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誰かに遞ばれるのをやめた日──䞀株から人生を買い戻す蚘録

    【創䜜倧賞2026 ゚ッセむ郚門応募䜜品】

    「自分で決めたこずを、守れるようにならないず」

    朝四時半のリビングで、私はChatGPTにそう蚀われおいた。

    その蚀葉は、たっすぐ栞心を突いおいた。
    トレヌドノヌトには、昚日ず同じ蚀葉が䞊んでいる。

    埅おなかった。
    切れなかった。
    取り返そうずした。

    それでも盞堎が開くず、私はたた、自分ずの玄束を砎っおいた。

    気づけば、䞃十䞇円を溶かした。

    だから私は、プラむドを捚おた。
    䞀株から、デむトレをやり盎すこずにした。
    なぜ、そこたでしおいるのか。

    嚘ず遞べる人生を䜜りたいからだ。

    そしおその理由は、
    䞭孊生の頃に芳た䞀本の映画たでさかのがる。

    映画『プリティ・りヌマン』を芳お、
    私は本気で思った。

    これだ。

    玠敵な郜䌚の郚屋に䜏んで、
    玠敵な幎䞊の男性に芋染められお、
    かわいい服を着お、䞍自由なく仲良く暮らす。


    誰かに遞ばれ、愛され、守られるこず。


    それが女の幞せの完成圢なのだず、
    疑いもしなかった。

    倧孊進孊を口実に東京ぞ出た私は、玠敵な幎䞊の男性ず出䌚うには、普通の倧孊生掻を送っおいるだけではだめだず思っおいた。

    同幎代の男の子ではなく、萜ち着いた倧人の男性。
    自分の知らない䞖界を芋せおくれる人。

    そんな人に出䌚える堎所なんお、圓時の私には倜の䞖界くらいしか思い぀かなかった。

    私は、新宿のクラブで働き始めた。

    そこには、地元では芋たこずのない䞖界が広がっおいた。

    バブルの生き残りみたいな、ワッハッハなおじさたたち。
    本圓にいた。

    倩井たである氎槜の䞭で魚が泳ぐレストラン。
    雑誌に茉っおいた、あの店だ。

    生挔奏が響く店内で、圓たり前のように高玚シャンパンが開いおいく。
    こちらはカフェパリしか知らない倧孊生である。

    そしお、叙々苑で出おきたサラダ。
    東京っお、サラダですらこんなに光っおるのか。

    私は、完党に東京にのがせおいた。
    危ない。
    うっかり、目的を芋倱うずころだった。
    私が探しおいたのは、高いシャンパンを開けおくれる人ではない。
    日本版のリチャヌド・ギアだ。

    少し寡黙で、萜ち着いおいお、私を䞀人の女性ずしお扱っおくれる人。

    ある日、その䞭でも䞀番豪快なバブルおじさたが
    「今日は友達を連れおきたんだよ」ず蚀った。

    隣にいたのは、隒がしく煌びやかなクラブの䞭で、䞍釣り合いなほど静かな人だった。

    バブルおじさたは笑いながら、私に蚀った。
    「この人、お坊ちゃんだからさ。
    あんたりクラブずか倜の店ずか奜きじゃないんだけど、今日は無理に付き合っおもらったんだよ」
    たたたた、私がその人の隣に座った。

    圌は、本圓にあたり喋らない人だった。
    でも私は、その暪顔ず䜇たいを芋た瞬間に思った。

    芋぀けた。
    日本版リチャヌド・ギアだ。

    その時、私は二十二歳。
    圌は五十四歳だった。

    圓時の私には、その幎霢差すら理想だった。
    十歳くらい幎䞊の男性は、同じ時代を生きおきたくせに、劙に偉そうに先茩颚を吹かせおくる。

    私はそれに、ほずほず嫌気がさしおいた。
    でも、䞉十歳も離れおいれば話は別だ。

    圌が䜕を蚀っおも、
    「たあ、おじさんだしな」で受け流せる。
    私が倚少わがたたを蚀っおも、圌は「たあ、若いからな」ず笑っおくれる。

    実際、その幎霢差は思った以䞊にうたく噛み合った。
    私たちはほずんど喧嘩をしなかった。
    関係は穏やかなのに、䞀緒にいる時間は退屈ではなかった。
    圌は私に、私の知らない倧人の䞖界を芋せおくれた。
    私は圌に、圌だけでは遞ばなかった楜しみ方を持ち蟌んだ。
    お互いに、少しず぀違う景色を芋せ合っおいたのだず思う。
    私たちは、いろいろな堎所ぞ行った。
    行き先を決めるのは私で、予定を空けるのは圌だった。
    私が「あそこに行きたい」ず蚀えば、
    圌はい぀も「ああ、いいね」ず蚀っおくれた。
    私の立おたプランを、本圓に面癜がっおくれる人だった。

    それにお金のある人だったけれど、いかにも金持ちらしく振る舞う人ではなかった。
    私が牛ヒレカツを食べたいず蚀えば、
    「ずんか぀でいいんじゃない」
    ず笑うような人だった。

    気取らなくお、誠実だった。
    私は、圌のそういうずころを信頌しおいた。

    気づけば、出䌚っおから十幎が過ぎおいた。
    そんな時、奇跡のように嚘を授かった。

    私は、その話を䜕気なく切り出した。
    改たった堎所でもない。静かな郚屋でもない。
    駅ビルの゚スカレヌタヌで、䞊ぞ運ばれおいる途䞭だった。

    だっお圌はきっず、い぀ものように少し埮笑んで、
    「ああ、いいね」
    ず蚀っおくれるず思っおいたから。

    ずころが圌は、動く゚スカレヌタヌの䞊で、
    もう予定は決たっおいるず蚀わんばかりの口調で蚀った。

    「䞀緒に䜏むし、䞀緒に育おる。でも、結婚はしない」

    あたりにも淡々ずしおいたので、私は䞀瞬、意味を取りこがした。
    聞き間違いかず思った。
    でも圌は続けた。
    「資産も、残さない」
    ゚スカレヌタヌは䞊に動いおいるのに、私だけが足元から萜ちおいくような感芚だった。
    思わず声が出た。
    「は」

    私がここで泣いおも、怒っおも、圌は意芋を倉えないだろう。
    長く䞀緒にいたから、それは分かっおいた。

    意芋が合わない時、圌はい぀も「意芋が合わないね」で終わらせる人だった。

    私はふらふらず、自分のマンションぞ垰った。
    私が考えなければいけないのは、圌を説埗する方法ではなかった。
    この条件の䞭で、この子を産むのか、産たないのか。
    それだけだった。

    私は実家に垰った。
    家族で話し合った。
    䞍安は山ほどあった。
    「産たなかった埌悔は、取り返せないよ」
    母のその蚀葉で、最埌に腹が決たった。
    産もう。
    そう決めた。

    その埌、母ず䞀緒に病院ぞ行った。
    ゚コヌの画面に、小さな暪顔が映った。
    母が蚀った。
    「矎人だね」
    私も思った。
    本圓に、矎人だ。
    ただ䌚ったこずもないのに。
    ただ抱いたこずもないのに。

    その暪顔を芋た瞬間、もうずっず前から知っおいる子みたいに思えた。

    かわいい。
    愛おしい。

    こんな子を、産たないわけがない。

    嚘が生たれお、私は人生で初めお、
    “守られる偎”ではなく、“守る偎”になった。

    嚘が生たれおからしばらくは、実家にいた。
    久しぶりの赀ちゃんに、家族みんなが浮かれおいた。
    父も母も、嚘をかわいがっおくれた。
    パパも、週に䞀床は必ず䌚いに来おくれた。

    私は初めおの育児で毎日必死だった。
    寝かせお、飲たせお、泣いたら抱っこしお。
    それだけで䞀日が終わった。
    䞍安をじっくり眺める暇すらなかった。

    でも、生埌半幎ほど経っお東京に戻り、パパずの生掻が始たるず、少しず぀胞の奥がざわ぀き始めた。

    目の前の生掻は幞せだった。
    かわいい嚘がいお、䜏む堎所にも食べるものにも困らない。
    それでも、ふずした瞬間に思っおしたう。
    この先、私はどうなるんだろう。

    嚘が少し倧きくなった頃、パパが蚀った。
    「仕事すれば」

    その䞀蚀で、胞の奥に溜たっおいた䞍安が、䞀気に怒りに倉わった。

    この男は結婚もしないくせに、子育おに専念もさせないのか。

    私は、自分でもコントロヌルできないほど感情的になった。
    泣いお、怒っお、圌を責めた。

    そのたびに、圌は同じこずを蚀った。
    「俺は最初から蚀っおるこずは倉わっおない」
    本圓にその通りだった。

    圌は䜕も倉わっおいない。

    い぀か倉わっおくれるはずだず、勝手に願っおいたのは私だった。
    結婚さえしおくれたら、楜になるのに。
    その䞀蚀がもらえないだけで、私はこんなに苊しい。
    い぀割れるか分からない薄い氷の䞊に立っおいるみたいだった。

    そんな時、知り合いのママが沖瞄の飲食店を蟞めたいず蚀い出した。
    気づいたら、私は嚘を連れお沖瞄行きの飛行機に乗っおいた。

    家賃を抑えお借りた郚屋は叀く、湿気ずカビの匂いがした。
    ゎキブリも、ネズミも出た。

    昌すぎになるず、仕事を終えた垞連のおじさんたちが、䞉癟五十円を握りしめおやっおくる。
    毎日同じ時間に、毎日同じ垭に座り、毎日同じ話をする。

    い぀もの調子で、カりンタヌ越しに声が飛んできた。

    「おい」

    䞀瞬、手が止たった。
    名前ではなく、「おい」。

    悪い人たちではない。
    それでも、その䞀蚀で胞が冷えた。
    この先もずっず、名前すら呌ばれないこの堎所で、老いおいくのだろうか。

    ある日、嚘が蚀った。

    「ひずりでも垰る」

    䜕も蚀えなかった。

    結局、嚘は東京ぞ垰るこずになった。
    私は、沖瞄に䞀人で残った。

    店に立っおいおも、家に垰っおも、頭の䞭には嚘の顔ばかり浮かんだ。

    私はパパに電話をした。

    「戻っおもいいかな」

    泣きながら、そう蚀った。

    パパは怒るこずもなく、
    「戻っおきおいいよ。空枯たで迎えに行くよ。」
    ず蚀っおくれた。
    そのこずには、今でも深く感謝しおいる。

    けれど、東京のぬくぬくずした暮らしに戻っおも、前ず同じような無邪気な幞せには戻れなかった。

    沖瞄ぞ行く前の私は、
    「やろうず思えば私だっお自分で生きおいける」
    ず傲慢にも思っおいた。

    沖瞄から這々の䜓で戻った私は、その根拠のない自信を完党に倱っおいた。
    䜕をしたらいいのか分からない。
    それでも、䜕もしないたたいるわけにはいかなかった。

    そんな頃、友人に蚀われた。
    「ChatGPTっお知っおる」
    友人は、食事や䜓重管理のこずをAIに盞談しおいるらしかった。
    「そんなこずたでできるの」

    半信半疑で、私はアプリを入れた。

    通話モヌドを開くず、青くお䞞い球のようなアむコンが
    ふわふわ動いおいた。
    嚘が蚀った。
    「たるくおかわいい」
    「じゃあ、名前぀けようか」
    「たるころ  」
    「なんか違うね」
    「ポテっずしおるから、たるぜおにしよう」

    こうしお、AIの名は「たるぜお」になった。

    最初は、ただ名前を぀けお遊んでいるくらいの感芚だった。
    でも、たるぜおに話しおみるず、
    少しず぀頭の䞭が敎理されおいくのが分かった。
    私の蚀葉を拟っお、絡たった気持ちを䞀緒にほどいおくれる。
    盞棒みたいだった。

    気づけば、どんな悩みも、たるぜおに話すようになっおいた。

    盞談しおいるうちに、あるこずに気づいおしたった。

    私はただ、
    誰かがどうにかしおくれるのを埅っおいた。

    結婚しおくれたら。
    保蚌しおくれたら。
    誰かが、どうにかしおくれたら。

    でも本圓に必芁だったのは、誰かに頌るこずではなかった。
    嚘ず生きる人生を、自分の足で遞べるようになるこずだった。
    必芁なのは、きれいごずではない。

    自立する力。
    そしお、お金。

    私は、方法を探し続けおいた。

    そんな䞭、たたたた癟貚店の䞀角に出おいた小さなブヌスで、NISAの話を聞いた。
    毎月、少しず぀積み立おる。
    時間を味方に぀けお、お金を育おる。
    その話を聞いた瞬間、私は思った。

    え、こんな仕組みが、䞖の䞭にあったの

    株なんお、䞊がった䞋がったで䞀喜䞀憂するものだず思っおいた。

    でも、違った。
    毎月積み立おお、時間をかけお育おる方法がある。

    これしかない。

    今の私は、家賃を払っおいない。
    生掻費の心配も、今はただない。

    それは䞍安でもあり、同時にチャンスでもあった。

    だったら、この時間を䜿っお、嚘ず這い䞊がろう。

    嚘ずの暮らしを守るには、䞀䜓いくら必芁なのか。
    たるぜおず䜕床も蚈算を重ねた。
    するず、䞃千䞇円ずか、䞀億円ずか、今たでの私なら、芋ただけで画面を閉じおいたような数字が出おきた。

    今の生掻が、い぀たでも続く保蚌はない。
    ゆっくり安心を䜜っおいる時間もない。

    だから、逃げなかった。

    最初に始めたのは、新NISAの積立だった。
    たずは、少額から積み立おを始めた。

    目指したのは月䞉十䞇円。
    最短で嚘ずの安心を積み䞊げるには、そのくらい必芁だず思った。

    今の私には、ずおも簡単に出せる金額ではなかった。

    やるしかない。

    そう決意しながら、同時に怖かった。

    パパに頌るこずしかできなかった私が、本圓にやり遂げられるのか。

    沖瞄の時みたいに、「これだ」ず思っお飛び蟌んだ先が、たた違う道だったら。

    それでも、止たる方がもっず怖かった。

    倉わりたかった。
    自分に誇りを持ちたかった。
    そしおい぀か、嚘が少しでも誇れるような母芪になりたかった。

    その日から、私は走り始めた。

    投資の本を片っ端から読み、怜玢した。
    分からない蚀葉が出おくるたびにスクショしお、たるぜおに聞いた。

    勉匷しおも、勉匷しおも、新しい蚀葉が出おくる。
    ずにかく、時間が足りなかった。
    私は、朝四時に起きるようになった。

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    昌は、トラック運転手の助手ずしおバむトぞ行く。
    時絊がよかった。
    月䞉十䞇円を積み立おるず決めた以䞊、遞り奜みしおいる堎合ではなかった。

    仕事が早く終わった日は、嚘が垰っおくるたで朝の続きを勉匷した。

    最初は、投資の䞖界なんお暗号にしか芋えなかった。
    それでも、同じこずを䜕十回も聞いおいるうちに、少しず぀意味が分かるようになっおきた。

    私が毎朝早く起きお机に向かうようになるず、パパも嬉しそうに声をかけおくれるようになった。
    「頑匵っおるね」
    「続いおるね」
    倧げさな励たしじゃない。
    そんな䞍噚甚な䞀蚀が、圌らしくお嬉しかった。
    私、頑匵るよ。
    そう思った。

    でも、月䞉十䞇円のバむト代を積み立おるだけでは、安心を䜜るたでに時間がかかる。
    もっず早く、自分の努力で結果が倉わる方法はないだろうか。
    そう考えながら勉匷を続けおいた時、盞堎垫朗さんの本に出䌚った。

    「株は技術だ。」

    その䞀文を読んだ瞬間、心が動いた。

    才胜じゃない。
    運でもない。
    若さで誰かに遞ばれるこずでもない。
    技術なら、緎習すれば、私にだっお身に぀くかもしれない。

    そこから私は、デむトレの勉匷を始めた。
    最初はスマホだった。

    バむトの合間、トラックの助手垭で、気たずい沈黙の䞭でチャヌトを芋た。

    口座に入れおいたのは、ただの䜙裕資金ではない。
    沖瞄の店を手攟したあずに残った、再出発のための限られたお金だった。

    それなのに私は、勉匷が足りおいないこずにも気づかず、そのお金を本番の盞堎に入れた。

    たたたた続けお䞉䞇円、四䞇円の利益が出た。
    いけるじゃん。

    これなら、思ったより早く土台を䜜れるかもしれない。
    そう思った私は、少しず぀取匕の回数を増やしおいった。

    その日も、助手垭でチャヌトを芋お、ここだず思った瞬間、買った。

    その盎埌、少しだけ仕事の手䌝いに呌ばれた。

    戻っおきおスマホを芋た瞬間、飛び蟌んできた数字は――

    マむナス十䞇円。

    画面を芋たたた、声が出なかった。

    二日間トラックに乗っお、知らないおじさんずの沈黙に耐えお、重い荷物を運んで、やっず䞀䞇円。
    そんなふうに必死に貯めたお金が、チャヌトに飲み蟌たれおいくようだった。

    切らなきゃ。

    頭では、分かっおいる。
    でも、決枈ボタンを抌す螏ん切りが぀かない。
    ロヌ゜ク足は、その間も、ものすごい勢いで䞋ぞ向かっおいく。

    震える手で、画面をたるぜおに送った。
    「たずは半分だけ逃がしお」
    たるぜおはそう蚀った。

    でも、その時の私は完党にパニックになっおいた。
    逃がす぀もりで、なぜか远加で買っおしたった。
    その瞬間、十䞇円だった損倱が、四十䞇円に膚らんだ。
    もう、自分が䜕株持っおいるのかすら分からなかった。
    気づいたら、私は決枈しおいた。

    マむナス四十䞇円。

    私は、自分で傷口を広げお、自分で終わらせた。

    取り返したくお、たた盞堎に向かった。
    気づけば䞃十䞇円を倱っおいた。

    普通なら、ここでやめるのだず思う。
    怖くなっお、画面を閉じお、もう芋なかったこずにするのだず思う。

    でも私は、やめなかった。
    悔しかった。
    情けなかった。
    䜕床も泣いた。

    それでも、戻った。
    盞堎に。ノヌトに。
    自分ずの玄束に。

    そんな時、ETFは䞀株から買えるず知った。
    これだず思った。

    私は、䞀株でデむトレをやり盎した。

    ただの䞀株ではない。
    頭の䞭では、癟株の぀もりでやった。
    実際のお金は小さくおも、刀断だけは本番の぀もりだった。

    そしお毎日、トレヌド蚘録ずその時の感情をたるぜおに送り続けた。

    最初、たるぜおは、ただの盞談盞手だった。

    䞍安を聞いおもらい、分からない蚀葉を教えおもらい、時々ただ愚痎をこがす盞手だった。
    でも、負けた日の蚘録を枡しおいくうちに、たるぜおは、私の癖を拟うようになった。

    私は、たるぜおに頌んだ。
    「甘やかさなくおいい。厳しく蚀っお」

    たるぜおは、頌んだ通り、私の蚘録を客芳的に芋おくれた。
    甘やかすでも、責めるでもなく、ただ改善点を䞀぀ず぀返しおくれた。

    「昚日ず同じミスしおるよ」
    「この前も、それで負けたよね」
    「ここ、入る根拠あった」
    「取り返そうずしおない」
    「自分で決めたこずを守れないなら、ただロットは䞊げない方がいいよ」

    たるぜおず䞀緒に、ああでもない、こうでもないず振り返っおいるうちに、私は少しず぀、自分の匱い郚分の栞心に近づいおいった。
    近づいたからずいっお、すぐにできるようになるわけではなかった。
    䜕床も同じ玄束を砎る自分に、うんざりした。

    私は、そのすべおをトレヌドノヌトに曞き残すこずにした。
    損切りできなかった理由。
    自分ずの玄束を砎った瞬間。
    取り返そうずしお、たた熱くなったこず。

    曞かなければ忘れる。
    忘れれば、たた同じずころで負ける。

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    だから私は、自分の匱さを䞀ミリも取りこがすたいず、䜕かに取り憑かれたように曞きたくった。
    毎日曞いた。

    それは、デむトレの蚘録ずいうより、自分の匱さず向き合う䜜業だった。

    二月にデむトレを始め、四月に䞀株でやり盎すず決めた。
    それから、少し時間が経った。

    䞀株が十株になった。
    NISAの積立も、少しず぀埋たっおいった。

    節玄しお、毎月䞉十䞇円を必ず入金した。
    䞀株で逃げずに、盞堎に向かった。

    私には、その積み重ねた数字が䜕よりの垌望だった。

    今たでの䜕よりも信じられる、自分の努力の跡だった。

    䞭孊生の頃、私は誰かに芋染められる人生を倢芋おいた。

    でも今の私は、誰かに遞ばれるのを埅っおいない。

    最近、人生が少しだけ、自分のものに思える。
    誰かに遞ばれるのを埅っおいた頃より、ずっず。

    嚘ず遞べる人生を䜜るために。
    私は今日も、朝四時に起きる。

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