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一室 -短編小説-

     ええ、ですからアタクシはこれまでの人生で一度も人に好かれようとしたことはありません。そんなことは時間の無駄ですので、日々人に嫌われないようにしている所存でございます。他人の目を気にすることは最も無駄な行為ですが、他人の目を気にしないことはそれ以上に愚かなことだからです。

     今日最終の講義だった。学内で一番大きい講堂で、男は数人の学生に向けて淡々と話している。遅刻した私は重い戸を僅かに開け、すり抜けるようにして手っ取り早く座れる席を探す。男はその微かな音が気に障ったのか、一拍ほど言葉を止めたが、やがて何事もなかったように続きを語り始めた。

     アタクシの家には自分の部屋と呼べるものなどなく、あるのはおおよそプライベートという概念が存在しない、同居人曰く"貴方の為"というスペースのみです。そんな空間で長い間過ごしているもんですから、それはそれは常に誰かの目を気にして生きなければなりません。本を読むにしたって、誰かがテレビを見ていればうるさくて中身は入ってきませんし、独りになりたい時に独りになれることなどまずないので、自分の家でありながら独りになりたければ外に出なければなりません。泣くことも怒ることも息をすることも全てはばかられるのです。

     私含め、講堂の学生は皆、退屈そうな顔をしながら男の話を聞いていた。自室がある為あまり想像できないからか、はたまた終わりを待ってるからか。されど、男の話が途切れることはない。

     時に、誰かが察してと言います。こんな場所にずっと身を置いていたのですから、勿論察する能力というものは身についていますので問題ありません。ですが、少なくともアタクシには、察してと言う人ほど他人を察してくれないように思えます。その人が本当に欲しいのは言葉無き助け合いなどではなく、分かってくれたという快感と支配欲なのでしょう。

     空間が少し騒がしくなる。お前の話は退屈だとでも言いたげな者ほど、声を漏らしていた。

     時に、誰かは酷く怒ります。アタクシが酷く怒ろうものなら嘲笑し、酒の肴にでもするクセに。そのまた、誰かは溜息を吐きます。アタクシが吐こうものなら、疲れてるのは皆そうだと言うくせに。結局、アタクシのことが理解されることなどありません。ここで賢い皆さんは"察して"というスタンスをやめればいいだろ、と思ったかもしれません。しかし生憎、この家には逃げ場と呼べるものはございませんから、何か言って立場が危ぶまれれば、閉じこもる部屋どころか、一夜を凌ぐ場所すらも失ってしまうのです。だから言えるはずもありません。アタクシにとって沈黙とは美徳ではなく、生きる術なのです。

     男は壇上で声を荒らげた。きっと本来、彼にとってはその姿こそが美徳であるかのように。
     しかし、すぐに冷静さを取り戻しては、それがあたかも重罪であるかのように深いお辞儀と謝罪をした。

     この内容がもし人伝で同居人に伝われば、アタクシは酷く怒られることでしょう。しかし、人の口に戸は立てられませんから、ね。時間も時間ですので、この言葉を持って本日の講義は終了させて頂きます。

     たった数十分の講義は終わったが、男はいつまでも壇上に居続けた。まるで、自分だけの講堂を見てみたいと言わんばかりに。

     
     
    文書いたり写真撮ったり

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