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久遠のアーカイブス ~The Archivist~

    #創作大賞2026 #エンタメ原作部門

    【あらすじ】
     西暦2048年9月、北の独裁国家は、日本上空の高高度で核爆発させる電磁パルス(EMP)攻撃という暴虐を実行。あらゆる社会インフラが崩壊してしまった日本を、そして世界を震撼させる「極東危機」が勃発、世界は連鎖的に乱世となる。
     それから25年後、北の脅威は収束し、その復興の途上である日本。
    人々が電子機器に保存した記録は極東危機により失われるが、アーカイブ(Archive:保存記録)を修復する技能を持つアーキビスト〈Archivist〉が世間で認知され、とりわけ他に類を見ない特殊な能力を持ち合わせた紫乃久遠は、バディの楢本紗希と共に、国の公的機関であるトリプルエー(AAA  Archive Aid Association=アーカイブ支援協会=)での任務を遂行する元国軍のアーキビストとして日々奔走していた。

    【本編】

    ○第2静岡・東名高速道路・旧沼津IC
       ジャバラで閉ざされた高速インターの入口に
       『通行/立入禁止』の錆びた警告表示板。
       T・西暦2073年 第2静岡県

    ○第2静岡・国道1号から国道246号への分岐
       国道1号バイパスの荒れた路面と案内標識。
       直進は『静岡 富士』と書かれてはいるが、『✖』で
       地名が上書きされており、分岐した246号の御殿場は
       『❓』となっている。

    ○第2静岡・国道1号・別場所~幹線道路
       閑散とした国道1号の一部が冠水、そこから海側には
       水没した市街地が拡がって見える。
       反対方向へ分岐した山側の幹線道路。
       案内標識に『旧沼津市街』、その下部に
       『これより先、第3区域』との表示、更にスプレーで
       『ようこそサードサイドへ』と噴き書かれている。

    ○第3静岡・幹線道路沿い・『スワンプ』・外
       荒んだロードサイドの大型ドライブイン。
       『スワンプ』の看板が傾いている。

    ○同・中
       フロアのテーブル席にまばらな客たち。
       奥のカウンターにいる楢本紗希(28)の前に置かれる
       イカゲソのワンプレート料理。
    紗希「は? 2000円? これで!?」
    店員「イヤでも金はもらうよ、もう作ったんだから」
       雑把に盛られたゲソのグリルを見下す紗希。
    紗希「・・・イカにも、サードってカンジ」
       キャッシュ・オン・デリバリー方式で支払いを済ませ、
       料理を運ぶ紗希、フロアの通路を行く。
       動線途中、中年男性・蔵野と若年女性・中山の男女1組
       が座るボックス席の脇を通る紗希。
    中山「・・・でも、お金はちゃんと払ったじゃないですか、追加分も含めて」
    蔵野「それはもちろん、こちらも仕事をしたので」
    中山「仕事って・・アーカイブ、何も見れないじゃないですかっ!」
       テーブルに置かれた中山のモバイル機器。
       通り過ぎた紗希、少し離れた自席に座る。
    紗希「・・・」
    蔵野「見れないんじゃなくて、見るものがないんです」
    中山「じゃあ、何の為に追加分を払ったんですか! 特殊な方法でなら
     必ず修復できる、保証します、でもちょっと追加料金が掛かりますって、
     ほぼ倍の金額だったじゃないですか!」
    蔵野「ですから・・・あなたのモバイル、もうICコアが焼き切れてる
     んです。つまり、ジ・エンドですよ」
    中山「それは最初から分かっていたはずです!」
    蔵野「もちろん、分かってましたよ、私はアーキビストなんですから。
     でも特殊な方法があるんです、私だけの。ただ、それでもねぇ・・・
     結局、ダメでした」
    中山「・・・とにかく、お支払いしたお金、返してください。あれは
     コツコツ貯めた私の全財産なんです」
    蔵野「さぁ、それは・・・私も雇われの身なので・・・」
       蔵野、奥の方を見やる。
    中山「(蔵野の目線方向を見る)・・・?」
       フロア奥から近付いてくる小津と舎弟2人。
    小津「どうした、蔵野」
    蔵野「こちらが金を返せと」
    中山「だって写真や画像も、何のファイルデータも見れないじゃない
     ですか! これには家族の・・・亡くなった家族の思い出がたくさん
     詰まってるんです!」
    蔵野「いいですか、記録されたデータアーカイブを修復するのが
     アーキビストの仕事。そのモバイルには何も残ってない。それは
     ただのガラクタです」
    中山「・・・ガラクタ?」
    小津「はっ!そらまた・・・お嬢さん、困るよ」
    中山「・・・なんなんですか、あなたたちは?」
    小津「俺?俺はコイツ(蔵野)の上司」
       更に詰め寄る小津たち。
    中山「じゃあ、上司のあなたが・・・」
    小津「(食って)あんた、セカンドの人間だろ?」
    舎弟A「ひとりで・・・よく来たねぇ」
    舎弟B「(中山に顔を寄せて嗅ぎ)いい匂いすんなぁ」
    中山「・・・(嫌悪感)」
    舎弟A「ここはセカンドとサードの狭間の街だからって、
     ちょっとナメてるんじゃなーい?サードはどこに行っても
     サードサイド。質? ガラ?? 悪いんだよ、とにかく」
    舎弟B「いい匂いすんなぁ」
       中山の隣に座る小津、見定める様に見る。
    小津「・・・いいカラダしてんな・・・(あごクイして)顔も悪くねぇ・・・
     (舎弟らに)なあ?」
    舎弟B「いい匂いすんなぁ」
    中山「・・・やめてください!」
    舎弟A「ねぇ、誰も助けちゃくれねーのよ、それが。そーゆーとこに
     来ちゃったのよ、あんた」
       無関心で見て見ぬふりする周りの客たち。
    小津「矢崎のトコで商売させたら稼げそうだ」
    舎弟B「いい匂いすんなぁ」
    小津「でもその前に・・・俺たちで味見してやろう」
       と彼女の腕を掴み、強引に立ち上がる小津。
    中山「な、なにを!ちょっとやめてっ!」
    小津「慰み者にしてやるっつってんだ」
    中山「イヤッ!」
       精一杯の抵抗をして腕を振り払った中山、テーブル上のモバイルを
       手早く取って逃げようとするが、舎弟Aに足を掛けられ転び、
       持っていたモバイルが床に落ちる。
       それでも懸命にモバイルに手を寄せる中山。
       刹那、小津に踏み潰されるモバイル。
    中山「(絶句)!!」
       彼女を力任せに立ち上がらせる舎弟2人。
       踏み潰したモバイルを見詰め、涙を流す中山。
    小津「こんなガラクタ、何がいいんだ?」
       と、もう一度、強く踏み潰す小津。
    中山「(絶叫)やめてーっ!!」
       と、小津の顔面に投げ付けられるイカゲソ。
    小津「イテッ!!」
       その一団に対峙する紗希、気付いた悪党一派。
    舎弟A「なんだ、オメェーは?」
    紗希「慰み者って・・・いつの時代よ」
    舎弟A「なんだっつってんだよ!」
       と、襲い掛かる舎弟Aだが、不意に出した手を紗希に
       素早く組み返され、そのまま床に倒される。
    舎弟A「痛っ!」
    紗希「下手に動いたら・・・腕、イっちゃうわよ」
    舎弟B「・・・イっちゃう」
       紗希、舎弟Aの腕を押さえ付けていた手と足を入れ替え、
       強く踏み付けて立ち上がる。
    小津「・・・腕に覚えがあるようだが、やめときな」
    紗希「いちいち古いのよ、言い回しが。腕に覚えって・・・
     ま、この展開も古いけど」
    小津「ケガする前に帰りな。あんたの連れは賢いぜ」
       紗希の居た席に目線を送った小津、その方向を見る一同。
       向こうの席に座る男の後姿が見える。
    小津「ほら、お連れさん、座ってるじゃねーか」
    紗希「そうゆうとこ、目ざといのね」
    小津「彼氏かな?旦那かな? ま、誰でもいいか。どうやら
     見えないし、聞こえないらしい。なぁ?」
       小津の呼び掛けに無反応で座っている男。
    紗希「・・・」
    小津「こちとら伊達に修羅場をくぐってきてねぇ。やめとけって。
     おねーちゃん、俺は強ぇ―ぜ」
    紗希「あら、どんな修羅場かしら?」
    小津「5年前のプサン動乱、あれを生き残った」
    紗希「・・・じゃ、元軍属ってとこね」
    小津「ああ、元アシュラ所属だ」
    紗希「・・・すごいのね」
    小津「そりゃあ、かなり。だから連れと帰んな」
    紗希「・・・彼女は?」
    小津「(中山を抱き寄せて)思い出を失くしたらしいからな、
     俺たちと新しい思い出を作るんだ」
       放心している泣き顔の中山、見つめる紗希。
    紗希「・・・帰るわけないじゃない」
    小津「なら・・・ジ・エンドだ」
       小津、舎弟Bの肩をポンと叩く。
    舎弟B「イっちゃう!」
       素早く反応したB、俊敏にナイフを取り出し、
       紗希に襲い掛かる。
       刹那、Bのナイフを持つその腕を掴み、瞬時にして
       取り上げ、腕を反して投げ倒した男。
       それは、紗希と同席していた男、紫乃久遠(29)。
    紗希「遅いのよ」
    久遠「・・・ひとりでやれたはずだ」
       久遠、奪ったナイフを小津の足元へ投げる。
    小津「ほう・・・お前、ディスアーム(武装解除)を」
    紗希「あら、ディスアーム知ってるなんて、さすがは
     元PMC(民間軍事会社)ね」
    小津「ディスアームっていやぁ、武器を持たずして相手を素手で
     制圧する護身術・・・というより、もはや武術だ。戦場じゃ、弾薬切れや
     銃器の故障、或いは敵の破壊工作と想定しない問題が起きるもんだが、
     その圧倒的に不利な状況になったとしても敵を倒し、必ず生還する」
    久遠「・・・」
    小津「・・・が、これはどうかな?」
       大口径の拳銃を取り出し、久遠に向ける小津。
    小津「弾より早く動けるか?」
       刹那、小津の銃を撃ち落とす紗希。
    小津「(悶絶)ぐぅ!!」
    紗希「遅いのよ、アンタも」
    小津「・・・お前、撃つなんて汚ねーぞ!!」
    紗希「どの口が言ってんのよ。彼はディスアームの使い手だけど、
     私はクイック・ドロー(早撃ち)なの。それと、ディスアームの説明ね、
     辞書でも読んだかのような説明だったけど、ひとつ違うわ」
    小津「・・・?」
    紗希「武術じゃなくて、殺人術よ」
    小津「・・・(久遠を見る)」
    久遠「・・・」
    紗希「どうする?警察呼ぶ?サードサイドでも警察はある」
    小津「警察?なら銃を持ってるお前だって捕まるだろうが」
       銃とは逆の手でIDを出す紗希。
       そのIDには顔写真と『SP』の表記。
    小津「SP・・・なんだよ、お前ら・・・サツか」
    紗希「アンタ、ほんとバカね。SPって警視庁所属よ。ならID記載の
     略称はMPDだし、だいたいSPがSPなんて書いたID持ってないわよ」
    小津「・・・じゃあ、なんなんだよ」
    紗希「知らないの?元軍属が? 知ったかぶりもいい加減にしなさいよ。
     スペシャル・パーミッション、特別許可。わかる?
     私たちがPMC、軍属よ」
    小津「・・・」
    紗希「ついでに言えばプサン動乱は6年前だし、アシュラは行ってないわ。
     大体、アンタのことなんか知らないわー、(久遠に)ねぇ、知ってる?」
    小津「(!)お前ら、アシュラか」
    久遠「・・・」
    紗希「さぁ、彼女を開放しなさい。(蔵野に)それとそこの、
     なんちゃってアーキビスト」
    蔵野「(!)」
    紗希「彼女にお金、返しなさいよ(蔵野に銃を向ける)」
       そそくさと懐の財布を出す蔵野、中身の金を全部出す。
    紗希「・・・(中山に)足りる? 足りないよね??」
    中山「・・・(頷く)」
    紗希「(小津に)そこのゲソ野郎、アンタ、こいつの上司なんでしょ?
     だったらアンタ、払いなさいよ」
    小津「んなもん、払うわけないだろうがっ!」
    紗希「言っとくけど・・・特別許可って、どこまでが特別か、
     教えてあげようか?」
       銃を構え直し、引き金の指を強張らせる紗希。
    小津「・・・(床に落ちた自分の拳銃を見る)」
    紗希「それを拾い、狙って、撃つまで・・・アンタ、早くできるの?」
    小津「・・・(紗希を見る)」
    紗希「(構えを解いて)やめた。安心して、私は撃たないから。
     ただし、覚悟しなさい。(久遠を見て)彼、早いわよ」
    小津「・・・(久遠を見る)」
    久遠「・・・(小津を見据える)」
    小津「・・・」
    紗希「ゲソ野郎だかゲス野郎だかわかんなくなってきちゃったけど・・・
     はい、ジ・エンドね」

    ○同・外(E)
       歩いて出てくる3人。
       片手に丸く巻かれた札束を2束持ち、もう一方の手に
       モバイルを持っている中山。
    中山「・・・いくらなんでも、これは多いんじゃ・・・」
    紗希「そんなの、慰謝料込みよ」
    中山「でも・・・(店の方を見て)」
    紗希「大丈夫よ」
    中山「・・・えっ?」
    紗希「警察呼んでないんだから、奴らに貸しよ」
    中山「・・・」
    紗希「よかったじゃない。(モバイルに目線送って)それ、
     戻ってきたんだし」
    中山「(立ち止まって)・・・でも、ガラクタだって・・・」
    紗希「・・・」
    久遠「・・・あなたにとって、それはモノなのか?」
    中山「・・モノ?」
    久遠「さっき、亡くなった家族の思い出が詰まっていると」
    中山「・・・一昨年の東海激雷サージで、両親、兄夫婦家族の4人を
     亡くしました・・・私は仕事の都合で、たまたま第1神奈川に行って
     いて難を逃れたのですが・・・その後も度重なって起きた雷サージに
     よる逆流雷で、これ(モバイル)が過電してしまって・・・」
    紗希「ショートした」
    中山「25年前の極東危機で通信網が壊滅してから、電話通信や
     ネットワークへのアクセスはできないけれど、写真データや
     テキストファイルの記録媒体として、ずっと使っていました。
     そういう人、私だけじゃなくてたくさんいると思います」
    久遠「・・・」
    紗希「だから、あんななんちゃってアーキビストに」
    中山「記録を・・・アーカイブを支配し司る者、それがアーキビストだ、
     あとは我々に任せなさいって」
    久遠「支配・・・司るではない。修復、つまり、修める」
    中山「・・・修める」
    久遠「そもそも記録ではない。記憶だ」
    中山「・・・記録ではない」
    久遠「・・・モノと思えば、それはただのガラクタだ。ただし、かけがえの
     ない《しるし》だと思いさえすれば、それは記録ではなく記憶となる」
    中山「・・・しるし・・・記憶・・・」
    紗希「(微笑)起動しない機械に記録はない。でも・・・」
    久遠「あなたの(モバイルに目線送って)《しるし》には必ず記憶がある。
     それを人はモノではなく、宝物と呼ぶ」
    中山「・・・宝物・・・」
       モバイルを胸に抱き寄せて号泣する中山。
       そっと寄り添う紗希、それを見守る久遠。
       ハンカチを取り出して中山に渡す紗希。
    紗希「もし、あなたが記憶を修めたいのなら・・・」
       紗希、懐から名刺を出し、中山に渡す。
    中山「(名刺を見て)・・・AAA・・・トリプルエー・・・」
       『AAA Archive Aid Association』の名刺。
       私書箱表記『P.O-BOX FTYO×××××××』
    紗希「そこに手紙を書くこと・・・あなたの想いを。直訳すると、
     アーカイブ支援協会。怪しくないわ、国が公認するアーキビスト
     の所属する団体で・・・なんちゃって野郎なんかいないわよ(笑)」
    中山「でも、手紙って・・・(うつむく)」
    久遠「難しく考えないでいい。思いを込めて書く・・・
    取り戻したい日々を、あの日の記憶を」
    中山「・・・(顔を上げる)」
    紗希「私たちは、トリプルエーに雇われたアーキビスト」
    中山「・・・アーキビスト・・・あの日の記憶・・・」

    ○劇中キャプション
       『 昨日は今日の記憶 明日は今日の夢 』
              ハリール・ジブラーン(詩人)

    ○タイトル
         『 久遠のアーカイブス ~The Archivist~ 』

         『Episode1 Over the Rainbow』

    ○第3静岡・幹線道路(翌日)
       山道を走るELV(Electric Land Vehicle=電動大型トレーラー)
       のSis(シス)。
       運転しているのは紗希、助手席に久遠。
    紗希「ったく、とんだタイムロスだったわ、こっちで一泊するなんて・・・
     東京から沼津まで100キロちょいよ」
     Sis「まぁ、あの方を裾野までお送りしましたし、それに昔と違って
     高速道路がほぼ使えませんからね」
    紗希「そーよ。本部も近いからなんて・・・よく言うわ」
    Sis「でもおかげさまで、私は充電できました」
    紗希「ねぇ、富士宮まで、あとどれぐらい?」
    Sis「良好な路面コンデションと天候アキュート(急変)が無い条件であれば、
     あと2時間ほどで・・・」
    紗希「(食って)2時間?そんなに?!」
    Sis「・・・じゃあ、1時間半以上、2時間未満程度」
    紗希「じゃあってなによ、じゃあって」
    Sis「・・・」
    紗希「・・・アンタ、AIのくせに、都合が悪くなると黙るの、やめなさい。
     なんか人間みたいよ」
    Sis「・・・2時間で、何卒」
    紗希「なにとぞって・・・まったく、どこでそんなの覚えたのよ」
    Sis「恐れ入ります」
    紗希「褒めてない!」
       開封された手紙を読んでいた久遠、おもむろに目線を上げ、
       車窓に流れる風景に目をやる。
    久遠「・・・」
       
    ○同・富士宮付近・山間部沿線
       路肩に停まるSis。
       通りすがりの田畑にいた農民に運転席から声を掛ける紗希。
       無反応で作業を続ける農民に再度呼び掛ける紗希。
       手を止めて、何気によそ者を窺う様子の農民。
       道を尋ねる紗希、無言で愛想なく指差し、道案内をする農民。
       紗希、一礼して改めて発進、走り去るSis。
       それをあとから目で追う農民の冷たい視線。
       沿道の樹に止まったカラスが怪しく鳴く。

    ○同・富士宮区・団地の一角
       団地の沿道に入ってくるSisが停まる。
    紗希「(メモを見て)ここね」

    ○同・同・団地・廊下
       とある部屋の扉前に立つ久遠と紗希、ノックと同時にIDを掲げる。
       しばらくすると扉が開き、緒方慶子(29)が戸口に出てくる。
    慶子「・・・トリプルエーの・・・」
    紗希「(頷いて)こんにちは」
    慶子「・・・(会釈)」
       やつれた感が見て取れる印象の慶子、その表情は酷く曇っている。

    ○同・同・緒方家・居間
       質素な居間の座卓に慶子、紗希、久遠の3人。
       卓上に置かれた亡夫・緒方明宏の写真が数枚。
       傍らにネックレスチェーンに通された指輪。
       その形状は焼け燻んで変形している。
    紗希「・・・昨年のベトナムPKOで・・・」
    慶子「ハノイで爆破テロに遭って・・・30歳でした」
    紗希「そうでしたか・・・お手紙にあった夢のお話を」
    慶子「はい・・・主人が昨年春に亡くなってしばらく経ってから、
     その・・・夢といいますか、イメージのようなものを見るんです」
    紗希「イメージ?」
    慶子「ええ」

    ○慶子のイメージ
       暗闇に濡れ姿で立っている緒方明宏が正面を凝視している。
    慶子の声「それに現れる主人は、ずぶ濡れで黙って立っているだけ
     なのですが・・・」
       黙ったまま左手をゆっくり上げる緒方。

    ○元の居間
    慶子「最後に、手をこう少しあげて・・・(と、真似て自分の左手を
     少し上げてみせる)」
    紗希「・・・終わる」
    慶子「(頷く)」
    紗希「立っている場所に憶えは?」
    慶子「(首を振る)どこというわけでもない暗闇で」
    紗希「なぜ濡れているのでしょう?」
    慶子「・・・わかりません」
    紗希「具体的には昨年のいつ頃から?」
       壁のカレンダーに目をやる慶子。
    慶子「ちょうど今頃でしょうか・・・6月ぐらいからかと」
    紗希「昨年の6月・・・1年前か・・・」
    久遠「その指輪は?」
    慶子「はい・・・お気付きのとおり、私たちは裕福ではありません。ですから
     主人が、イミテーションの指輪を結婚する時に贈ってくれて(微笑)」
    紗希「(微笑)」
    慶子「それでも、私たちには贅沢でした。サード・サイドにろくな仕事など
     ありません。最寄りのセカンド・サイドでの清掃の仕事やリサイクル回収
     などはまだ良い方で、近県への出稼ぎ肉体労働か、それ以外は犯罪紛いの
     怪しい仕事しかこの辺りにはありません。ですから主人は、国連のPKO
     に従軍してお金を稼ごうとしたんです。それが・・・(言葉に詰まる)」
    久遠「・・・」
    慶子「(気を取り直して)・・・ごめんなさい。この指輪は、彼がベトナムに
     赴く前に、お守りとして私が持たせたのです。必ず帰ってきてほしいと
     いう願いを込めて・・・でも、爆破テロで遺体の損傷が激しく、帰ってきた
     のは・・・指輪だけでした(泣)」
       憔悴した慶子、さらに肩を落とす。
    紗希「・・・」
    慶子「県の広報誌でトリプルエーのことを知りました。みなさんが
     腕利きでいらっしゃるということも、風の便りに聞いております」
    久遠「・・・」
    紗希「それで、夢の・・・ご覧になるイメージの理由を」
    慶子「主人との思い出に、あのようなことなどありません。記憶を辿って
     思い返してみても、あんな場面に出くわしたことなどないんです」
    紗希「だからこそ、その意味を知りたい」
    慶子「はい。何度も何度も繰り返し見るその意味を」
    紗希「・・・承知しました。ところで・・・水は?」
    慶子「ご案内します」
    紗希「これからでも構いませんか?」
    慶子「いいにはいいのですが・・・問題が」
    紗希「慣れてますから(笑)」

    ○同・同・外・Sis前 =点描①=
       慶子、紗希に促されてSisに乗り込む。
    紗希の声「そこへは時間でどれぐらいですか?」
       出発するSis。
    慶子の声「小一時間も掛かりません」

    ○同・高原・県道 =点描②=
       高原の一本道を走るSis。
    紗希の声「水は十分に?」
    慶子の声「豊富な湧水の出る沢があるので」
    紗希の声「それはいいですね♪」

    ○同・中山間地・林道 =点描③=
       カーブが連続する林道を行くSis。
    慶子の声「でも・・・」
    紗希の声「あ、例の問題ですか。どうにかしますよ」
    慶子の声「・・・おふたりで?」
       川に架かる橋を渡り、山間へ向かうSis。
    紗希の声「正確には、ふたりと2台で」
    慶子の声「・・・じゃあ、この車の他に応援の方が?」
    紗希の声「いえ、後ろにタマゴが・・・あ、タマゴだったら1個かな?」
    慶子の声「・・・タマゴ?」
    紗希の声「ま、ふたりと1台と1個ってことで♪」

    ○同・山間部・湧水地近く・路肩
       路肩に停まっているSis。
       割と見通せる丘高な路肩の余地に降り、向こうを望む3人。
    慶子「あの・・・まだずいぶん向こうですけど」
    紗希「いいんですよ、下見ですから」
       と、電子単眼鏡を出す紗希、覗く。
       奥に連なる山並の麓に人工建造物が見える。
    紗希「あれだ」
    慶子「富士宮周辺は、東海沿岸一帯に比べればまだマシなのですが、
     度重なる落雷による雷サージの影響で、浄水システムがあまり
     機能していません。でもあの取水プラントを造ってからは、全世帯
     とまではいかないものの、旧役場や自治センターなどの主要な公共
     施設には無料で供給されていました」
    紗希「昔の井戸みたいなものですよね。静岡・富士から向こうの
     愛知県沿岸部を含む東海一帯は水没してしまったから、こういう
     内陸の湧水は貴重ですよね」
    慶子「なのですが・・・」
    紗希「ハイ、見えました。奴らね」
       と、単眼鏡を久遠に手渡し、指差す。
       差された方向を覗く久遠。
       視界に、取水プラント周辺に屯する輩が数名。
    慶子「あそこをあいつらが牛耳るようになってからは、公共施設での
     給水は全て有料となったのです。しかも、それはとても高い金額で・・・
     ご年配の方のいる病院などは、清潔な水でないとなかなか」
    紗希「浮世の沙汰は金次第、か・・・」
    慶子「県が入札で手放したのですが・・・噂では、悪い人たちが何か
     圧力をかけて・・・だとか」
    紗希「経済ヤクザか、悪徳政治家か・・・まぁ、どっちでも変わんないし、
     どこに行っても聞きますよね・・・(久遠に)どう?」
    久遠「ざっと歩哨が3人、中にどれだけいるのかはわからないが、
     遊軍がいたとしても・・・10人もいないだろう」
    紗希「そうね、別に軍事拠点でもあるまいし」
    慶子「あの・・・お水、買うんですよね?」
    紗希「ま、適正な価格であれば。でも高いんでしょ?」
    慶子「かなり」
    紗希「(久遠に)どうする?」
    久遠「ネゴシエーター(交渉役)に任せる」
    紗希「じゃ、背中は任せたわ」

    ○同・同・湧水地取水プラント・外
       施設入口付近に到着したSisが停車。
       降りてきた紗希と久遠。慶子は中で待機。
    歩哨A「へー、ずいぶんデカいの転がしてんだな」
    紗希「まあね。で、水、買いに来たんだけど」
    歩哨A「下の役場でも入れられるのに」
    紗希「ほら、量が量だけに、(給水する時の)圧がね」
    歩哨A「ま、そら構わないけど・・・で、どれぐらい?」
    紗希「そーね、大体・・・3万ℓちょいぐらい?」
    歩哨A「え!?・・・またまた」
    歩哨B「冗談でしょ?」
    紗希「(Sisを指して)ま、あのサイズなんでね」
    歩哨A「ウチも商売だからいいけど・・・安くないよ」
    紗希「どれぐらい?」
    歩哨C「リッター、千円だ」
    紗希「・・・またぁー、そんな顔して」
    歩哨C「顔はかんけーねーよ!」
    歩哨B「3万ℓで・・・3千万。計算しやすいだろ? 0を3つ付けりゃいい」
    歩哨C「3万ちょいだから、3千万ちょいだわな(笑)」
    紗希「それはだいぶ予算オーバーだわ」
    慶子「・・・(キャビンで様子を窺っている)」
    歩哨B「相談に乗れなくもないし・・・(紗希を舐めるように見て)
     違う払い方でもいいんだぜ」
    歩哨A「おい、やめとけ」
    歩哨C「やさしくするよ、オレ。(久遠に)彼氏には悪いけど・・・
     あ、そうだ、そっちの趣味の奴もいるわ」
    紗希「(久遠に)だって。どーする?」
    久遠「・・・」
    歩哨B「こっちがどーするだよ。車の中にもう1人、いるな・・・
     しかも女だ。女が2人、男前なかわい子ちゃんが1人。
     楽しい夜になりそうだぜ」
       歩哨Bが腰元に差していた拳銃を取り出し、
       Cもナイフを抜くが、Aは賛同していない。
    紗希「そっちは全部で何人?」
    歩哨C「おー、ヤル気になった?こっちは7人だ」
    紗希「7人・・・思ってたより少ないわぁ」
    歩哨C「お? なんだよ、ご不満かい?」
    歩哨B「好きもんだな、ねーちゃん」
    歩哨C「そら興奮するわ」
       紗希にBが拳銃を向け、Cが紗希の背後に回り込む。
    紗希「・・・(久遠に)ネゴ、決裂。任せていい? かわい子ちゃん」
    久遠「・・・黙ってろ」
       刹那、疾風の如く接敵し、Cがナイフを持つ腕を掴んだまま
       流動してAを斬り付け、尚且つAの持つ拳銃を奪うやいなや
       上部スライドを外して解体、Bが射撃してくるので、Cの身体を
       盾にして着弾を受けつつ詰め寄り、そのままBの拳銃を掴んで
       内向きにし、Bの胸を打ち抜く久遠、Bの拳銃を持って立つ。
       A以外の2人は即死。
       その喧騒が聞こえ、中の仲間が出てくるのと同時にAを捕らえて
       盾とし、銃を突き付ける久遠、銃を身構える紗希。
    久遠「(残党に)投降しろ。無駄に死ぬことはない」
    紗希「私たちプロよ。アンタらアマじゃムリだわ」
       BとCの死体にたじろぐ残党4人、敗走する。
    紗希「(その様子を見届けて)やりがい、ないわね」
       Sisに乗る慶子に合図し、降りてくる。
       死体を目の当たりにし、やや引き気味だが動揺はしない慶子。
    紗希「それほど驚かないんですね」
    慶子「サードの世界に生まれれば、死体ぐらいは・・・」
    久遠「先に仕掛けたのは・・・(Aを前に押しやる)」
    紗希「ねぇ、ちょっと水が欲しいんだけど」
    歩哨A「・・・」

    ○同・同・プラント主要部・外~Sis前
       小移動中のSisがバックで進入、停車。
       Aを拘束中の久遠、降りてきた紗希が近付く。
    紗希「(施設の一部に目線送って)アレね」
       ドロップチューブ(水を送り込むチューブ)
       が付いた水槽タンク施設。
    歩哨A「・・・ああ。タンクローリーなんかにはアレで一気に入れてる」
    紗希「(Aに)段取りして。(久遠に)準備するわ」
       久遠、迅速にAを銃で突き動かし施設へ。
       紗希、Sis後部の荷台ハッチを開ける。
    慶子「あの・・・私にも何か手伝えることは?」
    紗希「まずリラックスを。それがあなたの準備です」
    慶子「・・・はい」
    紗希「(イヤホンマイクを装着) Sis、Sync(シンク)を起動、
     ティルトアップ」
    Sis「OK。Sync、ティルトアップ」
       Sisの荷台後半部の外装が開くと同時に、内包されていた
       構築物がゆっくり傾き始め、堂々と起き上がってくる。
       その輪郭は、タマゴの様な丸みを帯びたもので、上部だけ開口
       している(タマゴというよりは、ワイングラスに近いイメージ)。
       荷台前半部フロアで見守る紗希と慶子。
       その前に鎮座する巨大水槽Sync。
    Sis「Sync、これよりデフォルトを開始します」
       その巨大な球体のガラス面を継ぐ境目には、金継ぎを模した
       金色の装飾が施されている。
    紗希「これはSync」
    慶子「・・・シンク」
       Sync上部のデッキに現れる久遠。
    久遠「水を媒体としてあなたと私を同期(シンクロ)させる、追憶の泉」
    慶子「・・・追憶の泉・・・」
    久遠「あなたの記憶にシンクする」
    慶子「・・・」

    ○同・Sis/Sync前フロア
       歩哨A、延長してきたドロップチューブをSisの外装にある
       送水ジョイントに繋ぐ。
       Sync上部の注水口から一気に流れ落ちてくる大量の水。
       それを見ている歩哨A、そこに何かが不意に飛んでくる。
       「?」となるAの足元には手錠。
    久遠「それで利き手と車体を(繋げ)」
    歩哨A「・・・(やれやれといったカンジ)」

    ○同・Sis内(荷台前半部)・マルチユースルーム
       ボディスーツのファスナーを締める慶子。

    ○同・Sis/Sync前フロア
       慶子にヘッドギアのような物を装着しようとする紗希。
       それにナーバスに反応する慶子。
    慶子「それは?」
    紗希「ディスパッチギアといって、緒方さんの記憶、正しく言うと、
     脳からの生体シグナルを増幅させ、Syncの水に伝導する装備です」
    慶子「水に浸かるだけではなく、水中に潜るということですか?」
    紗希「潜るというより、沈むのです」
    慶子「・・・沈む?」
    紗希「ちなみに沈むも英語でSink(シンク)といいます。
    まぁ、綴りは違いますが(笑)」
    慶子「ちょ、ちょっと待ってください! 急に追憶の泉だとか言われても
     私には理解できません。まして、今度は水の中に沈むだなんて・・・」
    紗希「・・・緒方さん」
    慶子「私は!・・・私は、あの人との思い出を・・・あの人への想いを
     大切にして生きて行きたい・・・ただそれだけなんです・・・」
       ややパニック気味の慶子が涙を流して想いを吐露し、泣き崩れる。
    紗希「・・・」
       慶子に近付いていた久遠、やさしく寄り添うように身を伏せる。
    久遠「あなたが羨ましい」
    慶子「・・・(久遠を見る)」
    久遠「私には想い出すような人も、思い出すような事も一切ない。
     自分の名前ですら憶えてはおらず、今の名前は育った施設でただ
     付けられただけ・・・」
    慶子「・・・」
    久遠「もちろん、今の名を付けられてからの記憶はある・・・が、
     自分はどこから来てどこへ行くのかもわからないまま漂って生きて・・・
     そんな曖昧な不安だけが、私の日々の記憶となってゆく」
    慶子「・・・」
    紗希「こちらも事前の説明不足で・・・失礼しました」
    慶子「・・・いいえ・・・こちらこそ取り乱しまして」
    久遠「沈む瀬あれば、浮かぶ瀬あり」
    慶子「・・・」
    久遠「人生では、悪い時もあれば良い時もまたあり、それらが通り過ぎ
     行くだけのこと。たとえ深みに沈んだとしても、再び必ず浮かび上がる。
     あとは自ずと水が導いてくれる」
    慶子「・・・水が導く・・・」

       × × ×

       水で満たされたSync。
       Syncの上部デッキに久遠と慶子。
       慶子の胸元にあの変形した指輪を通したネックレスが下がる。
       トグル(留め具)が歪んでしまっていてなかなか着けられない慶子。
       久遠がおもむろに代わって着けようとする。
    慶子「・・・すみません・・・歪んでしまって、なんだかうまく着けられなくて」
       久遠が着け終わり、変形した指輪に手を添える慶子。
    慶子「あの人にお守りとして持たせた物をこうして身に着けるなんて・・・」
    久遠「その指輪が還ってきたのには、きっと何かの意味がある」
    慶子「・・・」
       久遠、傍らのフルフェイスレギュレーターを手に取る。
    久遠「このレギュレーターからは酸素に混ざって、一種の睡眠ガスが
     極微量ながら送り出される」
    慶子「睡眠ガス・・・」
    久遠「体験者のほぼ全員、水中では極度に緊張していて、脳波が良い状態で
     伝わってこない。よって、一種の麻酔のような効果で眠ってもらう」
    慶子「(頷く)」
    久遠「大丈夫、酸素は常に送り出されている。(下の紗希に視線送って)
     それにバックアップは万全」
       フロアの紗希、各管制をモニタリング。
    紗希「Syncの全システムをリチェック」
    Sis「OK。Sync、リチェック」
    慶子「・・・」
    久遠「ただし、その睡眠ガスは、とても特殊な成分で調合している為、
     長時間に亘って吸い続けると、吐き気やめまいといった症状が現れる
     ので、制限時間は30分」
    慶子「30分・・・」
    久遠「それ以上続けると、睡眠ガスが含んだ成分による何かしらの
     副作用で、あなたの身体に深刻なダメージを与える可能性が高い」
    慶子「副作用・・・例えば?」
    久遠「アナキラフィシー」
    慶子「アナキラフィシー・・・あの、蜂に刺された時の」
    久遠「蜂やムカデによる虫以外にも、何某かの飲食物による食物
     アレルギー、または抗生物質や解熱剤など薬物投与によるものと、
     その人の体質によって様々」
    慶子「・・・蜂の場合、1度刺されると次は危ないと」
    久遠「そのとおり。ショックを発症する事によって、場合によっては
     最悪、命を落とす危険がある」
    慶子「・・・つまり、2度目はないと」
    久遠「(頷く)」
    慶子「・・・」
       デッキに上がってきた紗希。
    紗希「・・・直前に色々とすみません。あまり前以って説明してしまうと、
     大抵のみなさんは物怖じしてしまって・・・今さら取って付けたようで
     何ですが、ご安心ください。私たちは常に近くにいます」
    慶子「・・・私の記憶の中で?」
    久遠「(頷く)」
    慶子「・・・では、私の記憶を見て、知って・・・
     もっと、もっと、羨んでください」
    久遠「・・・えっ?」
    慶子「・・・(微笑)」
    久遠「・・・(微笑)」
    慶子「覚悟が決まりました・・・お願いします」
    久遠「(頷く)ご主人を強く想うこと、あとは水があなたをきっと導く」
    慶子「・・・はい」

       × × ×

    Sis「システム、オールグリーン」
       ガイドクレーンに吊られてSYNCの真上に移動する慶子、
       その足元を窺う。
       神秘的な碧さを発色するSyncの水。
       デッキの淵に立っている久遠、慶子を見る。
       久遠と視線が合った慶子、静かに頷く。
       それを受けた久遠、紗希に合図する。
    紗希「じゃ、行くわよ、Sis,Are you ready?」
    Sis「Yes,I’m ready,Saki」
    紗希「スリープガス、注入開始」
    Sis「OK。スリープガス、フロー」
    紗希「バイタル、チェック」
    Sis「チェック」
    紗希「エッセンシャル、チェック」
    Sis「チェック」
    紗希「バイオメトリクス、チェック」
    Sis「チェック・・・認証登録、緒方慶子」
       脳波や心拍数等をモニタリングする紗希。
       レギュレーターのみを付けている久遠。
       段々と意識が混濁していく様子の慶子。
       モニターの波形や線が穏やかになっていく。
    紗希「カウントダウン、マーク」
       壁モニのタイマーにリミット30分の表示。
    紗希「Sync、RIZE(ライズ)」
       壁モニに『RISE』の表示。
       Syncの擬似金継ぎ装飾が朧に光を放つ。
    紗希「エントリー開始、10秒前」
       呼吸を整える久遠。
    紗希「・・・5秒前、4、3、2、1、SINK(シンク)」
       壁モニに『SINK』の表示が点灯、同時に表示時間が
       30分からカウントダウンする。
       ガイドを切り離された慶子が沈降していく。
       それを見届けた久遠、デッキからストライドエントリーし、
       同様に沈降していく。
       慶子が纏った水泡がたまゆらに浮いてゆく。
       その数多の水泡に、久遠の纏った水泡もまた浮いてゆき、
       それぞれが交じり合って無数の乱反射が発生し始める。
       水中でそれを見詰めている久遠。
       やがて静かに、ゆっくりと目を閉じてゆく。
       久遠の主観、黒味にディゾルブする。

    ○イメージ
       まばゆい光の乱反射が、時に規則的に、時に不規則に、
       目まぐるしく動いている。
       万華鏡か、ステンドグラスか、モザイクの様な幾何学
       パターンにも似た空間が展開され・・・

    ○ INNER SYNC〈インナーシンク:シンクロした精神空間〉
       碧い水の中・・・ではなく、碧い空間である。
       目を閉じたままの久遠が浮遊しているが、
       レギュレーターは付けていない。
       そしてこの空間には、慶子の姿はない。

    ○Sis/Sync前フロア
       碧く朧に発光しているSync。
       壁モニの『SINK』表示が文字変換し始め、
       徐々に『SYNC』に変わり、最終的に
          『SYNCHRONIZED』となる。
    紗希「シンクロナイズ、コンプリート」
       紗希、Sync内に沈んだふたりを見詰める。
       相対して昏睡している水中の久遠と慶子。
    紗希「・・・」

    ○ INNER SYNC〈インナーシンク:シンクロした精神空間〉
       ゆっくりと目を開ける久遠、正面を見詰める。
       Syncの外郭同様に擬似金継ぎが施され、
       その向こうが水膜で透けて何か見えている。
       フォーカスを合わせるように、凝視する久遠。
       やがて金継ぎの境界も消え、水膜だけになる。
       その向こうに見えるものは・・・

    ○イメージ
       一雫の水が碧い水面に落ち、波紋が広がる。

    ○ OUTER SYNC〈アウターシンク:慶子の記憶〉
    〈富士宮区・街角・アーケード(7年前)〉
       滴り落ちる雨粒で波紋が広がる水たまり。
       雨がしとしとと降っている。
       雨気立つ雲が太々しく発達している。
       人気のない古びたアーケードの入口に駆け込んでくる
       濡れ姿の慶子。
       ハンカチで頭や体を拭い、空を見上げる。
       微かな稲光が近付いている。
    慶子「・・・(溜息)」
       雨脚が急に強まると、水煙が立つ豪雨となる。
       と、そこに濡れ鼠で駆け込む緒方明宏。
    緒方「ったく、もう!(空に)なんなんだよっ!」
       刹那、轟く稲光。
    緒方「うわっ!!」
       大きく驚き、足を滑らせ、コケる緒方。
    慶子「(あっ、)」
    緒方「・・・痛ってー」
    慶子「(やや近寄って)・・・あの、大丈夫ですか?」
    緒方「あ、・・・大丈夫です・・・ったく・・・もー、なんなんだよ」
    慶子「・・・」
       元の場所に戻る慶子、立ち上がる緒方。
       小さく稲光る遠くの空。

       × × ×

       軒から滴り落ちる雨が弱まっている。
       立ったまま雨宿りしている緒方と慶子。
    緒方「・・・もう少しですね」
    慶子「・・・えっ?」
    緒方「雨」
    慶子「あ・・・そうですね」
    緒方「暫定予報、数日晴れって言ってましたよね?」
    慶子「まぁ、暫定ですから」
    緒方「あの暫定って、もー、なんなんですかね?暫定じゃなくて、
     確定じゃムリなのかな?」
    慶子「・・・やっぱり昔と違ってネットや携帯も使えないし、そもそも
     情報が届くのが遅いですから・・・ムリなのでは?」
    緒方「ですよね・・・(空模様に)もー、なんなんだよ」
    慶子「・・・もー、なんなんですかね?」
    緒方「あ・・・マネした」
    慶子「ごめんなさい。でも、言いたくなりますよね、なんかこう、
     その・・・フレーズ的に」
    緒方「ぼやくのクセで・・・でも、なんだよ!だと怒りがちょっとあるし、
     なにそれ?とか、なんで?とかだと、なんだか不満が収まってない
     気がして・・・」
    慶子「・・・で、なんなんだよ」
    緒方「ちがう。もー、なんなんだよ」
    慶子「(微笑)」
    緒方「(微笑)なんを余計にひとつ付けると、なんか薄まるというか
     緩和されるというか、なんなんで、だよが弱くなる?みたいな??・・・
     んー、ちょっとちがうか・・・」
    慶子「・・・じゃあ、“もー” は?」
    緒方「んー・・・ま、景気づけ?」
    慶子「(笑)・・・景気づけ?」
    緒方「みたいな? やっぱちがうか」
    慶子「まぁ・・・ニュアンスはなんとなく(微笑)」
    緒方「(微笑)・・・あ、止んだ」
       散り散りの雨雲の向こうに晴れ間が見える。
    慶子「・・・この辺の方ですか?」
    緒方「あ、旧役場の方に。この春、越してきて」
    慶子「私もそっちです。日の出神社の近くです」
    緒方「あ、近いかも。(優しく)もう、なんなんだよ」
    慶子「あ、そういう使い方、好きかも」
    緒方「(微笑)」
    慶子「(微笑)・・・あ・・・(と、遠くを見る)」
    緒方「(慶子の見た方を見る)」
       街と山々の借景に、大きな虹が現れる。
    慶子「・・・きれい・・・」
    緒方「・・・」
       黙って虹を眺めているふたり。

    慶子M「あの虹を・・・私は忘れない」

    〈点描①ネモフィラの咲く花畑〉
       一面に咲き誇るネモフィラの花畑。
       歩いてくる緒方と慶子、その景色に見惚れる。
    慶子M「サードでの生活に希望は見えなかった。
    生まれ持った運命なのだと諦めかけていた時・・・」
       芝生でお手製の弁当を食べる緒方「うまい」
       慶子が無邪気に喜ぶ表情「よかった(笑)」
    慶子M「あなたが現れた」

     〈点描②新緑の尾根道〉
       ゆるく続く下り坂を自転車で下るふたり。
       スリリングに先行して下る緒方「ひゃっほう」
       恐々半分、楽々半分に追走する慶子「わーー」
       ふたりに当たる風が心地良い。
    慶子M「あなたはよく先に行ってしまうけれど・・・」

     〈点描③初夏の渓流〉
       渓流の渡り石を軽快に飛んで行く緒方。
       どうにかやっと飛び越えて行く慶子。
       緒方の場所に到達して安堵するふたり。

     〈点描④慶子のアパート・部屋〉
       熱発して寝込む慶子のおでこに熱冷ましの
       タオルを替えて置く緒方「・・・大丈夫?」
       そっと頷いて微笑む慶子。
    慶子M「あなたといると・・・安心した」

     〈点描⑤セカンド・サイド・市街区〉
       商店が立ち並ぶ目抜き通りを歩くふたり。
       ある店舗の前でふと立ち止まる慶子、やや先を歩いていた
       緒方も気付いて立ち止まり「?」
       宝飾店のショーウインドーを見詰める慶子。
       緒方に促され、その前に近付いた慶子、眩く光り輝く
       ジュエリーに見惚れる。それを見守る緒方。

     〈点描⑥桜並木のある土手道〉
       土手道で満開の桜並木を歩いているふたり。
       桜を愛でる慶子の横顔を見詰める緒方。
    慶子「(緒方の視線に気づいて)・・・どうしたの?」
       黙ってその場に跪く緒方、懐から婚約指輪を出す。
    緒方「結婚してください」
    慶子「・・・」
    緒方「でもこれ・・・イミテーション、ニセモノなんだ」
    慶子「・・・」
    緒方「今の俺の稼ぎじゃ、これが精一杯」
    慶子「・・・」
    緒方「やっぱり、これじゃダメだったかな・・・ごめん」
    慶子「・・・私への気持ちは・・・イミテーション?」
    緒方「・・・俺の気持ちに、偽りなんかない」
    慶子「(万感込めて)じゃあ・・・謝ることなんかない」
    緒方「・・・(微笑)さあ、その手を」
       慶子に自分の左手を差し伸べる緒方。
       緒方のその手に自分の左手を託す慶子。
       緒方が右手で慶子の左薬指に指輪をはめる。
       それを愛おしむように見詰める慶子。
    慶子「・・・もう・・・」
    緒方「・・・(窺う)」
    慶子「・・・(優しく)もう・・・なんなんだよ(泣)」
       それ以上の言葉が見つからない慶子、泣く。
       優しく抱き寄せる緒方、深愛で包み込む。
    慶子M「あなたは与えてくれた・・・精一杯の愛を」
       温和な風が桜を優しく撫でる。

    ○Sis/Sync前フロア
       モニター画面の安定した波形と線。
       『16分9秒、8秒、7秒・・・』とカウントダウンが進行する表示。
    紗希「・・・そろそろ折り返し、か・・・」
       向こうにSisと手錠で繋がれた歩哨A。
    歩哨A「・・・なぁ、ちょっと・・・よぉ、おねーさん」
    紗希「・・・(無言で反応する)」
    歩哨A「ションベン」
    紗希「そこでしなさいよ・・・車にかけないでね」
    歩哨A「・・・(やれやれ)」
       紗希に背を向けてモゾモゾし始めるA。
       モニタリングする紗希に届く「じょー」の音。
    紗希「(じょーーとしばらく続く)・・・ちょっと!音!!」
    歩哨A「知るかっ!地球に言えっ!!」
    紗希「なにそれ? 名言っぽく言わないでよっ!」
    歩哨A「俺の小便で地球のホメオスタシスに影響するかっ!」
    紗希「・・・アンタ、ガイア理論、知ってんの?」
    歩哨A「・・・これでも高専出身だ。浜松の、防衛高専」
    紗希「・・・なんでそんなヤクザなこと、してんのよ?」
    歩哨A「普通にやってちゃ食えねーからだよ」
    紗希「・・・(警告音に反応)」
       モニターの波形が乱れ始めるのを見る紗希。
    Sis「バイオメトリクスの変動を感知」
    紗希「良くないわ・・・ネガティブ反応」
    歩哨A「どうした?」
    紗希「このまま行くと、FALL(フォール)する」
    歩哨A「・・・フォール?」
    紗希「FALL DOWN(フォールダウン) ・・・堕ちるだけ堕ちるわ」

    ○イメージ
       水面に伝わる波動が波立つ。

    ○ OUTER SYNC〈アウターシンク:慶子の記憶〉
     〈富士宮区・団地・緒方家・中〉
       テーブルの上に記入済みの書類。
    慶子「・・・PKO?」
    緒方「再興した国連最初の平和維持活動だよ。参加すれば、
     収入もだいぶ安定する」
    慶子「・・・」
    緒方「紛争地域に行く訳じゃないし、そもそも戦闘に参加する
     活動じゃない。だいたい軍隊じゃないんだから」
    慶子「でも・・・」
    緒方「世帯所得が上がって条件を満たせば、こんな生活に区切りを
     つけて、晴れてセカンドに行ける」
    慶子「・・・」
    緒方「・・・大丈夫、危険はないよ(微笑)」
    慶子M「あなたがいると・・・安心していた」

     〈点描①富士宮区・旧役場・駐車場〉
       大型バスに乗り込む人々。
       ネックレスチェーンに通された婚約指輪が
       慶子から緒方に手渡される。
    慶子「それと一緒に・・・必ず帰ってきて」
    緒方「・・・必ず・・・約束する」
    慶子「・・・(頷く)」
       バスの窓越しに視線を交わす緒方と慶子。
       行ってしまうバス、見送る慶子が立ち尽くす。
    慶子M「あなたがいないと・・・安心しない」

     〈点描②第一静岡・合同庁舎・死体安置所〉
       所員にアテンドされた慶子が入ってくる。
       暗い安置所の一隅に一台のストレッチャー。
       ゆっくりと近付く慶子の視界に、ネックレスチェーンに通され、
       焼け燻んでしまったあの指輪だけがストレッチャーに置かれている。
    慶子「・・・主人の、遺体は?」
    所員「・・・それが・・・」
       説明を続ける所員、失意の慶子、その場に泣き崩れる。
       場面が黒味にディゾルブする。
    慶子M「安心しない・・・あなたがいないと」

    ○  INNER SYNC〈インナーシンク:シンクロした精神空間〉
       碧かった空間が一転、暗い藍色となる。
       周りの不穏な気配を憂慮する久遠。
    久遠M「・・・始まる」

    ○Sis/Sync前フロア
       モニター画面の乱れた波形と数値とグラフ。
       『11分35秒、34、33・・・』とカウントダウンが
       進行する表示。
    紗希「・・・(動向を見守っている)」
    歩哨A「・・・なあ、なんかまずいんだろ?でもなんもしないのか?」
    紗希「しないんじゃなくて、できないの」
    歩哨A「(Sync内に浮遊するふたりを見て)あのふたりを水槽から
     引き揚げりゃぁいいんだろ?」
    紗希「そんなこと、絶対できない! ふたりが壊れるわ!」
    歩哨A「・・・ふたりが壊れる?」
    紗希「彼は今、水を媒体として彼女の意識に融合していて、
     ひとつの精神世界を共有している。つまりふたりは繋がっているの。
     そんなふたりを無理やり剥がしたりすれば、双方が意識障害、
     果ては精神崩壊を起こすわ」
    歩哨A「・・・水で繋がっている」
       Sync内に浮遊するふたりを改めて見る歩哨A。
    紗希「・・・」

    ○ OUTER SYNC〈アウターシンク:慶子の記憶/偽臆〉
     〈記憶のモンタージュ〉
       街角で、緑道で、海岸で、早暁で、夕暮れで、
       渓流で釣り、キャンプでたき火、鍋での団欒。
    慶子M「あなたに与えられた日々は、もう戻らない」
       数々の場面場面で、慶子に優しく笑い掛ける
       緒方との過ぎ去りし日常。
    慶子M「あなたはもう、与えてくれない」

       × × ×

      紛争地帯へ出征する緒方の後姿。
    慶子M「なんで、行ってしまったの?」
       辺境で瓦礫や廃材を撤去している緒方。
    慶子M「私が欲しがったから?」
       ヘルメットを取り、汗を拭う緒方。
    慶子M「あなたとの日々を・・・あの安らぎを・・・」
       ベトナム・ハノイの街角を歩く緒方、胸元にはあの指輪ネックレス。
       ある路地から飛び出してきた現地人、MPに追われている様子で
       出くわした緒方にぶつかって転び、MPに一瞬捕まる。
    慶子M「私が・・・欲しがったから?」
       が、MPを振り払い、その場で何かを絶叫、手持ちスイッチを押す。
       刹那、身体に巻いていた高性能爆薬が炸裂する。
       恐怖におののく緒方の最後の顔。
       閃光に晒される指輪ネックレス。

       × × ×

       ストレッチャーの上に焼け燻んでしまった
       指輪ネックレスだけが置かれている。
    慶子M「あなたは逝ってしまった・・・」
       場面が黒味にディゾルブする。
    慶子M「わたしのせいで」

    ○イメージ
       水面に伝わる波動が激しく波立つ。

    ○Sis/Sync前フロア
       モニター画面の激しく乱れた波形とグラフ。
    Sis「バイオメトリクスの異常値を検出」
       『RISE』の表示が『FALL』に変わる。
    紗希「・・・フォールダウン」
    『7分19秒、18・・・』とカウントダウンが
    進行していくのを歯痒く見ている紗希。
    歩哨A「・・・ヤバいのか?あのふたり」
    紗希「・・・かなり」
    Sis「11時の方向、陸路を接近してくる移動体あり。
     所属、目的不明」
    紗希「なんなのよ、こんな時に!」
    歩哨A「(呟く)来やがったか・・・」
    紗希「Sis、サイトドローン射出」
    Sis「OK。サイトドローン射出、警戒監視」
       Sisの上部コンテナから筒状の物体が宙
       に射出され、30m程の高さでプロペラが
       撥ね上がって回転し、飛行を始める。
    歩哨A「こっちもヤバいぞ」
    紗希「なにが?」
    歩哨A「恐らく逃げた奴らが加勢を呼んできたんだ」
    紗希「・・・」
    Sis「サイトドローンの映像、届きます」
       モニターに映し出される俯瞰映像。
       ズームすると、接近してくる箱バン2台と大型四駆1台。
    紗希「到着予想は?」
    Sis「おそよ2分」
    歩哨A「非番も含めてざっと12~3人、軍上がりの奴も何人かいて、
     烏合の衆だが手強いぞ」
       紗希、フロアハッチの一部をスライドすると、
       収納されていた武器群の中から手早く装備と
       対物ライフル等の武器を取り出す。
    歩哨A「なあ、あのふたりは何かの作用で寝ているんだろ?
     だったらそれを止めれば・・・」
    紗希「(食って)そんなことしたら、今のストレス下で急に目覚めて、
     それこそ取り返しのつかない事になる!」
       焦燥が隠せない紗希、押し黙る。
    歩哨A「・・・入口ゲートの30m先、山側に古びた小屋がある。そこから
     見えるはずだ。火気厳禁の看板が目印だからすぐわかる。その小屋を
     その50口径で撃て」
    紗希「・・・なにそれ?」
    歩哨A「この辺は富士山の麓だから、メタンなんかの火山ガスが
     そこら中に溜まってるんだ。ここを掘削して水が湧いたのはいいが、
     ついでにガスも噴出してな、あの小屋に集約して液化アンモニアで
     尿素として中和してる。アンモニアとメタンの可燃性は・・・わかるな?
     奴らの侵攻を遅らせるには十分だ」
    紗希「・・・アレ、あんたの仲間たちでしょ?」
    歩哨A「あの男前な、さっきディスアームでわざと俺を殺さなかった。
     だろ?それぐらいは俺にもわかる」
    紗希「他は(武器を)抜いたけど、アンタは抜かなかった。
     しかもあのふたりとは違って、ゲスな振る舞いもなかった。
     彼も私も殺し屋じゃないわ。そうゆうのにはフェアにしたいの、
     人として」
    歩哨A「人として・・・か。まぁ、つまりはアンタらへの借りだ。
     だが、奴らになんか借りはねえ」
    紗希「・・・」
    歩哨A「奴らが来る。時間、ないんだろ?」
       『5分4秒、3・・・』のカウントダウン表示。
    紗希「・・・Sis、オープンフロアを強制シールド、
     Syncの保護を最優先」
    Sis「OK。Syncを最優先にシールド展開」
      装備と対物ライフルを持って動く紗希。
       Syncとオープンフロアが封閉される。

    ○SIs外・上部~プラント主要部周辺
       Sisのルーフに上ってきた紗希、銃を準備。
    紗希「Sis、敵の状況は?」
    Sis「11時方向、まもなく視認」
       腹這いになった紗希が射撃スコープを覗く。
       スコープに山際に立つ古びた小屋『火気厳禁』の看板、
       それ越しに奥から現れた敵方車両。
    紗希「・・・(銃を構え直して)、イチ、ニの、南無三(ナムサン)!」
       射撃する紗希、小屋に着弾、大爆発する周辺。
       先頭の箱バンは爆発で大破、2代目の箱バンもダメージはあるが、
       中から5人降りてくる。
       スコープで状況を見定めている紗希。
       最後尾だった大型四駆も遅れて停車し、3人降りてくる。
       沼津で交えた小津と舎弟2人だ。
    紗希「(!)アイツら!」
       各々がSis目掛けて一斉射撃してくる。
       体勢を変える紗希、別のライフルで連射応戦。
    紗希「Sis、バックアップ掃射、ランダム」
       Sis、ガトリング砲でランダム射撃する。
       反転、後退してポジション移動をする紗希。
    紗希「8対1・・・こっちは動けないから分が悪いわ」

    ○  OUTER SYNC〈アウターシンク:慶子の記憶/偽臆〉
       闇に朧な人影が浮かびあがる。
       その暗い空間でこちらを凝視している緒方。
    慶子M「わたしのせいだ」
       そのまま段々と血まみれになっていく緒方。
    慶子M「与えてくれたのに」
       やがて白目の部分が消え、黒い瞳だけの緒方となり、
       魔物の様に殺気立って叫喚する。
    慶子M「わたしがいけないんだ」
       左手を少し上げて叫び続ける魔物姿の緒方。

    ○Sis/Sync~取水プラント周辺
       敵勢の重火器を織り交ぜての多重攻撃。
       防戦する紗希、細かく場所を移動するうちに、
       Sis横に繋がれた歩哨Aの近くに来る。
    紗希「ねぇちょっと。さっき借りって言ったわよね?」
    歩哨A「ああ、たしかに」
    紗希「・・・名前は?」
    志朗「シロウだ。志に朗らか」
    紗希「いい名前ね、志朗。あなたに任せられる?」
       アサルトライフルと弾倉を差し出す紗希。
    志朗「・・・そんな簡単に人を信用して大丈夫か?」
    紗希「互いが共存するためには、まずは信用、次に尊重、
     そして協調すること。ガイア理論と同じよ」
    志朗「名で呼ばれるのは久方振りだ・・・いいのか?」
    紗希「私、銃で射抜くのも、人を見抜くのも、早いの」
    志朗「ならキッチリ借りを返すだけだ、人としてな」
    紗希「(手錠を外して)頼むわ。敵を散開させないで」
    志朗「任せな。これでも元レンジャーだ」
       銃を携え、プラント施設に上っていく志朗。
    紗希「Sis、残り時間は?」
    Sis「残り2分31秒」
    紗希「・・・久遠」

    ○  OUTER SYNC〈アウターシンク:慶子の記憶/偽臆〉
       富士宮市街区を彷徨う慶子。
    慶子M「わたしは探した・・・」
       × × ×
       旧役場付近、下を向いて歩く慶子。
       立ち止まり、顔を上げ、振り向く。
       × × ×
       幹線道路の歩道橋に佇む慶子。
    慶子M「あなたを・・・」
       何かを感じたのか、振り向く慶子。
       × × ×
       眺望のいい高台で振り向く慶子。
       × × ×
       岬の突端で振り向く慶子。
       × × ×
       降りしきる雨の中、街角で振り向く慶子。
    慶子M「あなたの姿を・・・」
       無情の雨が慶子を激しく打ちつける。
       その虚ろなまなざし。
       × × ×
       仄暗い水の中を虚ろな目で堕ち沈む慶子。
    慶子M「でも・・・あなたはどこにもいない」
       どんどん沈降していく慶子。
    慶子M「だったら、あなたの所へ逝ってしまいたい」
       ゆっくり目を閉じる慶子の周りが暗くなる。
    慶子M「そうすれば、きっと・・・きっと会えるから」
    久遠の声「それはちがう」
       暗い空間でハッと目を開ける慶子。
       その右掌を、眼前の水膜の向こう側から伸び及んできた
       久遠の手にしっかりと握られる。

    ○  INNER SYNC〈インナーシンク:シンクロした精神空間〉
       暗い藍色の空間で、眼前の水膜を久遠が右手で貫き、
       向こう側の慶子の右手を掴んでいる。
    久遠「それはあなたの記憶ではない。偽臆(ぎおく)だ!」

    ○Sis/Sync~取水プラント周辺
       『1分10秒、9・・・』のカウントダウン表示。
       プラント施設上段から敵を狙撃する志朗。
       ひとり、またひとりと撃ち、攻めあぐねる敵。
       別場所で紗希が敵勢後方にある貯水タンクを対物ライフルで狙い、
       次々と打ち抜くとタンクに穴が開き、水が勢いよく放水されて
       滝のように敵陣営に降り注ぐ。
    敵勢A「どこ撃ってんだよ、トーシロがっ!」
       紗希、グレネードランチャーに持ち替えて、
       雷マークの弾を装填するや否や、狙い、撃つ。
       濡れた敵陣に着弾、激しい電撃が通電する。
       その場に卒倒する敵勢3人。
    紗希「サージグレネード、雷の直撃と変わらないわ。
     (周囲を警戒しつつ)Sis、残り時間は?」
    Sis「残り27秒」
    紗希「シールド強制解除、サルベージ(浮揚)準備」
    Sis「OK。シールド解除、サルベージ、初期化、スタンバイ」
       Sisに戻った志朗、カウントダウンを見る。
    Sis「臨界まで10秒前」
    志朗「時間が・・・」
    紗希「大丈夫、ギリだけど、まだ“のりしろ”はある」
    Sis「5秒前、4、3、2、1、0・・・臨界」
       慌ただしく設定を急ぐ紗希、Syncを見る。
       Sync内の久遠と慶子。
    紗希「・・・お願い。帰ってきて」

    ○OUTER と  INNER SYNCとの境界〈シンクロした精神空間の境界〉
       OUTERの慶子の手を離さないINNERの久遠。
    久遠「それは偽臆、そんな記憶はあなたにはないはず。あなたは
     ご主人をPKOに行かせてしまったことから自分を責め、
     歪んだ過去に置き換えている。つまりそれは、偽りの記憶なんだ!」
       慶子を引き戻そうとするが、本人が抗う。
    慶子「逝かせて・・・お願い」
    久遠「・・・」

    ○Sis/Sync~取水プラント周辺
       『25秒、26、27・・・』とカウントアップ
       していく赤い表示。
    紗希「・・・」
    小津「動くなっ!この早撃ち女が!」
    紗希「!」
    小津一派がSis前で銃を構えている。
    舎弟A「(志朗に)お前、そこで何してる?」
    志朗「るせー、威張んな、ザコが」
    小津「(Sync内の久遠に気付いて)お、なんだよ、
    ディスアーム野郎じゃねーか!ホルマリン漬けにでもしてんのか?」
       Syncに近付く一派。
    紗希「・・・(銃に手を掛ける)」
       間髪入れずに轟く銃声。
       Syncのガラス面に向けて、大口径の銃を発砲した小津。
       Sync表面の着弾した箇所に小さな弾痕がつく。
    小津「おー、強化ガラスか」
       表情が強張る紗希、銃のグリップを握ろうとする。
    小津「おーっと、やめときな!(再びSyncに銃を向ける)いくら
     強化ガラスでも、もう一発撃ったらどうかな? こいつはマグナム弾だぜ」
    紗希「・・・」
    Sis「1分オーバー、ネガティブ増幅、危険」
       モニター表示の異常通告と警告音が響く。
    小津「・・・こりゃ、危機的状況ってやつか?(笑)」
    舎弟B「(紗希の脇に近付く)・・・イっちゃう」
    舎弟A「(志朗に近付く)裏切ったな」
    志朗「・・・」
       Syncの久遠と慶子、微かに痙攣し始める。
    Sis「バイタル、エッセンシャル共に異常を感知、バイオメトリクスの
     位相反転、危険、危険」
    紗希「・・・」
       Sync表面の弾痕に微かな亀裂が入る。
      
    ○OUTER と  INNER SYNCとの境界〈シンクロした精神空間の境界〉
       OUTERの慶子、INNERの久遠。
       瞑想の慶子、奮然の久遠、繋がる手と手。
    久遠M「(必死の形相)彼女の想いが強すぎて、このままだと、
     こちらに戻すことができない」
    慶子M「(達観の境地)わたしの・・・わたしのせいだ・・・わたしが・・・
     わたしさえいなければ・・・」
       慶子の主観に訪れる完全な闇。
    慶子M「もう、どうなってもいい」

    緒方の声「ふたりの日々を、偽ってはいけない」

    慶子「(!!となって目を開ける)」
       × × ×
     〈慶子の回想=フラッシュバック〉
    緒方「でもこれ・・・イミテーション、ニセモノなんだ」
    慶子「・・・」
    緒方「今の俺の稼ぎじゃ、これが精一杯」
    慶子「・・・」
    緒方「やっぱり、これじゃダメかな・・・ごめん」
    慶子「・・・私への気持ちは・・・イミテーション?」
    緒方「・・・俺の気持ちに、偽りなんかない」
       × × ×
       激しく波立つ水面が凪になるイメージ。
       × × ×
       OUTERの暗い空間が一気に明転する。
       そこに、朧な輪郭の霊幻な姿で緒方が現れる。
    慶子「・・・・・・」
    緒方「きみのせいで行(逝)ったんじゃない」
    慶子「・・・」
    緒方「ふたりの日々を、あの時を、偽らないで」
    慶子「わたしが!わたしがあなたを欲しがったから」
    緒方「愛は、与えてはじめて愛なんだ。だから、きみがそれを
     欲しがることは悪くないんだよ」
    慶子「・・・」
    緒方「もうこれ以上、自分を責めないで」
    慶子「・・・」
    緒方「こんな想いをさせてしまって・・・ごめんよ」
    慶子「・・・私の・・・記憶はイミテーション・・・」
    緒方「・・・ふたりの想い出に、偽りなんかない」
    慶子「(万感込めて)じゃあ・・・謝ることなんかない」
    緒方「・・・(微笑)さあ、その手を」
       慶子に自分の左手を差し伸べる緒方。
       緒方のその手に自分の左手を託す慶子。
       INNERの久遠、藍色の空間が碧く変わるのと同時に、
       向こうの慶子に手応えを感じる。
    久遠「!(力強く引き寄せる)」
       水膜の向こうから緒方の介添えにより、慶子が引き寄せられ、
       境界の膜を抜け出てくる。
       慶子の右手は久遠の右手、左手は緒方の左手と繋がれたまま、
       OUTERを完全に脱する。
       久遠は手を放し、慶子と緒方はそのまま抱擁、その深愛で包み込む。
       それを優しく見守る久遠。
       ただし、実際の慶子はSync内で昏睡しているため、このINNERでは
       無情にも意識を失ってしまう慶子。
    緒方「・・・(久遠に目礼する)」
    久遠「・・・(目礼)」
       霊幻な緒方、その輪郭の輝きが増し、やがて金継ぎの紋様へと
       姿を変え、境界膜に擬似金継ぎが再び浮かび上がる。

    ○Sis/Sync前フロア
       モニターの『FALL』の表示が『RIZE』
    に変わる。
       Syncの擬似金継ぎ装飾が強い光を放つ。
    小津「な、なんだ、こりゃぁ!」
       Syncに向けていた銃から干渉波を受ける小津、突き飛ばされ、
       Sis下に落ちる。
       それに動揺した舎弟B、紗希に瞬撃される。
       さらにそれを見た舎弟Aが紗希を撃とうとした瞬間、
       志朗が身を挺して銃弾を受ける。
    志朗「ぐおぉっ!!」
    紗希「志朗っ!!」
       舎弟Aを瞬撃した紗希、志朗に寄り添う。
    紗希「・・・どうして!?」
    志朗「・・・死んだおふくろにな・・・女には優しくするもんだって、
     しつこく言われてよ・・・」
    紗希「・・・」
    志朗「何してる・・・急げ、(久遠を見て)あいつがもうすぐ帰るんだろ・・・」
    紗希「・・・でも・・・」
       Sync表面弾痕の亀裂が拡がり、中の水が急激に噴き出し始める。
    紗希「!!」
    志朗「こりゃまずいな・・・水がふたりを繋いでるんだろ・・・」
    紗希「・・・」
    志朗「急げ!俺を無駄死にさせる気かっ!!」
    紗希「・・・(不本意だが、英断して傍を離れる)」
    志朗「・・・」
       モニター前の紗希、中断していた設定を急ぐ。
    紗希「Sis、スリープガスをカット、シンクロナス(非同期)の確認後、
     ベント(排水)と同時にサルベージ、準備」
    Sis「OK。スリープガスカット、ベント、及びサルベージ、準備」
       Sync内のふたりを見詰める紗希。
       弾痕亀裂を中心として、ひび割れが残酷に拡がるSync表面。
       噴き出す水の量も増し、その圧も強まる。
       居ても立ってもおられず、亀裂の噴き出し口を手で押さえる紗希。
       容赦なく噴き出してくる水、激しく濡れる紗希。
    紗希「くっ!・・・」
       その噴き出す水により、Sync内に水流が生じ始めている。
       その水流に誘われるかのように、慶子の胸元の指輪が揺れる。
       ひび割れもさらに拡がり、水を噴き出す圧も増す。
       手で押さえ続ける紗希、その苦悶の表情。
    Sis「Sync内の水位、急激に低下、危険、危険」
       水流が強まるSync内、それに従って噴き出している排水元の
       方向へと引き寄せられる指輪ネックレスのチェーンが張っている。
       強く噴き出す水、激しく噴き付けられる紗希、Sync内を見やる。
       目を閉じたままわずかに揺れている慶子、そして久遠。
    紗希「・・・さあ、帰ってきなさい」
       強い水流に引っ張られた指輪ネックレス、歪んだトグルが外れて
       慶子の首元から離れてそのまま水流に乗る。
       排水元へと引き寄せられるネックレス、加速度的に流動し、
       指輪本体がその弾痕箇所にまずはまって塞き止め、他の隙間を
       ネックレスチェーンが吸い込まれるようにして埋没すると同時に、
       擬似金継ぎ装飾部の光と融合する。
       激しく噴き出していた水が一気に収まり、やや漏れる程度となる。
    紗希「・・・!(弾痕部を見て、指輪ネックレスが埋めている事に気付く)」
       擬似金継ぎ装飾の輝きが安定し、Sync内の水が
       その碧みを一層増す。
       カウントアップ表示『3分56秒、57・・・』
       乱れていた波形が急速に安定、他の数値もオールグリーンとなる。
       壁モニ表示の『SYNCHRONIZED』が
             『SYNCHRONOUS』に変わる。
    Sis「シンクロナス、確認」

       久遠を凝視する紗希。

    紗希「・・・久遠!!」

    久遠「・・・!(目をカッと見開く)」

       覚醒した久遠、紗希と目が合う。

    紗希「ベント!」
       Sync下部の配水口から強制排水される大量の水。
    紗希「サルベージ!」
       Sync上部デッキのクレーンから慶子のガイドを
       リセットする為、ワイヤーが下がる。
       久遠、浮遊する慶子に近付いてガイドの補正をする。
       排水により、Syncの水位が徐々に下がる。
       久遠、自分の胸元で慶子を抱きかかえる。
       碧く輝くSyncとそのふたりの立ち姿が神々しい。
    SIs「バイタル、エッセンシャルともに正常値、バイオメトリクス回復」
    紗希「・・・(安堵する)」
       と、フロア下から突如、小津が銃を構えて現れる。
    小津「(紗希を狙って)死ねっ!!」
    紗希「!」
       刹那、眉間を打ち抜かれる小津。
       撃ったのは志朗。だが、すぐに力尽きる。
    紗希「!!(志朗に駆け寄る)」
    志朗「・・・」
       出血が多く、目も虚ろで虫の息の志朗。
    志朗「・・・名前で呼ばれて・・・うれしかった」

       × × ×

    〈志朗の回想=フラッシュバック〉
       その視界に、繋がれた大きな手と小さな手。
       志朗に亡き母の姿がフラッシュバックする。
       視線に気付いた志朗の母がしゃがんで微笑。
    志朗の母「(優しいまなざしで)志朗」

       × × ×

       志朗の走馬灯に涙腺の潤んだ紗希が重なる。
    紗希「志朗!」
    志朗「・・・かあさん・・・(絶命する)」
    紗希「・・・(失意をもってうなだれる)」
       擬似金継ぎの輝きが次第に収まっていく。
       Syncの水が半分以上抜け、久遠の上半身と抱えられた慶子が
       水上に露出している。
       意識が混濁しながらも目を覚ます慶子。
       その視界に、慶子を抱えて見詰める濡れた姿の緒方が見える。
    慶子「・・・いてくれたんだ・・・」
       安堵した様子で、また意識を失う慶子。
       慶子を抱えた久遠がそれを見詰めている。
    久遠「・・・・・・」

    ○Sis内部・マルチユースルーム
       ベッドの上で寝ていた慶子が目覚める。
    慶子「・・・!(ハッとなり起き上がる)」
       見回す慶子の傍らに久遠と紗希が見える。
    慶子「・・・(久遠に)あの人は?」
    久遠「・・・(静かに首を振る)」
    慶子「そんな・・・だって、私の手を引いて・・・」
       自分の左手を慈しむ様に見る慶子が涙する。
    紗希「・・・」
    慶子「・・・どうして・・・」
       緒方との感触が残っているかの様に左掌を力弱く握ってみせる慶子。
    久遠「人間の大脳は虚構の情景を過去の記憶と錯覚する。つまり、
     似た様な情景が眠っていた記憶を呼び戻す。暮らした場所、見たことの
     ある景色、昔の写真、古い傷跡、そして、忘れがたい思い出。あなたの
     見た偽りの記憶、あれは偽臆といって、ご主人への想いが強いがゆえに、
     その自責の念から創り出してしまった虚構のもの」
    慶子「・・・」
    久遠「あなたの知る真のご主人は、あなたに与えてきてくれたはず。
     昔も、今も、これからも。それを享受することこそが、あなたの・・・
     残された者の礼節であると私は思う」
    慶子「・・・(泣)」
       泣き伏せる慶子に紗希がそっと寄り添う。
    紗希「・・・ご主人が繰り返し現れたイメージは、慶子さんの心苦しさを
     取り払いたかったのでしょう」
       紗希、慶子の左手にあの指輪のネックレスをそっと手渡す。
    慶子「・・・(左掌の指輪ネックレスを見詰める)」
    久遠「それは間違っていない。間違ってはいないが、それではご主人の
     想いは完結していない」
    紗希「・・・え?」
    慶子「・・・」
    久遠「あなたの意識と融合した時に現れたご主人は、あなたに伝えようと
     していた」
    慶子「伝える・・・何を?」
    久遠「それが何か、あなたにはわかっているはず」
       と、慶子の掌にある指輪ネックレスに目線を送る久遠、慶子も見る。
       久遠に質され、自分の想いに入る慶子。
    慶子「・・・」
    緒方の声「こんな想いをさせてしまって・・・ごめん」
       × × ×
     〈回想①〉
    慶子「・・・私の・・・記憶はイミテーション・・・」
    緒方「・・・ふたりの想い出に、偽りなんかない」
    慶子「(万感込めて)じゃあ・・・謝ることなんかない」
    緒方「・・・(微笑)さあ、その手を」
       慶子に自分の左手を差し伸べる緒方。
       緒方のその手に自分の左手を託す慶子。
    紗希の声「・・・お手紙にあった夢のお話を」
       × × ×
     〈回想②〉
    慶子「はい・・・主人が昨年春に亡くなってしばらく経ってから、
     その・・・夢といいますか、イメージのようなものを見るんです」
    紗希「イメージ?」
    慶子「ええ。それに現れる主人はずぶ濡れで黙って立っているだけ
     なのですが・・・最後に、手をこう少しあげて(と、真似て左手を
     少しあげてみせる)」
       × × ×
     〈元のマルチユースルーム〉
      ベッドの慶子、おもむろに顔を上げる。
    慶子「・・・・・・」
    緒方の声「やっぱり、これじゃダメかな・・・ごめん」
       × × ×
     〈回想③〉
    慶子「・・・私への気持ちは・・・イミテーション?」
    緒方「・・・俺の気持ちに、偽りなんかない」
    慶子「(万感込めて)じゃあ・・・謝ることなんかない」
    緒方「・・・(微笑)さあ、その手を」
       慶子に自分の左手を差し伸べる緒方。
       緒方のその手に自分の左手を託す慶子。
       × × ×
     〈元のマルチユースルーム〉
       託す様に左掌を返して宙に上げる慶子、その一連の動きで指輪ネック
       レスが自然と左薬指に絡み付いて垂れ下がり、それを見詰める。
    慶子「(何かを悟って)・・・昔も、今も・・・(久遠を見る)」
    久遠「・・・これからも」

    ○セカンド・サイド・市街区(翌日)
       本降りの雨が街角を濡らす。
       とあるビルのアドサインに付帯された表示板に
       『2073年 6月29日 10:16』の日時を知らせる表示。
       商店が立ち並ぶ目抜き通りにある宝飾店。
       その店前に立つ慶子と久遠、紗希。

    ○同・宝飾店・中
       入ってきた慶子、所在なく店内を見回す。
    店主「いらっしゃいませ」
    慶子「(あ・・・)」
    店主「何かお探しものが?」
       言いあぐねている慶子に助け船を出す紗希。
    紗希「こちらの思い違いかもしれませんが・・・」
    慶子「あの・・・私、緒方と申しますが・・・」
    店主「(すぐにピンときて)緒方・・・明宏さんの・・・」
    慶子「・・・妻です」
    店主「そうですか・・・お待ちしておりました(微笑)」
    慶子「(え?)」

       × × ×

       ショーケースの上に出されるダイヤの指輪。
    店主「こちらになります」
       驚いた様子の慶子、店主を見る。
    慶子「これを・・・主人が?」
    店主「(頷く)今、お手持ちのイミテーションリングも当店で
     以前にお買い上げ頂きましたが、こちらは昨年の6月に」
    紗希「6月・・・(慶子に)ご主人の夢を見始めた頃」
    慶子「・・・(ハッとなり、急に涙ぐむ)」
    紗希「どうされました?」
    店主「・・・御結婚記念日、本日ですよね?」
    紗希「!」
    久遠「・・・」
    慶子「・・・6年前の6月29日に、私たちは結婚しました」
    店主「ご主人様から伺っております」
       言葉が出てこない慶子、その場で立ち尽くす。
       その背中に優しく手を添える紗希。
    紗希「でも、昨年の6月と先ほど仰っていましたが・・・
     その時、すでにご主人は・・・」
    店主「・・・(事態を察して)これはご主人が海外に行かれる前に、自分は
     しばらく日本を不在にするが、今度の結婚記念日までには帰ってきて
     自分の手で贈りたい、と。ですから、ご主人の希望もあって、当店で
     お預かりすることになりました。すでに御代も頂戴しております」
    慶子「・・・」
    店主「昨年の6月でご成婚5周年。節目と言えば節目の年なのだから、
     なるべく早く渡したいのだと・・・ご主人は婚約指輪にイミテーション
     リングを贈ったことを悔やまれているご様子でした」
    慶子「・・・」
    店主「一昨年の秋頃、ご主人がご来店されて指輪についてのご相談を
     お受けしましたが・・・」
    慶子「その冬には主人がベトナムに・・・」
    店主「・・・約半年間、あちらへ行かれるということでしたので、昨年6月
     まではお待ち致しましたが、その後、お越しになることもなく・・・
     身を案じてはおりました」
    慶子「・・・」
    店主「昔のように携帯電話で気軽に連絡、という訳にもいかないこの時代。
     また、ご主人は必ず無事に帰って自分で渡すのだと仰っておられたので、
     住所も何も連絡先は教えて頂けませんでした」
    慶子「そうでしたか・・・」
    店主「今こうして思い返してみると・・・おそらくは、あなたの元へ
     必ず帰ってくるのだと、ご自分に強く言い聞かせる意味で、そうされた
     のだと私は思います」
    慶子「・・・」
    紗希「・・・」
    店主「切れることのない円、その形が故に、指輪は古(いにしえ)の時代
     から、切れない縁、途切れることのない永遠の愛の証として、人々に
     浸透していきました。今日というその日に、ご主人の想いがこうして
     想い人に辿り着いた事もまた、おふたりの御縁が強く結ばれている証。
     人はそれを絆と呼びます」
    慶子「・・・絆」
    店主「(頷く)」
    久遠「これでご主人の想いは完結する」
    紗希「・・・いや、完結してはいないわ」
    久遠「・・・?」
    紗希「その指輪、慶子さんが自身の手で着けるの? 結婚5周年が
    すでに1年遅れになっているジューンブライドに・・・酷じゃない?」
    久遠「・・・何が言いたい?」
    紗希「着けて差し上げなさい」
    久遠「俺が?・・・いや、それは・・・」
       慶子を見る久遠、それを受けて見返す慶子。
    慶子「・・・ご迷惑でなければ」
    久遠「・・・(やや困惑)」
    紗希「それ以上は、言うだけ野暮よ」

       × × ×

       慶子に自分の左手を差し伸べる久遠。
       久遠のその手に自分の左手を託す慶子。
       久遠が右手で慶子の左薬指に指輪をはめる。
    紗希「・・・」
    店主「・・・」
       それを愛おしむように見詰める慶子。
       
    慶子「もう・・・(優しく)もう・・・なんなんだよ(泣)」

       それ以上の言葉が見つからない慶子、彼女の頬を静かに涙が伝う。
    久遠「・・・」
    紗希「・・・」
    店主「・・・(外を見て)もうすぐ雨が止みます」
       窓枠に滴る雨が弱まり、薄曇りになっている。
    慶子M「あなたは与えてくれた・・・精一杯の愛を」

    ○第3静岡・富士宮・とある分岐路
       雨あがりの路肩に停められたSis。
       路傍で対面する久遠、紗希、慶子。
    紗希「では、こちらで・・・」
    慶子「あの・・・最後によろしいでしょうか?」
    紗希「・・・なんでしょう?」
    慶子「トリプルエーには数多くの相談が寄せられることと思いますが・・・
     なぜ私が選ばれたのですか?」
    紗希「・・・確かに我々に寄せられるもののその殆どは、過ぎ去りし日々を、
     失くしてしまった記憶を取り戻したいと願う思いで溢れてはいますが・・・
     それらはあなたが体験したこととは違うのです」
    慶子「違う・・・何が?」
    紗希「それは、あなたに訪れたものが “啓示”である可能性を否定できない
     ということ」
    慶子「・・・けいじ?」
    紗希「神、あるいはそういった超越者が、人間の力では到底知ることの
     できないような事を、人智を超えて知らしめること。メッセージとも
     言えます」
    慶子「・・・」
    紗希「極東危機以前と以後では世界が全く変わってしまい、巷に溢れて
     棄てていった情報は、自分で取りに行かないと手に入らない世と
     なりました。でもそんな時代に、ある存在の側からただ一方的に
     訪れる“それ”には、神秘的な意味があります」
    慶子「・・・つまり、主人が夢に現れたのは・・・」
    紗希「示された奇跡」
    慶子「奇跡・・・でも、私のそれが啓示だったとは・・・」
    久遠「どんな形であれ、この世のほとんどの人々は神を信じている。
     アッラーでも、ゼウスでも、イエスでも。この国には信仰を持たず、
     神を信じていない無神論者が多くいるのは確かだが、それでいて
     新年には神社を詣で、彼岸には墓前で手を合わし、節目節目で神仏に
     祈願する。それは、神々の教えに導かれ、啓示を、奇跡を示されたいと
     願っているから。そう、ご主人を亡くされ、その悲しみに暮れていた
     あなたもまたそれを求めていたはず」
    慶子「・・・」
    紗希「近年、神からの啓示だ、奇跡だとされる事例が世界中で数多く
     報告されています。救いのないこの世で、涙を流すマリア像や
     キリストの再降臨とされる怪しい光、身に刻まれた聖痕など、
     それらを奇跡と騒ぎ立てて熱狂する者達がいるのも事実ですが、
     真偽の程はむしろ疑わしいものばかり。バチカンではデマか真実かを
     明確に判断する為、超常現象観測所なる機関を設置するほどです」
    久遠「歪んだ世界を、この地球(ほし)は嘆き悲しんでいる」
    慶子「このほし・・・地球が」
    久遠「(頷く)」
    紗希「ガイア理論。1世紀以上前にイギリスの生態学者、
     ジェームズ・ラブロックが提唱した地球がひとつの生命体であるという
     考え方。もはやこれは映画や小説の世界観ではありません。気候変動
     による異常気象、更にそれが引き起こす食糧難、海面上昇がもたらす
     陸地の減少。汚染された大気と有害な紫外線は生態系を破壊し、人間は
     地球を冒すバクテリアの如く、その業の深さを省みることはしない」
    久遠「この地球(ほし)は地球儀の様に、ただ飾られている訳ではない。
     時速1700キロで回転しながら、同じく時速11万キロで突っ走って
     飛ぶ荒ぶる球体なのだ。地球も生きているということ、人々はそれを
     忘れてしまった」
    慶子「・・・」
    久遠「地球は今、悲しみに暮れている。人間の愚かさを正すのだと
     泣き叫んでいる。その悲鳴は啓示となって届き、奇跡として人々に
     刻まれる」
    紗希「ご主人の想いはあなたへと届き、(慶子の左手を見て)その想いは
     つながった。それが意味するものは何か、お分かりになりますか?」
    慶子「・・・」
    久遠「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは
     お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって
     神と共に歩むこと、これである。旧約聖書、ミカ書、6章8節」
    紗希「私も、そして久遠にも、啓示は訪れました。狂気に満ちた凄惨な戦地
     で、危うく揺れて・・・壊れかけたその時、私達は知らしめられたのです」
    慶子M「・・・何と?」
    久遠「神と共に歩み、人として生きよ と」
    慶子「・・・」
    紗希「AAA(トリプルエー)、アーカイブ・エイド・アソシエーションの略。
     そもそもアーカイブの語源はギリシャ語で“公共の事務所”という意味。
     我々は、人々に度々訪れる啓示が地球の危機を、人類への啓発を目的と
     した、何か超越的な存在からのメッセージなのではと質す有識者の見解に より、その因果を究明する為、国の公的機関として創立されました」
    久遠「我々もこの地球も瀬戸際だが、それでも啓示は生きろと、その奇跡を
     受け入れよと伝えている。それが意味するもの、それは・・・救い」
    慶子「・・・救い・・・」
    紗希「どんな信仰でも、人々は救いを求めている。昨日より今日、
     今日より明日と夢見るように。あなたにも今日、求めておられた救いは
     あった。そして明日も、これからも、それは続いてゆく」
    慶子「・・・つまり、私への救い、それは、この地球を救うことにもなる・・・
     ということですか?」
    久遠「(頷く)それは、いつの日にか、必然となる」
    慶子「・・・必然・・・」
    紗希「我々はその福音をしっかりと聞き届けなければなりません。
     それが思し召しであると証明されるその日まで」
       久遠、慶子に近付いて優しく見詰める。
    久遠「啓示によって救われし者、その存在は小さく、弱く、貧しいかも
     しれないが・・・(指輪を見て、優しく微笑み)奇跡は必ず訪れる」
    慶子「・・・(泣)」
       思わず久遠の胸で涙する慶子。
       抱き寄せる久遠、見守る紗希。
       曇天に差し込む陽の光が、その輝きと雲路への発色を見せつける。
    久遠「・・・もう行かなくてはならない」
       顔を上げ、久遠を見詰める慶子。
    慶子「・・・本当に・・・本当にありがとうございました」

    久遠「・・・涙はいつか、虹になる」

    慶子「・・・(泣)」

       × × ×

       Sisに乗り込んだ紗希と久遠。
       見送る慶子、目線を交わす久遠が目礼する。
       辞儀する慶子、走り出すSis、陽光が煌く。
       走り行くSis、陽射しによって奥の山並の稜線が際立つ。
       見届けていた慶子が、ハッと目を奪われる。
       その向こうに、荘厳な虹が現れる。
    慶子「・・・・・・」
       ただ黙って、その虹を眺めている慶子。

    慶子M「あの虹を・・・私は忘れない」

       走り去るSisを照らす一筋のひかり。

    劇中キャプション『 昨日は今日の記憶 明日は今日の夢』

    『 久遠のアーカイブス ~The Archivist~ Episode1 Over the Rainbow 』 

    (終)



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