
慶應で気づいた、“挑戦できる人”と“できない自分”の違い
憧れだけでは埋まらなかったもの。
それは、「価値観」でした。
慶應に来て、一番驚いたのは人でした。
やりたいと思ったことに、
ほとんど迷いなく踏み出していく人がいる。
普通に休学して、海外に行く。
インターンじゃなくて、いきなり起業する。
それを、特別なことじゃなくて、
「やりたいからやる」みたいな温度で決めている。
正直、自分にはない感覚でした。
自分はというと、
やりたいと思っても、すぐに動けない。
「ちゃんと準備してから」
「もう少し考えてから」
そうやって時間をかけて、
結局なにもやらないまま終わることが多かった。
怖かったんだと思います。
失敗するのも、
周りにどう思われるのも、
中途半端に終わるのも。
だから、動かない理由を探していました。
親も「やりたいことをやりなさい」と言ってくれるけど、
いざ「留学したい」とか「そのために稼ぐ」と言うと、
「扶養を超えたらどうするの?」とか、
「そんな危ないことしなくていい」と言われる。
でも、これは親が悪いとか、
分かっていないとか、そういう話じゃないと思っています。
ただ単純に、
その世界を“知らない”だけなんだと思います。
自分もそうでした。
画面の中で見ていたときは、
「すごいな」で終わっていたものが、
慶應に来て、
実際に目の前に現れるようになりました。
同じ大学生なのに、
明らかに自分より前に進んでいる人がいる。
それも、手が届かない存在じゃなくて、
普通に話せる距離にいる。
この感覚は、想像していたよりもずっと大きかったです。
よく「上には上がいる」と言うけど、
それって実際に体感しないと分からない。
なんとなく分かっているのと、
目の前で突きつけられるのとでは、全然違う。
正直、悔しかったです。
でも同時に、
「自分もやれるかもしれない」と思えたのも事実でした。
慶應に来ることがすべてだとは思いません。
ただ、知らない世界に飛び込むことで、
自分の当たり前が壊れる。
それだけで、
見える景色は確実に変わるんだと思います。
まだ、何かを成し遂げたわけじゃないです。
でも少なくとも、
「やらない理由ばかり探していた自分」には、気づけました。