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「梅雨」という言葉の歴史。

    まさ:梅雨ってさ。いつごろから、梅雨時として認識されるようになったの?

    エミ:平安時代の書物(『和漢朗詠集』など)に記録されているの。

    まさ:そうなんだ…。

    エミ:ただ、当時の日本人はこの長雨を「さみだれ(五月雨)」や「さつきあめ」と呼んでいたようよ。

    真沙美:梅雨という言葉は中国から来たみたいね。説明するわね!


    📖 真沙美の解説

    ①「梅雨」という言葉の伝来
    中国の長江流域で「梅の実が熟す頃に降る雨」を指していた「梅雨(ばいう)」という言葉が、平安時代の書物に記録されているの。ただ、当時の日本では「五月雨」や「さつきあめ」と呼ぶ方が主流だったのよね。

    ②「つゆ」と読むようになったのは
    江戸時代には、漢字の「梅雨」を「つゆ」と訓読みする文化が定着していたと考えられているわ。木の葉に「露」がつく時期だから、とか語源には諸説あるみたいね。

    ③科学として解明されたのは、ずっと後
    気象学的に「前線が原因」だとわかったのは昭和に入ってから。中田良雄という気象学者が1929年の研究でこれを提唱して、1930年に学会で発表したの。これが「梅雨前線」のルーツよ。

    ④「梅雨前線」という言葉が広まったのは
    1941年頃に、天気図に「前線」という概念が導入されて、その頃から「梅雨前線」という言葉が使われるようになったと言われているわ。ちなみに気象庁が「梅雨入りしたとみられます」と全国に発表を始めたのは1964年。今のような「気象情報」の形式になったのは、1986年からなのよ。


    まさ:へ〜。”中田良雄”さん!覚えておきたい!

    エミ:覚えておきたい?どういう意味?

    まさ:任意で。ごめんなさい。忘れてしまいそうだけど、努力します的な感じで…。

    真沙美:中田さん、ごめんなさい。努力させます。


    🖋真沙美のあとがき

    同じ「雨」でも、平安の人は「さみだれ」と呼んで情緒的に受け止めて、江戸の人は「つゆ」と呼んで暮らしに馴染ませて、昭和の人はようやく「前線」という科学の言葉で説明できるようになった。同じ現象を、時代によって全然違う言葉で捉えてきたのよね。今、当たり前のように聞いてる「梅雨前線」も、実は100年にも満たない、わりと新しい言葉なのよ。


    📚 参考文献

    中田良雄「梅雨の研究」(1929):梅雨をもたらす気団の境界(不連続線)を初めて指摘し、後の「梅雨前線」概念のルーツとなった研究。

    気象庁「季節現象観測(梅雨入り・梅雨明けの発表について)」:梅雨入り・梅雨明けの発表制度の変遷(1964年の発表開始、1986年の「気象情報」形式への移行)に関する公式資料。


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