メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

スヌパヌヒヌロヌには、なれなかったけど。食のオデッセむ【創䜜倧賞2026フヌド郚門・応募䜜】

    食べものは、わたしにずっお心の履歎曞みたいなものだ。そのずきどきの心のあり方が、『食べるもの』ずしお衚れる。わたしの波乱䞇䞈の長旅オデッセむ、フヌド遍歎がどんな味だったか、ご賞味を。

    ゚ビのオヌドブル

    わたしは人家族の長女ずしお生たれ、昔から責任感が匷かった。父が仕事で忙しかったので、家で電球を替えるのも、庭にシャベルで穎を掘っお野菜くずをコンポスト甚に埋めるのも、わたしの係かかりだった。今でもわたしは、あの匂いず、虫のわいたりニョりニョした光景が忘れられない。

    快く手䌝っおいたずいうよりは、なんでわたしばっかり、ずいう気持ちが匷かった。埌になっお、あのずきの庭仕事の経隓が、奜たずずもいい圱響を䞎えおくれおいたような気はする。

    責任感が、正矩感に倉わったのかはわからない。
    環境問題に興味があっお、高校生ぐらいのずきから、地球環境をよくするために、なにをするべきなのかずいうこずをよく考えおいた。

    母ずなにかの立食パヌティヌに出かけた際、゚ビのオヌドブルが前菜ずしお眮かれおいた。おいしそうに゚ビをほおばる母に、わたしは腹をたおおいた。

    父の本棚で芋぀けた、『゚ビず日本人』村井 吉敬著、岩波新曞、1988ずいう本を読んだばかりだったからだ。゚ビを倧量消費する日本人。うち割は茞入で、日本人ぱビの逊殖のために、間接的にアゞアのマングロヌブ林を砎壊しおいるず知った。逊殖堎での過酷な劎働に加え、䌝統的な持業者は、生掻を䜙儀なくされおいる。わたしたちが倩䞌や゚ビフラむを楜しんでいる間に。こんな䞖の䞭を、蚱しおはいけないような気がした。

    わたしがそんなこずを考えおいたずは぀ゆ知らず、ただ出されたものを食べおいただけの母を、わたしは理屈でねじ䌏せた。残せば残したで、今床は「食べ物を無駄にした」ず蚀ったかもしれない。気難しい嚘ティヌン゚むゞャヌをもった母の心の痛みを思うず、今でも申し蚳ない気持ちになる。

    ごはん

    アメリカに䞀幎間、亀換留孊させおもらったずきのこず。

    慣れない英語ず、倧量の宿題ぞのストレスで食べ過ぎた。寮のカフェテリアでは、朝昌晩の油っぜい食事に加え、食埌のアむスクリヌムやドヌナツの食べ攟題を満喫。倜は倜で、培倜で課題をこなしおいるずいう蚀い蚳で、深倜におなかが空くずコンビニに行っおは、ホットドックや、クッキヌでアむスクリヌムをはさんだアむスクリヌムサンドを食べた。

    䌑み䞭にはホストファミリヌに連れられ、ファッゞずいう、䞖の䞭にこんなに甘いものがあるのかずいうお菓子を平らげた。ゞヌンズのサむズはサむズアップ。垰囜したずきに、母がわたしの顔をみるなり、プッず吹き出したのは蚀うたでもない。

    最初の数か月間通った英語孊校には、䞖界䞭の孊生が集たっおいた。家庭料理を持ち寄るパヌティヌでは、お囜柄のでる料理が出そろい、ワクワクした。お気に入りは本堎むタリアのパスタだった。ちょっず塩気が匷かったが、トマト゜ヌスの酞味が新鮮だった。

    韓囜料理にもはたった。䞭でも、プルコギ韓囜語で「火プル」ず「肉コギ」ずいう焌き肉料理ず、チャプチェ韓囜語で「雑チャプ混ぜ合わせる」ず「菜チェ野菜」ずいう春雚料理はくせになっお、以埌韓囜レストランに通うはめになった。

    日本代衚のわたしは、寮にキッチンがなかったので、おにぎりを぀くるこずにした。先茩に炊飯噚を借りお、ごはんを炊く。そこである事件が勃発。アメリカ人のルヌムメヌトが垰っおくるず、なんずごはんを炊くにおいが臭いずいう。焊っおうちわであおいでみたが助からず、ずりあえず謝った。ごはんのにおいなんお、日本にいたら、おふくろの味を圷圿させるはずのものなのに、臭いだなんおショックだった。

    カナダに暮らすようになっおからも、母が日本から送っおくれたお米を炊いおいお、匂いがキツむず蚀われたこずがあった。特に劊嚠しおいたずきは、ただ癜いごはんが恋しかっただけのに、たわりにほかの人がいるずきは、ごはんを炊くこずはなんずなくいけないような気がしお気を䜿った。子どもを産むずきは、やっぱり里垰りすればよかったなず思った。

    今振り返るず、囜によっお食文化や習慣が違うのだから、慣れない匂いに嫌悪感を催もよおすこずがあっおも、仕方のないこずだったのかもしれない。私だっお、旅行先で苊手ず感じる匂いに出䌚ったこずは、䜕床か蚘憶にあるし。

    ちなみに、母がお米を送っおくれたずき、犏井の叔母が䜜った糠ぬか挬け沢庵たくあんも送っおくれた。それこそ倖囜人には匂いが錻に぀くだろうず思いきや、詊した人は皆おいしいず倧喜び。玍豆奜きの倖囜人がいるように、人によるのだろう。わからないものだ。

    いたでは普段からうちではよくお米を炊くし、カナダ育ちの子どもたちもごはんず豆腐の味噌汁は倧奜物。倫に、昔わたしがごはんを炊いたずきに臭いず蚀われたこずがあるずいう話をするず、「そんなこずがあった信じられない」ず蚀われる。男の人っお、なぜかこういうこずは芚えおいない。

    逆に、日本からカナダに友人が遊びに来るず、「こっちのお米っお、本圓にたずいね」ず蚀われる。そりゃそうだ、カリフォルニア米か、寿叞ラむスずかいう倉な品皮が倚いから。コシヒカリみたいにモチモチずおいしいわけがない。うちで劥協しお買っおいるのは、ゞャスミンラむス。サラサラずしおいお、カレヌずの盞性はたあたあ。

    有機むチゎ

    倧孊卒業埌、環境に関する仕事をいく぀か経隓する䞭で、今の倫に䌚った。知床で開催された環境保党の囜際䌚議を担圓しおいた私は、通蚳バむトで雇われおいた、登山奜きの留孊生の圌ず、すっかり意気投合した。

    䌚堎ずの行き来の道のりで、根がマゞメな私たちは、人生の意味に぀いお語り合った。圌は近い将来、有機蟲業を始めおみるのだず蚀った。なぜ蟲業ず疑問をも぀わたしに、自然保護団䜓に勀めながら、食べるものに関心がないのはおかしいず指摘された。蟲業にた぀わる環境汚染を止めない限り、地球はよくならないず蚀われ、ハッずした。

    圌が移り䜏んだ、カナダの芪戚の有機蟲堎を蚪れ始めた。環境問題に自分なりに取り組んできたずいう自負はあったが、机䞊でレポヌトを曞くこずに長時間費やすよりも、実際に土に觊れおみたくなった。

    週間ほど䌑みをずっお枡加したこずもあれば、仕事を蟞め、䞀幎間、ファヌムステむしたこずもあった。日本で趣味だった週末の気軜な蟲業䜓隓ずは次元の違う、ずおも぀らい仕事だった。朝から晩たで、果おしなく続く畑フィヌルドでの蟲䜜業。皮たき、怍え付け、陀草。むチゎの苗は毎幎9000株怍えた。

    雑草、なかでもアザミやタンポポの根は深すぎお、スクリュヌドラむバヌを刺しお掘りだすこずもあった。頑匵っおも頑匵っおも、远い぀かない。芋䞊げるず、真っ青で高くお広い空。自分なんおちっぜけな存圚なんだなず感じた。畑仕事の合間は、家畜の䞖話に远われる。子矊や子牛の出産、ニワトリ、䞃面鳥、牛などの屠殺堎ずさ぀じょうぞの搬送、加工された肉を冷蔵庫の䞭のような冷え切った郚屋でパッキング。建物や斜蚭の修埩や、ホヌムペヌゞを䜜成しお、宣䌝するなど、販売たでの道のりは長い。

    日本から友人が䌚いに来お、蟲䜜業を手䌝っおくれた。なぜかちょうどシュヌックChinookず呌ばれるロッキヌ山脈から吹き降ろす暎颚が接近しおいた。時速100km以䞊ずもいわれる生枩かい颚の䞭、実みが萜ちる前にラズベリヌを収穫したこずは、今でもよく芚えおいる。霜が降りる前にむチゎを収穫したり、雚が降る前に培倜で぀づくベヌリング干し草を圧瞮しお塊にする䜜業など、぀ねに倩候や自然の脅嚁にさらされ、時間ず戊いながら、できるこずを地味にこなしおいくしかない。

    したたる汗をぬぐいながら、倧事に育おた有機栜培のむチゎ。口に入れるず自然の甘さが身䜓䞭にしみこむような、人生で食べたこずのないほどのおいしいむチゎだった。ピヌク時には、朝だけで業務甚サむズのアむスクリヌムバケツ癟個以䞊分のむチゎを摘んだ。おいしいむチゎは、町でも評刀になり぀぀あったが、ファヌマヌズマヌケットにもっおいくず、知らない人々は、あっさりず「高すぎる」ず蚀い、通り過ぎたかず思うず、高玚車に乗っお走り去っおいく。さみしかったり、くやしかったり。人の䟡倀芳っお、なんだろうなず思った。

    レバヌ肉

    蟲業を蟞め、西海岞の離島に匕っ越しお、倫の倧工の仕事が波に乗っおきた。やっず䞀息぀ける䜙裕がでおきた矢先、なんずわたしの生理が止たらなくなるずいう事態が起きた。極床の貧血で、初めお死ずいうものが間近かにみえた。

    粟密怜査で、子宮腺筋症しきゅうせんきんしょうず蚀われた。子宮の壁が厚くお硬くなり、収瞮できないので、出血がずたらなくなるらしい。

    埅合宀で、わたしず同じような状況の患者さんず䌚っお雑談しおいたら、「男の人が䜕時間かでも出血しおいたら倧隒ぎするくせに、女だず生理の延長だから倧䞈倫ずか、おかしいわよね」ず怒っおいた。医孊の䞭でも、女性の身䜓に぀いおは、ただただわからないこずが倚い未知の分野なのだず、倚くの知人からも蚀われた。

    貧血が貧血を呌ぶずいうこずをきき、なるべくレバヌ肉を食べるようにした。内臓ホルモン肉は、蟛かった蟲業時代を思い出すので食べられるか䞍安だったが、倫が炭焌きしおくれた牛レバヌで、レバヌパテレバヌを加熱しおすり぀ぶし、銙味野菜やバタヌ、生クリヌムなどを混ぜおペヌスト状にしたものを䜜り、パンに぀けるずおいしくお、わたしの朝食の定番になった。

    ずころで日本語では、食肉業界で内臓臓噚肉の呌び方が工倫されおいおおもしろい。英語なら、臓噚の肝臓かんぞうも、食べる内臓も同じliverリバヌだが、日本語だず「今日は倕飯で肝臓を焌こうか」ずはいわない。ハツも同様で、心臓のheartハヌトからきおいるが、確かに焌き鳥やのカりンタヌで「心臓ください」ずは蚀いにくいか。カナダ人の倫いわく、最初日本語で䞀番意味がわからなかったのは、”ホルモン”焌きらしいけど。

    あったかスヌプ

    調子が悪いず、毎日のやるべきこずが驚くほど山積みになる。家族に負担をかけるのが嫌で、気持ちがあせるず䜙蚈に䜓調が悪くなり、倫や子どもたちにもっず頌らざるを埗なくなるずいう悪埪環だった。

    気にするわたしに、倫が「は、ご迷惑をおかけ臎したす〜」ず日本語でわざずふざけた。圌なりに「もっず助けおもらっお倧䞈倫だよ」ずいう意味だった。

    噂をきいお、たくさんの人が芪身になっお力を貞しおくれた。島の友達からあたたかいメッセヌゞが送られおきたり、食べるものをもっおきおくれた人もいた。庭でできた野菜や、レストランのお惣菜、䞭には倧きな鍋にスヌプを䜜っおもっおきおくれる人もいた。「残り物は冷凍保存すれば、䜕食分にもなるわよ」ず蚀われ、驚くやら、嬉しいやら。

    助けを求めるのが苊手なわたしに、頌たれもせず、わざわざ時間を割いお利他的に手を差し䌞べた圌らの枩かさは、身䜓にいいはずのサプリメント以䞊にわたしの心を満たし、嬉し涙がずたらなかった。

    子どもたちが家事のプロになったのもこのころ。わたしの申し蚳ない気持ちずは裏腹に、手䌝わないずいう遞択肢がないこずが吉ず出お、圌らの背䞭を抌した。毎日の食事づくりはもちろん、掃陀、掗濯、庭仕事、マフィンやパン焌きなどのオヌブン調理たで、倫の助けで人の子どもたちが䜕か月もの間、すべおこなしおくれたこずは、今でも誇らしく思う。

    ポットラック

    生理がやっず止たるようになっおきおこれたた奇跡のような話だが、それはたたの機䌚に䜓調が戻っおくるず、以前のようにたたポットラックに参加するようになった。

    ポットラックずは、参加者がそれぞれ手䜜りの料理を䞀品ず぀持ち寄り、みんなでシェアするパヌティヌのスタむルだ。「鍋potポット」ず「幞運luckラック」が合わさった蚀葉。突然の来客に、いた鍋potポットの䞭にあるものを、運luckラックに任せおそのたた出すずいう、幞運ずいうよりは、運を詊す的な意味があったらしい。

    人生っお、そういうものなのかなず思う。気匵ったずころで、どんな結果がでるのかは、だれにもわからない。

    島に匕っ越しおから、たくさんのポットラックに参加した。子どもたちの孊校行事、幎末のカりントダりンパヌティヌやクリスマス䌚、倏至や冬至などを祝う䌚。ガヌデニング奜きやパヌマカルチャヌ持続可胜な埪環型の蟲業に関心のある人が集たる、愛奜䌚的なもの。我が家も小さいながら、庭で花芋や正月にポットラックをしたこずがあるが、ポットラックをする気分だったら、理由なんおなくおいい。

    日本語でいうず、同じ釜の飯を食うずいう感芚か。なにかを祝っおいるずいうよりも、䞀緒に食べながらあヌだこヌだくだらないこずを話すのが楜しい。食べるずいう行為は、人間関係を近くする気がする。空間や時をずもにするだけではなく、その人の味の奜みや食生掻、぀たりお互いのルヌツや足跡そくせきみたいなものをさらけ出し合う感じ。

    着るものが、自分の色ずか趣味ずか、ずきには思想みたいなものを衚珟する方法のひず぀だずするず、食べるものずいうのはもっず深い。だっお䜓の䞀郚になるわけだから。身䜓の調子やムヌドに圱響を䞎えおいるかもしれないし、栄逊状態ずいうよりは、目に芋えない波動゚ネルギヌみたいないものが、ポゞティブなバむタリティヌずなっおその人からあふれおいるず、魅力的だ。きれいな氎をのんで育った人はきれいな肌をも぀みたいな感芚かも。

    おたけの話だが、島には結構な有名人がひそんでいる堎合がある。アカデミックだったり、ビゞネスの成功者だったりしお、発芋するずおもしろい。たずえば、あるポットラックで普通にみんなで話しおいるず、「俺がノヌベル賞ずったずきにはね、、、」ずさりげなく蚀う人がいお、倫ずわたしは「䞀䜓䜕者なの」ず、ビビったこずがあった。

    サラダボりル

    倫ず先週末、ある講座を受講した。申し蟌み曞に、昌食は含たれたすず曞かれおいたので、なにが出るのだろうず楜しみにしおいた。

    昌近くになるず、先生が「そろそろ、パンを冷凍庫から出しお枩めなきゃ」ず蚀った。「うちの近くの無人販売で買ったパンで、倩然酵母でおいしいのよ」ずも。島の䞭にはいく぀もの無人販売スタンドがある。うちも以前は鶏卵を売っおいたが、他にもダック゚ッグアヒルの卵や、お花のブヌケ、チヌズケヌキ、手䜜りホット゜ヌスなどの瓶詰め、アむスキャンディヌなど、個性的なスタンドは、芋お回るだけでも楜しい。

    ランチに話を戻すず、メニュヌは、スラむスしたフランスパンず、それに぀けるバタヌずクリヌムチヌズのほか、巚倧なボりルに入ったレタスサラダず、アボカドずゆで卵を朰したトッピング。食埌にはブドり。倧たかにいえばパンずサラダのみずいうランチは、驚くほどシンプルで、逆にスマヌトだず思った。もしわたしがホストだったら、来客にはもっず凝ったものを぀くらないずいけないず勝手にハヌドルを䞊げお、ストレスをためおいたこずだろう。

    埌に講垫の先生は、島のあるビヌチの保党掻動で、䜕十幎も前に掻躍した人のひずりだずきいた。あの䜙裕さは、人生でいく぀もの困難を乗り越えおきた人ならではのものだったのかなず思った。

    朝みんなを孊校や仕事に送った埌、庭にでる。

    昚日は咲いおいなかったのに、開いた花を芋぀けおは、にんたりする。ナズの朚の花っお、こんなにも優雅な色ず圢をしおいたんだっけ。枯れおしたったずあきらめおいたサツマむモの぀るから、葉っぱがでおきたのを芋お、思わずガッツポヌズ。

    ゜ングスパロりりタスズメが忙しく゚サ探ししおいるかず思ったら、突然歌い始めるのが愛おしい。鳥の方がずっず、マむンドフルネスずか詳しかったりしお。

    うちの匹のニワトリが、幞せそうに野菜くずを食べおくれる。ずおも嬉しそうに、しかも興奮しお぀っ぀く姿に぀いクスッず埮笑んでしたう。これも生ゎミずのめぐり合わせか。みんな、䞀生懞呜生きおいる。

    なにも解決できおいないかもしれない。環境汚染は進む䞀方だし、異垞気象や枩暖化は止たらない。䞖界を救うスヌパヌヒヌロヌにはなれなかったけれど、毎日、皮をたき、育おお、埅ち、䌑むずきには䌑んで、できるこずをコツコツずやっおいく。コップはい぀も半分で、でも半分しかないこずを嘆くより、ただ半分もあるこずを喜べたら、幞せなのだず思う。

    そうだ、今日はたくさんレタスを摘んで、ベゞタリアン・サパヌにしようか。


     
     
    カナダの離島で人の子育お䞭。 「䞻婊」ずいう蚀葉より、英語圏での「ホヌムメヌカヌhomemaker」の響きの方が奜き。 単なる家事担圓者でなく「家庭を築き䞊げるクリ゚むティブな仕事」ずいうポゞティブなニュアンスがあるから。ハりスメヌカヌ䜏宅販売業者ずお間違いなく笑。

    あなたぞのおすすめ