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オーストラリアで暮らして1年、自分の名前が好きになった

    オーストラリアで生活を始めて1年、ふと自分の名前が好きになってきたことに気がついた。
    海外で友達ができて仲良くなると、よく「マサの名前にはどんな意味があるの?」「漢字を見せてほしい」と聞かれる。説明しているうちに、自分の名前へ抱く感情が少しずつ変わっていった。


    まずは祖父の話から

    私の名前について語るうえで、祖父の存在を抜きにすることはできない。
    祖父は多くの逸話を残していて、多くの人が尊敬している。そしてもちろん、私もその一人だ。


    祖父の逸話①:創業ストーリー

    私の実家は60年続く製造業を営んでおり、創業者は祖父だ。
    祖父が会社を始める前、家業は養豚業だったらしい。儲けは多くなく、祖父は幼少期から貧しい生活を送っていたという。

    祖父は頭が良かったらしく、数学は日本トップだったという噂(諸説あり)もある。当時どうやってそれを知ったのかは誰も触れられない。それでもお金がなく、高校へ進学することはできなかった。いわゆる中卒叩き上げの起業家だ。

    中学卒業後は養豚場を手伝っていたが、「このままでは子どもたちにも苦労をさせてしまう」と考え、祖父は大胆な行動に出る。

    曽祖父が大切に育てていた豚をすべて売り払い、経験ゼロで機械を1台購入し、「今日から製造業を始める」と宣言したのだ。

    初めてこの話を聞いたとき、曽祖父への同情が止まらなかった。そして、私が大企業を1年で辞め、勢いでベンチャーに転職した原動力は、この祖父譲りなのかもしれないとも思った。

    祖母から聞いた話では、その後の生活は地獄のような日々だったらしい。ノウハウも取引先もないまま、全財産をかけて始めてしまったのだから当然だ。

    祖父母はほとんど眠らずに工場へこもり、試作品を作ってはアポなしで関連会社を回り続けた。「これなら買ってもらえるか?」と、何度も挑戦しながら。

    この行動力。
    私が経験したベンチャーの世界なんて、可愛く見えてしまう。


    祖父の逸話②:中学校前の桜並木

    私が通っていた中学の校門前には「600m道路」と呼ばれる真っ直ぐな道がある。その名の通り、600メートルの直線だ。

    2つ上の姉が中学に入学するとき、その道は満開の桜で包まれていた。まるで姉を歓迎するかのように。

    なんとなく察しているかもしれないが、あの桜を植えたのは祖父だ。

    「孫ができたとき、桜が満開で迎えられるように」
    そんな想いを込めて一本一本植えていったという。

    発想がすごすぎる。


    祖父の逸話③:会社で働く“怖い先輩”たち

    中学に入ると、いわゆる“ヤンキー”と呼ばれる先輩が周りにいた。工場へ遊びに行くと、どこかで見たことのある人や名前をよく紹介された。

    そう、卒業した地元の怖い先輩たちだ。

    祖父が会社を始めた理由の一つに、「地元で悪さをした若者の更生の場をつくる」という想いがあったらしい。

    なるほど。
    幼い頃、家に遊びに来ていた人たちが妙に怖かったのはそういうことか。

    父が後を継いだ今も、経営を支えてくださっている方々の中には、過去には話せないような経験をしてきた人もいる。だが皆、祖父への恩を忘れず、父に信頼を寄せて働き続けてくださっている。


    祖父の逸話④:地域に尽くす人

    祖父が作り、父が今経営している会社には「地域に愛される会社になる」という理念がある。

    それを象徴するエピソードの一つが“野球場づくり”だ。

    地元の硬式野球クラブチームは、危険性から公共の野球場で打撃練習を許されていなかった。チームのオーナーが父に相談したところ、祖父がとった行動は…

    「会社の土地の一部に、専用野球場をつくる」

    規模が壮大すぎる。
    けれど祖父は本気だった。フェンスからバックネット、駐車場まで全て作り上げ、本当に野球場が完成した。

    今も地元へ帰ると、そこで汗を流す野球少年たちの姿がある。


    祖父の逸話⑤:亡き後もすごい

    祖父は癌で亡くなった。
    当時私は中学生だったが、兄弟の中で唯一の男ということもあり、挨拶などを多く任されることになった。

    お通夜と葬式は2日にわたって行われ、最終的に1,500名もの方が祖父の最後に立ち会ってくださった。
    一般人で、大企業を作ったわけでもない人間だ。それでもこれだけ多くの人が集まったのは、祖父の生き方や人間性がそうさせたのだと思う。

    いや、それにしても本当にすごい。


    【本題】なぜ、私は自分の名前が好きになったのか

    タイトルの通り、ここからはいよいよ本題だ。

    名前には由来や意味、両親の願いが込められていることが多い。
    私はその意味を知ったことで、自分の名前が心から好きになった。

    私の名前は 「将秀(まさひで)」。
    「将軍の将」と「秀吉の秀」で“まさひで”と読む。

    一見すると、「戦国武将みたいに天下を取れ」という願いが込められているように思えるが、実際はまったく違う。

    この名前には、これまで語ってきた祖父の存在が深く関係している。


    私の名前に込められた意味

    祖父の名前は「将(すすむ)」という。

    私の名前には、祖父の“将”がそのまま入っている。

    祖父を尊敬していた父が、
    「将よりも秀でた人間になってほしい」
    という願いを込めて 将秀 と名付けた。

    重たい。
    重たいけれど、これを知ってから私は「もっと頑張ろう」と思えるようになったのは事実。


    好きになった理由

    オーストラリアに来てから、名前について聞かれることが本当に多かった。
    そのたびに説明していると、日本と海外では“名前の捉え方”そのものがけっこう違うんだな、と気づく。

    こちらの人たちは、名前をまず音として受け取ることが多い。
    響きが好きだからつける、家族の誰かと同じ名前を引き継ぐ、有名人にあやかる——そんな感じだ。もちろん、聖書の人物に由来する意味のある名前もあるけれど、名前を構成する文字そのものに意味を持たせる文化はあまり強くない。

    これは、単に文化の違いというより“言語の仕組みの違い”が大きい。
    英語圏の名前はアルファベット、つまり表音文字でできていて、文字自体が意味を持っているわけではない。
    一方、日本の名前は漢字だ。漢字には一つひとつ意味があって、そこに親の願いを込めたり、字の組み合わせでストーリーを作ることができる。

    海外の友人に漢字で名前を書くと、ほぼ100%の確率で驚かれる。

    「この字自体に意味があるの?」
    「どうしてその漢字を選んだの?」

    そんな反応をもらうと、逆にこちらがハッとさせられる。
    日本で生まれて育った自分にとっては当たり前すぎて意識していなかったけれど、名前に意味を込められる文化って、実はとても特別なことなんだなと。

    このやり取りを何度もしているうちに、自分の名前に対する感覚が少しずつ変わっていった。
    自分の名前の背景や、そこに込められた思いが、海外で説明すればするほどクリアに浮かび上がってくるような感じがある。

    文化が違う場所にいるからこそ、
    「自分の名前って、思っていたより大事なものなんだな」
    と自然に思えるようになった。

    その積み重ねの結果、気づけば前よりずっと自分の名前が好きになっていた。


    最後に

    ワーキングホリデーの生活は残り2週間で終わり、日本での新しい生活が始まる。
    よく「バリスタを続けるの?」と尋ねられるが、残念ながらコーヒーは作らない。

    父の会社に入社し、人生をかけて会社を成長させていくことを決めている。
    まだまだ何もできない未熟者だが、自分ができるすべてのことを事業にかけようと思っている。

    行動力、カリスマ性、やり切る力、どれをとっても、祖父・父にはまだまだ及ばない。

    それでもいつか

    “将よりも秀でた人間”になり、事業を通じて世の中を変えられる人間になりたい。

    そう思ったオーストラリア生活でした。

     
     
    高専→大学編入→大企業→スタートアップ→独立→ワーホリ→家業継ぐ という変な経歴を持った27歳男性です。 コーヒーとカメラが好きです。英語勉強も趣味で10年以上してます。 自分が経験したことを書いていますので気になったらぜひみてください。

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