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Photo byフィンセント・ファン・ゴッホ / メトロポリタン美術館

庭と、バラと、夢のあとさき

    今年も、私の心をキュンキュンさせるバラの季節がやってきました。 庭がピンクのグラデーションと芳香に包まれるこの時期、毎日のガーデニングが私の最高の娯楽です。

    私の庭は、薬剤や化学肥料をいっさい使わない、完全なオーガニック。 ダマスクの香りを深く深く体に取り込むたび、それは細胞のひとつひとつに染み渡る、どんな高価な化粧水よりも確かな美容液になるのだと信じています。そんな混じりけのない庭で、命を謳歌する愛しいバラたちのことを、少しだけ書いてみようと思います。

    貴婦人の品格を纏う「マダム・ルナイー」

    2021年の帰国後、真っ先に購入したのがこのマダム・ルナイーです。大苗の秋苗をばら園で予約。日本での初めて栽培するオールドローズです。マダム・ルナイーはハイブリッド・パーペチュアル系らしい、どこかノスタルジックで気品あふれる佇まい。うっすらとラベンダーがかった淡いピンクのカップ咲きは、名前の通り、洗練されたフランスの貴婦人のよう。

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    地植え1年目のマダム・ルナイー

    特筆すべきは、その欲張りな香りです。濃厚なダマスク香にティーの爽やかなティントが芳しい、それは香水を超えて媚薬です。かつて鉢植えだった頃は、一度咲くと満足してしまうのか二度目の花を咲かせるのが難しかったのですが、地植えに切り替えてから一変。樹勢が弱いと言われる希少種ながら、今では昨年伸ばした逞しいベーサルシュートに、溢れんばかりの花芽を蓄えています。フランスのギヨーが生み出したこの美しいマダムは、ますます有機土の力を得て、今年も華々しく舞うのでありましょう。

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    ゴージャスな貴婦人とはこのことだ!

    繊細な美を競う、魅惑のオールドローズたち

    続いて私の庭に加わったのは、春の新苗の「フェリシテ・パルマンティエ」「ラ・レーヌ・ビクトリア」、そして「クロチルド・スーペル」。どれもオールドローズ特有の、自然な繊細さが魅力です。
    かつては雨が降るたびに、軒下へせっせと鉢を運ぶ「箱入り娘」として育てていました。無農薬ゆえ、泥はねを防ぐためにバークチップを敷いていても、黒星病(黒点病)で落葉してしまう、とことん葉を食べられてしまう……そんな厄介な時期もありましたが、それを乗り越えた今の彼女たちは、生命力が弾けているかのようです。

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    すっからかんの一年目の庭

    トゲトゲの向こうに広がる、あまーい誘惑。「フェリシテ・パルマンティエ」

    アルバ系のオールドローズ「フェリシテ・パルマンティエ」はとにかくトゲだらけです。

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    アーチに誘引中のフェリシテ パルマンティエ

    いつかこのアーチが棘と甘いピンクで覆われたなら、どんなに愛おしいことだろう。そんなふうに夢見て、バラ用グローブをしっかりはめて誘引に挑むのですが、これがなかなか一筋縄ではいきません。あれやこれやと試行錯誤したものの、彼女は自由奔放で、結局はふんわりとした開帳型になってしまいました。

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    棘♡棘♡棘

    そうして迎えた2年目の春。幸福(Félicité)の瞬間を今か今かと待ち侘びているのですが、ベルギーのパルマンティエ家の令嬢は、美しいあまりにかなりの遅咲き。四株の中でも最後の一輪として花開くその時を、私はじりじりしながら待っているのです。

    照り葉の美しさと、可憐な少女の面影。「クロチルド・スーペル」

    モダンデイ・オールドローズの「クロチルド・スーペル」も、私の大切なコレクションのひとつです。

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    淡く、そして限りなくピンク

    彼女の魅力は、なんといってもその可憐さ。蕾は雪白、花は小さめで、中心がほんのり桃色に染まる白に近いピンク。ふんわりと開くその姿は、可憐な少女のような美しさです。そして、その花を引き立てるのが、深い色彩の葉。葉自体が非常に美しいため、花が咲いていない時期でも庭を明るく彩ってくれます。

    さらに、彼女は冬を迎える前の姿も格別です。昨年、季節が深まるにつれて色づいていく紅葉した葉もまた美しかった。 クォーターロゼット咲きの完璧な造形美や、繊細で雨に濡れると花弁が閉じこもってしまうような初々しさ。今年は2月の剪定の時期まで花をつけてくれましたが、雨や寒さでボーリングを起こしてしまい、たくさんの蕾も開かず仕舞いでした。
    しかしながらポリアンサローズの血を引く丈夫さで今年は一回り大きく成長しました。あのパウダー系の優しい香りは、庭に安らぎを運んでくれます。

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    地植え一年目はコンパクトで可憐に

    オーガニック・ガーデンの知恵:共生がもたらす恩恵

    無農薬で育てるということは、虫や病気という「他者」を受け入れるということでもあります。

    今年は庭にカラスノエンドウをあえて残してみたのですが、これが大正解でした。カラスノエンドウにはびっしりとアブラムシがついているのに、すぐお隣にいるバラには、不思議なくらい一匹もつかなかったのです。もちろん、シャクトリムシのような小さな芋虫に蕾をかじられたりはするけれど、それでも例年に比べれば被害はごくわずか。花弁を食べ尽くす厄介なカナブンも、今年はまだ姿を見せていません。

    最近のデイリールーティーンは、木酢液を薄めたスプレーを片手に庭をパトロールすること。そのつど虫を見つけては手で取っているので、正直なところ木酢液にどれほどの効果があるのかははっきりとは分かりません。でも、こうして一株ずつ様子を見て回る時間は、私にとって大切な瞑想的思考の時間でもあるのです。

    昨年から愛用している「ニーム、ハーブ、マリーゴールド入りの虫除け」も功を奏しているようです。これは有機肥料にもなる優れもの。自然のサイクルを味方につける工夫が、今の健康な庭を作ってくれたのかもしれません。

    壁を彩る「ラ・レーヌ・ビクトリア」の劇的な変遷

    今、まさに主役を演じているのが「ラ・レーヌ・ビクトリア」です。つるバラの本領を発揮し、わが家の窓周りを華やかに彩っています。

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    魅惑の形状

    彼女の特徴は、なんといってもその愛らしい「ころん」としたカップ咲き。そして、あの香水の瓶を空けた瞬間のような、正統派ダマスクの芳香です。バラを愛する人が必ず一度は恋に落ちる、あの香りの主。

    昨年、地植えの恩恵を最も受けたのがこのビクトリアでした。

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    一年目
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    2年目!!


    冬の誘引作業は、厳しい修行のようでした。冷たい北風に吹かれながら、鋭い棘が指先に刺さって「痛っ!」と声を上げる。


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    初めての誘引。これから冬の庭仕事の楽しみの一つ


    凍える指先でワイヤーを張り巡らせている間も、私の頭の中には、今この瞬間の満開の景色が映っていたのです。

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    窓からヘブンへ
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    ヘブンの上があるのか?!

    夢のあとさき

    漆黒の焼杉の壁に、淡いピンクがよく映える。 これは私が、ずっとずっと長い間、夢に見ていた景色なのだ。

    イギリスにいた頃、ベランダの鉢植えで大切に育てていたあの子たちは、帰国のとき、新しい家族の元へと引き取られていった。今はもう遠く離れた場所で、誰かの日常を彩っているはずのあの子たち。

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    新しいお家でも変わらぬ美しさのDavid Austinローズ♡


    「いつか自分のお家の大きな庭に地植えをして、壁を這わせ、窓枠を花でいっぱいにしたい」

    そんな、異国の空の下で抱き続けてきた願いが、この日本で、新しい苗たちとともに、とうとうひとつの形になった。

    庭は生きているから、毎日少しずつ姿を変えていく。バラたちもまた、その年その年の気分で、私に違う表情を見せてくれるのだろう。それでいいのだと思う。形あるものは変わっていくけれど、私が今、この光景を毎日眺めて「きれいだな」と感じるその心の温もりだけは、変わらない。

    先日、この壁が一番きれいに見える特等席に、大好きな友人を招いた。 お供は、この季節にだけ出会えるちまき。私の故郷のお餅屋さんが、一枚ずつ笹の葉を丁寧に巻いてこしらえた、優しく懐かしい味がする。 笹の清々しい香りと、バラの濃密なパフュームが、初夏の風の中でまじりあう。

    季節ごとに出会う美しい花があって、美味しいものがあって、それを「おいしいね、きれいだね」と言い合える友達が、目の前に座っている。 私たちは20歳の頃から相変わらず。イギリスと日本で離れていても、ずっと通じ合っていた。それはとってもかけがえのないことだと最近ようやく気がついた。

    人生にはいろいろなことがあるけれど、こんなふうに夢見た景色の中に身を置いて、心から「なんて幸せなんだろう」と思える瞬間がたしかにある。それだけで、もう十分すぎるほどなのだ、と今の私は思う。

    マダム・ルナイーをはじめ、他のばらたちも順番に目を覚まそうとしている。 私の庭の香りのリレーは、まだ始まったばかりだ。

    つづく

     
     
    ロンドン在住26年→2025年瀬戸内海の島へ移住 ミュージシャン・作詞作曲・音楽プロデューサー  現セラミスト・ファーマー・大学生・クリエーター Noteでは[島ライフ][偏り][オルタナ][菜食]をテーマに綴ります。 気に入ったらポチッと投げ銭お願いします。

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