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#4 人生でたった1回だけ仕事を辞めたいと思った社会人1年目

    リクルートのインターンシップで自信をつけた僕は、その経験を武器に就活に挑み、なんと8社から内定をいただくことができました。リクルートのインターンシップが終わったあとからも、いろいろな社会人に話を聞きに行ったり、呑みに連れて行ってもらったり、他のインターンシップにも参加したりと、もっと自分の人生を少しでも輝かせてみようとかなりアクティブに行動していました。

    ちなみに僕が就活していた2009年は、前年のリーマンショックの影響で多くの企業が新卒採用を見送ったり大幅縮小をしていたタイミング。そうした状況下での8社内定は、なかなか頑張ったなと自負しています。

    前回のnoteはこちらからご覧いただけます!


    マイナビを選んだ理由は、当時の「リクルートのを倒して業界1位になるぞ!」という“ザ・メガベンチャー!”な勢いのある社風雰囲気に惹かれたことと「この会社でなら営業成績1位を取れそう」と思ったから。

    裏を返すと、辞退した中には「自分はここでは勝負できないな」と思った企業もありました。今でも覚えているのは超大手のテレビ局。内々定が決まった日の懇親会で、将来の同僚になるかもしれない同級生たちと、参加した先輩社員を見てあまりのレベルの違いに愕然としたことを覚えています。

    基礎能力がすべてにおいて秀でていることに加えて、それぞれの個性もめちゃくちゃ強い。全員がワンピースに出てくるキャラクターのようで、到底叶わないなと思わされました。

    東京で就職したからには、「なにかしらわかりやすい成果を出したい」という強いこだわりがあったからこそ、成果を難しすぎず、かと言って飛躍的な成長をしたいので、成果を出すことが簡単すぎない環境に身をおきたい。今の自分の能力を認識してちょうど良いレベルの企業で勝負したいというこだわりで、株式会社毎日コミュニケーションズ(現:株式会社マイナビ)に入社を決めました。

    早々に自信喪失。焦りとストレスに押しつぶされた新人時代

    「ここでなら活躍できるはず」と調子に乗って選んだマイナビで、希望通り本社の就職事業部に配属された僕は、1週間ほどの研修を経て早々に営業をスタートさせます。(このすぐ現場に出してくれるのも魅力的だった!)新入社員の営業は、まずはひたすらテレアポです。会社から渡される営業先リストをもとに電話で会う約束を取り付け、実際に会って多くの名刺を集めることが最初のミッションでした。

    僕の初めての対面営業は、平和島にある、いわゆる町のガラス屋さんでした。「本日はお時間いただきありがとうございます。毎日コミュニケーションズの松本です。」と切り出してみたものの、何を話していいのかがわからい。

    自分で研修は短いほうが良い!とか言っておきながら、2言目が全然出てこない。

    「てか、どうやって営業するんだ…?」とそのとき気が付きました。

    結局、正直に「実は今日が人生で初めての営業なんです」と告白したところ、社長が本当にいい方で、営業とはこういうものだよ、こういう感じで話を切り出すといいよ、などいろいろ教えていただきました。途中、社長の奥さんがショートケーキまで出してくださって、最後には「うちはマイナビを使えるような規模ではないけれど、暑いときとかさぼりたいときに来るような会社でいいから」と送り出してくれたのが、初営業の思い出。(結果的に、この出会いの2年後に採用媒体を契約してくれたときはめちゃくちゃうれしかったです)

    毎日電話をかけ続け、名刺の数も増えて、アポイントも取れるようになってきたものの、なかなか成果に結びつきません。同期たちの「初受注速報」を見るたびに焦りと不安が募っていきました。

    自分はこの会社で1位を取りにきたはずだと思っていたのに、どんどん差をつけられていく。焦りとストレスがどんどん溜まっていきました。毎日、会社に戻ってきてすぐに「初受注速報」をチェックする瞬間…それが本当にしんどくて、つらかった。先輩からは「受注できるかどうかは交通事故みたいなものだから、本人の資質の問題ではないよ」と励まされていたものの、劣等感は募る一方でした。

    当時は、今と比較すると労働時間にもうるさくなかった時代。平日は1日300件以上のテレアポ、5つ以上の訪問。終電までアポ獲得と商談の準備、土日は平日に電話をかけるリスト整理…月曜日からまたテレアポ300件…と、その時の僕はとにかく必死で、労働時間よりも「絶対に早く結果を出してやる」という思いしかありませんでした。

    …それでも成果はついてこない。まさに地獄でした。

    それらのストレスがたたってか、ゴールデンウィークの直前に会社で突然体調を崩してしまいました。自分ではあまり記憶がないのですが、教育担当との日報中に気づいたら机に突っ伏していたらしい。

    ゴールデンウィークの期間で少し休めたものの、連休が明けたあとも、正直なところあまり状況は変わりませんでした。それでもなんとか気持ちを切り替えて、同期の誰よりも多く行動すればいつか勝てるはずと駆けずりまわっていました。

    そんな中、やっと初受注のチャンスをつかみました。契約金額は約300万円!

    初受注の中ではダントツの大型案件で、「時間はかかったけれど、この案件ならじゅうぶん巻き返すことができる!」と大きな自信になりました。何度もアポイントを重ねて、徹夜で作った提案書を持参して、プレゼンもうまくいって契約書をもらうことに成功。

    いよいよ社内に僕の初受注速報が流れ、先輩や同期から祝福の声をもらったのもつかの間、「その企業は掲載できない」との連絡が。マイナビには求人広告の審査機関があり、その審査で弾かれてしまったとのことでした。

    今思い出しても、その時の気持ちは言葉では表せません。
    間違いなくこの瞬間が、今までの社会人生活で1番辛かったことで、唯一仕事をやめようと思ったできごとでした。

    あまりにも恥ずかしくて、定時で会社を飛び出したあと、飯田橋の歩道橋の上で気づけば母親に「会社辞めて八戸帰ろうかなあー」と連絡していました。確か母親は「え!八戸に戻ってきたらいいじゃん!」的なことを言ってくれたと思います。

    そのあとすぐに、会社の先輩から電話がかかってきました。「とにかく戻ってこい」と説得されて会社に戻ると、「俺なんてぜんぜんダメなんだから、俺を見て元気だせよ」と励ましの言葉をくれました。確かにその先輩は全然売れてなかったので笑、説得力はありましたが、それ以上にしんどいときに気にかけてくれる人が近くにいたという事実にかなり救われたように思います。

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    1年目に配属された就職営業本部 営業4部2課のメンバー

    2人の師匠から学んだ、異なる営業スタイル

    オフィスでうなだれていると、当時の課長から「明日からのアポ、俺も一緒に行くわ」と声をかけられました。それが、僕の1人目の師匠である阿比留さんです。あとから「ピノキオの鼻が折れるのを待っていた」というようなことを言われたんですが、要は、プライドばかり高い若者(当時の僕)になにかを教えようとしても意味がないだろうなと思って泳がせていたのだと思います。僕なりにやりきって、それでもまったく成果が出なくて、カラカラの状態で差し伸べられた救いの手。

    その主が阿比留さんでした。

    阿比留さんの営業スタイルは「商談の機会をもらったら、どんなに小さな金額でもいいから、営業として絶対契約を取ってこい」というものでした。彼がよく言っていたのは、「俺たちは交通費を会社に出してもらって商談に来てるんだから、その時点でマイナスからのスタートなんだ」ということ。阿比留さんとの営業同行を重ねたおかげで、ニーズがある会社の見極め方や、アポの質もだいぶ変わったように思います。

    「このお客さんはどうやったら契約をしてくれるだろうか」

    これを脳みそフル回転させて1時間の商談を過ごすことは、かなり鍛えられました。「営業たるもの、1日5アポは当たりまえ」の文化だったので、1ヶ月で25回以上はこの経験を積み重ねます。

    売り込みすぎるのはもちろんだめで、いかに「欲しい!」と自然に思ってもらえるようなトークをするか。「このお客さんは、このパターンなら売れる!」という道筋を見つけたら、そこのゴールから逆算して、自然にその方向に持っていくためのヒアリングとトークを徹底的に鍛えました。

    今振り返るとそもそも営業の基本を知らなすぎただけですが、遅ればせながら、阿比留さんのそばで営業マンの基礎の基礎を学んでいきました。ちなみに…幻の初受注が消えた翌月、阿比留さんに同行してもらったクライアントから契約をいただくことができ、改めて初受注を達成しました。

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    阿比留さんと僕。なんのシーンかわからないけど楽しそう

    お世話になった阿比留さんが異動になり、2年目の4月からは当時主任の林さんが課長に昇進。その人が、僕の2人目の師匠です。

    林さんの営業は阿比留さんとまったく異なるスタンスで「我々が販売しているのはマイナビではなく、採用課題を解決することだ」とよく言っていました。あちらからの要望を聞くばかりではなくて、こちらから「採用課題を解決するために買うべきもの」を提案するべきだと。

    お客さまのインサイトを掘り起こして本当に必要なものを考え抜いた結果、マイナビが持っている商材で解決できないなら新しいパートナーを見つけてでも解決策を提案する姿勢を教えてもらいました。

    例えば誰もが知っている大手企業の場合、高い媒体費用を出してマイナビに掲載しなくとも応募数には困っていないわけです。一方で、専門職の採用には課題を抱えているケースは少なくありませんでした。林さんはそうしたクライアントに対して、マイナビだけではない提案や解決方法で、いくつもの会社を採用成功に導いていました。

    林さんの営業スタイルから学んだのは、顧客の本質的な課題に迫ること。採用課題を解決するために自分たちが存在していること。表面的なニーズだけでなく、その奥にある真の課題を見抜き、それに対する最適な解決策を提案する重要性を痛感しました。

    このスタンスを取り入れてからは、クライアントとは本当にパートナーのような接し方に変わり、採用以外のお悩みごとも僕に問い合わせをくださる企業が増えて、1人の人間として信頼されている感覚を味わうことができました。

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    僕が退職するときの送別会で、一緒に涙を流してくれている林さん笑

    阿比留さんと林さんの営業スタイルは、ある意味で正反対です。

    でも、どちらも顧客のためを思い、最適なソリューションを提供しようとする点では共通していました。阿比留さんのスタイルで効率的に顧客の表面的なニーズを把握し、林さんのスタイルでさらに深いレベルのニーズを掘り起こす。

    阿比留さんのスタンスがないと、そもそも契約が生まれず採用課題解決の機会もできない。契約をいただいたあとは、林さんのスタンスで顧客と長いパートナーのような関係を築いていく。これが僕の営業スタンスで、15年経った今でもこれが染み付いています。

    幸運にも2年間でこの両方を学べたことが、私の営業スキルを大きく向上させてくれたと心から感謝していますし、状況や顧客によって営業スタイルを使い分ける力を得たことが、このあとの僕の人生を大きく押し上げてくれました。

    この2人との出会いがいなければ、僕は起業をして9年間会社を経営できていないでしょう。


    ここまでご覧いただき、ありがとうございました。次回は、「マイナビで成果が出始めた2年目と独立までの話」を予定しております。
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    — 松本 祥太郎 (@matsumoto0710) August 7, 2024


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    株式会社NOMAL 代表取締役|プロ野球独立リーグ 堺シュライクス 創業者|1987年7月10日 青森県八戸市生まれ|法政大学 経済学部を卒業後、株式会社マイナビに入社|「好きに、進め。」をステートメントに会社を経営する日常を発信していきます|https://nomal.jp/

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