母、空を歩き回る
2026年6月11日に、母が間質性肺炎で亡くなった。
お葬式も終わり、母がもともと寝ていた部屋には、葬儀会社の方が組んでくださった立派な祭壇と私の会社の同僚や、姉のお友達がおくってくださったお花と母のお骨とグッドスマイルすぎる遺影がある。
お葬式は6月19日でした。
火葬場がなかなかあいておらず、最近は、こだわりがなければ、友引でも火葬できると言われましたが、子供の頃から、お葬式は友引にやるものではない、とすり込まれて育ったので、友引はやめました。
母は、大腿骨骨折、膝関節の両膝人工関節、←この膝の手術の後、リハビリで太ももを骨折してしまったために入れた鉄板、頚随損傷の手術の際に首の根元に埋められたボルト4本(位)と、とにかく、たくさんの金属が身体に入っていました。
母が元気で、死ぬなんて全く考えてなかった時、火葬したら、すごくいっぱい金属がでてくるんだろうなとうっすら考えていました。
でも、実際には、想像していたよりも金属は少なかった。
だけど、おそらく、太ももに入れられていた鉄板は釘のようなものがついていて、とても痛そうに見えた。
最近、「バカに足が痛いのよ」とよく言っていたけど、こんなのが入っていら、本当に痛かったのかもしれないな、と思った。
天国にいる母の身体には、きっと金属は入っていない。
膝関節の軟骨も再生して、きっともう痛くないだろう。
だから、きっと、毎日、空を歩き回っているはず。
↑ と、ここまでは、悲しみを我慢するために、自分に言い聞かせていたことでもあった。
だけど、昨日、「歩き回っている」んじゃないかと実感することがあった。
母がデイサービスにでかける時には、必ずヘルパーさんのお世話になっていた。
約1年くらい前に、土曜日の夕方に来てくださっていたヘルパーさんが怪我をして来られなくなった。
明るくてとてもいい人だったので、母はその方のことをいつも気にしていた。
「あの人、怪我どうなったかな、娘さんと二人暮らしなのに、どうしたかな」
亡くなる少し前にも、そう言っていた。
私たちもその方のことが大好きで、その後、どうなったかずっと気になっていた。
昨日、肩こりが限界まできて、痛くて死にそうだったので、久しぶりに整骨院に行きました。
姉は「整骨院に行くのだるい」と言ったのですが、痛いからいこうよと、家にただいてもつらいし、と誘って連れ出しました。
マッサージを終え、帰宅していたところ、満面の笑みで自転車でかけてくる人がいました。
なんと、怪我で来られなくなってしまったヘルパーさんでした!
なんという偶然!
彼女は、一日の仕事を終え、ちょうど帰るところでしたが、「いつもはこの時間、ここを通らないの」と。
うちのマンションの前に公園があるのですが、今日はなぜか公園にいたい気分で、10分くらいベンチに座っていたのだ、と。
「二人に会いたいな~」って思ってたら、なんとなく、公園にいたくなって、あの公園、トイレもないし、いまは蚊がいっぱいで、全然居心地よくないのに…と。
私たちがマッサージにいかなければ。(そもそも普段は仕事をしているので、その時間に外を歩くことはない)
彼女が仕事終わりに公園で10分座っていなければ。
絶対に再会できなかった。
母のことを話すと、彼女は「お線香をあげにいきたい」と言ってくれました。
近くのコンビニでお花とお供え用のお菓子まで買ってくださり、母の遺影にたくさん話しかけてくれました。
うちの母もずっと気にしてたよ、会いたがってたよ、と伝えると、「きっとお母さんが私に会いたくて呼んでくれたんだね」と。
私もそう思う。
母は、そのヘルパーさんが本当によくしてくれると、いつも言ってました。
別れ際、「お母さん、またね」と優しい声でヘルパーさんが言ってくれる、それにニコニコと答えていた母。
きっと、母は空を歩き回ってて、そのヘルパーさんがいるのを見つけたんだと思う。
あっちに娘たちいるよ、かえってくるよ! と言って、公園に引き留めてくれたんだと思う。
怪我してからは一人で外出できなくなった母は、いま、その6年を取り戻すように、あちこち歩き回っているんと思う。
そう実感できた、素敵な出来事でした。