
1670年前の、エモすぎる最高の一日『蘭亭序(らんていじょ)』
1670年前の、エモすぎる最高の一日
『蘭亭序(らんていじょ)』
みなさんは、友達と最高に楽しい時間を過ごしている最中に、
「あ、この時間がずっと続けばいいのに。いつか終わっちゃうんだな……」
って、急に寂しくなったことはありませんか?
実は今から約1670年前の中国に、まさにそんな「エモい感情」に襲われ、
それをきっかけに世界最高峰の宝物を生み出したおじさんがいました。
その人の名は 王羲之(おうぎし)。
後に「書聖(しょせい)」――つまり書の神様と呼ばれる人物です。
⸻
春の日、大人たちのピクニック
西暦353年、旧暦3月3日。
王羲之は、当時の一流文化人や若き才能42人を招き、蘭亭(らんてい)という美しい庭園で宴会を開きました。
春風が吹き、
竹林が揺れ、
澄んだ小川が流れる。
そんな場所で行われたのが、
「流觴曲水(りゅうしょうきょくすい)の宴」
という、なんとも風流な遊びです。
⸻
川を流れるお酒
遊び方はとてもシンプル。
① 川の上流から、お酒の入った杯を流す。
② 杯が自分の前を通り過ぎるまでに、その場で詩を作る。
③ 作れなかった人は罰ゲームで大杯のお酒を一気飲み。
「やばい、もう来る!」
「できた!」
「乾杯!」
自然の中で笑い合い、
言葉を紡ぎ、
酒を酌み交わす。
そこには、今でいうSNSもスマホもありません。
でも、人と人が心からつながる時間が流れていました。
⸻
楽しいほど、切なくなる
宴も最高潮。
笑い声が響き、
酒も回り、
誰もが幸せな時間を過ごしていました。
その時、王羲之はふと思います。
「こんなに楽しい時間も、
あっという間に終わってしまう。
人はいつか老い、
いつか死ぬ。
この景色も、この笑顔も、
やがて思い出になる。」
楽しければ楽しいほど、
失う未来を想像してしまう。
その切なさに胸がいっぱいになったのです。
⸻
王羲之は、その日の出来事と、自分の心に湧き上がった思いを、その場で筆に託しました。
少し酔っていたそうです。
だからこそ、
飾らない感情がそのまま筆に乗りました。
彼はこう考えていました。
時代は変わっても、
人の心は変わらない。
未来の誰かがこの文章を読めば、
きっと私と同じように
人生の儚さを感じてくれるだろう。
その文章こそが、
『蘭亭序(らんていじょ)』
です。
⸻
翌日、もう二度と書けなかった
翌日。
酔いが覚めた王羲之は思いました。
「もっと綺麗に書き直そう。」
何度も書きました。
でも……
どうしても、
昨日の一枚を超えられませんでした。
勢い。
迷い。
感情。
少しの失敗。
書き直し。
文字の修正跡。
本来なら「失敗作」と言われてもおかしくない一枚。
けれど、その”心が動いた瞬間”が閉じ込められていたからこそ、
1670年経った今でも、
「天下第一行書」
と呼ばれ、
世界中の人が学び続けています。
僕の記事は、コメント欄でのやり取りから火がつき、そのままの勢いで一気に書き上げることがあります。
だから何度も推敲して整えた文章よりも、その瞬間の熱が残った文章のほうが好きだったりします。
王羲之もきっと、同じだったのかもしれません。
何度書き直しても超えられなかったのは、技術ではなく、あの日、あの瞬間、その場所でしか生まれなかった心だったのでしょう。
だから僕は『蘭亭序』が好きです。
まるで、試合が終わった直後に撮った一枚の写真のように。
その場に流れていた空気まで、1670年の時を越えて伝わってくる気がするからです。
