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何事もやってみないと、ちょうどいいはわからない

    健診結果を見たとき、少し手が止まりました。

    コレステロール値が高くなっていたからです。

    これまで、そんなことはありませんでした。

    だから、なぜなのかなと思いました。

    年齢のせいなのか。
    体質なのか。
    それとも、食べ方なのか。

    そのとき、ふと思ったことがありました。

    このまま数値が高い状態が続いたら、薬を飲むことになるのだろうか。

    そして、その薬を半永久的に飲むことになるのだろうか。

    もちろん、薬が必要な人もいます。
    医師の判断が大切なこともわかっています。
    自分だけの判断で、勝手にどうこうする話ではありません。

    でも、今の生活のまま、数値だけを薬で下げることに、私はどこか違和感がありました。

    本当にこのままでいいのかな。

    体は、何かを知らせてくれているのではないかな。

    そんなふうに思いました。

    検診当時の自分の食生活を振り返ってみると、やはり油物が多かったように思います。

    油というと、それまでは動物性脂を気にしていました。

    肉の脂。
    バター。
    こってりしたもの。

    そういうものを控えればいいと思っていました。

    でも、よく見てみると、実は植物性油の方をたくさん取っていたのではないかと気づきました。

    揚げ物。
    炒め物。
    ドレッシング。
    市販のお菓子。
    パンや加工品に入っている油。

    動物性脂ばかりを気にしていたけれど、日常の中で当たり前のように取っていた油が、思っていた以上に多かったのだと思います。

    そんなころ、四毒抜きのことを知りました。

    小麦、甘いもの、乳製品、植物油。
    それらを意識して控えるという考え方です。

    最初に聞いたときは、少し極端にも感じました。

    そこまでしなくてもいいのではないか。
    ほどほどでいいのではないか。
    続けられるのかな。

    そう思う自分もいました。

    でも、今のままでコレステロール値が高くなったのなら、今のまま少し気をつけるだけでは、あまり変わらないのではないかとも思いました。

    現状がうまくいっていないなら、現状の延長で少し足すだけではなく、一度、逆と言われることをやってみる必要があるのではないか。

    そう感じました。

    それで、思い切って食生活を変えてみました。

    小麦、甘いもの、乳製品、植物油。
    四毒と言われるものを意識して控え、ご飯と味噌汁を中心にした食事に戻していきました。

    最初は、しんどかったです。

    今まで当たり前に食べていたものをやめる。
    手軽なものに頼れない。
    食べたいと思ったものを、すぐに口にできない。

    甘いものが欲しい日もありました。
    パンを食べたい日もありました。
    揚げ物やお菓子を見て、いいなと思うこともありました。

    でも、その中で少しずつ気づくことがありました。

    私は本当にお腹が空いていたのか。

    それとも、ただ口さみしかっただけなのか。

    体が欲しがっていたのか。
    気分で食べていたのか。
    疲れていたのか。
    何かが満たされていなかったのか。

    食べたいと思っていたものの奥に、自分の状態が見えてくるような感覚がありました。

    四毒抜きをしていたとき、私はただ何かを抜いていたわけではありません。

    抜いたことで、残るものの大切さが見えてきました。

    白ご飯。
    味噌汁。
    漬物。
    糠漬け。

    昔からある、普通の食事。

    派手ではないけれど、体が落ち着く食事があるのだと感じました。

    ご飯と味噌汁って、こんなに体にしみるものだったのか。

    そんなことを、あらためて思いました。

    そして、気づけば私は糠床を管理するまでになっていました。

    これは、自分でも少し驚いています。

    私はもともと、健康法を完璧に守りたいと思っていたわけではありません。
    何かを制限することそのものが目的だったわけでもありません。

    ただ、自分の体で確かめたかったのだと思います。

    食べ方を変えたら、体はどう変わるのか。

    何を食べると重くなるのか。

    何を中心にしたら整いやすいのか。

    それを、自分で知りたかったのです。

    次の健診では、コレステロール値は下がっていました。

    もちろん、これは私自身の体験です。

    すべての人に同じことが起きるとは思っていません。
    四毒抜きを、誰かに強く勧めたいわけでもありません。

    体調に不安があるときや、持病があるときは、無理をしない方がいいですし、必要なときは医療機関や専門家に相談することも大切です。

    でも、私にとっては、食べ方を変えることが、ちゃんと体に現れるのだと感じる出来事でした。

    この経験があったから、食べ物に対する見方が変わりました。

    食事は、ただお腹を満たすものではない。

    体を作っている。
    数値にも現れる。
    心の状態にもつながっている。
    そして、考え方にも現れている。

    そのことを、頭ではなく、自分の健診結果と体の変化で知ったのだと思います。

    私は、食事をおろそかにしている人が多い気がしています。

    もちろん、忙しい日もあります。
    食べることは楽しみでもあります。

    甘いものを食べてホッとすることもある。
    好きなものを食べて元気が出ることもある。
    誰かと一緒に食べる時間に救われることもある。

    だから、何かを食べることが悪いと言いたいわけではありません。

    私も今は、四毒と言われるものを食べています。

    小麦も食べます。
    甘いものを食べることもあります。
    乳製品や油を完全に避けているわけでもありません。

    でも、前とは違います。

    食べたときの体の感じがわかる。
    続くと重くなる感じがわかる。
    戻る場所もわかる。

    だから、完全に守っていなくても、一度しっかりやってよかったと思っています。

    最初からほどほどにしていたら、たぶんここまではわからなかった。

    やりすぎてみたから、加減がわかった。

    振り切ってみたから、戻る場所がわかった。

    一度、逆をやってみたから、自分にとってのちょうどいいところが見えてきた。

    これは、食事だけの話ではないのかもしれません。

    何事も、やりたいことは、とことんやってみないとわからないことがあります。

    気になることは試す。
    経験する。

    人から見たら、少し極端に見えることでも、自分の中で気になって仕方がないなら、一度やってみないとわからない。

    ちょうどいい塩梅になるには、とことん自分の気が済むまでやってみないとわからないことがある。

    いくら人から言われても、それは自分でしかわからない。

    四毒抜きは、私にとって、まさにそういうものでした。

    あとから、水野南北の話を知りました。

    江戸時代後期の観相家で、人の顔つきや姿から、その人の運や生き方を見た人です。

    その南北が、食を慎むことの大切さを説いていたと知ったとき、やっぱり食べ方は体だけの話ではないのだと感じました。

    食べ方には、その人のあり方が出る。

    すぐに満たされたい。
    我慢したくない。
    面倒なことはしたくない。
    今、楽な方を選びたい。

    そんな心の状態が、食べ方に出ることもあるのかもしれません。

    もちろん、それを責めたいわけではありません。

    ただ、食べ方には、自分の今の状態が映るのだと思います。

    体が重い。
    気持ちが晴れない。
    なんとなく調子が戻らない。

    そんなときに、今のままの生活を続けていても、やっぱり現状は変わりにくいのではないかと思います。

    サプリを足す。
    健康に良さそうなものを足す。
    運動を少し足す。
    休みを少し足す。

    もちろん、それで整うこともあると思います。

    でも、今の流れでうまくいっていないなら、何かを足す前に、一度やめてみることも大切なのかもしれません。

    いつも食べていたものを、いったんやめてみる。

    当たり前に選んでいたものを、選ばないでみる。

    欲しいと思ったものを、すぐに口にしないでみる。

    簡単に済ませていた食事を、ご飯と味噌汁に戻してみる。

    そうすると、最初は少し不便です。
    少し物足りないです。
    少しつらいです。

    でも、その中で見えてくるものがあります。

    自分は何を欲しがっていたのか。

    何で満たそうとしていたのか。

    本当に必要だったものは何だったのか。

    私には、それが陰陽が反転するようにも感じました。

    ずっと同じ方向に進んでいても変わらないとき、反対側に振ってみることで、初めて見えるものがある。

    そして、そこからまた、自分にとってのちょうどいい場所へ戻ってくる。

    四毒抜きは、私にとって、食べ物を制限するための経験ではありませんでした。

    自分の体を知るための経験でした。

    食べ方を通して、自分がどう生きているのかを見直す経験でもありました。

    だから今、完璧に守っていなくても、あの経験は私の中に残っています。

    今日、何を食べるか。

    それは小さなことのようで、自分をどう扱うかにつながっている。

    欲望のままに食べるのか。
    体の声を聞いて選ぶのか。
    惰性で選ぶのか。
    自分を整える方へ選ぶのか。

    その小さな積み重ねが、体にも、心にも、考え方にも現れていく。

    だから私は、食べることを粗末にしたくないと思っています。

    完璧に守るためではありません。

    自分の中心を見失わないために。

    一度、真逆をやってみないとわからないことがある。

    そして、やってみた人だけが、自分にとってのちょうどいい場所を見つけられるのだと思います。

     
     
    看護師として働きながら、暮らしの中で心が動いたことを書いています。 家族のこと、働き方のこと、自分の中にある言葉にならない想いを、少しずつ言葉にしています。

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