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本棚が弛む

     電子書籍は好きじゃなかった。それを買っても手に入るのは所有権ではなく、閲覧権であり、いつ読めなくなるか分からないというのが嫌だったし、ページを捲る所作・音・感覚全てが愛おしかった。

     父の本棚は弛んでいる。それは共に過ごしてきた長い時間そのものにも見えるし、身に蓄えた知識を見せびらかしているようにも見える。手前に並ぶ本は氷山の一角に過ぎず、その後ろにも、そのまた後ろにも、大小問わず様々な本が置いてある。僕が勝手に本を取ろうとしても、どこに何があるのかなんて見当つかなかったが、父はいつも的確にその本の位置を把握していた。

     そのような環境に身を置いているものだから、本が増える喜びとそれに伴う不安を常に同時に感じては、少し憂いていた。実際、自分の本棚はキャパオーバーで関係ないところに積まれた本も沢山ある。そして、これからも増えていく一方なことも知っている。そのうち、僕は枕だけでなく、布団も、棚も、家も、全てが本になってしまうのではないかとすら思っている。

    だから、僕はKindleを購入した。

     電子書籍も好きだ。それを買えば常に何百冊も手元にあるということだし、分からない漢字や言葉を選択すれば直ぐに辞書で調べられる。紙の本がくれる感覚か、電子書籍がくれる効率か。そう言ってしまえば単純かつ無粋なことではある。とはいえ、明らか読書に対する熱量は変わった。スマホを見る感覚で本を読めるおかげで、無意識のうちに読書し始めることも増えた。画面が見えなくなるほど使い倒した時。あるいは、このタブレットにも父の本棚のような”弛み”が宿る日が来たなら、その時はきっと、ページを捲る所作も、音も、感覚も、今とはまた違う愛おしさを帯びるのだろう。そう思いながら、今日もまた一冊購入する。

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