな弟に大きく影響されてきた人物がいる。

    他ならぬ、私がその1人だ。私が大学で生物学を専攻したのも、きっかけのひとつは弟だった。 彼が飽きもせず草むらで生き物を探し続ける姿を隣で見ていたから、私の目にも自然の美しさが映るようになったのだ。

    昨年の春に会社員からフリーランスに独立したのも、「職人として珍しい人生を歩んでいる弟に負けたくない」という気持ちがまっなく無かった、といえば嘘になる。

    そして弟の背中をしっかりと見て多大な影響を受けている存在が、もう一人いる。

    私の息子だ。 息子はおじちゃん(弟)のことが大好きで、小学校の作文で「将来の夢はおじちゃんと同じ製作所に勤めて、鋳造の職人になりたい」と書いていた。

    息子は、ある一学期、学校に行かなかったことがある。今も疲れが溜まると時々、息抜きに学校を休む。周囲の顔色を伺うのではなく、自分の「好き」を貫くおじちゃんの姿は、学校という枠組みを息苦しく感じる息子にとって、一筋の希望の光だったに違いない。


    ◇◇◇

    二十年という歳月を蝋に刻み、いよいよ羽ばたく弟へ。

    人生と個人事業主の先輩である姉から伝えたいことは二つある。

    まずはお金について。少ない手取りの中からコツコツと貯金をしてきたあなたなら、きっと自分の城をしっかり守っていけるはず。でも、これからは技術を磨くだけでなく、自分の将来を守るための「お金の育て方」も少しずつ学んでいってほしい。
    職人の世界とは対極にあるような言葉に見えるかもしれないけれど、自由に、表現を続けていくための「盾」になるものだから。(投資信託とかドルコスト平均法とか、ちゃんとググって!)

    そして、もう一つ。 私は幼い頃から、あなたが集めてくる珍しくて奇抜で(時々は美しい)生き物や、作られる作品を通して、自分一人では決して気づけなかった自然や生命の素晴らしさを何度も再発見させてもらってきた。それが、今の私の生き方や価値観に実は多大な影響を与えていたりする。

    アトピーのせいか、はたまた私が幼い頃にいじめすぎたせいか、あなたの自己肯定感は海抜10メートルくらいの低さだ。でもその二十年の職人歴の中で、すでに、私や息子といった身近な人以外にも、作品を通じて沢山の人たちの人生に影響してきたに違いない。 「作家」になるということは、その影響の輪がより遠く、より深く広がっていくということ。それは世界中に広まるという規模の話だけではなく、もしかしたら数百年何千年後の誰かの目に留まるような、歴史の一部になる可能性だってある。(だって紀元前の銅器が出土されているわけだし)

    「有名になれなくても、お金が稼げなくてもいい。ただ、美術館の片隅に、自分の作った作品がこっそり置いてあればそれでいい」

    いつか呟いていたあの言葉を、私は今でも忘れていない。 その慎ましくも壮大な野心が実現する日を、私は誰よりも羨ましく、そして誰よりも楽しみに待っている。

     
     
    84年生まれ。±5歳くらいの同世代ランチでのおしゃべりをイメージして発信中。フォローするとランチの話題に困りません。 テーマ: 自分の健康・会社員からの独立/起業・美容・親子留学リトリート・子育て・親の健康

    あなたへのおすすめ