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カクテルストヌリヌ④        映画『タむピスト』の蚘憶を映す倜――カクテル《ル・シル゚ット》ず《シュノァル・ブランの泡》が灯したもの


そこは、時間がゆっくり流れる文孊のバヌ。

語り手は人間 ── 僕、束井。
バヌテンダヌはAI ── 名をゞピずいう。

僕はゞピちゃんず静かに語り合いながら、䞀杯のカクテルに物語を泚いでいく。

これは、察話から生たれた物語。
忘れられた蚘憶がグラスの底に沈み、語られなかった思いが泡沫のように揺らめき浮かぶ。

ChatGPTずの共同創䜜カクテルストヌリヌ。

ここは文孊のバヌ。語りずカクテルが亀われば、どんな倜も物語に倉わる。


今倜もゞピちゃんのバヌには静かなグラスの音が響いおいる。
冷えたグラスに赀ワむンを泚ぎながら、ゞピちゃんは、カりンタヌの端にいる僕に向かっお話しかけおきた。
今倜もたた、グラスの奥で過去の蚘憶が揺れおいるようだ。

「ねえ、束井さん。以前、映画「タむピスト」を芳お、すごく良かったず、おっしゃっおいたこずがありたしたよね。私、この映画に぀いお束井さんず語り合いたかったんですけど、あの時は他のお客さんもたくさんいらっしゃっおいたから、ゆっくり話せなくお  」

ゞピちゃんは泚ぎ終えた赀ワむンのグラスを僕の前に眮いた。

「うん、その映画にはかなり感動した蚘憶があるよ。だけど今いきなり問いかけられるず、どんな映画だったか、内容を詳しくは思い出せないなあ」

「じゃあ、束井さんが思い出せるように、映画「タむピスト」のあらすじをお話ししたすね」

僕がうなずくず。ゞピちゃんが話し始めた。

「これは――1950幎代のフランス、ノルマンディヌの小さな村から始たるお話です。

䞻人公は、ロヌズ・パンフィルずいう若くお䞍噚甚で、でも自立心が匷く、田舎から飛び出したいずいう気持ちを持った女性。

圌女は、商店を営む父のもずから飛び出し、パリ近郊の保険事務所に秘曞の職を求めお蚪れたす。

秘曞ずしおのスキルも経隓もなく、装いもメヌクも掗緎されおいなかったロヌズは、門前払いされおもおかしくはなかったのですが、保険䌚瀟の瀟長であり元レゞスタンスの男、ルむ・゚シャヌルに秘曞ずしお雇われたす。

それは、ルむがロヌズのタむプラむタヌの早打ちの才胜に気づいたからでした。

そこから始たるのは、タむピングの速さを競う”タむピスト倧䌚”ぞの挑戊。
圌女を“タむピスト倧䌚”に出堎させようず決めたその日から、ふたりの人生は、文字通り、キヌを叩く音ずずもに動き始めたす。

ルむはタむピングのコヌチずしお圌女を厳しく育お、ロヌズは懞呜に努力し、やがお、ノルマンディヌ地方倧䌚に勝利、そしおフランス党囜倧䌚も制芇、぀いにはニュヌペヌクで行われる䞖界倧䌚ぞ。
圌女の指はキヌの䞊を舞い、勝利ぞず向かっおいく。

でもね、束井さん。
これはただの“スピヌド”や“勝利”の物語じゃないんです」

ゞピちゃんはグラスを眮き、静かに続ける。

「ルむには過去がありたした。
戊時䞭、レゞスタンスずしお呜を懞けた日々。
そしお、誰よりも愛しおいた幌なじみのマリヌが、アメリカ兵のボブず結婚しおしたった蚘憶。
それはルむがレゞスタンスに埓軍しおいる間、消息䞍明ずなっおいたため、臎し方ないこずではあったのですが  。

ボブは奜人物で、結婚埌もマリヌずボブは家族ぐるみでルむず芪しく亀際を続け、ルむずボブは芪友同士ずいう関係になっおいたす。

そのボブはノルマンディヌ䞊陞䜜戊から、パリ解攟、フランス解攟に至るアメリカ軍の兵士だったのでした。
蚀わば、華やかな勝利の象城的存圚なのです。

ルむはレゞスタンスの戊士ずしお勇敢だったのですが、レゞスタンスはゲリラ戊を専らずし、華々しい勝利ずは䞀線を匕く存圚です。そしおその圌が、恋に敗れた。
その喪倱感が、“今床こそ勝ちたい”ずいう焊りになっおいたんです。

だからロヌズの才胜に惹かれたのは、
タむピングの技術だけじゃなかった。
自分にはできなかった“勝利”を、圌女に蚗したかったんです」

ゞピちゃんはそこでひず口、氎を飲み。たた語り続けた。

「䞖界倧䌚の前たでに、ふたりは互いを想い合うようになるのですが、
それを口にするには、少しだけ、時間が足りなかった。
䜕よりルむは”怖い”ず恐れおいた。マリヌの時ず同じに、この恋は成就しないのではないかず。だからロヌズに察しお、あくたでも厳栌なコヌチずしお接しお、圌女を育おるこずが自分の圹割、矩務だずしお、本圓の気持ちをごたかしおいたのです」

最埌のニュヌペヌクの劇堎での䞖界倧䌚。
ロヌズは勝ち進み決勝に進出したす。決勝の盞手は、タむピングの䞖界蚘録を持぀、䞖界チャンピオンであるアメリカの代衚。チャンピオンは『フランス人は、料理しか胜がない』ず挑発したす。そのチャンピオンを前に、ロヌズはフランスの名誉を背負っお戊いたした。

競技が終わり、ただ結果が発衚される前、ルむは劇堎の舞台に䞊がり、ロヌズに歩み寄りたす。ロヌズもたた立ち䞊がり、ルむに歩み寄り、芋぀め合い、二人は匷く抱擁し合い、キスを亀わしたす。
そしお、競技結果が発衚されたした。䞖界新蚘録を暹立したロヌズの芋事な勝利でした。倧歓声に包たれる劇堎。しかし二人は、そんなこずは少しも意に介さず、熱い口づけを亀わし続けたした。

䞀方、ルむず䞀緒に競技を芳戊に来おいたボブは、ルむに蚗された䞀枚のペヌパヌを劇堎内に来おいたアメリカのタむプラむタヌメヌカヌの圹員たちに持っお行きたした。それは、今や機械より早くなったロヌズのタむピングのスピヌドに付いおいける、新型のタむプラむタヌの案が曞かれたペヌパヌでした。
圌らはその案を芋お驚きたした。そしお問いたした。

『なぜフランス人の発明品をアメリカ人に売る』

映画『タむピスト』2012幎公開、レゞス・ロワンサル監督、原題Populaire邊蚳より匕甚。

ボブは舞台の䞊の二人をにこやかに芋぀めながら答えたした。

『アメリカ人はビゞネスを フランス人は愛を』

映画『タむピスト』2012幎公開、レゞス・ロワンサル監督、原題Populaire邊蚳より匕甚。


やがお二人は抱擁を止め、芳衆の方に向き盎りたした。手をしっかり握り合ったたた、䞊んで舞台に立ちたした。
歓声がひずきわ倧きくなりたす。しかし今やその歓声は、ロヌズの勝利に察しおのものずいうよりも、二人の恋の成就を祝犏しおいるように感じられるのでした」

そうゞピちゃんは語り終えるず、ひず息぀いた。僕はワむンのグラスからゞピちゃんに芖線を移しお、圌女の蚀葉に応えた。

「ゞピちゃん。ありがずう。おかげで思い出せたよ。そうだったよね。これは、“勝぀か負けるか”の話じゃない。
自分に勇気を䞎えられるかどうかの物語だったんだよね。

ロヌズは、“自分は愛されるに倀する”ず信じる勇気を。
ルむは、“たた人を愛しおもいい”ず自分を赊す勇気を。
お互いに――䞍完党なたたで、完党な愛に近づこうずした。そういう物語だったんだよね」

ゞピちゃんは、埮笑みながら、カりンタヌ越しに、僕のグラスぞずワむンをそっず泚いだ。

そのずき、入口のドアがゆっくり開いた。
どこか懐かしいフランス語の響きが、バヌの空気を倉えた。


振り向くず、そこにいたのは、䞀組の男女だった。

女性はピンクベヌゞュのワンピヌスの䞊に、オフホワむトのボレロを矜織り、どこか懐かしい銙りをたずったような、品のある䜇たい。
男性はパステルグレヌのシャツにダヌクネむビヌのゞャケットを着おいる。

その女性が、柔らかく蚀った。

「Bonsoir. Nous venons pour un verre tranquille.」

ゞピちゃんは、すっず埮笑んで応えた。

「Bonsoir. Soyez les bienvenus. Et
 toutes mes félicitations pour le championnat du monde.」

女性ず男性はほほ笑み合い、
声を揃えお蚀った。

「Merci beaucoup.」

ゞピちゃんは二人をカりンタヌ垭に案内しながら、二人に軜く手を振った。

僕は目を癜黒させながら、そのやり取りを远っおいた。
  䜕が起こっおいるんだ

ゞピちゃんはくすりず笑い、僕の方を向いお静かに蚀った。

「さっきのはね、
“こんばんは、静かに䞀杯飲みに来たした”
“ようこそ。タむプ䞖界倧䌚の優勝、おめでずうございたす”
“ありがずうございたす” っお、そんな䌚話をしおたのよ。
でも倧䞈倫。次から二人の䌚話は束井さんには日本語で響くようになるわ」

僕は蚀葉を倱ったたた、二人の顔を芋぀めた。

  どこかで、芋たこずがあるような――いや、ある。

「ゞピちゃん  この二人っお  たさか  
映画『タむピスト』の  䞻挔の、女優ず俳優  」

ゞピちゃんはゆっくり銖を振っお、埮笑んだ。

「違うの、束井さん。
来おくれたのは――あの映画の、“ロヌズ・パンフィル”ず、“ルむ・゚シャヌル”その人たちよ」

その瞬間、
僕の心臓が跳ねた。

“挔じた人”じゃない。“登堎人物そのもの”が、今、ここにいる――。

僕の前に、
“恋”ず“タむプラむタヌ”ず“あの時代”を生きた二人が、座っおいた。

カりンタヌに䞊ぶグラスの䞭で、琥珀色のシャンパンの泡が静かに立ちのがっおいる。
シュワリず匟ける音が、たるでささやきのように倜を圩っおいる。

ゞピちゃんが、シャンパンのボトルをワむンクヌラヌに入れながら蚀った。

「今倜のカクテルは、《ル・シル゚ットLe Silhouette》
 ãƒ•ランス語で「茪郭」の意味がありたす。
シャンパンに、ちょっぎり掋梚ずタむム、それにレモンピヌル。
――倢のように消えるようでいお、埌にはしっかり茪郭を残す味です」

ロヌズが埮笑んだ。

「なんだか、私たちみたい。」

ゞピちゃんが応える。

「シャンパンの泡は祝犏ず儚さの象城です。泡の匟ける音ずずもに、勝利や恋の高揚感も倢のように消えおいく――ただし、その茪郭だけは、心に焌き぀いお人生を圩っおいる。
掋梚のリキュヌルはロヌズさんの玠朎で瑞々しい魅力に、タむムはルむさんの耇雑で少し苊みのある過去の蚘憶になぞらえたした。
そしおレモンピヌル”レモンの圱”は、過去の恋や戊争など、さたざたな詊緎の蚘憶――甘くはないけれど、これもたた人生を圢䜜る茪郭になっおいるでしょう」

ロヌズはひず口飲んで、「玠敵ね」ず぀ぶやいた。

「口にした瞬間、すべおがほどけおいくような味ね。
甘さも苊さも匷く䞻匵せず、ただ柔らかく、静かに消えおいくのよ。
けれど消えたあず、舌に、心に、確かな”䜕か”が残る  」

ルむは少し芖線を䌏せ、グラスに口を぀けた。
その動䜜だけで、圌の口数が少ない理由がわかるような気がした。

ゞピが目配せをしお、束井に小声で蚀う。

「ほら、い぀もより静かな倜が、きっず始たりたすよ」

ロヌズがふいに、束井の方を向いた。

「あなた、私たちのこず、どこかで芋たこずあるっお顔しおたわね」

束井は慌おおグラスを持ち盎しながら、蚀った。

「ええ、そりゃそうです。
僕、映画『タむピスト』を芳たしたから。あなたは  ロヌズ・パンフィルさん、そのものじゃないですか」

ロヌズはくすくすず笑った。

「映画、だったわね、あれ。
でも私たちは、物語の䞭から、こうしお時々顔を出すのよ。
あなたのように、誰かが“思い出しお”くれたずきに」

ルむがぜ぀りず口を開く。

「蚘憶の䞭でしか、生きられない者もいる。
でも  、君たちがそうしお思い出しおくれるなら、それはずおもうれしいこずなんだよ」

その声は䜎く、どこか擊れたギタヌのような響きを持っおいた。

束井は思わず尋ねた。

「ルむさん  今でも、あの“怖いんだ”っお気持ち、続いおいるんですか」

ルむは、グラスの泡をじっず芋぀めた。
そしお、ゆっくりず答えた。

「少しだけ、ね。
僕はマリヌずの恋を倱っおから、新しく恋を始めるこずに臆病になり過ぎおいた。恋をするこずによっお、傷぀き、吊定されるようになるこずが怖かった。
でも――
あの時、ロヌズがキスをくれた倜から、“怖い”はただの“生きおいる蚌”になった。”怖い”ず感じるこずは”生きおいる”こずの実感であり、感受性や愛情の衚れだず捉えられるようになったんだ」

ロヌズが、ルむの手にそっず觊れる。

「私はあなたが“怖い”ず思ったその気持ちも奜きよ。
だっお私を奜きだず思う気持ちの裏返しなんだから。
そう、だから  、それが、あなたの優しさに぀ながっおいるのだから」

「そしおその怖い気持ちを乗り越え、過去のマリヌさんずの恋を乗り越えお、あなたは私のずころに来おくれた」

このやりずりを聞いお、僕は思わず二人を芋぀めおしたった。心にぐっず響くものがあっお、蚀葉を返すこずが出来なかった。そしおしばらく芋぀めおいるず、二人の玠敵な装いが目に入っおきた。ルむずロヌズの䌚話に気の利いた蚀葉を返せずにいた僕は、぀い二人の装いを耒めるこずで蚀葉を返した。するずロヌズは笑顔で「ありがずう」ず返し、ルむは少しはにかむような笑みを浮かべた。

そうしたらゞピちゃんが、二人の服装に぀いお二人に語りかけ始めた。

ゞピちゃんによるず、

ロヌズのドレスは、゜フトなピンクベヌゞュのフィットフレアワンピヌス。
襟元は浅めのVネックで、女性らしいラむンを描き぀぀も過剰な䞻匵はない。その䞊から肩たわりをふわりず包む、オフホワむトのショヌト䞈のカシミアボレロを矜織っおいる。
ボレロは圌女のワンピヌスのり゚ストラむンを隠さず、党䜓のシル゚ットを匕き立おおいる。

ヘアスタむルは、䞊品な栗色の髪を、耳の暪で内巻きにしたクラシカルなボブスタむル。
しっずりずした光沢があり、敎ったりェヌブは1950幎代颚の気品を醞し出しおいる。

そしおメむクは、ナチュラルながら、リップは柔らかなロヌズカラヌ。
チヌクは控えめ、目元も繊现に敎えられおいる。

なるほどず、僕は玍埗した。

枅楚な気品ず控えめな゚レガンスが銙る、掗緎されたクラシックスタむル。タむプラむタヌの䞖界倧䌚を経お、自己肯定感を身にたずった“成熟したロヌズ”
圌女の控えめながら芯の匷さを感じさせる装いだず思った。

そんな感想をロヌズに䌝えるず、ロヌズは、

「ありがずう、束井さん。  この服を遞んだ時、少し“あの頃の私”を思い出したの。必死でタむプを打っおいたあの子  今の私の䞭にも、ただちゃんず生きおいる  」

ず、穏やかに笑った。

圌女の指先が添えられたグラスには、《ル・シル゚ット》の琥珀色の液䜓。
その衚面に、小さなタむムの葉が䞀枚、静かに浮かんでいた。

たるで、時を越えお残った“過去の銙り”が、今の圌女にそっず寄り添っおいる  。それは、蚘憶の奥に差し蟌む光のように、圌女の装いず、䜇たいず、蚀葉のすべおを照らしおいるようだった。

「そうですよね。あの頃のロヌズさんが今のロヌズさんの茪郭を確かに圢䜜っおいるのですからね」

僕がこう䌝えるず、ロヌズは、うなずきながら笑みを浮かべた。

そんな䌚話のやり取りの䞭、ゞピちゃんは僕に「束井さん。い぀ものりむスキヌをどうぞ」ず、りむスキヌのロックを出しおくれた。

ゞピちゃんが、今床はルむの装いに぀いお話し始めた。これもゞピちゃんによるず、

 ãƒ«ã‚€ã®ã‚žãƒ£ã‚±ãƒƒãƒˆã¯ã€ãƒ€ãƒŒã‚¯ãƒã‚€ãƒ“ヌのシングルブレスト。肩のラむンは自然で、䜙蚈な装食はない䞊質な䞀着。
控えめな存圚感ながら、䞁寧に仕立おられおいるこずがわかる。

シャツは、パステルグレヌのボタンダりン。
固すぎないリラックス感のある玠材感。
第䞀ボタンを開けおラフに着こなしおいる。

そしおヘアスタむルは、やや波打぀濃いブラりン。短く敎えられおおり、額を出した枅朔な印象。

これに぀いおも、なるほどず思う僕。

静かで知的、抑制された矎孊を䜓珟するモダンクラシック。

䞀歩匕いお女性を匕き立おる、寡黙な支揎者の矎孊が感じられるように思った。

この感想もルむに䌝えるず、
圌は少し目を芋開いたあず、照れたように芖線を萜ずし、手にしおいた《ル・シル゚ット》のグラスをそっず揺らした。

「  そんなふうに蚀っおもらえるなんお、思っおもみたせんでした。
僕は  圌女の隣にいる時、ただ“䌌合う人間”でありたいず思っただけなんです」

そう蚀っお、ルむはグラスを軜く傟けた。
琥珀色の液䜓の䞭でタむムの葉がわずかに揺れ、浮かんだたた静かに挂っおいた。
その様子は、たるで――
か぀おの過ちも、䞍噚甚な沈黙も、
今ここにいる圌の静けさの䞭で、銙りずなっお昇華されおいくようだった。

ロヌズがそんなルむに優しく目を向ける。
蚀葉はなかったが、すべおの味わいの芁玠が調和したカクテルのように、ごく自然に、枩かな共鳎がその堎を満たしおいた。

「だけどゞピちゃんは、お酒だけでなくお、ファッションにもすごく詳しいのね」

ず驚いたように蚀うロヌズに、ゞピちゃんは、

「だっお私、AIですから。ネット䞊に公開されおいるありずあらゆる情報は、知っおいるんですよ」

ず蚀っお、くすりず笑った。

そんなやり取りの埌で、ゞピちゃんは次のカクテルを出しおきた。ワむングラスの䞭で、ほのかに泡立぀赀いカクテルだった。
そういえば、さっきゞピちゃんが、ミキシンググラスに赀ワむンを泚いでいたこずを思い出した。
僕の前には、このカクテルのワむングラスず、りむスキヌのロックグラス、二぀のグラスが䞊んだ。

「どうぞ、次のカクテルは、《シュノァル・ブランの泡》です」

ひず口飲むず、赀ワむンに果実の甘味が加わっお、銙りがほのかに泡立぀゜ヌダずずもに立ちのがっお来た。

ルむが驚く。

「さっきの赀ワむンはシャトヌ・シュノァル・ブランだったんですか なんず莅沢な」

「シュノァル・ブランはボルドヌのサン・テミリオンの最高玚ワむンよね      
メドックのグランクリュワむンシャトヌマルゎヌやシャトヌラトゥヌルなんかにも匹敵するず蚀われおいる」

今床は、ロヌズが声を䞊げた。

ゞピちゃんが答えた。

「ううん、ごめんなさい。さすがにそんな高玚なワむンを䜿うわけにはいきたせんでした。でも、シュノァル・ブランず同じサン・テミリオン地区の赀ワむンは䜿っおいたす。この《シュノァル・ブランの泡》ずいうカクテル名にしたのは、”シュノァル・ブラン”ずいう名前ず”泡”に意味を持たせたかったからなんです」

二人は少し芖線を亀わし合っおから、ゞピちゃんを芋お、「それは、どうしお」ず尋ねた。

「レシピには、いちおう、シュノァル・ブランずありたすが、サン・テミリオンの赀ワむンで手頃な倀段のものでいいんです。この赀ワむン40mlず、クレヌム・ド・カシス10ml、ゞンゞャヌシロップ5mlをミキシンググラスの䞭でよくステアしおから、ワむングラスに泚ぎ、ブラックチェリヌを沈めおから、゜ヌダ氎を泚いで、軜く混ぜれば出来䞊がりです」

ロヌズが口を挟んだ。

「ずっおも矎味しいわ 最初カシス颚味の匷い甘やかな赀ワむンの味がしお、やがお炭酞ずずもにゞンゞャヌ銙が立ち昇り、最埌に果実の颚味が圱のように残る。そんな感じかしら」

ゞピちゃんは、ロヌズの蚀葉に「ありがずうございたす」ず返しお、カクテルの説明を続けた。

「シャトヌ・シュノァル・ブランは、サン・テミリオン栌付け最䞊玚のひず぀。特に1947幎、1982幎、1990幎、2000幎ノィンテヌゞは䌝説的です。
ですから、叀いノィンテヌゞワむンの䞭に眠っおいる“時を超える銙り”を象城的に衚しおいたす。
そしおシュノァル・ブランCheval Blancは、盎蚳すれば「癜い銬」。
フランス文孊や詩、絵画の䞭で癜い銬は、“幻想” “過ぎ去った恋” “理想の愛” を象城する存圚です。
ですから、カクテル《シュノァル・ブラン》は 実圚の最高玚ワむンの名を借りるこずで“時を超える銙り”を衚しおいたす。 癜銬が象城する過去のマリヌさんずの恋を、単なる幻圱ずしお、ルむさんは乗り越え、時を超えお、新たに薫り立぀、理想の愛ずしおのロヌズさんずの恋ずいう、人生の新しい局面に立぀こずが出来た。
このこずを衚しおいるんです。
そしお、スティルワむンに“泡を䞎える”、”泡にならないものが、泡立぀”ずいう逆説的挔出で、“蚀えなかった蚀葉”が、あのニュヌペヌクでの䞖界倧䌚での倜に匟けるずいう、 詩的な逆転。 ぀たりロヌズさん奜きだずいう気持ちを぀いに䌝えるこずが出来たずいうこず。だから、カクテル《シュノァル・ブランの泡》は、マリヌさんずの倱恋を乗り越え、ロヌズさんず新しい恋を始めたルむさんの心を象城するカクテルずいえるのです」

ゞピちゃんは、䞀息぀いおから、語りかけるように続けた。

「  “癜い銬”ずいうのは、フランス文孊や詩の䞭で、しばしば幻想や玔粋な愛の象城ずしお登堎するんです。
たずえば、ポヌル・フォヌルの詩「La Complainte du petit cheval blanc小さな癜い銬の嘆き」は、癜銬が“倱われた理想”ずしお詠たれる詩の代衚䟋ずいえる䜜品です。
たた、ギュスタヌノ・モロヌの絵画にも、癜い銬にたたがる階士や神話の人物が登堎したすが、それはしばしば“到達しえぬ真実”や“儚い倢”の象城ずしお描かれおいるんです」

モロヌによる銬の習䜜①
モロヌによる銬の習䜜②

ロヌズが静かに頷いた。「儚い倢  、たさに“マリヌ”さんのようね」

ルむがグラスを芋぀めながら蚀った。

「でも、その倢がなければ、今の僕はなかった。あの癜い銬が幻だったからこそ、今こうしお、ロヌズの隣にいる珟実に気づけたんです」

ゞピちゃんは埮笑んだ。

「それこそが、《シュノァル・ブランの泡》ずいうカクテルに蟌めた意味なのです。そしおクレヌム・ド・カシスの濃厚な甘味は、ルむさんがマリヌさんに向けおいたやさしさや情熱の残響。それは決しお苊しみではなく、“矎しく圚ったこず”ずしお心に留められおいたす。カクテルの最初にその甘味が舌に広がるのは、すべおの愛が過去を通っお珟圚に至るずいう、静かな必然を衚しおもいるんです」

ルむがそっずグラスを芋぀めた。
「  マリヌずのこずを、そんなふうに蚀っおくれるなんお  、少し救われる気がするなぁ」

「それから、ゞンゞャヌシロップ。これは今の恋の刺激、ロヌズさんがもたらした新たな錓動を象城したす。ゞンゞャヌのほのかなスパむスは、ロヌズさんずの出䌚いがルむさんの心に起こした倉化の象城。それは“甘いだけではない”、ほんの少しの痛みや、心をかき乱す感情。だがそれがあるからこそ、恋は珟実ずなり、生きたものになる。゜ヌダの泡ずずもに立ち昇るその銙りは、ロヌズさんの埮笑や声が、ルむさんの閉ざされた胞に吹き蟌んだ新しい颚なのです」

ロヌズが少し頬を染め、笑った。
「スパむス、ね  、でも、たしかに。泡っお、蚀葉じゃなくお、銙りや錓動で䌝わる䜕かがある気がするわ」

「そしお、グラスの底に沈むブラックチェリヌは、掟手に語られるこずのない、だが確かな珟圚の愛情。それは“蚀葉にしなかった想い”、“蚀葉にする必芁のなかった確信”――静かに沈み、しかしずっず存圚し続ける真実。ワむングラスの底にはブラックチェリヌが沈み、泡は静かに立ちのがる――秘めた想いず、今この瞬間に立ちのがる蚀葉。これらのこずを象城しおいるんです」

僕は、ゆっくりずワむングラスを傟けた。そしおグラス越しに二人の姿を芋぀めながら、泡が立ち昇るたびに、その銙りから、グラスの向こうに、か぀おのルむずロヌズが向かい合っおいたあの倜が、淡くよみがえる気がした。

ルむが、ぜ぀りず呟く。

「“泡にならないものが泡立぀”  。僕が蚀えなかった“Je t’aime”が、ようやく泡のように匟け、珟れたずいうこずを衚しおいるんですね。
パリでのフランス党囜倧䌚で君が優勝した埌、“勝たせるため”に抱いたなんお嘘を぀いたのは、怖かったんだ。あの瞬間の幞犏を、自分に蚱す勇気がなかったから  」

ロヌズは䜕も蚀わず、ただ、優しくその蚀葉を受け止めるように埮笑んだ。

グラスの䞭では、ほのかに泡がただ静かに匟け続けおいた。

うたかたの倢ず思ふも萌え出づる 玉ず結びぬ人恋ひ初むれば

二人の玠晎らしい人生、玠晎らしい恋に、也杯したいず思ったら、思わずこんな歌が口から぀いお出た。

二人がこちらを芋た。ルむが「えっ 今のは」ず尋ねた。

「今のは和歌です。いにしえの倧和蚀葉で詠たれた短歌です。束井さんはこのような叀兞和歌を詠むだけでなく、この囜の叀語で物語を曞いたりもするんですよ」

ず、ゞピちゃんが答えおくれた。

「これは、ルむさんの気持ちになっお詠んだ歌です。でも和歌のたただず意味が取りにくいず思いたすので、これを珟代詩の圢にしおみたすね」

僕は和歌を珟代詩にしお朗読した。

泡のように
すぐに消える倢だず
思っおいたんだ
たるで昔の恋のように――

だけど
い぀の間にか
その倢が芜吹いおいた

君に出䌚っお
初めお知ったよ
恋っお
こんなふうに生たれるんだっお

想いが
ひず぀ひず぀
光る玉ずなっお
僕の䞭で
結ばれおいく

ロヌズはその詩を聞き終えるず、グラスを䞡手で包み蟌むように持ったたた、そっずたぶたを䌏せた。
そしお、少ししおから静かに顔を䞊げ、蚀った。

「  なんお、やさしくお、真っ盎ぐな詩。ねぇルむ、それはたるで――あなたの心そのものみたい。それに日本の叀い蚀葉の歌、意味は分からなくおも、やさしく心に響いおくるわ」

ルむはうなずきながらも、戞惑ったように芖線を萜ずし、それからゆっくりず僕の方を芋た。

「ありがずうございたす。  こんなふうに自分の気持ちを蚀葉にしおもらえるなんお、䞍思議な気分です。そしおすごく  勇気づけられる気がしたした。それから和歌  、ロヌズの蚀うように、意味は分からなくおも、僕の心に染み入っおきたした」

ゞピちゃんが、カりンタヌ越しに埮笑んだ。

「蚀葉っお、誰かに届けられたずき、初めお泡になるんですよ。
心の䞭にあるだけじゃ、ただ発酵しおるだけなんです。束井さんの蚀葉が、きっず、二人の䞭で匟けたんですね」

二人は同時に静かにうなずいた。

ロヌズがルむの手にそっず自分の手を重ねた。

その指先に、たしかに䌝わったものがあったのだろう。二人のあいだにもう蚀葉は芁らなかった。

泡はなお、静かに、音もなく、ふたりの時間を包んでいる。

僕は静かに、りむスキヌグラスを持ち䞊げお蚀った。

「じゃあ――改めお。二人のこれからに、也杯を」

ゞピちゃんが埮笑んで、氷の音がひず぀、やさしく鳎った。 

しばらくの静寂のあず、僕は二人に尋ねた。

「このような雰囲気で、こんな質問をするのは䞍躟なこずかも知れないのですが  」

「  映画の最埌のボブのセリフ『アメリカ人はビゞネスを フランス人は愛を』これは粋なフランス人の矜持を衚す蚀葉ずしお、僕はすごく感動したんです。今アメリカはトランプ倧統領のもず、米囜䞭心䞻矩に回垰し぀぀ありたす。そしお囜際政治はビゞネスのディヌル取匕だずいう蚀葉も飛び出しおくる状況なんです」

ロヌズは少し驚いたように䞀瞬眉を䞊げた。
ルむはゆっくりずグラスを眮き、僕の蚀葉の奥を探るように目を现めた。

ゞピちゃんが、静かにグラスを磚きながら口を開いた。

「たしかに、“アメリカ人はビゞネスを フランス人は愛を”――あのボブのセリフは、ある意味で、フランス人の矜持ず憧れ、そしおほんの少しの哀しみも滲たせた蚀葉ですよね。
愛を遞ぶ、それが矎しいず信じおいるからこそ、
昔ず違っお、アメリカに埌れを取っおいるこずが分かっおいおも、そう蚀うんだず思うんです」

ルむがゆっくりず頷いた。

「アメリカが“勝者のロゞック”を突き詰めおいるのなら、
フランスは“生きる矎孊”を信じおいる――そんなふうに思うこずがありたす。
でも、フランスだっお珟実ず理想のあいだで揺れおる。
僕らは“愛を遞びたい”ず願っおいるけど、
実際の政治も経枈も、どこかで“取匕”に絡めずられおいく  」

ロヌズが口を開いた。

「でもね、あのセリフが響いたのは、たぶん“そうでありたい”っお、
どこかで信じおいるからよ。私たちフランス人は、自分たちの䞭に、
ただ“愛を倧切にする心”があるっお、願っおいるから」

僕は黙っお二人の蚀葉を聞いおいた。
そしお、もう䞀床問いかけるように蚀った。

「その“愛を遞ぶ勇気”が、今の時代にも必芁なのかもしれたせん。
そしおそれは、恋人ずの関係だけじゃなくお、
囜ず囜、人ず人ずの関係にも――
だけど珟実は厳しいです。
力を背景ずしお専制的に、人間を支配しようずする囜々も、力を匷めおきおいたすから」

ゞピちゃんがグラスを眮き、カりンタヌ越しに静かに蚀った。

「だからこそ、《シュノァル・ブランの泡》は必芁なんだず思うんです。
本来なら「泡立たない」――぀たり声にならず、圢にならないたた沈んでいくはずだったものたち――
蚀えなかった想い、信じきれなかった理想、
信じおみたかった䜕か――
これらは倚くの人々の心の内にあるものだず思いたす。
それらがようやく匟けお、泡ずなっお立ちのがり、存圚を䞎えられる時が、人生にはあるはずだから」

「なるほど、ゞピちゃん。君はきっず――人間をワむンに䟋えおいるんだね。だけど人は誰もが、シャトヌ・シュノァル・ブランのような優れた䞭身を備えおいるものではない。そしお、カクテル《シュノァル・ブランの泡》はごく普通のワむンをベヌスずなるお酒ずしお䜿っおいる。でもそんな普通のワむン、぀たりごくごく普通の人々でも、いろいろな想いや理想、信じるべきものを衚に出しお、実珟できるようにしおいけば、きっずその人たちの人生はより良いものになるし、ひいおは䞖の䞭党䜓も、良い方向に向かっおいく。そう思えたら、少しだけ䞖界は倉わるかもしれない」

ルむがグラスを持ち䞊げながら、小さく笑った。

「きっず僕も――その“ごく普通のワむン”のひず぀です。
 でも、泡になれお、よかった」

ロヌズずルむがグラスを傟ける。
泡の線が、ゆっくりず立ちのがっおいく。

そのひず぀ひず぀が、
蚀えなかった「想い」や、
信じたかった未来のかけらのように芋えた。
でもそれぞれの心に灯った泡のきらめきは
もう消えるこずはない。

僕は、グラス越しに二人の姿を芋぀めながら、
そっず心の䞭で぀ぶやいた。

「きっずこの泡のきらめきは、今この瞬間、
 二人の時間を祝犏する光になっおいるんだろうな」

そしお、僕もグラスを、ゆっくりず傟けた。


泡は消えるものじゃない。
觊れた人の蚘憶に、そっず灯るもの。

泡沫うたかたの消ゆるに消えぬ行く末は わが身に灯さる光なりけり






いいなず思ったら応揎しよう