
【美術展2025#36】おかえり、ヨコハマ@横浜美術館
会期:2025年2月8日(土)~6月2日(月)
本展では新しい船出となるこの機会に、当館コレクションの名作の数々を新たな視点で紹介します。加えて、横浜市歴史博物館、横浜開港資料館、横浜都市発展記念館、横浜市民ギャラリーなど、主に市内の施設が所蔵する、コレクションへのまなざしを豊かにしてくれる作品や資料も展示します。また、本展のためにアーティストに委嘱した新作をグランドギャラリーで披露します。
作品を読み解くための鍵は「横浜」、そしてリニューアル後の当館の活動理念の柱である「多様性」です。今回は「多様性」という観点のもと、横浜にまつわる作品の中でこれまであまり注目されることのなかった存在―開港以前の横浜に暮らした人びと、女性、子ども、さまざまなルーツを持つ人びとなど―にあらためて光をあてます。これにより、おなじみの作品や横浜の歴史にたくさんの新しい発見をもたらします。こうしてローカルの歴史を深掘りすると、世界の歴史もきっと違って見えてきます。
会場内には、子どもも一緒に楽しめる「子どもの目でみるコーナー」を設けます。また、当館の活動の柱のひとつである教育普及事業も開催します。
タイトルには、「3年ぶりに横浜美術館が帰ってきた」という意味と、「異なる時代にいろいろな地域からやってきて横浜に暮らした(あるいは現在暮らす)さまざまな人たちを、あらためて『おかえり』と言って迎え入れたい」という希望が込められています。
蔵屋美香 横浜美術館館長
昨年の「横浜トリエンナーレ」で一時的にプレオープンした後、またしばらく閉館していたが、いよいよ大規模リニューアルが完了した横浜美術館。
訪れると雰囲気は一変していた。



辺り一面にピンクがキーカラーとして用いられ、以前の重厚で厳かな雰囲気はかなり薄れていた。
空間構成・サイン計画担当は乾久美子。
一連のオリジナル什器も同氏が手がけた。
建物に用いられている御影石からサンプリングした色を用いているとのこと。

多様性、インクルーシブ、ジェンダーレス、ボーダーフリー、昨今何をやるにも必須のキーワードたちが盛りこまれている。
だが、それらは普遍的に意識し取り組むべき事柄であるのはもちろん大前提なのだが、それをデザインの最重要事項として全面に押し出しているのに関しては個人的に疑問が残った。
丹下健三の重厚な建築に対してピンクの色合いはポップすぎるように感じ、場の調和が置き去りにされてコンセプトだけが先行してしまっているようにも思えた。
椅子やテーブルも工業製品としてはチープな印象を受けた。
ある特定の色を強調すれば、色彩的な影響が生じる。
ある特定の色を強調すれば、そこに意味が生じる。
それらがともすれば本来美術館の主役であるべき作品の邪魔になりやしないだろうか。
一時的なキャンペーンやイベントならまだしも、一過性の流行りでもてはやされた後、そう遅くない時期に古臭くなってしまうのではないか、などと考えてしまった。
何回か訪れるうちにいずれ見慣れるのだろうか。
ところでなぜ乾氏なのだろうと辿ってみたら、
乾久美子→青木淳→磯崎新→丹下健三!
なるほど、文脈が繋がった。
さて、展示はどうだろう。
1 みなとが、ひらく前

市内の博物館などから借りてきた埴輪や土偶が並ぶ。

横浜歴史博物館
横浜というとやはり港のイメージが強いが、太古からそこには名もなき人々のささやかな生活があった。

昨年の東近美での「ハニワと土偶の近代」やトーハクでの「はにわ展」を彷彿とさせる一角。
(だけど、やっぱりピンクが気になるな…)

2 みなとを、ひらけ


《横浜鈍宅之図》
1861 歌川貞秀
異文化との出会い。
港街横浜の始まり。
そして人が増えれば盛場が生まれる。

昨年の藝大美術館で行われた「大吉原展」を思い出した。


前半は横浜の歴史を古代から一気に辿る博物館的展示。
3 ひらけた、みなと

生麦事件について。


130年後の生麦(この写真の番地は3丁目だが)

私も大好きな明治工芸。
横浜で開窯した初代宮川香山。
蒐集家によるミュージアムが横浜駅近郊にある。

この時期の輸出用明治陶芸の王道の模様や色使いだが、初代宮川香山といえばやっぱりこれですな。
何回見てもシビれる。

東京国立博物館
着物に自らの肖像画を描き加える土産物として当時外国人に人気が高かったそうだ。国際港の横浜ならでは。
基本、土産物として国に持ち帰ってしまうので日本にはあまり残っていないらしい。

4 こわれた、みなと

横浜でも関東大震災の被害は甚大だった。

貴重な記録写真も残る。

5 また、こわれたみなと

戦争の時代へ。

各地に分散している作品が一堂に会し、作品を通して時代を考証する。
タイトルの「Y市」とは横浜市のこと。
横浜で行うからこそ意義のある貴重な展示。すばらしい。
左端は個人所有のため近景撮影はできなかったが親柱が描かれている。

こちらの絵ではその親柱が描かれていない。

東京国立近代美術館
6 あぶない、みなと

復興へ、街は動き出す。

《カストリ横町》1949
奥村康宏
残された混血孤児たちの写真。
ボルタンスキー作品のように心をえぐられる。

新たな激動の時代。

《戦車輸送阻止「鉄条網の内と外」より)1972
浜口タカシ
7 美術館が、ひらく

ここだけ章タイトルに漢字を使用。
単体としての「横浜美術館」を強調している。
開館を目指して。

開館に合わせて調達した作品群。



描かれた人物に焦点を当てた考察もなされている。
自館収蔵作品を新たな視点で見てみようという提案は、昨年アーティゾン美術館で行われた「空間と作品」や「人を描く」などでも打ち出されていた。

ここでの「みなと」とは今までの「港町としての横浜」でなく、「横浜美術館が起点になって広がる新しい横浜」というニュアンスを感じさせる。

リニューアルを象徴するように子供用の椅子や、形の違うスツールやテーブルが並べられる。
横浜で生まれた「Bゼミ」は、その後の日本近現代美術に大きな影響を与えた。

あえてここで「Bゼミ」を細かく展示紹介しているのは、リニューアルを経た横浜美術館の「新たにBゼミの精神を引き継いで、ここ横浜から新しい美術を発信していこう」という所信表明のようにも思えた。
そして締めは奈良美智。


制作年に意味がある。
あれから早十余年。
新収蔵作品として淺井裕介の大型作品が展示されていた。


昨年の川崎市岡本太郎美術館での「岡本太郎に挑む 淺井裕介・福田美蘭」展が記憶に新しい。
淺井氏は最近あちらこちらで作品や名前を見聞きするようになってきた作家。
美大出身ではなく、かつ最終学歴を高卒として高校名まで表に出しているというのはなかなかレアケースでは。
神奈川県立上矢部高等学校美術陶芸コース卒とのことだが、現在この高校では「コース」が「美術科」へと格上げされているようだ。
高校時代から美術科として美術を学ぶことができる恵まれた環境が羨ましい。
果たしてそこから未来の日本を代表するようなアーティストが生まれるだろうか、今から楽しみだ。
大規模リニューアルを経て一発目の今回の展覧会。
冒頭、什器に関しては思うところが多々あったが、展覧会自体は素晴らしかった。
それはひとえに「横浜」という街の持つ圧倒的アドバンテージもあるのだが、今回の展覧会における蔵屋館長の意気込みというか覚悟というか、そのような熱意がひしひしと伝わってきたのがやはりとても良かった。
地域に開放し、地域と連携し、地域を深め、地域から発信する。
そんな公立美術館として目指すべき姿が凝縮されていた。
そう考えると当初やりすぎとも思えた一連の什器も、これぐらい振り切って強いメッセージをブチ上げるくらいでちょうど良いのかもしれない、なんて思えてきた。
今後の横浜美術館に更なる期待を込めて。

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