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【うつと生きた、ぼくの話 #1】 ー「いつから?」、ぼくがうつになるまで-

    うつになった理由を聞かれると、少し困る。
    「これがきっかけでした」と言える、はっきりした一点がないから。

    じゃあ何もなかったかというと、そうじゃない。
    振り返れば、いくつもあった。
    それが、バラバラに、少しずつ、長い時間をかけて積み重なっていった
            



    1.ぼくについて


    性格:完璧主義、負けず嫌い、人に頼るのが下手、
       人に合わせようとしてしまう、人前で話すのが苦手

    身体:夜型、 アトピー性皮膚炎(ストレスがかかると悪化)



    小さい頃から物事を0か100かで考えてしまい、「これぐらいでいいや」というグレーゾーンが苦手で、「自分は~でなくてはならない」という考え方だった。

    小さなミスを小さなミスと受け入れられないので、ミスを恐れて、人前で話したりするのが苦手だった。

    ミスをすれば、すぐに自己肯定感は一気に低くなった。

    また、他人の目を気にしてしまうし、他人からの評価を気にしてしまうし、それに加えて、何でもかんでも他人に負けたくなくなかった。

    ミスや負けをずっと引きずり、「他人からどう思われているのだろう」ってずっと考えてしまっていた。

    加えて、人に嫌われるのが怖くて、人に合わせようとしてしまう人だったから、全然好きじゃない遊びに付き合っていた。

    そんなストレスを溜めやすいぼくは、人に頼るのが苦手だったから、いやなことがあった日も、だれにも相談できず、1人でずっと抱え込んでいた。

    そして、ストレスが溜まると皮膚に症状が現れる人だった。
    それが睡眠を妨げ、ストレスが消えない負のループにはいってしまう。

    こんなぼく。

    2.逃げ場のない二つの戦場

    ・学校でのいじめ


    いじめがあった、小学校の高学年、中学の頃。
    学校に行くのが嫌だった。

    でも、学校を休むのはだめだと思ったし、人に相談するのができない性格だったから、夜に一人で泣いた日もあったけど、どうにか毎日行った。

    ・家庭内の問題


    家に帰れば安心かというと、そうでもなかった。

    父は単身赴任で、1、2ヶ月に一回帰ってきた。

    そして、ちょうどぼくがいじめられてる時期、両親が喧嘩をしていた。
    帰ってくるたびに、夫婦喧嘩が起きた。

    その当時、自分に部屋がなく、逃げる場所がなくて、ずっとその喧嘩を聞かされ続けた。(知りたくもなかった過去の話とかも)

    寝る場所も一緒だったから、喧嘩を聞かされ続けて寝れないときもあった。
    小さい頃からの数少ない父と過ごせる時間が、いつの間にか怖いものになっていた。

    ・高校受験


    中学でいじめられながらの受験だった。

    ストレスでアトピー性皮膚炎が悪化して、寝れない中での勉強だった。
    学校に行き、帰って勉強して、ほぼ寝れずにまた学校に行く。

    また、勉強のことでは兄弟と比べられる。

    そんな生活をしていた。

    消えたい、そんなことを考えてしまうようにもなった。

    そして、身体に異変を感じたので、受験が終わってから耳鼻科に行くと、メニエール病と診断された。

    その当時はうつを知らなかったけど、いま考えると、心の限界を迎えて、危なかったなと思う。       

    3.限界を迎えた高校生活


    勉強、部活、行事、息をつく暇もないスケジュールの中で、
    人間関係も複雑で、気を使いながら毎日を過ごしていた。

    【あの頃の1日】

    7時すぎに家を出て学校に行く。

    体が重い中、何とか支度して、1時間強かけて学校へ。

    8時半から19時まで学校(授業、部活)。

    疲れ切った体をどうにか動かして塾へ。

    19時半から21、22時まで塾。

    また1時間強かけて帰宅。

    22、23時に帰宅。

    重い体をどうにか動かして寝る支度をする。

    24時にベットに入る。(地獄の始まり)

    痒くて寝れない。

    3、4時になって、体が本当の限界を迎えてやっと寝付ける。

    7時前に起きる。(また1日がスタート)


             

    ちゃんと眠れた日のほうが少なかった。 

    身体が疲れているのに、休めない。

    進学校にいったことで、周りは自分より優秀な人ばかりだったから、「もっと頑張らないと」って思って、毎日を送ってた。

    体の調子が悪いまま、どうにか学校に行く日々。

    周りの人たちが笑っている中、1人だけ笑えていない自分がいた。

    周りのノリについていけなくなったぼくは冷たい目で見られるようになった。

    何人かで話しているとき、ぼくが話し始めると、全員で無視してくるようになった。

    そんな生活を続けているうちに、体が重くて起き上がれなくなった。

    本当に体が鉛のようだった。

    勇気を振り絞り、

    「当分の間、学校に行かない」

    と、親に告げた。

    すると、「なんで? 甘えるな!」

    身体が動かなくて起き上がれないとき、精神的に追い詰めること、身体的に追い詰めることを繰り返しされるようになった。

    どんどん身体の調子は悪化していき、親から距離を置くために自分の部屋に籠るようになった。

    これが、ぼくのうつのはじまりだったと、今は思う。
    はやく誰かに相談できたらよかったな。



    【スキ♡】が今苦しむ誰かにとって、「自分は一人じゃない」と思える一つの支えになるかもしれません。

    もし少しでも心が動いたら、【スキ♡】をお願いします。


    次の記事では、「普通ができなくなる」とはどういうことだったか、
    うつの辛かった時期の生活について書きます。

    シリーズ一覧

    うつと生きた、ぼくの話 #0 -なぜこの話をする?-

    うつと生きた、ぼくの話 #1 ー「いつから?」、ぼくがうつになるまでー

    うつと生きた、ぼくの話 #2 ー「普通」、それができなくなった日々-

    うつと生きた、ぼくの話 #3 -「回復」、波にのまれる日々ー

    うつと生きた、ぼくの話 #4 -まだ途中にいる、「いまとこれから」-

    うつと生きた、ぼくの話 #有料版 ─ぼくの「すべて」-

     
     
    \今日生きた自分を褒める場所/ ▷自分を責めなくて良い、理解ある未来へ ▷不登校、精神科、カウンセリングを経験した僕

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