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短線小説『あなたもろずも』

    隒がしくお汚い居酒屋が逆に萜ち着く。
    マキさんはさっきの店でそう蚀ったが、僕は行き぀けの萜ち着いたバヌに連れおきた。
    マキさんに萜ち着かない様子はなかった。
    むしろ、ゎディバリキュヌルのミルク割りを満足そうに飲んでいた。
    僕はそんな様子に安心しお、キャプテンモルガンのロックを傟けおいた。

    僕たちは森園さんの悪口で盛り䞊がっおいた。
    森園さんはマキさんず同じ郚眲の䞉十代埌半女性だ。
    森園さんが廊䞋を歩くず、コツコツずヒヌルの甲高い音がフロアによく響いた。
    意図的に䞀段ず䞊げた声のトヌンずそっくりだった。

    先日゚レベヌタヌで突拍子もなく僕の手を掎み、指が綺麗で矚たしいず䌝えおきた。
    森園さんの手は僕より冷たくお、䜕より匵り付くような湿床を感じお、掎たれた右手党䜓が粟立った。
    僕は予想もしなかった展開に䜕も蚀えず、適圓に反応するのが粟䞀杯だった。
    早く目的階に着かないかず、゚レベヌタヌの電光衚瀺に䞀瞥した。
    森園さんは気色悪く埮笑し、先に降りおいった。

    「僕がそれで喜ぶず思っおいるんですかね。」
    䞀連の出来事をマキさんに話した埌、僕はこう添えた。
    「自分のポゞションを守るためなら平気でああいう態床ずれちゃう女っおいくらでもいるんだよ。うちの郚長に取る態床ずアタシに取る態床、党然違うんだから。」
    マキさんはナッツを咀嚌しながら蚀った。
    その蚀葉は今玡いだずいうよりか、元々マキさんの内偎に抱えおあった蚀葉のように聞こえる。
    その所感に、僕は安心する。
    「でも、僕は他郚眲ですし、ただただ若手で瀟内で声も通らないのに。䞍気味です。」
    「じゃあ、菅野君のこずが奜きなんじゃない」
    「いや、マゞでやめおください。」
    マキさんはにやけながら、ゎディバミルクでナッツを流した。

    

    マキさんは同じ䌚瀟の先茩だった。
    郚眲は違ったが、業務の関係で月に数回は関わるこずあり、同じ郚眲の先茩ず仲がよく、䞀床だけ䞉人で飲みに行ったこずがあった。
    その時はそこたで深い䌚話はしなかったが、同じ東歊東䞊線に䜏んでいるこずで少し盛り䞊がった。

    ある日、あず30分で定時になりそうなタむミングでPC画面の右䞋にチャットの通知が小さく衚瀺された。

    「小幡マキ:今倧䞈倫煙草を䞀本もらいたい。」

    マキさんから煙草ずいう蚀葉が出おくるのに僕は小さく驚きながら、ほかの瀟員がほずんど集たらない、今は倉庫ずしお䜿っおいる旧瀟屋の喫煙所に呌び出した。
    ゚レベヌタヌで䞀階たで降り、正面玄関からではなく、裏口からビルの倖に出お、隣の旧瀟屋たで歩く。
    旧瀟屋の䞀階から倖階段を䜿い、二階のバルコニヌが喫煙所になっおいた。
    予想通り、そこの灰皿には吞い殻が䞀本も入っおいなかった。
    マキさんは、先に喫煙所に぀いおいた。
    「ごめんね、いきなり。」
    「いや、いいんですけど、吞うんですね煙草。」
    「やめおたんだけどね、今日は吞うの。」
    「僕の煙草、ちょっず重いかもしれたせん。」
    「倧䞈倫、ありがずう。」
    マキさんは僕から受け取った煙草を咥えるず、慣れた手぀きで火を぀けた。
    僕はマキさんが火を぀ける所䜜をじっくり芋぀めおいた。
    マキさんが最初の煙を吐き終わるころに、僕も自分の煙草に火を぀けた。
    男の䞭でも重い銘柄を気にせず吞う姿に目が奪われる。
    最初はお互い䜕も蚀わなかった。
    先に口を開いたのは僕のほうだった。
    僕は、䞉番目に聞きたかった質問をマキさんにぶ぀けた。
    「どうしおタバコやめたんですか。」
    マキさんは、肺にたたった煙を口ず錻から挏らしながら、
    「なんでだろう、幎霢かな。」
    「ただそんな幎でもなくないですか。」
    「煙草吞っおるず肌がたるむんだよ女は。喫煙所に矎人芋たこずないでしょ。」
    僕は思わず錻から勢いよく煙を吹きだした。
    マキさんは吞おうず思っおいた䞀口をやめお、こう続けた。
    「でも、党郚埌付けだよね。本圓は煙草がそんな奜きじゃないこずに気づいたからかな。結局、疲れた時ずむラむラした時しか吞いたくない自分に気づいたの。煙草を吞う理由が出来おる時点でダサいんだよ。他のこずにも蚀えるけど、理由があるものっお党郚ダサくおくだらないよ。お金のために働くずか、生掻のために結婚するずか。」

    マキさんは話しおいる間、この空間のどこも芋おいなかった。
    ただ煙を吞っお吐いおいるだけで、目や耳が働いおいないように芋えた。
    僕はその話を聞いた埌、ただがんやりずマキさんが煙草を吞う様子を眺めおいた。
    「ごちそうさた。たた誘うね。」
    マキさんはそう蚀っお階段を䞋りお行った。
    鉄補の階段が響かせるマキさんの䞀歩䞀歩が少しず぀遠くなっおいくのを聞きながら、僕はマキさんの吞い殻を芋぀めおいた。
    コヌラルピンクのリップが吞い口に滲んでいるのに気づいた。

    マキさんは、二日埌の同じ時間垯にたた誘っおきた。
    チャットには、
    「たたもらえる」
    ずだけ曞いおきた。
    僕はPCをスリヌプし、たた旧本瀟の喫煙所に向かった。
    今床はマキさんが先に぀いおいた。
    「やぁ。奇遇だね青幎。」
    そう戯けおきたマキさんに䜕も蚀わず、僕は煙草を䞀本差し出した。
    「犁煙やめるんですか。」
    「アタシが買わなければ犁煙は続くんだよ。」
    マキさんはそう蚀っおラむタヌを僕にせがむ。
    僕は呆れた様子を敢えお芋せながらラむタヌを枡した。

    僕は二番目に聞きたかったこずをマキさんに聞いた。
    「どうしお僕を誘うんですか。」
    「だっお、菅野君しか煙草吞っおる知り合い、瀟内にいないしさ。」
    確かに、マキさんの郚眲には喫煙者が少ない。
    だが、僕は少しその答えに釈然ずしなかった。
    「犬飌さんが吞っおるじゃないですか。」
    マキさんは煙を䞀局深く吞い蟌んだあず、たたあのどこも芋ない瞳になった。
    問いかけに察しお長すぎる間に、僕は少し䞍安になった。
    ゆっくり煙を吐いたあず、
    「そうだったっけね。迷惑だった」
    ず僕に蚀った。
    「いや、迷惑ずかじゃないです。ただ気になったずいうか。」
    マキさんは安堵した様子で埮笑んだだけだった。

    「あの、マキさん。金曜日飲みに行きたせん」
    「ちょっず急だね。たあ、うん、いこっか。」

    お互いの垰路の郜合で堎所は僕の最寄り駅になった。
    金曜日に駅に集合し、そこから店を探すこずを決め、その日は解散した。

    

    マキさんは二杯目に癜桃のロングカクテルを泚文し、マスタヌがそれを䜜る様子を眺めおいた。
    僕のロックグラスは、既に䞭の氷が䞞くなり、ラムずの境がなくなった。
    コヌスタヌはぐっしょりず濡れおいた。

    カりンタヌに眮いたたたのマキさんの私甚のスマヌトフォンに䞀件通知が来たのが芋えた。
    犬飌さんからだった。 
    僕は慌おおグラスを持ち口元に運んだ。

    僕はその名前を芋お、犬飌さんに぀いおのスクヌプを思い出し、マキさんに振っおみた。
    「そういえば犬飌さん、同期の芊田さんに毎幎誕生日プレれントを枡しおいるみたいですよ。それもなんか高玚家電ずかみたいで。すごくないですか、犬飌さん既婚者なのに。」
    マキさんはその話を聞いお、顔党䜓に䞍快感をあらわにした。
    「うわ、気持ち悪。アむツ、気持ち悪いんだよ。い぀も態床デカいし、こっちの仕事にケチ぀けおくるし、本圓にムカ぀く。」
    僕は予想以䞊の熱量に呆気に取られた。
    マキさんは来たばかりのロングカクテルを、燃料を泚ぐかのように䞉分の䞀を䞀気に飲み干した。
    「この前さ、アタシが曞類の敎理をしたわけ。ファむルも䞀から発泚しお、色分けしお。郚長もよくやったねっお耒めおくれおさ。でもアむツなんお蚀ったず思うなんか芋づらくねだっおさ。こっちが必死にやったのに、そんなこず蚀うんだよ。」
    マキさんは䞀息に話し終わったあず、たたカクテルをグむッず飲み、グラスの䞭身はもう半分になった。 
    「犬飌さん、喫煙所で持論を話しおいるずきに過床に肯定しおあげるず、すごい喜ぶんですよ。芞を耒められた犬みたいでかわいいですよ。その時の顔が射粟したあずみたいで滑皜なんですよ。」
    僕が皮肉るず、マキさんはツボに入った様子で涙目になるたで笑った。
    「わかるヌ。自分が䞀番なのが気持ちいいんだよねあのタむプは。でもたあ、仕事はできるよね、あの人。」

    僕は自分の煙草に火を぀ける。
    「犬飌さんのこず、やっぱり嫌いだったんですね。」
    僕がそう呟くず、マキさんも䜕も蚀わずに僕の煙草に火を぀けお吞い始めた。
    「最初の方は、優しかったんだけどね。それこそ、私も誕生日にプレれントもらったり。昔ね、私が䞀人暮らし始めたおで家具があんたり揃っおなくお。その話をしたら、あの人䜿っおない家具を䌑みの日に持っおきおくれたんだよね。」
    しばらくしおからマキさんが蚀った。
    マキさんの目を芋るず、やはりこの空間のどこも芋おいなかった。
    マキさんがこの目をする時、僕は沢山のこずを蚊きたくなるし、䜕より栞心に迫りたくなる。
    だけどマキさんはどうしおも答えおくれなさそうに思えお、僕は結局䜕も蚀えなくなっおしたう。

    僕が䞀杯目を飲み切る頃に、マキさんは二杯目のカクテルを飲み切っおいた。
    奢ろうずする僕を制止しお、マキさんはクレゞットカヌドでバヌの支払いを枈たせた。
    倖に出るず小雚がぱら぀いおいお、アスファルトが街灯の光を受けお艶めいおいた。
    僕はマキさんを駅たで送る。
    本圓はもう䞀軒誘いたかったけど、もう行く圓おになる店はどこもなかった。
    改札の前たで行くず、マキさんが立ち止たっお振り返る。
    「今日蚀わなかったこずは菅野君だからじゃなくお、同じ䌚瀟の人だからだよ。たたね。」
    マキさんはそう蚀っお手を小さく振った。
    僕は呌び止めお、䞀番目に聞きたかった質問をしようず思っお、やめた。
    マキさんは改札に入り、ホヌムの階段を䞋りる手前でもう䞀床こちらに向き盎り倧きく手を振った。
    マキさんは笑顔だった。
    でも、振り向く前の衚情はきっず笑顔ではない気がした。
    ポケットの煙草はもう殆ど残っおいない。
    普段吞わないマキさんがバヌでほずんど吞っおいっおしたった。

    

    週明けの月曜日、䟋の時間にマキさんからチャットは来なかった。
    火曜日も氎曜日も来なかった。
    朚曜日は自分からチャットしたが、返事はなかった。
    諊めお僕は、本瀟ビルの䞭の人の集たる喫煙所に行った。 
    喫煙所のドアを開けるず、既に女性二人組が談笑しながら煙草を燻らせおいた。

    二人組から距離を取り、ドアから離れた角で僕は煙草に火を぀けた。

    「知っおる営業郚の犬飌さん、謹慎しおるらしいわよ。」
    「うっそ䜕で」
    「どうやら同じ郚眲の女性にハラスメントしちゃっおたらしいのよ。」
    「えヌ、誰」
    「なんだっけあの、小柄でよく笑う子。」
    「あヌ小幡さんえヌ、だっおあの二人デキおるんじゃなかったの」
    「えヌ、そうなの犬飌さんっお子䟛産たれたばっかでしょ」
    「だから䞍倫よフ、リ、ン。」

    二人の話を聞いおいないように、僕は必死に壁だけを芋぀めた。

    犬飌さんが謹慎した同じタむミングでマキさんが䌑職したこずを、同じ郚眲の先茩から聞いた。
    二週間謹慎した犬飌さんが戻っおきたあずも、マキさんは戻っおこなかった。
    時々チャットを開いおみたが、マキさんから返事はない。

    ある日、喫煙所に犬飌さんが来た。
    犬飌さんは入るやいなや、僕に声をかけおきた。
    謹慎明けにしおはやけに軜薄に感じた。
    僕は思わず少し肩がこわばった。
    犬飌さんは、加熱匏たばこの電源を入れお、吞い始められるのを埅っおいる。
    「加熱匏でしたっけ。」
    ず、僕は聞いおみた。
    「子䟛が生たれたからね。本圓は玙が吞いたいんだけどね。これ吞った気しないんだよ。」
    犬飌さんはそう答えお、準備が終わった加熱匏たばこを吞い始めた。
    僕は長めに残った煙草を灰皿に捚おお、足早に去った。

    やがお瀟内の掲瀺板に、マキさんが退職した旚が告瀺された。
    結局、犬飌さんは䌚瀟に残り、マキさんは垰っおこなかった。
    僕の䞭にも、それ以䞊の意味はない。
    でも僕は、あの日マキさんのスマホに犬飌さんから連絡があったのを芋おいる。
    その内容を僕は知らないけれど、その通知を芋たマキさんの目は、嬉しそうにも寂しそうにも芋えた。

    僕は二人でいった旧本瀟の喫煙所に行っおみた。
    僕たちの吞い殻は、い぀の間にかなくなっおいた。
    マキさんが煙草を始めた理由を僕は今たでよりも知りたかった。
    マキさんは昔どの銘柄を吞っおいたのか。
    犬飌さんは前たでどの銘柄を吞っおいたのか。
    犬飌さんがマキさんの家たで家具を運んだ日、二人は寝たのか。

     
     

    海錠

     
     
    奇にあらぬ事実の䞭に生きおいたす。

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