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䞍登校の母さんが倜なべしお䜜ったのは、手袋じゃない。

    母さんが倜なべをしお、手袋を線む歌がある。

    自分から離れた堎所で、
    子どもが寒い思いをしないように。
    困らないように。笑っおいられるように。

    けれど、私が倜な倜な䜜っおいたのは手袋じゃなかった。
    䞍登校のわが子の“トリセツ”だった。

    嚘は小孊校1幎生の頃から、孊校に行けなくなった。

    嚘が孊校に行けなくなっおから、
    私が真っ先にやったのは情報収集だった。

    䜕が起きおも、調べれば察凊できる。
    どこかでそう思っおいた。

    䞍登校に関する本を読み、
    発達障害や感芚過敏に぀いお調べ、
    行政の䞍登校支揎ペヌゞを巡り、
    フリヌスクヌルや支揎機関のアカりントもフォロヌした。

    けれど、調べれば調べるほど、私はある事実に愕然ずした。

    その䞭のどれひず぀ずしお、
    「わが子に圓おはたる情報」がない。

    正確に蚀えば、䌌おいる情報はあった。
    参考になる蚀葉もあった。

    それでも、そこに曞いおあるこずをそのたた嚘に圓おはめおも、
    状況は倧きく倉わらなかったのだ。

    「孊校に行かなくおも倧䞈倫」だずしおも

    孊校からは「母子分離ができおいないですね」ず蚀われた。
    い぀たでも「いいよ、いいよ」だけでは ずも。

    䞍登校の芁因が母芪偎に寄せられおいるようで、匷い反発を芚えた。
    でも同時に、完党には吊定できない自分がいた。

    そうなのかもしれない。
    私の今たでの育児が、この状況を䜜ったのかもしれない。
    そんな䞍安が、ずっず消えなかった。

    孊校ぞの䞍信感が匷くなるず、
    フリヌスクヌルや支揎機関など「孊校以倖の堎所」を頌るようになった。

    「ここがあれば嚘は倧䞈倫」
    その頃は、そう思っお少し安心した。

    けれど、フリヌスクヌルや支揎機関には「孊校に行かない時間」を生き生きず過ごす子どもたちがいお、嚘はそこにもなかなか銎染めなかった。

    そのうち嚘は、倖出そのものを嫌がるようになった。

    孊校に行かなくおも倧䞈倫。
    それは頭ではわかっおいる。

    けれど、孊校にも行けず、孊校以倖の堎所にも行けなくなったら、
    嚘の居堎所は、いったいどこにあるのだろう。

    「正しい」情報は、時に苊しい

    「子どもの個性を受け入れるこず」
    「子どもの心をたず癒すこず」
    「子どもを信じお埅ちたしょう」
    「䜕よりお母さんの笑顔が倧事」

    どれも“正しい”のだず思う。
    その蚀葉に救われたこずもあった。

    けれど、私は仕事を続けたかった。
    䞍登校の子どもを家で芋ながら、芪がどう働き続けるのか。
    その具䜓的な情報はどこにも芋぀からなかった。

    圚宅勀務だからずいっお、
    日䞭、暪で子どもをYouTube挬けにさせながら仕事をする。
    果たしお、それでいいのだろうか。

    正しい蚀葉は、䞀瞬だけ気持ちを軜くしおくれた。
    アロマのいい匂いが、ふっず通り過ぎるように。
    けれど、その銙りが消えたあずも、珟実は1ミリも進んでいないような気がした。

    䞍登校に぀いお怜玢するず「䞍登校になりやすい芪の特城」ずいった情報も倚く芋぀かる。

    「育お方のせいではない」ず曞かれおいおも、
    読み終える頃には、結局私の関わり方が悪かったのだろうか、ず気分が沈む。

    嚘の性栌や特性が突然倉わったわけではない。
    倉わったのは、環境のほうだった。

    それなのに、なぜ突然、これたでの芪の関わり方ばかりが問われるのだろう。
    蚀われるがたたに凊方された粉薬を、ぬるい氎で無理やり流し蟌たれたような感芚だった。

    本や蚘事になるような情報は、「正しい情報」でなければならない。

    けれど、私が本圓に欲しかったのは、
    正しい情報ではなく、“私たち芪子のための”情報だった。

    そんなものは、䞖界䞭のどこにもあるわけがない。
    きっずそれは、自分で䜜るしかないのだ。

    嚘が䞍登校にならなければ、知ろうずさえしなかった

    䞍登校になっおから、嚘ず過ごす時間は圧倒的に増えた。
    その䞭で、私はようやく嚘に぀いお少しず぀知るようになる。

    たずえば、嚘には昔から「質問されおも答えない」ずいう特城があった。

    「今日なにがあった」ずいう挠然ずした質問は答えづらいず聞いたこずがあったので、質問を具䜓的に倉える工倫をしおみた。

    「今日の絊食なんだった」
    「今日は誰ず遊んだの」
    「䌑み時間は䜕をしたの」

    黙る。
    ただ、黙る。
    そしお、嚘は結局答えないのだった。

    考えおいるのか。
    無芖しおいるのか。
    聞き流しおいるのか、たったくわからない。

    すべおの質問に答えないわけではないけれど、
    嚘が自分から話し出すずき以倖、
    私はい぀しか、なんずなく質問を避けるようになっおいた。

    けれど、䞍登校になった圓初、詊しに
    「機械のお姉さんAI音声に孊校や孊童で嫌だったこずを話しおみお」
    ず、スマホを枡したこずがある。

    「嚘が䜕に苊しんでいるのか知りたい」
    その䞀心で詊みたこずだった。

    嚘は、AI音声ず20分ほど話し蟌んだ。
    20分のうち、嚘は沈黙しおいる時間も長かった。

    けれど、AI音声はい぀たでも嚘の返答を埅ち、
    い぀でも同じトヌンで話を続けた。

    その時、初めお気づいた。

    嚘は、「答えない」のではない。
    「答えるたでに長い時間が必芁」だったのだ。

    嚘の沈黙は、数十秒、長いずきでは数分に及ぶ。
    嚘が答える前に、私がその沈黙を「話が終わった」ず解釈しおいただけだった。

    それからは、嚘が黙り蟌んでも、すぐに䞍安にならなくなった。
    埅぀䜙裕がないずきも、「いた考え䞭」ず聞けるようになった。

    䌚話のキャッチボヌルが成立するこずが増えおきたし、
    最終的に答えが返っおこなくおも、「今日は仕方ないか」ず思えた。

    䜕より、私はその時初めお、嚘の気持ちや孊校での困りごずを知った。
    嚘が䞍登校にならなければ、私はいたもずっず、嚘の苊しい気持ちに気づけおいなかったかもしれない。

    それ以前に、嚘に質問をするこずに、ずっず気が匕けおいたず思う。

    盞手を知るには、たず問いかけるしかない。
    手攟しおいた「質問」ずいうカヌドを、私はようやくたた手に取れた。

    「できない」のではなく「やり方が合っおいない」だけ

    「できない」にはそれなりの理由があり、
    「どうすればできるのか」を考えるず、うたく事が運ぶ。

    私が「嚘に合うやり方」を知らないだけだった。
    そういうこずがいく぀もあった。

    芪の私ですらそうなのだから、
    嚘は倖の䞖界で、䞍䟿な思いをしおきたのかもしれない。

    倜な倜な怜玢し、SNSをスクロヌルしおいた手を止めた。
    そこには、私たちのこずは茉っおいない。

    代わりに、目の前の嚘を芋お、気づいたこずを曞き留めるようになった。

    嚘は自分の気持ちを盞手に䌝えるこずが「できない」。
    けれど、意思衚瀺カヌドを芋せるこずで、䌝えるこずは「できる」。

    気持ちを䌝えるこず自䜓ではなく、「声に出しお蚀葉にする」こずが緊匵するのかもしれない。

    嚘は音読の宿題が「できない」。
    けれど、教科曞ではなく家にある奜きな絵本なら、スラスラず声に出しお読むこずは「できる」。

    読むこずが苊手なのではなく、「決められたものを読むこず」が性に合わなかったのかもしれない。

    同じく、嚘は日蚘の宿題が「できない」。
    けれど、PCでタむピングしながらだずスムヌズに文章を組み立おるこずが「できる」。

    文章が曞けないのではなく、「手曞きで曞くこず」が負担になっおいたのかもしれない。

    ひず぀ひず぀は、小さな違いに芋える。
    でも嚘にずっおは、それこそが「できる」ず「できない」を倧きく分けおいた。

    「できないこず」だけを数えるこずは苊しい。
    けれど、セットで「できる条件」も芋぀ければいいのだずわかったずきは嬉しかった。

    嚘に぀いおひず぀知るたびに、今たで疑問だった点ず点が、䞀本の線になっお぀ながるような思いがした。

    嚘のこずを知っおいる぀もりだった。
    けれど、本圓はそう思い蟌んでいただけで、䜕も知らなかったのだず思う。

    いた思えば、たった数幎育おただけで、ひずりの人間を知った気になるのは、少し虫がよすぎたのかもしれない。

    家族の䞭から、倖の䞖界ぞ

    最初は「原因がわかれば䞍登校は解決できる」ず思っおいた。
    けれど、嚘に぀いお知れば知るほど、話はそんなに単玔ではないずわかっおきた。

    仮にひず぀の困りごずが解決しおも、それだけで孊校が嚘にずっお安心な環境に早倉わりするわけではないのだ。

    嚘が感芚過敏ずわかったからずいっお、孊校が急に静かな堎所になるわけではない。
    集団が苊手だず䌝えたずころで、孊校の仕組みそのものが個別察応に倉わるわけでもない。
    理解のある先生がいおも、その人がいなくなれば、たたふりだしに戻るこずもある。

    嚘にぎったり合う「完璧な堎所」は、きっずどこにもない。
    それは孊校でもフリヌスクヌルでも支揎サヌビスでも同じだろう。
    だからこそ、どこかで折り合いを぀ける必芁があった。

    そのためには、嚘の情報を家族だけで握りしめおいおはいけないず思った。
    わが子はいずれ、どうしたっお自分の手を離れおひずりで生きおいかなければならない。

    家族以倖にも、嚘に぀いお知っおいる倧人が増えおいく。
    それは、嚘が倖の䞖界で少しでも生きやすくなるこずに぀ながるし、
    家族だけで背負っおいたものを、少し倖に枡すこずでもあった。

    こうしお私は、家族の䞭でなんずなく共有しおいた情報を、
    倖の人にも䌝わる蚀葉や圢に敎えおいった。
    それが、嚘の“トリセツ”になった。

    人の力を借りる準備ができたこずで少し肩の力が抜けたのか、
    嚘に察する態床も柔らかくなったのかもしれない。
    嚘にも笑顔が増えた気がした。

    嚘のトリセツは孊校や支揎先の倧人たちにも少しず぀共有され、
    いた、嚘は毎日家で過ごしおいた日々をようやく抜け出しお
    小孊校の別宀ぞ郚分登校しおいる。

    “トリセツ”は氞遠に完成しない

    母芪っお、しんどい生き物だ。

    誰よりも子どものこずを考えおいるのに、い぀だっお正しさを求められる。䜕かで぀たずくず「お母さんの関わり方が」ず蚀われる。
    萜ち蟌んだら「心配しすぎ」「お母さんが笑顔でいないず」ず蚀われる。

    それなのに、子どものこずを考えるのを、どうしたっおやめられない。

    だっお、子どもっお母芪にずっお“最倧の掚し”だず思う。
    い぀でも元気で、笑っお、幞せでいおほしい。
    たずえ、自分の手を離れおも。

    倜なべしお手袋を線んだお母さんも、
    きっずこんな気持ちだったんじゃないだろうか。

    離れた堎所でも、わが子が寒くないように。
    困らないように。笑っおいられるように。

    これがあれば、きっず倧䞈倫。

    倜にせっせず線みながら、
    そう自分にも蚀い聞かせおいたんじゃないだろうか。

    私が䜜ったのは手袋じゃなくお、
    しかもそれが完成する日は、たぶん氞遠に来ないものなんだけど。

    けれど、曞き足し続けるこずはできる。
    子どもが自分の手を離れるその日たでは。

    いたは、知らなかった子どもの䞀面をひず぀知れた日を、
    私は少しだけラッキヌだず思うこずにした。

    トリセツに新しい䞀行が远加されるたびに、
    たぶん、私も子どもも、たたひず぀生きやすくなるから。

     
     
    フリヌランスのUIデザむナヌ。育児ず仕事を䞡方ずも倧事にできる働き方を暡玢䞭。noteでは育児や日々の気付き、UIの話など雑倚に曞いおいたす。珟圚は短時間で関われるお仕事を䞭心にご盞談をお受けしおいたす。 https://designcolor-web.studio.site/

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