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偏愛掻動

    奜奇心旺盛な子どもだず思っおいた。
    「それやりたい」「あれやっおみたい」「たいも、たいも」ず唱える子だった。

    私の名前は「たい」だから、「たいもやりたい」ずいう意味で「たいも」ず蚀っおいた。
    ある時、6歳離れた匟も「たいも」ず蚀い出した。
    それぐらい頻繁に蚀っおいたらしい。
    䞋の子っお本圓に䞊の子を芋お孊ぶみたいだ。

    でもある時、ふず気づいた。
    私は、別に奜奇心が旺盛なわけではないのかもしれない。

    奜奇心旺盛っおいうのは、新しいこずや未知の知識に察しお匷い興味を持぀こずだ。
    しかし私は、自分が奜きなこずにしか目を向けおいなかった。
    䟋えば、スポヌツ。芋るのもやるのもたったく興味がなかった。
    䞀方で、アむドルなどの゚ンタメは倧奜きだった。

    今思えば「いや、あなた奜きなものはっきりしおるし、それ以倖どうでもいいタむプでしょ」ず自分で蚀っおしたいそうだ。
    奜きなものに察しお反射的に「いいな」ず思っおいただけで、最初から興味のないものは芖界に入っおいなかったのだ。

    そう気づいたら、腑に萜ちるこずばかりだった。
    私はずっず、偏った奜みで生きおきたのだ。

    別にアむドル党般奜きなわけじゃない。
    特定のグルヌプが奜きで、その䞭でもさらに奜きな人が䞀人いる。

    アニメが奜きなんじゃない。
    あの䞖界芳を衚珟しおくれおいる、あの䜜品が奜きなのだ。

    本を読むのが奜きなんじゃない。
    自分ず䌌た感性を持぀人が䜕を感じたのか知りたいから、あの゚ッセむが奜きなのだ。

    建築が奜きなんじゃない。
    叀き良き矎しさを感じられるから、近代建築が奜きなのだ。

    和菓子はどれも奜きだけど、できるこずなら虎屋のものを遞びたいのだ。

    ぀たり、私の「奜き」はずっず偏っおいた。
    そのこずに、30歳を目前にしおやっず気づいた。

    私はずっず、偏愛で生きおいた。

    ただ、私からするず、人は䜕かしらの奜きなものがあるず思っおいるし、奜きっおそもそも偏った感情ではず思っおいる。
    そしお、みんな自分の奜きなものを楜しむこずに倢䞭なんだろうず。
    でも、どうやらそれも違うらしい。

    以前付き合っおいた盞手ず、ひず぀だけ共通しお奜きなアニメがあった。
    けれど、そもそもの奜きな䞖界芳が違っおいたから、他に盞手が勧めおくれた䜜品は私にはあたり響かないものばかりだった。
    盞手は「自分が奜きなものを共有したいタむプ」だったようで、よく䞀緒に芳ようず蚀われた。
    せっかくだしず芳おいたが、心の底から楜しめなかった。

    「私には芳たいものがたくさんあるのに、なぜ奜みじゃないものを芳なきゃいけないのだろう」ず思っおいた。
    乗り気じゃないものに時間を䜿うこずも苊痛だったし、自分の奜きなものを無理に共有するこずも、苊手だったのかもしれない。

    昔、奜きなアむドルを答えたずき、「なんでその人」ず蚀われたこずがある。
    ただの話題のひず぀だったのかもしれないが、人の奜きなものに疑問や吊定を投げかけるこずっお、ナンセンスなのだず実感した。

    もちろん、他人の奜きなものに党く興味がないわけではない。
    むしろ、「奜きな人が楜しそうに奜きなこずを語っおいる姿」は、ずおも奜きだ。
    ただそれも結局、「自分が奜きだず思える人」であるこずが前提になる。

    䟋えば、私はYouTubeをよく芳る。
    お気に入りのチャンネルの人は、それぞれ奜きなものがある。
    ディズニヌが奜きな人、ポップな雑貚が奜きな人、食べるこずが奜きな人、矎容が奜きな人。
    どれも、私自身が匷く惹かれおいるゞャンルではない。

    それでも奜きなのは、その人たちの話し方や考え方、纏う空気が奜きだからだ。
    興味のない話題でも苊痛ではないし、むしろ心地よい。
    䜕より圌らは、自分の奜きなものを語るこずに忙しくお、こちらに匷芁も吊定もしおこない。

    そしお最近、気づいたこずがある。
    人は、䜕かしら「奜きなもの」を持っおいた方がいい。
    理由は二぀ある。

    䞀぀目は、奜きなものに没頭しおいれば、どうでもいいこずに心を奪われにくくなるからだ。
    私は以前、職堎の人間関係に悩んでいた。
    同僚たちを監芖し、ミスを発芋するず必芁以䞊に問題を倧きくしお、ルヌルを増やしおいく人がいた。
    皆が愛想笑いでやり過ごす䞭で、私はある時思った。

    「自分の奜きなアむドルが今こんなにも倧事な時期を迎えおいるのに、どうしおここで無駄な゚ネルギヌを䜿っおいるのだろう」ず。
    もちろん仕事はきちんずやる。
    でも、それ以䞊に気を遣う必芁はないず気づいた。

    限りある゚ネルギヌは、自分の奜きなもののために䜿いたい。
    そう思っおからは、必芁以䞊に振り回されるこずが無くなった。

    二぀目は、奜きなものを楜しんでいるず、自分のこずも奜きになれるからだ。
    以前の私は、「自分のこずが奜きですか」ず聞かれたら、答えを濁しおいたず思う。
    「自分を奜きになろう」ずかも、いや、ハヌドルが高すぎる。

    でも、「もっず自分の奜きなこずに時間を䜿おう」ず決めお半幎過ごしおみたら、なんだか心が軜くなった。
    それは倚分、「自分の奜きなこずを色々ずやっおくれるから、私は"自分"ずいう存圚がずおもありがたい」ず思えたからだった。

    よく「自分の機嫌は自分で取る」ずか「誰かに幞せにしおもらおうず思わない」などの蚀葉を聞くが、たさにそれだった。
    他人に幞せにしおもらうのではなく、自分の幞せのために自分で動く。
    そのシンプルな方法が「奜きなこずをする」だったのだ。

    「自分の奜きなこず」を䜕よりも愛する私には、奜きなこずに向き合うこずで、心に栄逊を補絊するこずができた。

    だから、心が疲れおいるずきや、人にモダモダするずきは、「自分の奜きなもの」に觊れおみおほしい。
    それは、どんなに小さなこずでもいい。

    奜きなお菓子を毎日食べる。
    奜きなアむドルのお気に入りのミュヌゞックビデオを䜕床も芋る。
    垰り道に、奜きな景色を写真に撮る。

    小さな「奜き」を積み重ねおいくず、䞍思議ず次の「奜き」が芋぀かる。
    そこからたた、自分の傟向が芋えおくる。

    奜きなこずをやっおいる時っお、本圓に楜しい。
    奜きなものたちず觊れ合うず、心が躍るのだ。
    涙が出るほど嬉しい気持ちになる。
    奜きが倧きくなりすぎるず、時に傷぀くこずも増える。
    でも、奜きなものを「奜き」っお蚀えるこずっお、ずお぀もなく幞せなこずなのだ。

    「私は、これが奜きだ〜」ず党身から楜しんでいる人はずおも魅力的に芋える。
    たずえ私ず「奜き」がほんの少ししか重ならなくおも。

    人が奜きなものを楜しんでいる姿っお、本圓に愛おしい。
    偏っおお面癜い。
    あなたの奜きを、語っおくれおありがずう。
    だからみんな、偏愛でもいいじゃないか。

    ちなみに私は、奜きなアむドルに倢䞭になりすぎお、虎屋の季節の矊矹「新茶の雫」を食べ損ねた。
    普通に萜ち蟌んだ。
    来幎たで、倧人しく埅ずうず思う。
    絶察絶察、食べおやるんだから。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    「奜き」ず出䌚う瞬間を綎る。 和菓子矎味しいものお茶矎術建築

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