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Photo byakanekofuku

【創作】猫カフェが癒やす脳梗塞、還暦オヤジの妄想 ー 【第4話最終】 ー

     ※【1】話から【4】話で(何とか)完結

    【4話最終】猫カフェ、はるかさん、すーさんのこれから

    ー脳梗塞持ちには、猫カフェの癒しが必要?ー

    研究として、アイデアとしては、面白かったが、、

    最も期待された結果である、ビジネスの波を捉まえられないうちに、
    スポンサー企業から一方的な三下り半、ならぬ契約解除を通告された。
    はるかさんの挑戦は終わった。

    癒し、カウンセリング、ペットセラピー・・初めての試み。
    トレンドワード的には揃っているが、そもそもビジネスとして考えると
    いろいろ難しかった。猫カフェとの併設、市場実験だったが
    結論、形としては何も残らず、発見や予兆やムーブメントはゼロでは
    無かったが、スポンサーに伝えきれなかった悔しさが残る。

    後ろ盾のないベンチャー運営。見切られたらどうしようもなかった。
    有無を言わさず、あっさり切られた。厳しい現実だ。

    スポンサー企業もボランティアではない、それほど大きな投資
    ではないが。儲からないと判断されれば無駄金に投資したと
    内部監査が入る、会社の経営状態にもよる。
    余裕がある時もあれば、シビアな時もある。

    提案時、店舗は、初期費用をできるだけ抑え、固定費を抑制しつつ、
    併設型で新しいカウンセリングの形態を調査、模索していく、
    空気のようなスタートアップが、はるかさんのコンセプトだった。
    研究者との二足のわらじ、身軽に柔軟にやり切れる自信はあった。

    その店舗がもう少し軌道に乗れば粘れた、まだ望みはあったが。

    目標期間内の赤字脱却未達成を指摘された。
    スポンサー資金の開業準備の残りを開業翌月から取り崩し続けてはいた。
    その資金の残額と同様、赤字幅も小さくなってはきて、もう少しだった。
    もともと実験店舗、市場調査や研究がメイン、そういう気持ちがどこかに
    無かったわけではなかったが。いきなり、相手の契約解除の理由にされてしまうとは想定外だった。
    甘かった。
    メデイアで取り上げられ、知名度は上がり瞬間風速はあったものの、
    その後は新規は激減した。リピーター、コアユーザーは限定的だった。
    立地も最適とは言い難い、田舎の小規模な猫カフェ。
    小規模でも固定費はあり、一方、速かな集客増の見込みは逆に薄かった。
    工夫し地道に広げつつあったが、まだ時間はかかる。手を打ちたい。
    もう少し余裕ができれば、スタッフを雇い宣伝・サービスの質を上げたい、
    数年間、猫カフェ店舗で働いた経験で、分かっていたことだった。

    もう少し時間の猶予と心の余裕が、欲しかったのが本音だ。

    唯一のスポンサーが引けば、それに代わる融資先は見つからないだろう。
    餌や資材などの取引先が相手にしなくなるのも時間の問題だった。
    続けたかったが、廃業を潔く決断せざるを得なかった。
    気持ちを切り替えなければならない理由があった。

    切り替えて、最優先でやらなければならないのが、従業員?のケア。
    とらさん含む4匹の猫、彼らの身寄り探しだった。自分の食い扶持は
    後回しだった。
    自分の失業、生活よりもまずネコの心配だった。

    はるかさん、地域の保護猫ボランティアセンターに相談した。
    もともとそこから4匹譲り受けて猫カフェをスタートしていた。
    (ふつうの保護猫カフェという体で譲渡してもらっていた)
    廃業を伝えると、ボランティアの担当者は、怒り、嘆き、同情したが、
    センターの事情から考えると、4匹無かったことにして再度引き受ける
    のは難しかった。
    そういう前例を作ってしまうことがダメだと言われた。言葉が突き刺さる。

    取りあえず、譲渡会に出させて貰い、とらさんをのぞく3匹はなんとか、新たな行き先が決まった、はるかさんも泣く泣くそうするしかなかった。
    とらさんは、持病(尿路結石)があり、引き取り手がなかった。
    (猫カフェに居たときに気付いた病気だった)

    とらさんとはるかさん、1人と一匹、再出発になった。
    店舗として賃貸していた一軒家の現状復帰の改装のが終わる1週間あまりの間に、今度は、はるかさんが住む場所や仕事など身の振り方を探さないといけなかった。


    馴染みの猫カフェが急な閉店、内装工事に入っていることを知り、
    すーさんは驚いた。はるかさんに会って話が聞きたかった。
    毎日のように、閉店した猫カフェを仕事帰りに訪ねたが、留守で
    誰も出てこなかった(はるかさんは、後始末で飛び回っていた)。

    実は、すーさんにも変化があった。
    すーさん、急に北陸の実家に帰ることになったのだ。二度目。
    独り暮らしの実家の母が入院することになったのだ。

    4年前に、一度、1人Uターンで帰って2拠点生活をしていた。
    ちょうど実父が亡くなって、実家で実母の面倒を見る為に
    Uターンし再就職したが、三年目を迎えた大晦日にまさかの
    脳梗塞、緊急搬送。入院4ヶ月で奇跡的に回復。後遺症少し。
    退院後は、嫁さんの元に戻ってきて療養、再々就職して
    今の職場に勤めて、3年目に入っていたところだった。
    (実家の母は、猫と静かに暮らしていた。)

    脳梗塞後、後遺症のフラつきなどは(はるかさんの猫カフェと
    カウンセリングにより)少し改善したことも、再Uターンの動機になった。

    すーさんは、この地を離れる前に挨拶したかった。
    出発の前日の夕方、猫カフェの家に行くと引越業者のクルマが止まっていた。はるかさんととらさんが居た。逢えた。

    ふたりと一匹は、原状復帰された元猫カフェのリビングで、
    ここ数週間にあった出来事を語り合っていた。
    (とらさんは、すーさんの膝の上で眠っていたが。)

    猫カフェの突然の廃業に、すーさんは言葉を無くした。
    何とか再興できればいいですね、とはるかさんに声をかけた。
    はるかさんは、そのとき初めて、悔し涙を流した。こらえていたモノが一気に崩壊して、声を抑えきれずに泣いた。とらさんも驚いて、ぐーと泣いた。

    すーさんは、こんな時に何も出来ず、明日のフェリーで実家に戻るのは残念だけど元気でいてくださいと言って、猫カフェの家を後にした。

    すーさんが帰った後、はるかさんととらさんはリビングで
    引っ越し先での新しい暮らしを想像する。
    「とらさん、いっしょにがんばろうね」。

    翌日午後。すーさんの家では、よめさんがすーさんとの別れを前に
    つぶやく。
    「わたしもあなたも、実のお母さんの面倒見で、離れ離れになるなんて
    やっぱりおかしい。 でも二度目だし、離れて暮らしてもお互いが2拠点でそれぞれ元気で居るしかないね、脳梗塞の再発だけは勘弁!」
    すーさんは、何も言えない。「そいじゃ、いくわ、車の乗船手続きあるし」

    フェリー乗り場につき、手続きを終える。車を指定の場所に止めて夕方の乗船時間までフェリー乗り場の待合室でひと眠り。

    ・・
    とらさんを抱いたはるかさが見送りに現れた、いや、大きな荷物を持って。
    まさか。
    「助手席空いているでしょ? いっしょに連れて行ってもらえないかな」
    ・・

    夢から覚めた。また妄想をみてしまった。嫁を家に置いてきてすぐ
    こんな夢を見るなんて、なんということだ。

    「ぐー」と猫の鳴き声がした。とらさんの鳴き声だ。
    振り向くと、キャリーにとらさんをいれたはるかさんが笑っていた。
    夢ではない、大きな荷物は持っていない。
    見送りに来てくれたのだ。
    「とらさんが、どうしても行きたいって鳴くので、つい
    来ちゃいました」
    そう言って、キャリーの上蓋を開けると、とらさんが飛び出して
    すーさんの膝の上にのった。

    「とらさん、すーさんといっしょにいたいのよねぇ」。とはるかさん。
    「すーさんの車に乗ってく?」
    「おいおい、勝手に。とらさんを預けちゃダメだよ。乗船手続き済んでるし
    ペットは乗せたくても乗せられないんだよ」とすーさん。
    「見送りに来てくれてありがとう、本当にお世話になってしまったのに何も出来なくて」。と、とらさんをはるかさんへ返す。
    「残念ね、とらさん」と、受け取るはるかさん。「じゃ、ここで」

    時間は少し早いが、別れが辛くなりそうで、早めに車の方へ移ることにした。「じゃ、元気で。」と待合室で別れた。

    乗船時間となり、地上誘導員にしたがい、すーさんは車を乗船させる。
    フェリーの中を自走し、船内の誘導員の合図や指示に緊張しながら車を指定箇所に止め、手荷物だけ持ち車にロックをして船内へ階段で移動する。
    いわゆる 雑魚寝の大広間”ツーリスト”に入り、荷物を降ろして一息つく。
    (一番安い部屋だ)

    これから、また数年ぶりの実家暮らし、母と飼い猫「まる」との同居生活が始まる。数日前に図書館は退職手続きをして、無事送り出して貰えた。
    実家にもどって、仕事をどうするかは、また母と相談して決めないといけない。病気があり年齢も61になるので、働き場所がみつかるかどうか。
    また、後遺症が、実家でもうまくおさまっていてくれればと願うのだ。
    明日朝、南港についてから実家まで4,5時間は運転になる。弁当を食べて、大浴場に入って早目に就寝しないといけない。
    すーさんの新たな人生が始まった。

    そのころ、はるかさんは、とらさんのキャリーを持って移動していた。
    「大阪南港についたら、あの車で4、5時間くらいかかるって昨日、すーさんいってたわよね。脳梗塞で長距離運転、大丈夫かしら」
    右手には、フェリーの個室ウイズペットルームのカードキーがあった・・

    おわり

    https://note.com/matsu_pb550cppc/n/n0d908e2993d7

    この続編は、またいつか・・

    *本創作は、ある人物の
    実際の闘病から就職までの
    経緯をモチーフにした
    完全なフィクションです。

    https://pb550cppc.hatenablog.com/


     
     
    <もしもアフェリエイトを利用> お問合せmail: pb550cppc%gmail.com (%を@)へ。2022年大晦日、脳梗塞(ワレンベルグ症候群)発症。寝たきりから回復、還暦パート暮らし、田舎住まいの6色林檎好き。Xperia 1 Ⅱとキャストスポーツがお気に入り

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