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移動距離と経験値─立ち止まらず、forwardする

    日本には昔から、

    「可愛い子には旅をさせろ」

    という言葉がある。

    私はあれは、
    単なる教育論ではないと思っている。

    人は、
    今いる場所から離れた時、
    初めて外の世界の広さを知る。

    知らない土地。

    知らない人。

    知らない空気。

    そこには不安もある。

    だが、
    人はそうした未知の中でしか、
    得られない経験がある。

    私は昔から、
    「移動距離と経験値は比例する」
    と思っている。

    それは単なる旅行の話ではない。

    人は、
    今いる場所から離れるほど、
    見える景色が変わっていく。


    ◼️ 子供にとっての“遠く”

    子供の頃、
    近所の外ですら冒険だった。

    自転車で一つ先の駅の本屋へ行く。

    知らない公園。

    初めて見る海。

    電車に一人で乗ること。

    子供にとって、
    距離とはそのまま未知だった。

    そして未知には、
    必ず少しの怖さと、
    大きな興奮があった。

    私は今でも、
    あの感覚が経験値の原型だと思っている。


    ◼️ 同じ場所にいると、人は世界を絶対化する

    人は、
    同じ場所に長くいるほど、
    その世界を“世界そのもの”だと思い始める。

    その土地の常識。

    その会社の文化。

    その共同体の価値観。

    だが場所を変えると、
    それらは簡単に崩れる。

    東京には、
    地方にはない速さがあった。

    広島には、
    東京とは違う時間の流れがあった。

    イタリアでは、
    人との距離感そのものが違った。

    私は移動するたびに、
    「正しさ」は一つではないのだと思い知らされた。

    そしてそれは、
    国や土地だけの話ではない。

    育った家庭環境ですら、
    人の“世界”を作っている。


    ◼️ 経験値とは、“見える景色”の変化である

    私は経験値とは、
    単に“できること”が増えることではないと思っている。

    見える景色が変わることだ。

    例えばサッカーのリフティング。

    最初は3回も続かない。

    だが10回、
    30回、
    100回と続くようになると、
    ボールの見え方そのものが変わる。

    余裕が生まれる。

    周囲が見える。

    身体が無意識に動く。

    つまり、
    “見えている世界”そのものが変わる。

    水泳も同じだ。

    最初は5メートル。

    次に10メートル、
    25メートル、
    50メートル。

    だがもっと面白いのは、
    場所をプールから海へ変えた時だ。

    波。

    潮流。

    匂い。

    恐怖。

    同じ“泳ぐ”でも、
    そこには全く違う世界がある。


    ◼️ 移動とは、“挑戦”の別名なのかもしれない

    旅も、
    移住も、
    転職も、
    本質的には同じなのかもしれない。

    それは、

    今いる場所から離れること

    だ。

    そこには、
    必ず少しの恐怖がある。

    自分が、
    “通用しない側”になる怖さだ。

    言葉が通じない。

    文化が違う。

    自分の常識が、
    まるで意味を持たない。

    だが人は、
    その不安を超えた場所でしか、
    新しい景色を見られない。

    私は十九歳でイタリアへ行った。

    言葉も十分ではなかった。

    だがあの経験は、
    間違いなく私の人生を変えた。

    外の世界には、
    自分が知らない感覚や、
    知らない価値観が無数にあること。

    そして、
    自分がどれだけ無知だったかということ。

    移動は、
    人を謙虚にする。


    ◼️ 異業種へ飛び込むということ

    これは仕事でも同じだ。

    転職もまた、
    移動距離なのだと思う。

    特に異業種へ行く時、
    人はそれまでの“常識”を失う。

    私はレストランをやっていた時、
    料理や空間、
    サービスの価値観を信じていた。

    だが小売販売業へ入った時、
    全く違う世界があった。

    レストランでは武器だったものが、
    別の場所では通用しない。

    逆に、
    それまで軽視していたものが、
    重要だったりする。

    そこで初めて、
    自分の“当たり前”が壊れる。

    だが私は、
    その経験にも意味があったと思っている。

    人は、
    自分の世界が壊れた時、
    初めて本当に学び始めるのかもしれない。


    ◼️ 移動しないと、人は自分を知ることができない

    私は、
    移動の本当の価値は、
    外の世界を見ることだけではないと思っている。

    自分自身を知ることだ。

    移動するほど、
    自分の価値観が絶対ではなかったと知る。

    そして同時に、
    他人と違うからこそ見える景色や、
    自分にしか持てない感覚にも気づいていく。

    不思議なことに、
    人は知らない場所へ行くと、
    自信を失うだけではない。

    むしろ、
    自分にとって当たり前だった感覚が、
    別の場所では価値になることがある。

    礼儀。

    時間感覚。

    清潔感。

    相手への配慮。

    細部への感覚。

    私は場所を移動するたびに、
    自分がどんな文化や環境の中で育ってきたのかを知った。

    外へ出ることで、
    初めて見つかる自信もある。

    人は、
    自分を相対化した時、
    初めて本当の意味で
    “自分自身”を知るのかもしれない。


    ◼️ 外へ出て、初めて故郷を知る

    そしてもう一つ。

    遠くへ行くほど、
    人は自分一人の力では生きていないことにも気づく。

    私は移動を繰り返す中で、
    初めて日本の素晴らしさを知った。

    四季の感覚。

    食材の繊細さ。

    時間の流れ。

    他者への配慮。

    空気を読む文化。

    歴史の積み重ね。

    それらは、
    当たり前にそこにあったから、
    その場所にいる時は気づかなかった。

    だが離れてみると、
    自分がどれだけその土地や文化に形作られていたのかが分かる。

    遠くの土地で誰かに歓迎された時、
    そこには自分自身の努力だけではなく、
    親や、
    土地や、
    社会から受け取ってきたものも含まれていた。

    人は移動することで、
    初めて“故郷”を知るのかもしれない。


    ◼️ 人は、“前へ進んだ距離”だけ変わっていく

    移動し、
    失敗し、
    戸惑い、
    傷つきながら、

    それでもなお、
    前へ進もうとする。

    その積み重ねによって、
    人は少しずつ、
    自分自身の輪郭を知っていく。

    経験値とは、
    成功の数ではない。

    どれだけ移動し続け、
    どれだけ違う価値観に触れたか。

    そして、
    どれだけ自分の“当たり前”を疑えたか。

    人は、
    移動した距離だけ、
    少しずつ“自分の世界”を広げていく。

    そしてその積み重ねが、
    “経験値”
    なのかもしれない。






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    BoMA

     
     
    哲学と美をめぐる旅は、今も続いています。 このnoteでは、その途中で見つけた光と影を、未来の誰かへ書き残しています。

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