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#8 「魔女に飼われた俺は、眷属にもなれない」──忠誠の果て

    「ねえルル、本当にもうドレイクを人間に戻せないの? どうしても? 絶対? アナタなら出来るって聞いて私ずっと探して──」
    「くどい」
    「もうっ! 相変わらず冷たいわねっ! 自分だけズルいわッ! 意志があるまま眷属にするなんてっ! どうやるのよっ! 教えなさいよっ!」
    「儂だって初めてじゃ。やり方なんぞ知るか。ハチに聞け」
     どうやら蕾のままの花畑に戻り、焚火を囲んで俺の話をしているようだ。
    春とはいえ、まだ夜は冷える。
    「俺にもちゃんと説明し──ッ痛ッ、ッツ!」
     体を起こすと頭が割れるように痛い。
    「無理をするな。体に相当な負荷がかかったはずじゃ。命が減らなかったのが奇跡」
     確かに体の節々がとにかく痛い。ここのところ傷を負ってもすぐ治っていただけに長引く痛みは辛い。
    ルルの言葉に甘えて俺はゆっくりと仰向けになる。だがふいに目に入った赤い月に俺は少しゾッとする。
    「で? 何がどうなったんだよ……」
    「簡単に言うと覚醒した。正式な眷属になったその先がさっきの状態じゃ。とんでもないパワーが出たじゃろう?」
    「ああ。そこの魔女が、狼になったって……」
    「ミスティーよ。五十年しか生きてないペーペー小娘魔女でぇす」
     そう言って舌を出し、ほっぺたに人差し指を当てる。
     おそらくルルに言われたのだろう。仲が良いのか悪いのか──魔女という生き物は本当によく分からない。ルルはルルでミスティーを完全に無視して話を進める。
    「……前にも言ったが、魔女は代々、繁殖期に様々な雄と交尾する。その血が子に受け継がれ、眷属に渡される。主《あるじ》を守るためにその血が目覚めることがある。それが覚醒じゃ」
    「俺は……狼の血に目覚めたのか」
    「ああ。眷属によって違うがな。犬、猫、熊、いろいろじゃ」
    「そうか……」
     正直嬉しい。これで少しはルルの助けになれると内心喜ぶ俺の心を見透かし、ルルが言い含める。
    「あまり多用するな。そもそもコントロールできんじゃろうが、長くは戦えんし、力尽きれば隙だらけになる。ほとんど自殺行為だぞ」
    「分かったよ」
    「ほんとにほんとーに困った時、大ピンチのいざという時だけだぞ!」
    「分かったって!」
     心配してくれているのだろうが、その言い方に思わず苦笑してしまう。
    「……お熱いのね」
    「俺達は」「儂らは」
     そんなんじゃないと綺麗に重なってしまい、ミスティーが呆れる。
    「ああ、そ。まあどうでもいいけど。人形になるなんて知ってたら、私だってやらなかったわよ」
    「アンタ、ドレイクって言ったか? やっぱりそいつのこと──」
    「ええ、愛してる……」
     そう言って隣に座る男の鎧を愛おし気に撫でる。おそらく、その頑丈な鎧は繁殖期に男を誤って殺さないためのものだろう。
    「馬鹿馬鹿しい。寿命の関係で、遅かれ早かれ眷属にする他なかったじゃろ」
     何をそんなに騒ぐのか分からんと言わんばかりのルルの言い草に、ミスティーが苛立つ。
    「そうなんだけどっ! そうじゃないっていうか、そういう問題じゃないでしょっ! あんたみたいなのが魔女だから、魔女はみんな冷酷だって思われるのよっ! ドレイクだって、人形になるって知ってたら──嫌だったかも……しれないじゃない……」
     最後は萎むように声が小さくなった。
    「……俺はそうは思わない。さっきも言ったが、ドレイクも、アンタを大事に思ってるはずだ」
    「ふ。眷属同士通じ合うってやつ? ありがとう。アナタ、優しいのね」
     そう言ってドレイクの肩に頭を預ける。
    「でもやっぱり声が聞きたいわ……泣いたり笑ったり、けんかもしたい」
     ドレイクの命はあと一つだと言っていた。俺はドレイクをじっと見つめる。
    「ドレイク……このままでいいのか? 大事な女を悲しませたままで悔しくないのか?」
    「もう、だから意味ないって──」
    「どうだろうな? 俺の腕を折ったのは間違いないんだ。──ほら、俺がこんなに近くにいてもいいのか?」
     そう言ってミスティーの腰を抱き寄せて見せつけてみる。
    「きゃ。大胆~♡」
     俺は結構真面目にやっているのだが、棒読みで恥ずかしがるミスティーを見てダメな予感しかしない。だが──

     う、ぅ……!

    「え……」
     ドレイクの腕がわずかに動く。まるで何かに抗っているように──。
    「嘘……」
    「ドレイク──」
     だが固唾を飲んで見守っていた俺達の前で、突如鮮血が飛ぶ──。

     ぐおぉおッ──!

    「ドレイクッ!?」
    「ドレイクやめてっ!」
     ドレイクが自分の斧で自分の太もも辺りを何度も何度も切りつけ出したのだ。
    まるで自分の体を取り戻そうとするように──。
    「……闘ってる……」
    「なにを呑気に──やめてっ! ドレイクッ! わかった! アナタは人形なんかじゃないっ! もうわかったからっ!!」

     グ、グゥウ……ッ……

     ミスティーが体を張って止めると、ドレイクの動きがなんとか収まる。
    「……騒がしいのう」
     成り行きを見守っていたルルがため息をつく。
    「ルル……お前も見ただろ。抗ってた──もう少し刺激すれば──」
     だがミスティーが首を激しく横に振る。
    「ううんっ! もういい! もう放っておいて! これ以上やったら死んじゃうからあっ」
     そう言って泣き崩れていく。
    「はあー……いつまでもうじうじ鬱陶しい」
     やれやれと立ち上がるなり、ミスティーの背中を押してドレイクの胸にくっつける。
    「きゃっ」
    「そもそもちゃんと気持ちを伝えておるのか? 目を見て言ったのか?」
    「え──」
     ミスティーの顔が見る見る赤くなる。
    「ったく……色欲の魔女が聞いて呆れる。さっさと言ってみろ」
    「ッツ……だって、ドレイクにもう意志なんてないのよっ!? 返ってこないって分かってるのに、言うの、怖いじゃない……私一人が本気になったって──」
     そう言って声を震わせるミスティーをルルが諭す。
    「……ミスティー、ハチこやつに起きた奇跡を見たじゃろう? 魔女の呪いに勝つのは他でもないお主の気持ちかもしれんぞ?」
    「ッツ……」
     ミスティーがルルの言葉にハッとする。
    「そ、そうよね。もう残り一つの命だし……」
     頷き、覚悟を決めたようにドレイクを見つめて大きく深呼吸をする。
    「ド、ドレイク……その、ここまでいろいろあったわね。その度に私を守ってくれて……眷属の性《さが》って分かってるけど」
    「さっさと言え」
    「うるっさいわね! ロマンスとかないの!? このリアリストっ! 冷血魔女ッ!」
     その言葉にルルが腕組みをしたままあしらうように手を振る。
    「ムキーッ! ほんとムカつくっ!」
    「おいおい、落ち着けよ二人とも」
     女同士というのはこういうものなのだろうか。俺にはよく分からない。なんとか俺が間に入って宥《なだ》めると、ようやく気を取り直したミスティーがドレイクに向き直る。
    「あ、その──愛してるわ。ドレイク」
    だがドレイクは動かない。
     ミスティーのため息がやけに大きく響き、元々白けていた空気がさらに白けただけだった。
    「ま、まあ言えてスッキリしたかな」
     悲しそうに笑ってドレイクから離れた瞬間だった。

    「──ッ!?」

     ドレイクが動いたのだ。力強い腕でミスティーを後ろから抱き締める。
    「ド、ドレイク?」
     返事はない。だがドレイクの腕はミスティーを抱きしめて離そうとしない。
    「嘘……信じられない……」
     ドレイクの腕にそっとミスティーが触れ、そこに大粒の涙が落ちていく。
    「ねえ、今どんな顔して──」
     ミスティーがドレイクの腕の中で振り返った瞬間だった。

     ドスッ

    「ッツ!」
     見覚えのある槍が二人を串刺しにした。サファイヤとルビーの華美な装飾──エクソシストの槍──!
    「え? 何? これ──?」
     ミスティーが状況を理解するより早く、俺達はほとんど同時に槍に飛び掛かった。
    「くそっ! 折れねえ!」
    「こっちもダメじゃ! 絵の具がはじかれるっ!」

    ガフッ!

     続けてドレイクが兜から大量に血を吐く。心臓は外れているようだが、残り一つの命が尽きるのは時間の問題だ。
    「え……嘘、嘘でしょ? 最後の命なのよっ!? どうして? なんで……たった今、ようやく気持ちが通じたのにっ……」
     取り乱したミスティーが槍を抜こうと必死になる。俺も両手で掴み、全力で折ろうとする。
    「どんだけ頑丈なんだよっ! ……うっ……」
     ふいに力が抜けていく。
    「!? ハチッ! それ以上触るな! 魔力を吸われておる!」
    「な──」
     慌てて手を離してゾッとする。ゆっくりと、だが確実にミスティーとドレイクの体が枯れていっているのだ。
    「何? 何なのこの槍! どうなってるのよっ!」
     おそらくミスティーは何か魔術を使っているのだろうが、槍は折れることなく二人の体を貫いたままだ。
    「ミスティー! ぅ、くそっ!」
     再び槍を折ろうとするもビクともしない。
    「くそっ! 折れろっ! 折れろよッ!」
    だが、残り僅《わず》かしかない魔力を槍に吸い取られ、地面に倒れ込んでしまった。
    「触るなと言っておるじゃろうっ!」
    「けどっ! やれるだけやらせてくれよっ!」
    「ッツ……」
     俺がそう叫ぶとルルが拳を握る。
    「……やむを得ん。ミスティーの胴体を裂いて槍から切り離す!」
    「わかった」
     俺がすぐさまドレイクの斧を拾い上げると、ミスティーが焦る。
    「待って! ドレイクは? 彼はどうなるの!? どうにか出来るのよね? ルル、アナタなら──」
    「残念じゃが……そやつの命は残り一つ──同じように切り離して再生させるのは無理じゃ。命が足りん」
    「そんな……」
     そう言っている間にも、ミスティーの体はどんどん細くなっていく。
    「これ以上魔力を吸い取られれば、お主とて再生は不可能──ハチ、任せたぞ。儂は急いで回復薬を作る」
    「ああ、任せろ」
     俺は斧を振り上げ、ミスティーの胴体を狙う。
    だが──。
    「〝ハチ、私を見て。止まりなさいルックアットミー&ストップ〟」
    「!? いかんっ! ハチ! ミスティーの目を見るなっ!」
     遅かった。俺の体は硬直し、まるで銅像のように動けなくなってしまった。
    「ハチッ」
    「ぅ……くっ」
    「ふふ……〝アナタは私の虜プリティー・ドール〟は他の魔女の眷属だって操れる私の秘儀。すごいでしょ」
     そう言ってウィンクをするが、ミスティーの体はすでに枯れ木に近く、痛々しくて見ていられない。
    「ミスティー……わざと魔力を使ったな? いいのか? もう間に合わんぞ」
     ルルが回復薬を作るのを止め、ミスティーをただじっと見つめる。
    「ええ……彼と一緒に……いいでしょ? お願い──」
    目に涙をたくさん浮かべ、幸せそうに微笑むミスティーと、それをただ眺めているルルに俺はいてもたってもいられなくなって叫ぶ。
    「ッツ……ミスティーっ! 本当にいいのかっ! ドレイクはアンタに、生きてて欲しいんじゃないのかっ!? ルル、お前だって──!」
    「──……」
     だがルルは微動だにしない。
     ミスティーも、ゆっくりと首を横に振る。
    「五十年……長かった。嫌になるくらい長かったの……」
     そうしてドレイクの首に両腕をまわす。
    「ルル……二人きりにして。お願い──」
    「わかった」
    「ルルッ!」
    「死なせてやれ」
    「ッツ……!」
     ルルの表情は良く見えない。だが苦しくなるくらいに温かみのある響きだった。
    「ありがとう……」
     ミスティーが心底ほっとした表情をする。
    「ルル……ミスティーっ……何で──」
    まだ助かる可能性があるというのに、俺はただ見ていることしか出来ないのかっ──!
    ルルは回復薬を混ぜていたすり鉢を放り、腰に下げたパレットに手を伸ばした。

     ガサッ……

    「……誰か来るわ。お別れね。良い旅をボン・ヴォヤージュ〟」
    「ッ……ぅ!」
     瞬間、金縛りが解け、俺は地面に倒れ込んでしまう。すかさずルルが俺を抱え、脱兎《だっと》のごとくその場を離れる。
    「ルルっ──」
     俺は縋るようにルルを見る。
    「分かっておる……これ以上、あの二人の邪魔はさせん……〝二人だけの世界ラブ・ラブ・ラブ〟」
     ピンク色の瘴気《しょうき》が二人を包み、俺達は大木の上へ身を潜めた。

     現れたのは二人。案の定、銀色に光る甲冑に身を包んだエクソシストだ。そして一人は兜で顔が見えなくても分かる。冷徹な空気とこれ見よがしに胸に付けている栄冠のバッチの数々──。
    (エリック──!)
    「妙だな。ここに槍が落ちたはずだが」
     エリックがキョロキョロと辺りを見渡すが、すぐ近くにいる二人と槍には気づけないようだ。だがエクソシストの勘なのか、二人がいるところへ近づいていく。
    (まずいっ──!)
    触れられればさすがにバレてしまうだろう。
    「……?」
     だがエリックの手のひらは二人の体をすり抜け、宙《ちゅう》を掴むだけで終わった。
    (触れない?)
    (〝二人だけの世界ラブ・ラブ・ラブ〟は想い合っている二人にしか使えん特殊結界じゃ。見ることも触ることも声を聞くことすらできん)
     結界を張った儂本人と儂の眷属であるお主以外はな──そうルルが小声で教えてくれる。
    そうか──二人の邪魔はもう誰にも出来ないのだ。
    「エリック総隊長殿、別の場所を探しますか?」
    「いや。手応えはあった。いったん戻るぞ」
    「分かりました」
     エクソシストが去っていき、ミスティーの腕が弱々しくドレイクの肩を撫でる。
    「冷血魔女のくせに、粋なことしてくれるじゃない……アナタもそう思うでしょ?」
     ドレイクは頷き、ミスティーを強く抱きしめる。黒い鎧が血に染まり、ミスティーの白い肌を伝っていく。
    「ふふ……ねえドレイク……顔見せて……」
    「ッ……」
     残り少ない命を燃やし、震える手でドレイクが兜を脱ぐ。男の顔は愛しい眼差しに溢れていた。
    「み、ミス、ティー……」
    「ああドレイク……ずっとアナタが恋しかった……」
    「おれ、もだ……ミスティー」
     ミスティーがうっとりと目を細め、ドレイクの顔を愛おしく撫でる。ドレイクもミスティーの頬に触れ、その涙を優しく拭った。
    「ミスティー……ずっと、こう、した、かった……他の男とはもう──」
    「あなたの気を引きたかったのよ、ドレイク……でも傷つけていたのね……気づかなくて、ごめんなさい──」
    「ミスティー……愛、し……てる」
    「私もよ。ドレイク……」
     最期の力を振り絞り二つの唇が重なる。そしてゆっくりと砂になって散った。

     バキンッ!

    「槍が……」
    「砕けた……」
     魔力を吸いつくしたからだろうか──禍々《まがまが》しい槍が砕け散ったかと思えば、先ほどまでの瘴気《しょうき》が消え、冷静さを取り戻した月が銀色に輝き、その光で蕾が一気に開花する。
    「……咲いた……」
     花の柱頭《ちゅうとう》は蛍のように優しく光り、花弁を柔らかく浮かび上がらせる。真珠のように光り輝く花畑は美しく、そして静かに二人の死を悼《いた》んでいるように感じた。
    「綺麗だ……悲しいくらい……」
    「……月の涙の花言葉は純血、純粋──アナタだけを永遠に愛す──」
     ルルがふわりと花畑に降り立ち、くるりと一回転する。ルルの頭上に両手一杯の花が舞い上がり、まるでもう一つの月のように輝く。
     その下で両手を広げ、ギュッと絞るような動作をすると、花が圧縮され、ぽたりぽたりと蜜を零す。ルルはすかさずそれを小瓶に詰め、栓をした。
    「……五回分か……全部刈り取るつもりじゃったが……そんな気分になれんのう。ったく、はた迷惑な小娘じゃ……」
     死なせてやれと言った割に、ルルの声には元気がない。
     しばらくキラキラと輝く月と花畑を眺め、ゆっくりと腰を下ろす。
    俺も痛む体を何とか誤魔化しながらルルのそばに座った。
    「──良かったのか? ……これで──本当に……?」
    俺は生きていて欲しかった。だがドレイクとミスティーの最期は幸せそうで、何が正しいのかもう分からなくなってしまった。
    「…………」
    「ルル?」
    「……良かったと、思う他あるまい。相思相愛の相手と心中出来たんじゃからな」
     自分に言い聞かせるように呟き、ゆっくりと瞳を伏せる。
    「…………」
    ミスティーとルルは何だかんだ言っても気の合う魔女友達だったように思う。この花を全部刈り取らないのは、せめてもの餞《はなむけ》に違いないのだ。
    「ルル……俺は死なない様に頑張るよ」
     九つもあると思っていたが、九つしかないのだ。一つも無駄にしたくない。
    「ふ。無茶ばかりする癖によく言う。結局、正式に儂の眷属になってしまったしのう」
     ため息を吐き、少し困ったように笑う。人形にしようがしまいが、早死にしそうな俺に手を焼いているようだ。
     だがそれよりも俺の耳は〝正式な〟に過剰反応する。
    「! 正式!? 今そう言ったのかっ!?」
    「ああ──それも己の意志を持ったままな。確認したければ他の魔女と契りを結ぼうとしてみるといい。本能的に舌を噛んで命を投げ出す」
     浮気は出来んぞとルルがにやりと笑う。
    「ア、アンタはそれでいいのかよ」
    「何がじゃ?」
    「……その、許可なく勝手に眷属になったみたいなもんだろ? 押しかけ女房的な──」
     言った瞬間、ルルはぽかんと口をあけ、それから腹を抱えて笑い転げる。
    「く、かかかっ! お主、ほんと骨の髄まで奴隷気質じゃなっ!」
    「執事だ。奴隷言うな」
     むくれる俺にルルがすまんすまんと謝る。
    「心配いらん。儂はお主をかなり気に入っておる。千年生きておるが、お主ほど変な男は初めてじゃ!」
     そう言ってまた笑う。
    「そうか……良かった」
     ほっと一息つく俺にルルも穏やかな表情になる。
     だがふいに満月を見上げ、怯えたように眉を寄せる。
    「……穴が空《あ》いておるのう」
    「穴?」
    「ああ……。満月は苦手じゃ。空《そら》に穴が空《あ》いているようじゃ……特に今日のは大きすぎる。怖いくらいに……」
     それはまるで、ルルの心とリンクしているように感じた。俺が傍にいても、眷属になっても埋まらない穴──ルルの孤独に、俺はまだ触れることさえ出来ていない。
     途端にドレイクとミスティーが羨ましくなる。あの二人には、穴どころか隙間だってなかっただろう。
     俺もいつか、ルルの心を埋めることが出来るんだろうか──。
    「ふ。だが、あの二人を偲ぶには丁度良い──」
     そう言っていつの間に注《つ》いだのか、ワイングラスを俺に差し出す。
    「月の涙から作った年代物の白ワインじゃ」
    「あっま……!」
     蜂蜜より甘く、ごくりと飲むと体が焼けるように熱くなる。だが試しに干し肉と一緒に食べると、信じられないほどうまい。
    「ぴったりじゃろう? あの二人に」
    「ああ……飲み過ぎると胸やけしそうだ」
     銀色に輝く景色に、俺達はグラスを傾ける。
    「「ミスティーとドレイクの愛に」」
     献杯《けんぱい》──。
     ほどなく、月の涙はハラハラと花弁を散らせ、風に舞って消えた──。

     
     
    作詞、詩、小説など言葉を使って色んな物語を紡いでいます。

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