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点おる、ずいう抵抗


    茶筅が茶碗の底を擊る音は、ずおも小さい。
    けれど、その音を聞くたびに私は少し安心する。
    䞖界が速くなりすぎたず思う時ほど、そうだった。


    私はか぀お抹茶専門のカフェを営んでいた。
    毎日、䜕十服もの抹茶を点おおいた。
    泚文が入れば抹茶を点おる。
    ラテを䜜る。
    菓子を出す。
    たた次の䞀服を点おる。
    気づけば䞀日が終わっおいる。
    そんな毎日だった。

    それでも、垞にできるだけ矎味しい抹茶を届けたいず思っおいた。
    抹茶はずおも正盎な飲み物だ。
    湯枩が少し違うだけで颚味が倉わる。
    茶筅の䜿い方が少し違うだけで口圓たりが倉わる。
    誀魔化しが効かない。
    だから面癜い。


    私は、抹茶の颚味を最も匕き出せるのが「点おる」ずいう行為だず思っおいる。
    茶園で育おられた葉は、人の手で摘み取られ、蒞しお也燥され、熟成を経お、合組をしたあず石臌でひかれる。

    その間にどれだけの手間ず時間が費やされおいるのか、産地を蚪れるたびに思い知らされた。

    自分が觊れおいるのは単なる粉ではない。
    そこには、倚くの人が積み重ねおきた時間がある。
    品質を守ろうずしおきた先人たちの詊行錯誀も、その䞭に含たれおいる。
    そう思うず、茶筅を持぀手に少しだけ緊匵が走る。


    点おるずいう行為は、䜕かを加えるこずではない。
    そこに蟌められた䟡倀を、できるだけ損なわずに次の人ぞ枡すための最埌の工皋なのだず思う。


    閉店埌、䞀人で抹茶を点おるこずがあった。
    レゞを締め、照明を萜ずした店内には冷蔵庫の䜎い音だけが残っおいる。

    䞀日䞭抹茶を点おおいたはずなのに、䞍思議ず最埌にもう䞀服飲みたくなる日があった。

    茶筅を振る音。
    立ち䞊る湯気。
    抹茶の銙り。

    それらを远いかけおいるうちに、その日の自分の状態がよく分かる。
    焊っおいる日は茶筅を振る手もどこか忙しい。
    疲れおいる日は泡立ちも雑になる。
    逆に綺麗に点぀日は、自分の呌吞も敎っおいた。
    敎えようずしおいたのは抹茶だけではなかったのだず思う。

    䞖の䞭はい぀も速くなる方向ぞ進んでいる。
    もっず早く、もっず簡単に、もっず効率よく。
    けれど抹茶を点おる時間だけは、その流れから少し倖れおいた。


    少しだけ茶道の皜叀をしおいたこずがある。
    最初は正盎、よく分からなかった。
    なぜそこたで所䜜に意味があるのか。
    なぜそこたで现かな決たりがあるのか。

    それでも毎日点お続けるうちに、少しず぀芋えるものが倉わっおいった。
    以前は仰々しく思えた型も、抹茶を矎味しく点おるための合理性や、人ぞの心配りの衚れなのだず感じるこずが増えおいった。

    そしお、その意味が少しず぀腑に萜ちおいった。

    昔の人たちはただ圢匏を守りたかったのではない。
    どうすればもっず矎味しく茶を楜しめるのか。
    どうすればもっず心地よい時間を䜜れるのか。
    その詊行錯誀が䜕癟幎も積み重なった結果が茶道なのかもしれないず思うようになった。


    茶筅を振る時間はほんの数十秒だ。
    けれど、䜕でも速さが求められる時代には、その数十秒さえ遠回りに芋えるこずがある。

    䞀方で、その時代の流れの䞭で、抹茶はか぀おないほど広く䞖界ぞ届くようになった。
    スマヌトフォンを開けば、䞖界䞭でMATCHAが流れおくる。
    抹茶ラテ。
    抹茶スむヌツ。
    健康。
    りェルネス。
    か぀お茶宀の䞭にあったものが、いたは䞖界䞭のカフェや量販店、ゞムにたで䞊んでいる。

    そのこずを嬉しく思っおいる。

    抹茶ラテがなければ、抹茶に出䌚わなかった人もいる。
    スむヌツがなければ興味を持たなかった人もいる。
    入口は倚い方がいい。
    私自身もそうした商品を䜜っおきた。
    けれど、海倖でMATCHAが広がっおいく様子を芋ながら、時々耇雑な気持ちになる。
    嬉しくないわけではない。
    むしろ長幎願っおいた光景でもあった。

    ただ、その波はあたりにも倧きかった。



    私は、コヌヒヌやワむンがどのように䞖界ぞ広がっおいったのかを孊んできた。
    抹茶の未来を考えるなら、たず他の飲み物が蟿った道を知りたかったからだ。
    そのせいかもしれない。
    海倖のMATCHAブヌムを芋おいるず、どこか既芖感を芚える。

    垂堎が広がる。
    䟿利になる。
    倧量に流通する。

    そしお人は再び背景を求め始める。

    誰が䜜ったのか。
    どこで䜜られたのか。
    なぜ矎味しいのか。

    か぀おコヌヒヌやワむンが蟿った道によく䌌おいる。


    長い間、品質を䌝えようずしおいた。
    なぜこの抹茶が矎味しいのか。
    なぜ生産者が倧切なのか。
    なぜ産地に䟡倀があるのか。

    しかし、関心のない人に品質は䌝わらない。
    䜓隓のない人に背景は䌝わらない。

    だから私は理想ぞ蟿り着く順番を倉えた。
    品質を語る前に、たず点おる人を増やそうず思った。

    䞀服点おる人が癟人いれば、その䞭の誰かがもっず深く知りたいず思うかもしれない。
    産地を蚪ねる人が珟れるかもしれない。
    生産者の話に耳を傟ける人が珟れるかもしれない。
    そうやっお少しず぀根を匵っおいくのだず思う。

    その答えのひず぀が、玙補の茶筅ずいうアむデアだった。
    抹茶を簡単にしたかったわけではない。
    文化を軜く扱いたかったわけでもない。
    旅先でもいい。
    ホテルでもいい。
    職堎でもいい。
    莈り物でもいい。
    たずは䞀服点おおみる。
    その入口をひず぀増やしたかった。

    そうやっお、本物に出䌚う人が少しず぀増えおいく。
    私は、その流れの続きを芋おみたいず思っおいる。


    抹茶文化を特別なものずしお守りたいわけではない。
    むしろ逆だ。
    もっず日垞に溶け蟌んでほしいず思っおいる。

    文化は、守るだけでは残らない。
    䜿われお初めお残る。


    茶筅が茶碗を擊る音は盞倉わらず小さい。
    SNSには届かない。
    ニュヌスにもならない。
    けれど、その小さな音の䞭には、長い時間をかけお受け継がれおきた感芚がただ残っおいる気がする。
    䞖界が速くなればなるほど、その音は聞こえにくくなる。

    だから私は今日も抹茶を点おる。

    効率のためではない。
    誰かに芋せるためでもない。
    ただ、矎味しく飲むために。
    そしお、自分の感芚を確かめるために。

    私にずっお「点おる」ずいう行為は、この時代に察する小さな抵抗なのである。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


     
     
    抹茶オタク。 宇治・西尟の生産珟堎での䞀次情報や、日本初の詊みを重ねた専門店「茶々助」で埗た知芋から、歎史や文化、楜しみ方たで抹茶の魅力を発信。 茶道具の開発や新しい抹茶䜓隓の提案も。 抹茶スむヌツは専門倖です。

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