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一年後に食べるものを、今仕込むということ。

    一年後に食べるものを、今仕込むということ。

    ―― 1914年創業の味噌屋に生まれて、河崎紘徳が守りたかった時間 ――

    味噌は、完成まで一年かかる。

    冬に仕込んだ味噌、
    春を越え、
    夏を越え、
    秋を越え、
    ようやく食べることが出来る。

    今の時代、一年待つ食べ物なんて、あまり存在しない。

    スマートフォンを開けば、欲しいものは翌日に届く。
    動画は倍速で見られ、
    音楽はサビだけ消費され、
    「タイパ」という言葉まで生まれた。

    そんな時代に、味噌だけは妙に不器用だ。

    どれだけ急いでも、
    季節を飛ばすことが出来ない。

    私は福井県の小さな味噌屋に生まれた。

    1914年創業。
    曾祖父の代から続く味噌蔵だ。

    子供の頃、冬になると、蔵には大量の湯気が立ち込めた。

    大豆を炊く蒸気。
    麹の甘い香り。
    木桶の匂い。
    木桶に住み着いた微生物の空気。

    幼かった私は、その匂いが嫌いではなかった。

    むしろ安心した。

    「ああ、今年も味噌作りが始まったんだな」

    そんな気持ちになった。

    味噌蔵には独特の静けさがある。

    機械音よりも、
    人の手の音が大きい。

    大豆を潰す音。
    麹を混ぜる音。
    木桶を叩く音。

    そして、
    発酵の音。

    もちろん、本当に音が聞こえるわけではない。

    でも、微生物たちが静かに生きている気配が、確かにそこにはある。

    味噌は、人間だけでは作れない。

    麹菌。
    酵母。
    乳酸菌。

    目に見えない微生物たちが働いてくれて、初めて味になる。

    だから、どれだけ職人が頑張っても、最後は自然に委ねるしかない。
    私が味噌作り教室でよく言う言葉ある。
    「味噌は人が作っているわけではない。発酵菌が味噌を作っている。
    味噌職人は発酵菌が動きやすい環境を作っているにすぎない。」

    この感覚は、現代ではあまり理解されないのかもしれない。

    効率化。
    時短。
    大量生産。
    コスト削減。

    食品業界でも、「いかに早く作るか」が求められる。

    味噌も同じだ。

    温度を上げて熟成を早める。
    機械で均一化する。
    添加物で味を整える。

    それ自体を否定したいわけじゃない。

    安定供給も大切だ。
    安く届ける努力も必要だ。

    でも、どうしても思ってしまう。

    時間をかけることでしか出ない味が、確かに存在する、と。

    天然醸造の味噌は、夏を越える。

    蔵の中で、微生物たちは生き続ける。

    暑すぎても駄目。
    寒すぎても駄目。
    乾燥しても駄目。
    空気に触れすぎても駄目。

    人間は、ただ環境を整えるだけだ。

    発酵そのものは、微生物が行う。

    私は時々、この関係が、人間関係に少し似ていると思う。

    無理に変えようとしても、人は変わらない。

    でも、
    時間をかけることでしか、育たないものがある。

    待つことでしか、見えない景色がある。

    味噌作りは、それを毎年教えてくれる。

    仕込みから数ヶ月経つと、表面に白い膜が浮くことがある。

    産膜酵母だ。

    初めて味噌を作った人は、大抵驚く。

    「失敗したんじゃないか」
    「腐ったんじゃないか」

    でも、それも微生物が生きている証拠だったりする。

    発酵は、腐敗と紙一重だ。

    少し管理を間違えれば腐る。

    だからといって、管理しすぎても、うまく発酵しない。

    人間が全部支配しようとすると、微生物は自由に働けなくなる。

    僕はこの仕事を続けるほど、
    「自然をコントロールする」のではなく、
    「自然と付き合う」感覚に近づいていった。

    そして一年後。

    仕込んだ味噌の蓋を開ける瞬間が来る。

    あの瞬間だけは、何年やっても少し緊張する。

    そっとラップを剥がす。

    すると、ふわっと香りが立ち上がる。

    甘く、
    深く、
    少しだけ酸っぱい。

    生き物の匂いだ。

    微生物たちが、
    一年かけて作ってくれた香り。

    「ああ、今年もちゃんと生きていた」

    毎年、そう思う。

    味噌汁を飲むと安心する理由を、僕は知っている気がする。

    あれは単なる塩味じゃない。

    時間の味だ。

    待った時間。
    育てた時間。
    生きてきた時間。

    それが溶け込んでいる。

    祖父は毎朝、必ず味噌汁を飲んでいた。

    豪華なおかずなんて無かった。

    でも、湯気の立つ味噌汁が食卓にあるだけで、家の空気は少し穏やかになった。

    日本人は、長い間、
    「発酵」と一緒に生きてきた民族なんだと思う。

    味噌。
    醤油。
    酢。
    日本酒。
    ぬか漬け。

    目に見えない微生物たちと共に生きてきた。

    効率だけを考えれば、
    もっと早い方法はいくらでもある。

    でも、
    ゆっくり変化するものには、
    ゆっくりでしか出せない味がある。

    それは人間も同じなのかもしれない。

    すぐ結果が出なくてもいい。
    すぐ完成しなくてもいい。

    一年かけて味噌が育つように、
    人もまた、時間をかけて変わっていく。

    私は今日も、味噌を仕込む。

    未来の誰かの「美味しい」のために。

    一年後に食べるものを、
    今、仕込んでいる。

    写真:筆者  河崎紘徳(かわさきひろのり) 

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    高校卒業後、日本料理の勉強がしたいと思い辻調理師専門学校入学。
    日本料理特待生制度合格、2006年卒業生代表として答辞を行う。
    大阪の梅田にある日本料理店に就職し、日本料理を学ぶ。
    2007年マルカワみそ入社。
    2015年福井県最年少でみそ一級技能士合格(国家資格である技能検定制度)

    NHK文化センター様 味噌作り教室の年間認定講師
    これからも健康に貢献出来る商品作りを続けてまいります。

    #創作大賞2026
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    #食文化
    #エッセイ部門

     
     
    「味噌」と「健康」に役立つ話を配信します|創業1914年味噌屋、河崎紘徳|2006年辻調理師専門学校を首席卒業、元板前。発酵のプロが有益な話、レシピを話します。 マルカワみそHP👇 https://marukawamiso.com/

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