
意思のないAIと、意思のあるI。使いこなしたもん勝ち。
今日、朝からAI活用の相談対応をして、午後は銀行の担当さんとAIで事業計画を書くことについて話をしてきました。
銀行の担当さんとの話は、なかなか興味深かった。金融系もAI活用が進んできているという。ただ、人間の目での確認はもちろん必須、と言っていた。信頼していないわけじゃなくて、最終的には人がどう判断するか、そこに重きを置いているんだと思う。
そうそう、それなんよ、と思った。
私がAIを使い始めたのは、文章作成と要約からだった。
次に画像生成。当時は「日本語の記載がいまいちやな」とか言ってた。今思えば、ちょっと馬鹿にしててごめんなさい。
転機は、飲み会での何気ない情報交換だった。
「アップシートっていうやつがすごい便利らしい」という話を聞いた。ノーコードでアプリ開発ができる、と。「例えばどんなアプリを作ってるの?」と聞いた瞬間が、生成AI沼への扉が開いた瞬間だった。
タスク管理アプリ、勤怠管理。具体的な言葉を聞いた瞬間、頭の中でイメージが広がった。
あ、これ、うちの会社でもできるやん。
今まで属人化していた業務を、アプリやツールにしたら標準化できるんじゃないか。そのアイデアが次々と浮かんだ。あとは、作り方をAI様に聞くだけだ。
とにかくやってみる、触ってみる。エラーが出たら、AIにぶつけてみる(ちょっと切れ気味に)。そんなこんなで、作れるツールの数が増えてきた。
ちなみに弊社は、ECコンサルティングを主事業とする吹けば飛ぶ極小企業だ。元エンジニアでもなければ、コーディングもわからない私が、ツールを作っているのです。
AIって、まじですごい。
そんな私だから、こう思ってしまうのです。
AIで事業計画を作りました! って人を見ると、ちょっと待って、と。
そこに、あなたの意思、どのくらい入ってますか?
AIがこう言ったから、AIだとこう出てきたから。それを鵜呑みにして事業を動かすって、正直かなり怖いことだと思っています。だって、それって誰の事業なんやろ、って。
自分の事業なのに、AIの言いなりでいいの?
それって、楽しいの?
一方で、「AIは怖くて使えない」という人も、もったいないなと思っています。
自分より早く処理してくれる。調べてくれる。文章にしてくれる。ツールまで作ってくれる。その時間、人力でやってたら一体何時間かかるの?って話で。
変われないことへの不安より、変わらないことへのリスクの方が、今は大きいんじゃないかなと感じています。
AIに丸投げするのも怖い。 AIを使わないのも、もったいない。
この相反する感情、うまく言語化できなかったんですが、要するにこういうことかもしれない。
AIは、自分の意思を増幅させるものであって、自分の意思と入れ替えるものじゃない。
包丁が料理を作るわけじゃないのと同じで、使う人間の意図があってはじめて意味を持つ。
…我ながら、めっちゃかっこええこと言うてるな(笑)。
でも、本当にそう思っているのです。
自分の頭で考えて、ゴールを描いて、そのプロセスをAIに手伝ってもらう。その順番を間違えると、誰かが作った事業計画で、誰かの会社を経営することになる。
銀行の担当さんが言っていた「最終的には人がどう判断するか」という言葉が、ずっと頭に残っている。AIがどれだけ進化しても、その判断を下すのは人間だ。自分の意思を持った、人間だ。
今日一日、AIの話を二件こなして、帰り道にAIで記事を書いている。
どんだけAIと向き合うねん、私。
でも、それくらい面白い時代なんだと思っています。使いこなしたもん勝ち、じゃなくて、自分を持ったまま使いこなしたもん勝ち、な気がしています。