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あごん 32 −余韻−

    「ねえ、このクルマどうするの?邪魔じゃない?」
    劇場前に横付けされたマセラティをみて彼女が言う。

    「キーはカウンターの上にありましたよ」
    Qがつまんでぶらぶらと揺らす。

    「もらっておくか。」
    ワゴンのベルを外してマセラティにつけた。

    「維持費はもちませんからね」

    「いや、それは三人で折半だろ?」

    「僕はクルマいりません」

    「私はこのボロクルマをもらうわ」
    もうワゴンの鍵にベルをつけている。

    「客はいないのに、劇場の駐車場はクルマが並ぶな」

    「それもいいんじゃない?普通じゃない劇場だから」

    3人で事務所へ続く擦り切れた階段を上がった。


    それから‥
    Qは会社に復帰した。

    「もう会社は普通ですよ。呪いなんてそんなオカルトじゃあるまいし」

    彼女は相変わらずカウンターを磨いている。
    「お家賃、ま、だ、で、す、か?」

    たまらず、河原へ散歩にでる。
    歩いていると、後ろから足音が追いついてきた。

    「私もいく。今日も元気に咲いてるかな」

    「僕もいきます。まだ見たことないから」

    連れ立って歩いていると、前方から黄色い帽子が見えてきた。

    「まずい。かくれよう」

    こちらが動き出す前に、小さな声が重なってきた。

    「こんちあー」「おじたーん」「おねーたーん」

    立ちすくむ3人にどんどん近づいてくる。

    「こんにちは。お元気でしたか?」
    先生が笑顔を向ける。

    「その節はどうも。大変ごめいわくをかけてしまいまして」
    顔が上げられない。

    「いえいえ。あれから補助金がおりて園もだいぶ助かってるんです」

    「それはよかった‥」
    自分の笑顔が強張るのがわかる。

    「ほら、みてください。この子たちのワゴンもあたらしくなったんです。
    みんな喜んでおじちゃんのワゴンってよんでるんですよ」

    ワゴンの中から手をふってくれる子供達。
    一人の子が嬉しそうに指差していった。

    「あごん‥おじたんの、あごん」

    横で彼女が目を擦っている。その横は盛大に泣いている。

    「よかった」心の底から声がでた。

    あごんを見送り、河原についた。
    今日も咲いていた。

    「Boss、今日も咲いてるね」

    「ああ」

    「きれいですね」

    短く言葉をかわし、あとはずっと眺めていた。


    劇場に戻ると人の気配がした。
    これは‥また誰か?
    お互いに目配せするが、緊張が隠せない。
    彼女を真ん中に階段を登り、細くドアを開ける。
    机の前には‥

    「こんにちは!」

    少年が座っていた。

    「当主!!」
    彼女が声を上げる。

    「どうしたの!」
    Qが駆け寄る。

    「へへ。当主やめちゃいました」
    すっきりした笑顔。

    「なんで?」「いつ?」
    二人の疑問が重なった。

    「兄に譲りました。もう自由です!!」

    その顔をみたらもう何も言えない。
    「で、どうしたんだ?」

    「今日は依頼があってきました。僕、依頼人です」

    あまりの展開に言葉がでないでいると、急に真剣な顔でこう言った。

    「父をさがしてください」


    完

     
     
    映像を糧に 長い時間、人を見てきた。 悪人はいなかった。 善意だけがあった。 分断の構図が見えた時、物語になった。

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