【小説】 輪廻
「わたし、ワールドカップ嫌いなんだよね」
そんな言葉が夕飯の始まりだとは、なんと気まずい食卓で有る。世間は4年に一度のお祭りを楽しみ終えた時期だった。幸子の表情は至って普通である。
「嫌い、というと、、、?」
何も言わない訳にも言わず、僕はその程度を探った。僕にとって幸子の悪口を言う人のことくらいの嫌いなのか、ついミスをして「ああ、もういやになってしまう」と僕自身に思うくらいの嫌いなのか。
「国という概念があるくらいに嫌い」
ほう、抽象的だがその程度は結構でかいような気がした。
だって、くに、でしょ。日常で意外と出てこない、かつ毎日使ってたらちょっとこの人疲れてるんじゃないかと疑う言葉ランキング12位くらいの言葉だ。
「結構嫌なんだね」
僕は笑った。
「うん。オリンピックも嫌い。」
また主語が大きく、触れずらい。次は世界陸上と来るだろうか。これらの共通項はわかっている。
「幸子は競争が嫌いなんだよね。」
多分半分くらいはあっているはず。そしてーー
「そうではあるんだけど、競争をしているのを観て、まるで自分が勝ったかのように喜んでいる人達が嫌なの。」
半分だけ間違っていたりするのが僕だ。
「なるほど、だけどそれがプロスポーツってモノじゃないか。その歓声が無ければ金にも夢にもならない。」
「わかってるわよ。だから表でこんな話しないわ。これはあくまでオフレコ。でもずっと思ってたの。」
幸子は口に指を立て「Be quiet!」と付け加えて話し続ける。
「国を背負って誇りのために戦うって変じゃない?なんでスポーツを極めている人達が国を背負って勝ち負けを決しなきゃいけないの。勝手に割り振られた箱の中で育ったのだから、その箱に誇りを持って、たまたま一緒に箱の中にいた何もしてない人が団子になって、この箱はあなたのおかげで私の誇りだよなんて持ち上げる。」
幸子にとって国は段ボールの箱と同じらしい。近くにあったAmazonの空箱を持ちながらぶんぶん地雷を投げていく。ちなみに幸子はここまでに「くに」を3回も使っている。疲れている人だ。
「あとね、ある箱に誇りを持つためには強くなることが必要で弱い箱は負けるの。」
弱い箱と言ったあたりでAmazonの空箱はしゅんと畳まれた。最近のAmazon段ボールは片付けに優秀である。
「強い物が弱い物に勝つのは当たり前じゃないか。だからこそ弱かった物が強かった物に勝てばそれはまた良いドラマだ。」
この会話だんだん辛くなってきた。強いだの弱いだの勝つだの負けるだの誇りがどうのと考えると、そこに結局自分は参画さえしていないし、そのくせ僕はどちらかと言うとワールドカップを楽しんでいたのだから。胸がチリついてくる。
トドメの一発。
「勝った物の目の前には負けた物がいるのに、そのことを置いて何もしてない人が両手をあげて喜んでいるなんて、とても薄情だと思う。」
ノックアウト。なんて悲しき夕食時であろうか。
幸子は夢を見ているのだ。
「世界はもとよりそうできているじゃないか。凡人はたくさん地面を歩いていて、それでも小さなコミュニティで井の中の蛙でも、やりがい感じるために強きものになろうとするんだ。」
なぁ、幸子。
「この世にはそんな世界は存在しないよ。」
僕の表情が翳り始めたからか、
幸子は一言発した後に話題を変えた。
「ユートピアは求め続けるものよ。」
その後はご飯の感想に近頃の肩こり事情、なんともない話をして今日が終わる。
「僕の、次の、次の、次の、次…くらいには少しは変わるんだろうか。」
お風呂上がりソファでくつろいでいた僕、あるいは幸子におやすみを言う前の僕は、指折りしながら1人呟いた。