
共生の黎明 #68 第16章 第11節:気持ちの記録 連続小説
翌日。
夜の集会所をあとにして、彼女はゆっくりと坂道を下っていた。
夜風はひんやりとしていたが、不思議と寒さは感じなかった。
胸の内に残る、あの「音」の余韻が、まだそこにあるからだろうか。
ふと、曲がり角の先に、小さなあかりが見えた。
街灯でもなく、家の明かりでもない。
ただ、人ひとりが立っている。
その人影は、彼女に気づくと、軽く会釈をした。
「こんばんは」
落ち着いた、けれどどこか優しい声だった。
「……こんばんは」
彼女も、少し戸惑いながら返した。
「今夜の集まり、参加されていたんですね」
「……ええ。あなたも?」
「いえ、私は……」
その言葉の続きを、彼はふと止めた。
そして、少しだけ空を見上げてから、こう言った。
「……誰かの想いに導かれて、ここに来たんです」
彼女はその言葉の意味を測ろうとしたが、
すぐに答えを求めようとはしなかった。
なぜか、それで充分だと思えたからだ。
「不思議ですね」
「何が、ですか?」
「今日、初めて“気持ち”が通い合うって、こういうことなのかなって思いました。
数字でも制度でもなくて、ただ、あの空間で誰かと一緒にいることが……大切で」
彼女はそう言いながら、少しだけ目を伏せた。
「……あなたの中に、何かが灯ったんですね」
「ええ、たぶん……でも、まだ名前はつけられない」
その言葉に、レイはそっと微笑んだ。
彼の手元の端末に、柔らかく光る円がひとつ、浮かび上がる。
それは「ユラ」、人から人へと想いを運ぶ、小さな光。
「これは、贈り物です」
「……え?」
「あなたの言葉に、僕の心が動かされました。だから、ひとつ、ユラを贈らせてください」
レイは端末の画面にそっと触れる。すると、彼女の端末にも小さな光が届き、静かに広がっていく。
「これは、数字じゃなくて、“気持ち”の記録です」
「……ありがとう」
その一言に、彼女は込めた。
言葉にならなかったすべてを。
レイは静かにうなずくと、背を向けて歩き出した。
言葉以上の何かが、すでにその場にあったから、もうそれ以上、言葉はいらなかった。
彼女は立ち尽くしたまま、空を見上げた。
雲の隙間に、星がひとつ、瞬いていた。
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